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ああ、知ってる、知ってる!
 「アンタは片付けもロクに出来ないんですかい? 全くセントラルの軍人様は軍規と敬礼と鉄砲の撃ち方だけ習って来たんじゃありませんかね!」


 小鳥が楽しげに囀ずる昼、元セントラル軍人ジャスライトとアクアリア出身の元商人バイコートは住んでいる、狭い小屋とも言える2階建ての建物からバイコートの怒号が響いた。本来軍人にこのような事をすれば引っ立てられてしまうが、地位のない脱走兵に容赦などしない。

 セントラルはその名の通り全てのワールドの中心であり、最大の権力と地位を持つ軍事国家。アクアリアは海上交通と貿易が発達しているワールドだが、海賊の危険にさらされている場所でもある。

 さて、何故バイコートが叫んでいるかといえば、原因はジャスライトが片付けを満足に出来ないことにあった。もともと気が長い方ではない彼にとって、ジャスライトの気の弱さは酷く目障りなのだ。


 「すっ、すまないバイコート、しかしどれが必要なのか私には分からないし、また取り出すことも考えると……。」


 迷い癖のある彼は収納する片付けには向かないらしく、担当していた棚の片付けは3時間経っても5段のうち下2段しか終えていなかった。
 そもそも掃除を始めた理由は、「改革を目標に掲げ、政府を打倒し路地裏の民に生存の保障を許される世を目指す(バイコートの意訳)」という拠点を整えることから始めようというジャスライト自身の案が発端である。
 つまりこれは自分の蒔いた種だ。


 「さっさと終わらせないと居場所がないんですよ。アンタの場所がなくっても構いませんが、家主の場所は作ってくだせぇ。」
 「君は、全く……。」


 身勝手な話だとジャスライトは思ったが、文句は言えない。生活の全てを彼が仕切っているのは紛れもなく彼だからだ。小さく溜め息を吐くと、仕舞いかけていた古めかしいランプをボール箱に入れた。

 このおんぼろ家屋はもともとは何かの店だったらしいが、店主たちは夜逃げでもしたのだろうか、物が置き去りのまま空き家となっていた。それをバイコートが見つけ、現在置き去りの荷物を私物化して勝手住まいとしているのである。
 そんな商魂逞しい彼は、手近な荷箱の上にどっかと腰を下ろすと、ラジオの電源を押した。



 『昨日午後未明より、セントラル軍本部に身分証の発行を求める人々がデモを行い、一部の公共交通機関が停止したことに対し政府は……。』



 ニュースキャスターの平坦な声が片付けの埃っぽい空気の中を漂う。
 商人はのろまに働く軍人に指示を出してラジオを聞き流し、軍人はラジオを聞いていたがためにのろまに働く。尻に火でも付けてやろうかとその尻を蹴り上げようとしたとき。

  ガガッ、ガッ…ピ――ビッ、ピ――――――ッ!!

 突然ラジオがハウリング音を鳴らしたので、バイコートは顔をしかめてそれを叩きに踵を返さざるを得なかった。
 ジャスライトにとっては不幸中の幸いであったが、当の本人は全く気付いていない。



 『あっ、あーっ、これ聞こえてっかな?』



 随分と気さくそうな男の声が聞こえてきて、咳払いを一つ。
 二人は彼が何を言い始めるか見当も付かなかったが、公共電波をジャックしているだろうことは何となく見当がついた。しかも片側の元軍人は、身内の恥とばかりに片手で顔を覆って首を振っている。


 『ようジャンキー共! 俺はグランハルト、お前ら困ったことがあったらジャンクポットに来いよ! ヤバイ仕事も手ぇ貸してやるぜ、じゃあな!!』

 ガピッ、と電波が千切れておかしなコマーシャルは終わった。
 放送事故を詫びる緊急放送が入ると、ジャスライトが無言で電源を切った。二人の間には、沈黙。ジャスライトが溜息を吐いて俯いたので、バイコートは彼を見て首を傾げた。


 「まさか旦那、さっきのちゃらんぽらんと知り合いですかァ?」
 「……軍にいたとき、一緒に働いていたんだ。実に彼らしいよ…。」
 「ハッ、そりゃあー随分変わり者のご友人をお持ちのようで。」


 ちょっと休憩しようか、と彼が提案すると、仕事をする空気じゃなくなったからと適当な理由をつけて2人は外に出た。
 あえて理由を付けたのは、何の理由もなしに外へ行くと言えば文句が矢のように飛んで来るだろう。不用意にひねくれ者の商人の癪に障るのは避けたかったのだ。











 セントラル軍本部では、グラッジバルドが医務室に向かって歩いていた。細長い銃身のライフルを背に構え、背筋をしゃんと伸ばして歩く姿は軍人の鑑と言っても過言ではない程よく似合っている。


 「ドク・セントリックス!」


 開いたドアの先には椅子に座った軍医がいた。
 セントリックスと呼ばれたロボットは椅子に座って足を組み、カルテをその足に掛けてマグカップに口を付けていた。
 白を貴重としたボディカラーが目にまぶしい。すらりとした細身で、長身のボディに不釣り合いなほどの、巨大なペンチのような物を左腕に着けている。

 彼は入り口でご立腹の軍人に気付くと、机上に散らばっているカルテをごっそりその隅に寄せた。


 「やあグラッジバルド、今日も外はいい天気だね! 昨晩から大変だったようだが無事鎮圧されたようで何よりさ、今日は今日で電波ジャックがあって基地は大わらわだったそうじゃないか、お疲れ様! さあ昨日の今日で今日の今日だ、随分疲れただろう。さ、良い子は早く帰ってベッドにお入りなさい。それともコーヒーを飲んでもう少し起きることにするかい?」


 グラッジバルドが入り口からセントリックスの目の前に来るまでの数歩の間に、彼の口というマシンガンからは休むことなく言葉の弾が弾き出される。
 グラッジバルドは彼の言葉などすっかり無視して彼に掴み掛かった。聞く耳など持っていない。


 「グランハルトに電波塔の手解きをしたのは貴様か!?」
 「おいおい君、どうしたら一介の軍医が退軍者に手解きができるというんだい? 全く幸せな頭をしているね。それに彼の行動を予測していたらこの私ならとっくの昔に、分かった瞬間と言ってもいい、早急に上層部へ伝えているはずで、こんな事なんて起きなかっただろうね。疑わしきは罰せずという諺を覚えておきたまえ、まあどこの諺かなんて知らないが。君には少し慈悲の心と寛容さが必要だよ。残念ながらどちらも現代医学ではどうにもならない代物だがね。一応処方箋でも出しておこうか?」


 一を聞いて百で返される。
 笑みの消えた視線が冷やかにグラッジバルドを見据えていた。長台詞を聞くうちに冷えてきた頭で言葉の意味を理解した彼は、一瞬躊躇ってその手を離した。


 「どうせ貴様もあの薄汚い裏切り者と藪医者共と繋がっているんだろう! 必ずその口を塞いでやる! 永 遠 に な ! ! 」


 座椅子ごと転がりそうになるほど力を入れて押され、セントリックスはデスクの縁に掴まってバランスを取った。マグカップを取り落とし、床へ広がるコーヒー。彼はそのまま立ち上がると、右手でグラッジバルドの頭を鷲掴む。


 「何のつもりだ貴様、俺を殺せば軍法会――!」

 「勝手にしたまえ、私が居なくなってから軍医がいなくて後悔するのは君達だよ! 金に目が眩んだメディアルドの医者だって軍医になりたがるのは少ないんだ。誰が好き好んでこんな場所に来ると思う? 左遷でもされなきゃ一生あり得ないね! それから、もう一度私の友人を罵ってみろ、今度はそのイカの背骨のみたいな腰をへし折って歯を一本残らず抜いてやる!!」


 出入口向かいの壁に叩きつけるように追い出すと、ドアにロックが掛かり電子板に『医師不在』との掲示。グラッジバルドは小さく舌打ちすると、暫くの間ドアを睨んでから立ち去った。

 足音が過ぎ去るのを確認してから、医務室に閉じ籠もったセントリックスは患者用のベッドに腰掛けた。思わず苦笑いが込み上げてきて、飲み掛けのコーヒーに手を伸ばした。まさか、たった一人の友人が路地裏の住民になっていたとは。
 グラッジバルドの疑ったとおり、グランハルトに電波ジャックの手解きをしたのはセントリックスだった。軍人を数人たぶらかして電波塔の鍵を手に入れ、なるべく多くの者に伝えられるよう周波数も弄った。ある日突然訪れた来客だったが、友人の伝手で来たとあれば、無下に突っ返すことが出来なかったのだ。窓際に立ち、彼の友人がいるであろう場所――セントラルの街を見て呟いた。


 「敵わないね、これは。」

 
 クスクスと含み笑いをもらし、彼はマグカップを拾ってコーヒーを入れ直した。




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