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04 幸か不幸か、二面性
 「ササムラ!アイツらまだ追い掛けてくるぞ!!」
 「だが構っている暇はなかろう、忍びないが、後の者に任せる他ない」


 後方から迫り来る敵に構うことなく、ジャスライトとササムラは息を切らして走る。肩や足を銃弾が掠めるが、それは些細なこと。気に止めている時間はない。とにかく今は敵の総大将の元へ向かわなくてはならない。元隊長の記憶にある地図だけが頼りということに、武士は幾らかの心もとなさを感じていたが。

 そんな心配をよそに、元隊長の余裕は時間と共に削れていた。迫る敵に為す術はなく、散り散りになった同胞の安否を確認することもままならない。
 頭が上手く働かず、行くべき道が分からなくなる。過去には自分の庭のように闊歩していたこの施設も、恐怖心に煽られた今ではまるで迷宮を走っているようで、これが正しい道なのか判断できない。




 怖い。




 その瞬間に彼は、ぷつり、と何かが切れるのを感じた。





 後ろの軍人がびたりと止まった気配がして、ササムラも急いで足を止めた。

 
 「ジャスライト殿!」


 ぐるりと踵を返し彼は、先程までの雰囲気と明らか違っていた。不安、恐怖、焦燥、悲観、今まで感じていた感情が、一瞬にして消えた。
 迫る敵を真っ直ぐ見据えるも、その姿勢はどこか気だるそうに傾いていて、両腕は所在なさげに揺れている。


 まさか、諦めたというのか?


 ササムラに初めて動揺の色が浮かんだ。誰しもこのような状況に置かれれば絶望もするだろう。しかし、善か悪か分からないにせよ、自分達には目標がある。それは路地裏の住人にとってあまりにも荷がかちすぎていたかもしれない目標だが、今それを達成しようと銘々しのぎを削っているのだ。
 しかも、我々を前に進ませようとしているというのに諦めるなど、申し訳が立たない。


 「振り返ってはならん、先に進まねば――」


 腕を掴もうとした矢先、ジャスライトは駆け出した。

 恐ろしいまでのスピードで直線の廊下を駆けていく。まるで野獣の如く四足で駆け、身体を床すれすれまで低く保ったまま。恐怖に駆られた防衛機制は、暴力と称するにはあまりにも狂暴だった。

 突然の事態に軍人達が足並みを乱した。それは絶好の機会。逃しはしないと言わんばかりに、彼は一番手近な奴を殴り倒してライフルを奪い、サバイバルナイフをもぎ取った。そのまま低い体勢を保ち、銃底をもって近場の敵の顎を突き上げ砕く。

 照準を合わせるには近すぎて、間合いを取るにも余裕がない。急げ、と号を掛けた所で一旦崩れた陣を立て直すには時間が足りなかった。


 「隊列を乱すな! 奴は1人だ、一気に叩き潰せ!!」


 痺れを切らした指揮官が怒号とともにハンドガンを撃つ。悪足掻きが功を奏したのか、肩の装甲の突起部分が吹っ飛び、それに驚いたジャスライトはたたらを踏んだ。

 時間さえあればこちらのものだ、こちらは戦闘のスペシャリストなのだから。指揮官は口の端を釣り上げて号を掛ける。瞬きの間をもって間合いを取り、数多の銃口が一匹の獣を蜂の巣にせんと鉛色の牙を光らせた。

 だがその獣はあまりにも堂々としていた。無数の牙が取り囲んでいるという状況にも関わらず、ただ一度だけぐるりと周りを見渡して、そのまま背筋を伸ばして直立していた。


 「ジャスライト殿…!」
 「動くな反逆者! 貴様も同じ道を辿ることになる。良く見ておくんだな!」


 ジャスライトが取り囲まれているとはいえ、ササムラが全くノーマークであったということではなかった。彼に比べれば少数であるとはいえ、その照準は確実に武士を捉えている。自分一人なら防ぎきれるとしても、彼を助けようと守りながら戦うことは難しい。
 刀の柄に手を掛けたが、そこからどうすることもできず、きつく鞘を握り締めた。



 「撃て!!」



 指揮官の号令とともに一斉に引き金が引かれる。
 だが軍人達が号を聞き、理解し、行動するより早く――正確にはその号が発せられる前に、既に獣は動き出していた。

 またも銃底で、直進上にいた軍人の喉を突き、それを足場に壁に跳ねる。その勢いをもって対向へ跳び、同士討ちを始めた彼等の背後へ回る。敵が振り向くより早く、ナイフを突き刺して背を裂く。使い物にならなくなったライフルで横に回り込んだ軍人の頭を薙ぎ、新しい得物を奪い取った。逃げようと後退る胸に弾を撃ち、沈んだ敵を飛び石代わりに進攻する。

 目の前で繰り広げられる惨劇に、ササムラは言葉を失っていた。もはやこれは劇という言葉では不適切に感じる。それでいて非現実的だった。

 足元に広がっていく光景に、過去を思い出す。狭い長屋の一室に転がった無数の、まだ幼かった骸達。あの子達もこうして逃げたのか、こうして殺されたのか。


 気が付けば駆け出していた。


 例え助けようとしているのが濡れ衣を着せた憎むべき相手だとしても、仲間の暴虐を止めなければならない。不必要な、望みもしない殺戮をさせて、彼の罪を増やすことを止めなければならない。親のような慈愛をもって武士は駆けていた。


 「止せ! もう止めろジャスライト殿!! 無用な殺生は必要ない!!」


 「う゛ぅ゛ぅ゛う゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」


 暴れ狂う軍人を後から羽交い締めにしているうちに、軍人達は通路の角を曲がり散り散りに退却していった。
 右へ左へ身を振って逃れようとするジャスライトの肘が幾度となくぶつかる。ただ押さえ付け、ぐずる稚児をあやすようにはいかない。ササムラは素早く腰に備えた鞘に手を掛けた。


 「御免…!」


 ドッ、と鳩尾に柄が食い込んだ。がくりと項垂れた彼に申し訳なさを感じながらも、何とか止められたと一息吐いた。
 しかし、これで暫くはこちらに注意が向かないだろう。既に、近くには殺気も気配も感じられない。
 ササムラにとってエレベーターは未知の物体である。そのため一人で扱うことが出来ないため、ジャスライトが再起動するまでは足止めを食らうこととなった。




 どれくらい経っただろうか、強制シャットダウンをさせられていたジャスライトが目を覚ますと、丁度通路を挟んだ向かい側に腰を下ろしているササムラが視界に入った。刀を立て、胡座をかいて俯きがちに座っていた彼が、ジャスライトの起きた気配に気付いて顔をあげる。


 「おおジャスライト殿、目を覚まされたか…先程はご無礼をはたらき申し訳ないことをした」
 「すまないササムラ…私は……」
 「まあそういうこともある、気になされるな」


 柔和な笑みにつられ、軍人の顔にも笑みが浮かぶ。「具合はどうだ?」と訊ねられ、本当は頭の奥からじんじんと鈍い痛みを感じていたのだが、「もうすっかり」と笑顔で返した。今は余計な心配を掛けたくなかったのだ。


 「さあ、先を急がなくてはいけないな」


 壁伝いに立ち上がり、エレベーターに近付く。ササムラは使い方が分からないのだろう、ジャスライトがどうするか、黙って様子を見ていた(ササムラの故郷のエディゼーラには機械がなかったので、鉄の扉程度にしか思っていなかったのだろう)。

 このエレベーターを使えばセントラル軍を統べる大総統のいる間まで一気に上ることができる。昇降ボタンを押そうと伸ばした指が緊張で震え、ボタンに触れるか触れないかのところでかたかたと小刻みに揺れていた。

 後戻りは出来ないというのに、臆病風は向かい風のように強く強く吹いてくる。どうなるか分からない恐怖が重くのし掛かり、指は鉛を吊るされたように動かない。


 「ジャスライト殿」
 「……分かっているよ」


 押さなくてはいけない。
 目を瞑り、ゆっくりとボタンを押し込んだ。カチリと小さな音がして、ジャスライトはエレベーター出入口の上部にある階を示すランプを見上げた。

 しかし待てどもランプは点らず、エレベーターは沈黙を守っている。拍子抜けした軍人はしばらく茫然とランプを見つめていたが、我に返って昇降ボタンを連打した。カチカチ、カチカチ、乾いた音が虚しく中に散る。


 「動かないのか?」
 「そうみたいだ」
 「他に上へ行く手段はないのか」
 「上へ行くだけなら階段で何とかなるんだが、大総統の間まではエレベーターでしか行けないんだよ」


 ササムラは何となく分かったような分からないような顔をしていたので、ジャスライトは「偉い人は奥にいるものだから、不便な道も作るんだろうな」と苦笑いをした。
 彼は壁に取り付けられていた非常用のコンソールを開くと、中のスイッチを弄り始めた。予備電源を引いて回線を戻すことが出来れば起動させることは可能な筈なのだが、どうやらそれも簡単には行かないらしい。主導権は中央管理室のメインコンピューターにあり、ジャスライトが出来ることと言えばせいぜい目の前に並んでいるスイッチを押すくらいだ。

 ここまで来て足止めを食らうとは――。


 「…誰か来る」
 「えっ?」


 彼等が元来た方向、廊下の曲がり角に向けて、ササムラが目を光らせた。脇差しの柄に手を掛け、角から影が見えるや否や、刀を正眼に構えた。
 影の主は二人、迷彩柄でがたいのいい軍人風のロボットと、紫色で忍者のような風体のロボットだ。二人を見た瞬間に、刀より切れそうな鋭い視線を向けていたササムラの顔が綻び、構えていた刀を降ろした。


 「これは、お仲間か」
 「グランハルト!」


 広場で会った旧友に、ジャスライトも声を挙げた。友人が無事であったことを手放しに喜びたい気持ちはあったが、彼の後ろにも彼等をここまで連れてきた仲間がいることを思えば、浮かれている暇などない。もちろんそれは自分とて同じことだ。


 「無事でいてくれて安心したよ」
 「ああ、お互いな」


 再会を喜びたい気持ちを抑え、ここまでの健闘を称える意を込めて彼は二人の手を固く握った。
 ジャスライトが簡単に現在の状況――エレベーターが使えないこと、加えて非常用の回線も使えないこと――を伝えると、忍者風のロボット、ヒナギクが啖呵を切った。


 「どういう事だよ!俺達は骨折り損ってか!?」
 「落ち着けヒナ、俺達が焦ったからって直るモンでもないんだからよ」
 「チッ、ここまで来て足止めかよ!」
 「そうだジャスライト、お前情報課志望だったろ?俺達がここにいるって、ジャックか何かして知らせられないか?」
 「そりゃ、基礎は習ったが…私にはそこまで高い演算処理は出来ないし、やったところでメインコンピューターにアクセス出来なければ意味がないぞ?」


 それを聞いたグランハルトはにいっと歯を見せて笑うと、非常用のコンソールを手の甲で叩く。その意を介したヒナギクも、納得したような顔で僅かに口の端を吊り上げて頷いた。
 ササムラとジャスライトは顔を見合わせて分からないという表情で、互いに肩をすくませた。


 「『向こう』にツテがあるのさ」
 「……分かったよ、お前が言うならやってみよう」


 何を根拠にして出た自信なのかジャスライトには分かりかねたが、彼のことだ、気のおける仲間がいてのことだろう。ジャスライトは非常用のコンソールのカバーを外し、壁に埋め込まれている外部接続器に自分の胸部から伸ばした端子を繋いだ。
 しばらくすると、エレベーターの方から「ゴウン」と低い音がした振り向けば、階を示すランプが点り、エレベーターが降りてきていた。

 グランハルトは「やっぱり見付けてくれたな!」と声を弾ませ、近くの監視カメラに向けて手を振った。


 「サンキュー、マディ!」


 チン、とエレベーターが到着した音が響くと、鉄の扉が重々しい口を開けた。こじんまりとした箱を背に、グランハルトが親指で後方を指し示す。



 「さあ行こうぜ、こっからがクライマックスだ!」



→to be continued!


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あきゅろす。
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