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02 大乱闘、路地裏の仲間達
 群衆が処刑台を囲うように群がっている。
 雑踏の中、台へ続く階段を死刑囚と執行人を引き連れたグラッジバルドが憮然とした表情で上っていく。処刑台の上に立ち群衆の前に突き出されたレオハルトは、どうしていいか分からず、ただ俯いて床を見つめていた。それに構うことなく、グラッジバルドは口の端を歪めてニタリと笑み、前に立たされた2人から離れる際、グラッジバルドは彼に耳打ちした。


 「これが俺の、友人としての最後の務めだ。」


 階段を降りていく彼を、セントリックスは訝しげに目を細めて見ていた。顔を上げようとしないレオハルトの脇を小突き、少し顔を向けたところで軽くウインクをしてみせる。

 「まだ神様とやらは私達を見棄てちゃいない。諦めるなよ、君、その時こそ死ぬんだから。」

 喉元に銃口を当てられ、ちょっと別れの挨拶さ、と首を振ってみせた。この状況でいつもの立ち振舞いを忘れないセントリックスに、彼は冷たい眼差しを向ける。今はほんの僅かでも、希望なんて持てやしない――そう思っているからに他ならない。首と手首を台に固定され、もう為す術はないと言うのに、隣の罪人はいつもの調子で笑っている。

 (今更、どうして諦めるななんて言えるんだ……。)

 軍人が高らかに罪状を読み上げる。その声すら、今の彼には遠く聞こえた。生きた心地が、まるでしない。

 (グランハルトが、助けに来る訳がない……。)





 「見ろよ軍人、彼が動いた!」





 「罪状はいい、早く落とせッ! 奴等を止めろォッ!!」

 セントリックスが言うのとほぼ同時に階段を駆け上がるグラッジバルドが金切り声を上げ、振り返った軍人は途端に処刑台から叩き落とされた!
 見慣れた迷彩柄と真っ赤なボディが目に痛い、とレオハルトは感じた。振り向いた顔に、やはり見慣れた笑顔。何と声を掛けて良いか分からず、彼は唖然と口を開けていた。

 「悪ぃなレオ! ちょっとばかし遅くなっちまった! エマージ、一丁頼んだぜ!」
 「言われんでも解っている!」

 頭の上でチェーンソーの刃が回転する音が聞こえ、グランハルトが蹴り倒す。その横から待機していた軍人がライフルで狙いを定めていた!

 気付いたエマージが動くより早く、その後ろから、声。

 「おいおい、そいつぁ反則だぜ!」
 「誰だァ貴様!」
 「誰でもいいだろ?」

 帽子のツバを少し直したゲインはライフルを蹴り上げ、彼を群衆の中に叩き落とした。


 「貴様等ァァアアアッ!!!」


 その後ろから階段を踏み壊さんばかりの勢いで駆けてきたグラッジバルドがサバイバルナイフを構えて突撃して来た!

  ッギィン…!!

 「すまぬが一時待っていただこう!」

 ササムラが刀で受け、刃がジリジリと火花を散らす。憎々しげに顔を歪ませたグラッジバルドは、横目で固定台を壊すグランハルト達を睨み、また視線を彼に戻した。

 「脱走者がよくもまあしゃあしゃあと言えたものだなァ!」

 受け流して間合いを取ると、グランハルト達に向けてライフルを構える。


 「飛び降りろおぉっ!!」


 グランハルトの声を合図に、それが火を吹く前に彼がレオハルトを、エマージがセントリックスを抱えて台から飛び降り、それに続いてササムラとゲインも台の上から姿を消した。




 重い音を響かせて、ざっと割れた人海の中に降り立つ。何とも手の早い軍だ、一斉に向けられた銃口を見てセントリックスが呆れたように笑った。

 「……やれやれ、どうも万事上手くは行かないようだね。一難去ってまた一難とはまさにこのことだよ。」

 周りを見渡せば、先程までの群衆は何処へやら、影も形も消え失せている。代わりに数多の軍人達が厳つい顔を並べ立て、今か今かと反逆者に引き金を引く許可を待っていた。よくここまで準備したもんだ、やっぱりアイツは頭が切れてる。きっと俺達が動くのは最初からお見通しだったんだな。グランハルトは乾いた笑みを浮かべ、自嘲気味に言う。

 「何だ、思いの外警備が厚いじゃねーかよ。」
 「貴様等の動向を、計り切れんとでも思ったか?」

 頭上から降ってきた台詞に彼は顔を上げた。台上から狙いを定めているのはグラッジバルド。逆光で表情を伺い知る事は出来ないが、その顔が禍々しい笑みに歪んでいることは容易に想像出来る。濁ったように薄ぼんやり光っている筈のカメラアイが、やけにはっきり見えた気がする。

 「大人しく武器を捨てて投降するんだな。まあ貴様等の末路は、全員仲良くギロチン台行きだがなぁ!!」




  「 撃 ち 殺 せ ! 」



 吐き捨てんばかりの号令に、グラッジバルドの腕が振り下ろされた。全員の指が引き金を引――――――。


 「そうは問屋が卸しませんぜ!!」


 バンッ!!という聴覚回路が壊れんばかりの激しい破裂音と共に、白とも灰ともつかぬ濃い煙幕が辺りを包む。


 「銃を下げろ、撃つな!! 赤外線スコープに切り替えた奴は反逆者を狙え!!」

 煙の回る速度と争うようにグラッジバルドが声を張り上げる。相変わらず迅速な対応だぜ、とグランハルトは笑ったが、その顔には同じように焦りが浮かんでいた。
 数歩後退ると、ドンと何かに当たり、振り向くような動作が薄く見える。エディゼーラのロボット―――ササムラが、彼の表情を悟ったように宥めた。

 「安心なされよ、あの声音は仲間のものだ。」
 「ササムラ、ゲイン、こっちです!」

 ジャスライトの声が聞こえ、呼ばれた2人が頷いて、動こうとした彼らの腕をセントリックスが掴んだ。

 「おっと君等にも手伝って貰わなきゃね。さあ南南東に進行だ、私達はこの煙が消える前に何とか逃げ出さないといけない。後ろの君達も来たまえ、幾らいても人手が足りないんだからね!」




 サイレンの鳴り響くセントラル軍基地、南南東の旧門前。びんと張り詰めた空気の中でさえ、どっしりと腰を据えている重たい鉄の門は、壁と見紛う程の巨大な扉に思えた。
 セントリックスとエマージが2人掛かりで門を押し開けると、中には薄暗い通路が延々と続いているように見えた。軍医が最後の確認とばかりに振り返り、にこやかに笑う。

 「さあ、ここまで来てから言うのも憚られるものだが、行くも帰るも個人の自由だ。最も、良心の呵責に耐えられる自信があるのなら、引き返しても構わないという話なんだけれどね。」

 引き返す者などいないことくらいよく分かっていた。この為に来たのだから、とジャスライトが一歩前に出る。

 「ここからはそれぞれの計画通りに動きましょう。皆さんお気を付けて、戦士達に女神の祝福を!」

 一同は頷くと、それ以上語ることなく次々と中へ進んで行った。今の彼らには、恐れるものなど何もないのだ。






 中央広場では、依然としてグラッジバルド達がグランハルト他ジャンクポットのメンバーと、ジャスライト一行を血眼になって捜索していた。淀んだ水底のような光がぎらつき、ライフルの銃口は忙しなく地面を叩く。

 「サー副隊長! 周囲に反逆者共の姿は見当たりません!!」
 「見つかるまで探すのが貴様らの仕事だ! ここに居なければ他を探せ、そんなことも考え付かんのか!?」
 「サーノーサー! 範囲を広げて捜索します!!」

 浮かぬ報告を聞くたびに、焦りと怒りが募っていく。
 だがそれは隊長であるラグハルトも同じであった。感情が体面に表れることこそないが、纏っている空気は確実に覇気的になりつつある。
 あの状況から常々住み処としていた場所に戻るほど馬鹿ではない。では、一体何処へ行った?

 ――まさか!

 「待て! 周辺の捜索を中止しろ、全員直ちに本部へ帰還するよう伝えろ!!」
 「さ、サーイエッサー!!」

 走り去る伝令を横目で見つつ、合点のいったらしいグラッジバルドはカメラアイのシャッターを大きく開きながら、慌ててラグハルトに振り返った。そんな筈はない、と言いたげな視線を受けつつ、巨躯の隊長は僅かに頷いた。

 「奴等が本部に乗り込んだと、そうお思いなのですか、隊長。」
 「もともとセントラルの反乱分子だ、可能性としては十分に有り得る。」
 「今日日元同僚を3人も処刑とは、実に胸が痛みますねぇ。」

 言葉とは裏腹に愉しげな調子を含みながら、グラッジバルドはライフルを肩に掛け直した。ゆらり、澱んだ光がその目に揺れ、口元がにぃと吊り上がる。

 「胸が痛む、か。」

 誰にともなく呟くと、先を歩いていく彼の背中を見つつようやっとの煙草をくゆらせる。青灰色の煙を長く吐いて、まだ半分以上も残っているそれを地面に捨てると、足で火を踏み消した。

 「羨ましいもんだ。」

 自嘲気味に笑い、今日は厄日だな、とぼやいてライフルを掛け直し、踵を返す隊列の中をゆるりと歩き出した。



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あきゅろす。
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