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登場!イカズチの兄弟ロボット 2
 通学路を歩いていたマサがふと足を止めた。工事中の立て看板があり、柵の中ではパワーショベルが地面を掘り返していた。建設現場の様子をじっと眺めていると、男が一人近付いてきた。

 「よぅマサ坊!」

 日に焼けた茶色い肌に土で汚れた白いシャツ、頭には安全第一と緑の文字が映える黄色いヘルメット。

 「ユタカにーちゃん!」

 マサはぱっと顔を輝かせた。

 ユタカにーちゃん、と呼ばれた男はにかっと白い歯を覗かせた。

 「久しぶりだな、元気にしてたか? ま、お前が元気じゃないなんてことはありえないな!」

 屈んで目線を合わせて、ぽんぽんと頭を叩く。細い目が笑って一層細くなった。

 ユタカにーちゃん、本名は三島裕。マサの両親がユタカの両親と仲が良かったため、仕事の都合で家を開けたときは、マサはよく彼の家に預けられた。その時の遊び相手になってくれたのがユタカだったのだ。

 「ひでーこと言うなぁ!」

 むすっと頬を膨らませてマサが異論を唱えると、ユタカは不思議そうにマサの顔を覗き込んだ。

 「じゃあ、たまにはしおらしくなったりさしたのか?」

 「いーや、全然!」

 「そーゆーヤツは、こうだっ!」

 にしし、と悪戯っぽい笑いを浮かべるマサの頭を拳で挟んでぐりぐりと動かした。

 「にーちゃん! 痛い痛い!ギブギブギブ!!」

 やっと解放されたマサは文句を言った。

 「ったく! にーちゃんは加減ってのを知らないのかっ!!」

 「あー、悪い悪い。」

 あくびれる様子もなく、爽やかな笑顔で謝るユタカ。

 「まったくもー!」

 マサはまた頬を膨らませてそっぽを向いた。そして顔を見合わせて、大声で笑った。

 お互い性格にさっぱりした部分があり、歳の差はあるが気兼ねなく遊べるような仲だった。

 「そうだ! にーちゃんあのショベルカー使うんだろ!」

 マサは現場の片隅に置かれた黄色と黒のショベルカーを指差しながら言った。

 「おう。なんでも親方が前にアメリカから輸入したんだってよ? ホントかどうかはアヤシイけどな。」

 「へぇー、すげー!」

 マサが目を輝かせていると、遠くからよく通る怒鳴り声が聞こえて2人は思わず首を竦めた。


 「おい三島ぁ! いつまでくっちゃべってる気だぁーッ!!?」


 「はいッ! 今行きますッ!!」

 大声で返事をしたユタカはマサの頭をわしづかみして、髪をぐしゃぐしゃにするように撫でる。

 「じゃあなマサ、また今度!」

 「うん、またね!」

 現場に駆け足で向かうユタカの背中に向けて、大きく手を振った。





 「フン、美しくない土地だな。下等生物どもがうじゃうじゃと我が物顔で歩いているとは!」

 暗い部屋の中、銀色の鎧がモニターの明かりに照らされている。イルリッツは腕を組み、顔を少し上に反らしてモニターを眺めていた。

 怪しげな緑色の液体に浸された生き物の入った筒がいくつも並び、研究室のような不気味な空間である。時折ホルマリン漬けの生き物が入ったような筒を愛おしそうに撫でた。そのうちの一つを取り出し、中の生き物を宙に掲げた。

 「この私が! この私の最高傑作で! より住みやすい地にしてやろうではないか!! ハァーッハッハッハッハ!!!」

 「五月蝿いぞイルリッツ!」

 高笑いを聞いて駆け付けたダイペインが怒鳴った。しかしイルリッツは気にすることもなく笑い続ける。

 いい加減にしろ! 気味が悪い! おい、聞いているのか!?

 仕舞いには息を切らせながら怒鳴るダイペインだったが、全く効果がないことを理解すると、ぐっと反られた背中に手刀を食らわせた。

 「フハハハハハハ、ハハ、フハハハハハぶげふぉっゲボッゴブォッぷぉお!!」

 予想外に効果があったのか、身体をくの字に曲げて咳込んだ。

 「何をするかこの青大将! 私の背中を蹴るとは百万年早いぞ!」

 「五月蝿いと言っとるんだ!」

 イルリッツは軽く溜息を吐いた。

 「全く、私がコレを作らなければこの侵攻がどれ程厳しいものだったかわからないのか。」

 「それとこれとは別の問題だ!」

 イルリッツはまた溜息を吐くと、ダイペインに背を向けて歩き出した。

 「おい、イルリッツ何処へ行くつもりだ!?」

 「フン。貴様と話すのは時間のムダだ。散歩にでも行こうと思ってな。」

 「何ィ!?」

 じゃあな、と軽く手を挙げて去っていく背中を、ダイペインは拳を震わせながら睨みつけ、壁に拳を叩きつける。

 「勝手にしろ小童が!!」

 ダイペインの叫びは、広い研究室に虚しく響いた。





 「あっ。」

 角を曲がる車に気付いたマサは道路の右端に寄った。曲がってきた見覚えのある黒い車は、埃と引っ掻かれた痕のような擦り傷で全身が白っぽくなっていた。

 「ばっ、バンテラー!?」

 マサは、誰かが自分の代わりにやってくれたんだ!と感謝せんばかりの笑顔で言った。その雰囲気を察したのか、バンテラーはひどく不機嫌そうに返事をした。

 「はい。」

 そうですが、何か問題でもありますか。と付け加えた。

 しまった顔に出た!

 マサは慌てて取り繕おうとしたが、緩んだ顔はなかなか元には戻ろうとしない。やっと顔が戻った頃には、バンテラーが一層不機嫌そうにしてそのまま止まっていた。

 この黒い車から白い目で見られているような気配を感じ取ったマサは、何とかしてその場をやり過ごそうとした。

 「ま、まず、通行の邪魔だし、どっかに移動しよう、な?」

 バンテラーはしぶしぶドアを開けてマサを乗せた。



 「人間とはつくづく失礼な生物ですね。」

 バンテラーの呆れた声がスピーカーから聞こえた。

 「何で?」

 さっきの考えを感づかれたような気がして、マサの声が動揺して震えた。

 「なんであんなにしつこく追いかけて来るんですか。理解に苦しみます。」

 女子高生のように「アイツマジワケわかんないよネー!」とでも言い出しそうな調子でバンテラーが言った。

 もちろん、本人にはそんなつもりは露ほどもないだろう。

 「そ、そんなのオレに言われたって困るしぃ…。」

 半分ほっとしたが、助手席のシートに埋まって、彼がああだこうだとまるで小姑のように愚痴をこぼすのを聞き流した。

 その間、「ああ」とか「うん」などと適当な相槌をうちながら、こいつが人間じゃなくてよかったと考えた。

 自分のばあちゃんかそこらじゃなくて本当によかった。

 マサはほっとしたような残念なような、複雑な気持ちでマシンガントークを聞き流す。早く終わらないかな、と思っているとバンテラーが急ブレーキを掛けた。

 「げうんっ!?」

 前のめりになる身体。

 腹に食い込むシートベルト。

 「なっ、なんだよバンテラー! 危ないだろ!!」

 ヘッドライトがキョロキョロと辺りを見回す。人通りのない十字路は何だか不気味だ。


 「道に、迷いましたね……。」


 さらりと言い放つバンテラー。

 マサがハンドルを力いっぱい殴ると、クラクションが悲鳴のように甲高く鳴った。その意外な硬さに手がじんじんと痺れたが、そんなことはどうでもいい。

 「何するんですかお馬鹿!」

 バンテラーがヒステリックに叫んだが、マサはそれを遮ってさらに大きな声で言った。

 「ここどこだよ!」

 「知りませんよ!」

 「何で!?」

 「不案内すぎるんですよ!」

 「だったらカーナビつけろ!」

 「カーナビって何ですか!?」

 ああ言えばこう言うとはよく言ったもので、互いに言い返す言葉がなくなってからようやく決着がついた。

 「全く不毛な争いでした……。」

 「ホントだよ……。」

 マサは不毛の意味が分からなかったが、とりあえず彼に同意した。

 「仕方ありません、来たと思われる道を通って帰りましょう。」

 「できるなら最初からそうしろよな!」

 マサはまたぺちんとハンドルを叩いた。するとバンテラーが苛立ちのこもった不満そうな声をあげた。

「いちいち叩かないで下さいよ。痛んだらどうしてくれるんですか! ほら、行きますよ。」

 マサはぶつぶつと小声で文句を言いながらねじれたシートベルトを直した。

 エンジンをかけたバンテラーは元来た道を迷いなく帰って行く。

 「あのさぁバンテラー、ひとつ聞いてもいい?」

 「何ですか。」

 「何でこんなに引っかき傷ついてんだ?」

 「ぐっ…そ、それは……。」

 まさか、裏道へ入ったら猫の集団に会い、そのうえ爪研ぎ板がわりにされたとは口が裂けても言えない。うっかり話そうものなら笑われた揚げ句馬鹿にされかねない。

 何よりこれは(あるかは分からないが)末代までの恥に値することだ。

 もし彼が人間だったなら冷汗をだらだらと流しつつ赤くなったり青くなったり忙しかっただろう。


 「まさかネコに引っかかれたなんて、そんなわけないよな、あはは!」


 「そ、そうですよ、あるわけないじゃないですか、あははははははは!」

 バンテラーは心の底から「助かった!」と思った。同時に、もう二度と裏道は通らないことを堅く心に誓った。


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あきゅろす。
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