四 淡き夢見る泡沫の恋
めずらしく彼の屋敷の前に立つ娘が一人。
籠にはパンとワインを一瓶。口に手を当て、すみません、と叫ぶ。
「今開けやすよ。」
青年が庭の方から来て重い門を開けた。
「いつもすいませんねえ。」
「いいえ、いいんです。それより、彼はお元気ですか。」
「ええ、元気ですとも。我が侭すぎてたまに憎らしいですがね。」
それを聞いた娘はほっと息を吐いた。
「それはよかったですわ。」
しかし、その表情にはすぐに影が差した。
「どれだけ想っていても、彼には届きませんのに、私は何て愚かなんでしょう。」
青年は娘の頭を優しく撫でた。
同時に彼を憎らしく思い、この馬鹿野郎め、と罵った。
「身分なんて、気にするこたあないでしょう。アナタも、旦那も。」
それを聞いて、娘は首を横に振った。
「貧乏な貴族と結婚しても、玉の輿にはならないからと両親に。」
娘は目を伏せて続けた。
「それに、私は来月、結婚しなければならないのです。」
「嗚呼。」
「手紙を、手紙を。」
とうとう娘は堪えきれなくなって、顔を覆って涙を流した。
止めどなくあふれてきては、指の間を滑り落ちていく。
「ほらほら、泣かないでおくんなまし。アナタが泣いていてはうちの旦那も気が気でなくてどうしようもなくなっちまうよ。」
「ええ、ええ、分かっていますわ、わかっていますとも。」
それから娘は青年に世間話を2、3してから来た道を戻っていった。
途中振り返って、所々色の剥げ落ちたみすぼらしい屋敷に向かって礼をした。
「旦那、手紙ですけど、燃やしますか。」
彼はゆっくりと、長く、息を吐いた。
「いいや、貰っておこう。」
「なんで、言わなかったんです。愛してたんでしょう。」
「身分の差というものは、お前が思う以上に埋まらないものなんだよ。」
「でも。」
青年の言葉を遮るように、彼はぽつりと言った。
それを聞いた青年は、これ以上何も言えなかった。
「お幸せに、初恋の人。」
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