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八 血の気のない朝の君と蒼白い曇
「旦那、朝ですよ。」


ドアを開けるとそこは箪笥と本棚とベッド、それから机と必要最低限の物しかない質素な部屋。

飾り気のない無地のカーテンが、すきま風でゆらゆらと揺れている。寒い朝だ。

ベッドで眠る彼はまるで死人のようだ、と青年は思った。

いっそ死んでくれれば親の仇にもなるのに、とも思ったが悪いのは彼の親であって彼ではない。

しかし、どうしてもこのやり場のない気持ちの矛先は彼へと向くのだ。

何気なく手を取って脈をはかってみると、小さな血の流れが分かる。


まだ生きている。


「早く起きないと、旦那の分まで食っちまいますよ。」

「それはだめ。」

「だったら早く起きて下さい。」

ふと屋敷に仕え始めた頃を思い出した。

投手と召使いが一緒に食卓につくなどということにいちいち驚かされていた。

彼という男は身分差を一切考えない。

だからこそ貧乏貴族なのだろう、と考えたこともあったが今はどうでもいい。

早く彼が起きなければ、青年は朝食を食いっぱぐれる。

それが今、青年が働く唯一の仕事であり、唯一の心配だった。

「今日はお偉いさんがいらっしゃるんでしょう。」

「あの人は嫌いだ。太ってて、見栄っ張りで、傲慢で、意地汚い。」


「意地汚いのは旦那とどっこいでしょうよ。さ、早くベッドから出て。」

「いつからそんなこと言える立場になったね。」

「昔から言える立場でしたよ。さ、早く、こっちも朝から食いっぱぐれたくないんでねぇ。」

無理矢理手を引いて起こしてやると、彼は嫌そうに眉をひそめた。

近くの椅子に座らせて、クローゼットからいつもの燕尾服をだして着せてやる。

「本当、手のかかる旦那だ。」

「うん。」

「うん、じゃない。嗚呼、本当に殺してやりたい。」

結局この朝は乾いたパンと冷めたスープが彼らを出迎えてくれた。



こんな朝が続くのも、あと一月。






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