三 退屈凌ぎに自分を売る
冷たい午後の風が閉めているはずの窓から吹いてくる。
揺り椅子をゆらゆらと揺らしながら、彼は本を読んでいた。
「旦那様。」
「鍵は開いているよ、入るといい。」
キィキィと古びた音を立ててドアノブが回ると、ゆっくりとした足取りで給仕が入ってきた。
「旦那様、お手紙が届いております。」
「請求書だったら、焼いてしまって構わないよ。」
「いいえ旦那様、御友人の方からです。」
ほう、と関心を示して手に取ってみれば、差出人の名前を見るなり眉をひそめた。
「捨てておきなさい。」
「え…しかし、折角のパーティの招待状ではありませんか。」
返されたそれを受け取りつつ、小さな反論。
しかし彼の視線は手元の本の字をつらつらと追っていて、聞く耳も持たない。
ページをめくる手を止めずに言う。
「うちが貧乏なのを知っていての嫌がらせ。何度辱めを受けたことか。」
と。
給仕は言葉が出てこなかった。
気まずい沈黙が流れようとしたとき、給仕が口を開いた。
「分かりました。」
一礼して、音も立てずに部屋を出て行き、扉の閉まる音だけが響いた。
入れ替わりに青年がティーセットの乗ったワゴンを運んできた。
「どうかなさいましたか。」
それを聞いた彼は、ははは、と顔を手で覆って笑った。
「私が出した手紙が、届いたのさ。」
「は。」
一瞬理解ができずに思考が働くことをやめた。
「私が私に宛てて出した手紙が、さっき届いたんだよ。」
そう言ってまた、はは、と笑った。
「誰からもお誘いが来ないから、自分で出したんだがねえ。受け取ってから、急に、虚しくなってしまったよ。」
青年は黙って彼の話に耳を傾けていた。
そうして熱い紅茶を一杯、そっとテーブルの上に置いて部屋を後にした。
彼が咽び泣く声が静かな廊下にこだました。
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