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お人好しと嘘吐き論争
 向こうから来る影にバイコートは訝しげにアイモニターを細めた。
 雨だというのに傘もささずに歩いている。ああ、どこかで見たことのある、と思い起こせば、つい先ほど広場やらに顔を張り出されていたロボットではないか。すれ違いに傘をかしげ、ちょいとと声をかけた。


 「この雨降りに傘をささねぇた見上げたモンでさァ。水も滴る良い男ってねぇ。」
 「時にはそれもまた一興だ。」
 「まあ、渋いお人。」


 彼は口の端を上げて笑ったが、直ぐに冷めた顔をした。


 「ササムラ殿とお見受けいたしますが、表じゃ軍がアンタをお探しだ。」


 ほほう、とカメラアイのレンズが広がった。彼は忠告をしているのだろう。命が惜しいのなら早く逃げろと、一文字に結んだ唇が云っている。ゆっくりと雨が止んできたが、厚ぼったい雲はまだ動く様子がない。彼は空を見上げると深く息を吸った。


 「まあ、そういう時もある。」
 「さいですか、ではお気を付けて。」


 互いに会釈をして、何事もなかったかのように通りすぎる。表通りに出るのをちらり横目で見ると、彼は緩く首を振った。

 ササムラが軍に捕まり、打ち首になる様が脳裏に浮かんだ。手枷をされ、斬首台に頭を置き、最期の言葉を言い(彼は何故か「まあ、そういう時もある」だと思った)その辺にごろりと転がされるのだ。つまり今引き留めなければ、遅かれ早かれ彼はどうにかなってしまう。とらぬ狸の皮算用、見殺しにはできない、迫る罪悪感が彼の中に残った。




 家に帰ったジャスライトとバイコートの2人は、それぞれ出会った男について話していた。話の流れとしてはあまり良くはなさそうだったが。


 「確かに悪い奴には見えませんがね、厄介者が増えるのは遠慮しますよ、あっしは!」
 「だが困った時はお互い様だろう!」
 「アンタはそうやって犬か猫を拾ってくるみたいに言いますがね、その情の深さはいつか身を滅ぼしますぜ」
 「何だと!?」
 「まあまあお二人さん、ちょっと落ち着こうぜ。別に、俺達が面倒見なきゃならない訳じゃねえんだからさ」


 ヒートアップしてきた2人の会話を聞いていたゲインが立ち上がり、その間に手を置いた。2人はまだ何か言いたげな顔をしていたが、その場は仕方なく退いたようだ。

 ゲインはほっと、二人に気付かれないように安堵の息を吐いた。放って置けば頭も冷えるだろう、喧嘩を始めて引っ込みがつかなくなるのはまずい。彼は居心地の悪さを感じながらも、仕方がなしにそこに留まった。







 基地の廊下を歩くグラッジバルドの歩き方は、まるで地団駄を踏むように、地面を踏み均すように歩いていた。大股でがつがつと歩き、誰かと身体がぶつかっても無視して前へ進む。誰が見ても、彼は苛立っていた。
 その理由は3つ。一つ目は軍医セントリックスが頻繁に(それも無断で!)外出していること。二つ目は逃げ出した廃棄処分予定だったロボットが見つからないこと。そして今日3つ目の理由が出来たことで、彼の細い神経は限界に達しようとしていた。


 「レオハルト!」
 「なんだいグラッジバルド。」


 今にも胸ぐらを掴み掛からんばかりの勢いでグラッジバルドが詰め寄った。


 「とぼけるな、報告書の改竄をしたのは貴様だろう!? よくもまあ何食わぬ顔でコーヒーを啜っていられたものだ!!」
 「副隊長殿、私は何もしていないよ。それに、今日資料室に入ったのは私だけではないはずだ。ちゃんと入室記録があるだろう?」


 ぐ、と彼は言葉に詰まった。というのも、今日資料室に入っていたのはレオハルトを含めて5人。全員に当たる訳もいかず、一番怪しいと彼に目星を付けて迫ったのである。馬鹿の集まりともいえる14隊の中でも、レオハルトは違っていた。職務への熱心さに感心もそこそこあったが、それよりも軍規に反する面が気に食わない。


 「だがあの報告書は貴様のご友人殿のグランハルトに関係するものだったはずだ。」
 「憶測で言い掛かりを付けるなんて、君らしくない。」


 この場で殴りたい衝動を押さえつけ、グラッジバルドは般若のように顔を歪ませて声なく拳を振り上げ、机に叩き付けた。振動で置いてあった鉄製のマグカップが落ちてカランカランと乾いた音を立てる。

 ――だからコイツは気に食わないのだ!

 ギッとレオハルトを睨み付けて、彼は「疑って失礼した」と敬礼すると足早に帰っていった。その背の向こうでほっと胸を撫で下ろしていることなど知る由もなかった。



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