ニュース速報と、運の悪さと、私
昼になってもバイコートは出掛けたまま帰って来る気配はなく、ジャスライトが何気なく旅行番組(今回はメディアルドの話で、司会者とゲストが町を見て廻りを紹介していた)を聞いていると、ポーンと速報を知らせる音がしたので、ハッと我に返らされた。
『ここで緊急ニュースをお知らせします。ただ今セントラル軍海上保安部隊から入った情報によると、囚人達を乗せた戦艦から男が1人、セントラル市内に逃走したことが分かりました。男の名前はササムラ、大量殺人の容疑で逮捕され、特徴はエディゼーラの風貌に、癖のついた黒いファイバーヘア、グリーンのアイモニター。当軍は厳戒体制を敷き、周囲に警戒を呼び掛け……。』
分かったよ、と言っても聞こえないはずのニュースキャスターに返事をして、彼は席を立つ。がたりと椅子を動かす音で、ゲインが目を冷ましたらしい。まだ眠たそうな顔で大きな欠伸をしながら起き上がる。
「どっか行くのか?」
「少し散歩に。」
「気を付けろよ、眠っているエビは目が覚めると鍋の中、ってな。」
「聞いてるじゃないか。」
まあな、と彼はにたりと笑って足を組み替え、組んだ手を腹の上に置いた。また浅い眠りに入った彼に苦笑いして、ジャスライトは手早く銃剣を背にくくりつけて外に出た。
気が滅入ってしまいそうだな。そう思いながらジャスライトは曇り空の下のたくたと行く宛てもない散歩を始める。寂れた裏通りには何もない、いや、何かはあった。ごろつきの溜まり場となっている空き家、ストリートチルドレンの集会場、法外な値段で売買を行う闇市……。しかしそのどれにも用事がなかったから、彼はここに何もないと思っていた。
どうしたらこのような場所がなくなるのか。ジャスライトは歩きながらとりとめのないことを考え始めた。せめて身分証という制度を撤廃する必要がある。撤廃するためには軍を根底変えなければならない。完成しているセントラルという国を一旦解体しなければならないかもしれない。ならば――。
ぴしゃ、と冷たさを感じて彼の思考と足が止まる。
ぽつぽつと地面に黒い染み。大降りになる前に何処か雨宿りできる場所に入りたい。そういえば今日の新聞の天気予報に雨と書いてあったか。つい、この銃剣が傘だったらと思ってしまう。
開けた場所にいるのを後悔しながらジャスライトは走り出した。だんだん雨足が強まり、水溜まりが出来始めた。ばしゃばしゃ泥水を跳ねながら屋根を探してひた走る。
「お主、こちらだ!」
雨音に混じって聞こえた男の声をする方を振り向いた。誰かがドアのないガレージの中から手招きしているのを見つけ、ジャスライトはそちらに走り出す。
「どなたか存じませんが助かりました、ありがとう。傘を忘れてしまって。」
「まあ、そういう時もあろう。」
それもそうですね、とロボットを見たジャスライトの笑顔が凍り付いた。 癖の付いた黒いファイバーヘア、グリーンのアイモニター。アーム部分の手首側は縦に広く、横から見れば台形型をしていて、セントラルのロボットとは明らかに違う風貌は、ラジオで聞いた囚人の特徴そのままだったからだ。
しかし、これも何かの縁だ、と笑う彼が殺人鬼だとは信じられなかった。
「あ、あの、私はジャスライトとも申しまして…、し、失礼ですが、お名前は……。」
「相すまん。拙者、姓はササムラ、名はセイジューローと申す。ササムラで構わん。」
それからお互い何も語らなかったが、不思議と時間とともに嫌な緊張は解れていく。それというのも、ササムラは特段殺人鬼らしい恐ろしい形相をしているわけではなく、むしろ穏やかな表情で降り続ける雨を眺めている。そのうち、彼はぽつりと呟いた。
「さて、拙者はそろそろお暇するとしよう。」
「どちらまで?」
「風の流れに身を委ねれば、そのうち良い場所へ着く。」
小降りになった雨の中に、すっと足音もなく踏み出したササムラの腕をジャスライトが掴んだ。振り返った彼の目を見据えて言う。
「貴方が悪人だと言う話を聞きました! ですが、私にはそう見えない。もし困っているというならば私は喜んでこの手をお貸しします!」
まるで神に誓うような物言いに、ササムラは目を丸くした。
さあさあと雨の降る音だけが響く。
目を見据えたまま動かないジャスライトの手にそっと自身の手を掛けて離させると、声なく微笑う。
「良い子だな。」
彼の頭を撫でると、一つ頷いてから踵を返し、霧のような雨の中に歩き出した。白い靄の中に飲み込まれていく姿を、ただじっと見る。すっかり取り残された彼は、水滴の付いた手のひらで拳を握り、唇を噛み締めた。
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