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あちらを立てればこちらが立たず
 ササムラは店横の小路を抜け、表通りを歩いていた。人並みに押された小さな影が前に現れ、彼とぶつかった。


 「きゃっ! ごっ、ごめんなさあいっ!」


 尻餅をつき、抱えていた箱がどさりと落ちる。謝るのもそこそこに、十字が付いた帽子を被った二つ結びのファイバーヘアの女の子は、ばらばら散らばってしまったネジやゴムチューブなどを拾い始めた。
 可愛らしいな、と目を細めるササムラは様子は父親のようで。彼も足元に転がっている小さなパーツを拾い、埃を払って少女に渡した。


 「気を付けろよ、もう落とすんじゃないぞ?」
 「はいっ!」


 ぺこり、小さく女の子はお辞儀をする。彼が深く頷くのを見ると彼女は駆け足に人混みの向こうに消えていった。くるりと踵を返した矢先、遠くからまた悲鳴と物が落ちる音がして、彼は苦笑いした。


 「おい!」


 後ろから呼び掛けられた気がして彼は振り向いた。軍人らしきロボットが2人。その片割れがゆらりと揺れた。
 目前に迫り来る拳!


 「おっと。」


 ひらりと首を逸らしてかわし、横から飛んできた足払いを小さく跳ねて避ける。ざわつき道の端に逃げる市民。苛立ち混じりに腹目掛けて打ち出される拳を両手で受け止め、捻り上げる。たじろいだ片割れが殴るより先に、彼がその首を掴む。


 「軍の御仁とお見受けいたすが、拙者に何の用だ?」


 ぎらりと光るアイモニター。
 暴れる軍人から手を離し、腕を組む。額の鉢金に突き付けられるのは震える銃口。


 「しっ、しらばっくれるなァ!」
 「貴様を脱獄罪で逮捕する!!」
 「ああ、ああ、分かった。そう怒鳴るな、まだ爺ではないのだからよく聞こえている。」


 だったら、と続ける下士官の腕が緩んだのを見計らい、手から銃を叩き落とす。落ちたそれを蹴り飛ばし、片割れが引き金を引くより早くそれも叩き落とした。身を屈め、丸腰になった相手の腹部に正拳を食らわせ、倒れ込んだ隙を見て走り出す。
 市民の波を押し分けへし分け、細い小路に飛び込んだ。

 暫く物陰から軍人が追ってこないか様子を伺い、すっかり巻いたことを確認して歩き出した足が、はたと止まる。先回りとは粋なことをする御仁もいたものだ。


 「この老体に、まだ何かご用かな」


 淀んだ青い目がゆうらりと焦点を合わせた。苛立たしげにライフルの柄で地面を叩くのをやめて、肩にかけ直したのはセントラル軍第13隊副隊長、グラッジバルド。
 かちり重なる視線、離した方が負け。


 「魚がフライパンから逃げようとして火の中に落ちる。観念しろ、罪を償うのは罪人の仕事だ。」
 「一難去ってまた一難、か。」
 「ほう、エディゼーラではそう言うのか、覚えておこう。」


 にたりと歪むグラッジバルドの口元。指はゆるく腕に収まっているライフルをしたりしたりとなぞっている。殺気立った感情を読み取ったのであろうササムラは、摺り足で間合いを取ろうと数歩退いた。彼は先程の2人とは訳が違う。
 後退り、背中に当たる冷たい感触は、配水管と、壁。横に動こうとしたその時、彼が叫んだ。


 「止まれ! ……エディゼーラは随分閉鎖的なワールドだったそうじゃないか、良い機会だから教えてやろう。セントラルでは軍が法だ、逆らえば命はない。特に貴様のような犯罪者はなぁ!!」


 ライフルの銃口がササムラを捉える。一発目は威嚇射撃。装填している間に逃げようと背にあった配水管を折り、手にして走り出す。


 「逃がすかぁッ!!」
 「では逃げさせて頂こう!」


 ダッ、と勢いをつけて駆け出したササムラはそのまま壁を掛け上がる!

 グラッジバルドはライフルを捨てリボルバーで狙い撃つも、通った後の壁に当たるばかりで掠りもしない。走って追いかけようにも、ぬかるんだ地面に足を取られてしまう。
 弾切れしたまま数回引き金を引くも、カチカチと空しく鳴るばかり。すっかり目の前から姿をくらました空間を憎々しげに睨み、今日何度目かで顔を歪ませた。


 「クソッ! どいつもこいつも! いつか殺してやる!!」


 リボルバーを地面に叩き付け踏み壊す。投げ捨てたライフルも途中で踏みつけ、憤りを抑えられず早足に歩いていく。彼が去った後には、ぐしゃりとひしゃげた銃身だけが二つ置き去りにされた。






 基地に帰ったグラッジバルドが一番始めに目にしたものは、自分のデスクに積み上げられた資料。片付かない仕事に顔を歪ませながらも椅子に腰掛け、山と積まれた一番上の資料を掴み、何の気なしにめくる。厚ぼったい冊子につけられたタイトルを見て、僅かにカメラアイを大きく開いた。


 『セントラルにおける犯罪被害件数の増加ついての報告』


 軍による監視の目が厳しくなってから路地裏に住むジャンキーによる被害が増加、そのうちの大半がストリートチルドレンによる盗難の苦情。澱んでいたグラッジバルドのアイモニターが一瞬光を灯し、またすぐに濁った暗い色を映した。口の端を少し上げて、ふと漏らす。低く、低く、ゆっくり。


 「パンを貪る害虫は、駆除しなければならん。」
 「は…?」


 地鳴りのような呟きに気付いた彼の部下が一人、声を引き吊らせた。
 何のことはない、根拠はあるのだから。違反者ならば根絶やしにすればよいだけの話だろう。 グラッジバルドは彼を見、今度はいっぱいまで口の端を吊り上げて言う。


 「次の会議でストリートチルドレンの掃討作戦を提案しよう。腐ったパンは捨て、蛆虫は駆除しなければなるまい? 新しい蝿が育つ前になぁ。」


 沸々と煮え繰り返る殺気を感じずにはいられなかったのだろう、部下は「その通りです副隊長!」と絞り出すように言うと、逃げ出すようにに立ち去った。
 グラッジバルドはそんな些細なことを気にも留めない。クツクツと喉を鳴らし、皿の上に積まれたマシュマロビスケットを口に入れ、舌の上で遊ばせた。

 愉しみで、待ち遠しくて、どうしようもないほどに仕方がない!



 歯車は今、ゆっくりと狂い始めたのかもしれない。




→To be continued!



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