見参!プラズマ合体、ライジング 1
「遊びに行ってきまーす!」
立之山小学校5年生、岩浪マサカズはランドセルを玄関に放り投げて、戸口に置いてあったサッカーボールを持って外へ飛び出した。
「宿題終わらせなさい!」という母親の声などどこ吹く風、その背中は既に小さくなっていた。
「遅いよマサ!3時集合って約束したじゃんかぁ!」
マサカズが広場に着いたのを見つけたおかっぱ頭の少年は、声を張って不満を言った。垂れた目に釣り上がった眉は不似合いで、怒っているのか呆れているのかは判断しかねた。
「わりぃわりぃ、そう怒んなってダイチ! 掃除に時間かかってさぁ! アマネのヤツ、当番手伝わせんだもんよ。オレ教室掃除じゃないのにさ!」
他の数人に肘で小突かれながら苦笑いした。
「ま、とりあえずサッカーしよーぜ!」
「しかたねぇなぁ、ほらいくぞ!」
子供たちが位置について、先陣をきった子がボールを蹴った。しかし、ゴールを見れば人がいない。
「あれっ、キーパーいねーじゃん。」
走りながらそう言うと、隣にいた背の高い男の子がマサの背中を叩いた。
「遅刻したバツ、キーパーはおまえだ!」
「えっ! そんなのアリかよーっ!?」
「キーパー! 早く来ないとゴール決めちまうぞーっ!!」
ボールを持って行った子がゴールの前で止まり、手を振っている。
「覚えてろよチクショーっ!」
笑いに見送られながら、マサは慌てて走り出した。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、辺りはすっかり夕闇に包まれた。にも関わらず、いつもならとうの昔に点いているはずの電灯は一本も点いていない。
みんなと別れてから一人で歩く帰り道は、暗く淋しく、そして寒い。
「早く帰ろーっと…。」
誰にともなくいった言葉が闇に吸い込まれていくのが、また一段とそれを強くした。
よくよく周りを見れば、どの家も真っ暗だ。
この食事のゴールデンタイムにみんな寝ているはずがない。まして、知らぬ間に災害があって避難したということもないはずだ。
目の前にある自分の家も真っ暗で、人がいるやらいないやら、重く沈んだ様子である。だとすれば、思いあたることは一つ。
「停電、かなぁ……。」
自分のこの考えはあながち間違いではなかった。
ただ一つ間違っていたのは、中の住人がこの事態をそれほど重く受け止めていないことだった。
彼の母は「ロウソクがあってよかったわ」とアロマキャンドルを灯し、大学生の姉、ショーコはその明かりで気楽に教科書を読んでいる。
「停電したってのに二人ともマイペースだなぁ。」
「あらマサカズちゃん。こういう時こそ落ち着いて行動しなきゃ、ねっ?」
「『ねっ?』じゃないよ母さん…。」
どこまでマイペースな人なんだ。という率直な感想は口に出さなかった。
結局、前日に停電が復旧することなく朝を迎えた。
「行ってきまーす!」
「おはよぅー…行ってらっしゃぁい……。」
食パンを2枚持ったマサが慌ただしく玄関を出ていく。入れ代わりに、一番遅く起きてきたショーコが見送りを兼ねた挨拶をする。これがこの家の日常だ。
現在も停電が復旧していないことを除いては。
「停電、まだ直らないみたいだね。」
「ねー。テレビみられなくてアマネつまんなぁいっ!!」
クラスメートのダイチ、アマネとマサが窓際で話をしている。今はどこもその話題でもちきりだ。
「ぃよぉっし! これは調査しないと立之山アドベンチャーズの名がすたるってもんだぜ!!」
マサが目を爛々と輝かせて提案した。
「さんせーっ!!」
「ち、ちょっと待った! 調査っていっても何するのさ?」
ダイチが至極真っ当な意見を切り出した。つい先程までやる気満々だったマサはがっくりとうなだれた。
「考えてない…。」
「やっぱり。」
思わず苦笑いをこぼすダイチ。
「もう! 期待してたのに!! バカカズっ!!」
アマネは期待に裏切られたのがよほど腹立ったのか、口を尖らせた。
「バカってなんだバカって!アマネだってやる気だったじゃん!!」
「あたしはちゃんと考えてたもん!」
「じゃー言ってみろよ!」
「バカカズには教えなーい!!」
「やっぱり考えてなかったんじゃないかよーっ!!」
「かーんーがーえーてーたーっっっ!!!」
「ふ、二人とも落ち着きなよぉ…。」
だんだんヒートアップしてくる二人を止めようと、ダイチが割って入ろうとした。
しかし。
「うるせーっ!」「ダイチくんはだまってて!」
と、覇気迫る剣幕にすっかり押されてしまい、すごすごと引き下がるしかなかった。
ガララララララッ!
教室の扉が開いて、先生が入って来た。ぎゃいぎゃいと喚きあっている二人の横に立ち一喝。
「こらっ、五年生にもなってケンカしちゃダメでしょ二人ともっ!」
「だって先生! アマネがぁ……。」
五年生にもなって、じゃなくて、五年生だからこそなんだよ! とマサは反論したくなったが、またこの大人に言いくるめられてしまうのだろう。
そう考えれば、押し黙っていうことを聞いていた方が賢明だと判断した。
「違います先生ぇ〜っ、マサカズくんがぁ〜〜…。」
得意のぶりっ子で先生に反論するアマネ。先生は言い訳をする男子より、言うこと聞く可愛い子には味方してくれるはずだ。という勝算がそこにあった。
が、残念ながらそれはぴしゃりとはねのけられた。
「ケンカ両成敗ですっ! ほら、二人とも『ごめんなさい』は?」
マサとアマネは顔を見合わせた。
お互いに『コイツだけには謝りたくない』という意地があった。が、先生に怒られるのはもっと嫌だ。
そういう理由で仕方がなしに向き合って。
「………ごめんなさい…」「……ごめん…」
頭を下げた。
そんな二人の心中など露ほども知らない先生は、その様子を見て満足げに笑った。
「よろしい! じゃあ、授業を始めまーす、みんな席に着いてー。」
振り向いたその後ろで激しい睨み合いがあることも、むろん知る由もなかった。
キ―ンコ―ンカ―ンコ―ン キ―ンコ―ンカ―ンコ―――ン…。
給食と休み時間以外はほとんど退屈な学校のチャイムが今日の終わりを告げた。
掃除のある者は淡々と、または鬱々としながら各々の場所に向かっていく。マサはといえば、ウキウキとランドセルに教科書数冊をしまい早々に帰ろうとしていた。
「マサ!」
「おっ、アマネ。今日の放課後『いつもの場所』に集合な!」
「それはいいけど、ちょっと手伝ってよ。黒板の掃除。」
黒板消しを突き出した。どうやら上まで手が届かないらしい。少し考えてから返事をした。
「………仕方ねーなぁ…。」
「ありがとっ!」
こう喜ばれると「やっぱやーめた!」などと言えなくなる。男に二言は…とまではいかないが、相手をがっかりさせるのはどうにもはばかられた。
「マサー、早く行こうよー。」
先に廊下に出ていたダイチが教室の入口から彼を呼んだ。
「わりーダイチ! ちょっとヤボ用できたから先に行っててくれ!」
「え〜っ……仕方ないなぁ、早く終わらせて来てよ!」
「オッケー!」
しかし「とんだ安請け合いしちまったよ」と内心苦笑いした。黒板を水拭きするだけだからすぐ終わるさ。
前向きに考え直して黒板消しを受け取ると、軽く腕まくりをして黒板に向かう。
「さーて、さっさと終わらせるかぁ!」
ほの暗い空間で鈍く白い光を反射する姿が一つ。
「おい、イルリッツ…いつまでこんなくだらんモノを見せる気だ!」
モニターにはごく普通の地球(それも日本)の番組が流れていた。コメディアンらしい人物が何か言えば、客なのか合成音声なのかわからない笑い声がどっと流れる。
「静かにしろダイペイン、これは研究だ。星を滅ぼすなら星を学ばねばなるまい? そして短期間で有効な手段を……。」
うんぬんかんぬんと小難しい征服論を並べ立てる冷静な言い回しに腹が立つ。ダイペインが彼を嫌う理由の一つが、この知識人ぶる所だ。
「それに、今回の作戦は私がテイオルド様に任されたモノだ。お前は黙って私に従っていればいい。」
「ふざけたことをぬかすな小童!」
腰に差した刀を抜いた。ぎらつく黒光りがイルリッツが睨みつける。
剣の切っ先が面前に突き出されても、彼は微動だにせず、ただそれを見た。
互いに沈黙を守る。
更に苛立ったダイペインが口火を切った。
「何が学ぶだ、こんな星はさっさと潰してしまえ!!」
刀を振り上げての威嚇。それも、斬らないと解っている彼は怯えを見せない。
例え本当に斬られるとしても、自分なら避けることができるという、絶対的な自信がそこにはあった。
「どうした、斬ってみろ。」
「 怖 い の か ? 」
ダイペインは目を見開いた。
そして、空気を裂かんばかりに吼えた。
「 う ぉ ぉ ぉ お お お ぉ ぁ ぁ あ あ ! ! ! ! ! 」
ザン…ッ!
ダイペインの荒い呼吸が響く。イルリッツのすぐ横にあった何かの機械が真っ二つになった。
それはゆっくりと左右に傾き、ズズン…と重苦しい音を立てて倒れた。
彼は一瞬きょとんと目を丸くしていたが、驚きはすぐに笑いに変わった。
「一人殺せん奴に、奴らを倒せるものか! ハーッハッハッハッハ!!」
その嘲笑にダイペインは肩を震わせて堪えた。
今の自分の『気持ち』など、楽観主義の騎士になど解るはずもない! 自分にそう言い聞かせ、白銀に背を向けた。
「貴様になんぞ……一生解らん!!」
刀をしまい、どこへともなく歩き始めた。イルリッツは彼の様子を鼻で笑い、独りごちに呟いた。
「フン、時代錯誤の青大将が……。まあいい、私の作戦は既に動いている。」
モニターの明かりに照らされた部屋で、彼の笑い声が高らかに響いた。
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