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エストランドの伊達男
 午後のメインストリートでは、ジャスライトがパン屋を転々と巡っていた。

 比較的気の優しいパン屋から、パンの耳を持たされ、蹴飛ばされるように店から追い出される。地面に顔面から突っ込むように倒れ、顔を摩る。さすがに痛い。店主から怒号が飛び、跳ね起きて駆け足で帰りを急ぐ。礼を忘れなかったのはいいことだ、と自分を励ました。


 「あと卵とミルクがあったらフレンチトーストが出来るのにな」


 ぽつりと愚痴をこぼしても、それらが手に入るような金は持ち合わせていない。バイコート曰く、『身分証は誤魔化せても金は誤魔化せない』らしい。どちらも誤魔化してはいけないだろう、と考えながら行き慣れた路地裏に戻る。
 石造りの道路から外れると、そこからは土が露になった舗装されていない地面。ここが今の我が家なのだな、と思うと無性に空しくなった。


 「ん?」


 ジャスライトがふと足を止め、その視線の先には見慣れない姿。
 黒に水色のラインが入った鍔広の帽子を模したパーツに、燕尾服のようなボディのロボット。すらりと細いシルエットがその細身を一層引き立てている。伊達男、とでもいうのだろうか。容姿からセントラルの住民ではないと予測はしたが、彼は何かから隠れるように物陰に潜んでいた。


 「あの、何かお困りで?」


 声を掛けられたロボットがびくりと肩を震わせた。ぎぎぎ、とぎこちなく振り向く。水色のアイモニターのメインカメラが大きく開かれ、動揺の色が隠せない様子だった。


「だっ…誰だよアンタ……ぐ、軍人か…、はは……。」


 視線はジャスライトのボディを頭から足の先まで見るために上下している。見つかった、殺される、そう思っているのだろう。脱走しようがボディは軍人のままなのだから、彼が動揺するのも当然だ。


 「驚かせてすまない、私はジャスライト。確かに軍人だが、敵ではないよ。細かい話は後にした方がいい……かな。」


 そのロボットは安堵の表情を浮かべて胸を撫で下ろした。ジャスライトが先導する形で2人は荷箱の影から抜け出し、小走りで駆け出した。


 「畜生どこに逃げやがった!」
 「探せ! どうせ表にゃ出られやしねぇ!!」
 「おう!!」


 振り返ると血気盛んな軍人達がライフルだの警棒だのを持ってうろついていた。
 軍に追われるなど、窃盗か密航でもして目を付けられたのだろうか。とにかく、鉢合わせにならなかったことを神に感謝し、ジャスライト達はそのまま走る。


 「そう言えば、君の名前は?」
 「ああ、俺はG=ゲインってんだ。ま、こんな時に自己紹介も変だけどな。エストランドからワケありでね。」


 返事の代わりに頷いても、足は止まらない。しかし商店街の裏を抜ける途中、聞き慣れた声がして、ジャスライトが足を止めた。
 恐る恐る表通りを覗けば、軍人のロボットが2人、道の中央で何やら話し合っていた。
ゲインには申し訳ないが、ことの成り行きが気になる。
 ジャスライトは簡単に道のりの説明をして、「もし中に小太りのようなロボットがいたら、ジャスライトのツテで来たと伝えてくれ」と言って一人先を行かせた。


 かたや軍の鑑のグラッジバルド、かたや退役軍人のグランハルト。何をしでかしたのやら、2人は公衆の面前――それも、表通りの真ん中――で睨み合っていた。


 「貴様はまあ性懲りもなく…この裏切り者!」
 「おいおい、軍は市民の安全を守るってタテマエがあったよな?」
 「セントラルにおいて身分証非所持者への発砲は許可されている。必要なら書面をお見せするが。」
 「いらねぇよ、知ってっから。」


 紙袋を抱えたグランハルトが、怒り心頭のグラッジバルドからライフルを突き付けられてやれやれと首を振っていた。地面に紙袋を置き、両手を胸の横辺りまで挙げた。


 「何のつもりだ。」
 「何ってお前、銃出されたらこれしかないだろ?」


 掲げた手をひらひら振るのに合わせて吐かれたその台詞は彼の怒りを助長したようだ。腕のライフルではなく、胸の中央に手を掛けたので、グランハルトは思わず身構える。その胸の内にある物を知っている。
 しかし彼はすぐに手を離し、ライフルを抱え直すと空に向けて撃った。


  ドォン!


 しんと静まり返った群衆の中に、射撃音の余韻が響く。怒り冷めやらぬ彼は首に手を掛けてぐいと引き寄せた。


 「のうのうと生きてられるのも今の内だ!」


 ライフルの柄で重厚なボディを打つと、踵を返す。黒い山がざっと二つに分かれ、その中央を周りに目もくれず歩き出した。
 ジャスライトはかつての同胞達の様子に、飛び出して仲裁したい衝動に駆られたが、内気な性格も相まってままならなかった。また、出ていった所で収まるという保証もない。どこまでも臆病者で意気地のない自分が情けなく思え、俯いた。

 痛ぇなあ、と打たれた腹部パーツをさすりながら紙袋を拾うグランハルトに掛ける言葉さえ見つからない。


 「さあ、私も早く行かないと。」


 散り散りになっていく群れを見届けた後、重い足を引きずりながら家を目指す。 青く澄みきった空が、今日は忌々しく思えて仕方がなかった。

 ジャスライトが家に戻ると、2階でゲインとバイコートが何やら話しているのが聞こえた。ゲインが無事に着いていたことに安心し、階段の死角でそっと聴覚センサーの感度を上げた。

 「とにかく、場所が見つかるまででいいからさ!」
 「馬鹿おっしゃらねえでくださいよ、見ず知らずの奴を誰が面倒見ますかい!」

  ガタリ

 物音に気付いたバイコートが手すりから身を乗り出した。足の泥を落としている彼を見つけると、幾分苛立ちを含んだ声で声を掛けた。


 「お帰りなさいませジャスライトの旦那。こちらは旦那のツテでいらっしゃったゲインの旦那らしいんですが」
 「ああ、困っている様子だったから、力になれればと思って」
 「蓋を開けたらエストランドから亡命してきたって言うじゃないですか! そんなん匿ってたらどんなとばっちりがあるかわかったもんじゃねぇですぜ!?」
 「もともと私達は脱走兵とジャンキーじゃないか。な?」


 納得いかず不満げに口をヘの字に曲げたバイコートを見て、彼はにこりと笑ってみせる。 はあ、と溜め息を吐いてから、彼はごちゃごちゃと物が散らばっている床を指差した。その意図が掴めず、ゲインとジャスライトは顔を見合わせた。


 「3人になったら寝床がないでしょうが! あっしが指示しやすからきびきび働いてくださいよ!」



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