01 空元気と決意の朝
作戦の確認をします、とジャスライトが黄ばんだ羊皮紙を広げた。細かく書き込まれた計画書を、息を飲んで覗き込む面々の表情は険しい。普段能天気なヨルグンスースでさえも、唇を噛み締めるようにして図面を見つめていた。
「決行は明日の正午、教会の鐘が合図です。ササムラさんとゲインさんは彼等が処刑台の上に立った時を狙って救出してください。」
「はは、ホントに身も蓋もねぇ作戦だな。」
「ガルバートもバイコートもいない以上、人手も足りませんからね。」
それじゃ仕方ねえよな、と苦笑いをして、ゲインは溜め息を吐いた。それを横目で見ていたヨルグンスースが、少し身を乗り出す。
「ボクタチはどうするノ?」
「私達は退路…皆さんが安全に逃げられるように、逃げ道を作ります。」
分かったヨ、とヨルグンスースが頷く。
あの回転の早い商人がいてくれたら、もっときびきびと準備が進められたのに。いくら嘆いても帰ってくる気配のないまま迎えた今日、尽くすのは最善の努力。ひしひしと感じる責任から、彼は気分を落ち着けようと一息吐いて、椅子に座った。
ダンッ、ダンダン!
乱暴にドアを叩く音に全員がトタン板を凝視し、またグラッバルドが来たのかと身構えた。しかし、次の瞬間に転がり込んできたのは、息を荒くしたガルバート。
「遅いぜ船長!」
ゲインが外に追っ手がいないかを確認して、外れたトタン板を直し振り返る。まだ床に手を着いてぜいぜいと息を整えている船長は、目の前を飄々と通りすぎるギャンブラーをキッと睨んだ。
「うっ、うるせぃ! 軍のヤロー共、見つけた途端に撃ってきやがった! 死んだらどうしてくれんだ!!」
「お疲れさまです、ガルバート……。」
落ち着かない様子のジャスライトに気付いた彼は、口をもごつかせて視線を逸らした。答えがなくとも、その仕草が示す意味を理解した彼は、ゆるく首を振る。
「何だかんだ言ったって、アクアリアの商人なんてそんなもんなんだ! アイツ、帰ろうって言った時言いやがったんだ「自分が帰って何の得があるんだ、あんなおっかない所に帰る気はない」って……相手が強けりゃヘコヘコして、いざって時は尻尾巻いて逃げやがる、そんなヤツらなんだよ!!」
しん、と静まり返った家の中、ガルバートが啖呵を切った。ジャスライトが前に出て、しゃがんだままの彼と目線を合わせる。咎める気はないようで、代わりに諦めを含ん
だカメラアイがじっと見つめてくる。
「今は、目の前の仕事を片付けましょう。彼の事は、後からでも大丈夫。」
お疲れ様でした、とその背を叩いて彼は立ち上がった。全員の顔を見回して、口を開く。
「繰り返しますが、作戦は明日の11時に決行、中止は有り得ません。各自準備を整えて、万全の状態で臨んでください、以上!」
「おう!!」
各々散っていく様子を見ながら、ジャスライトは銃剣を取り出して椅子に座る。まだ現役とばかりにぎらつく切っ先を睨む。
今度は奪うためでなく、救うために振るうのだ、決して間違ってはならない。銃身を握りしめ、強く心に言い聞かせた。
「言うようになったじゃん、ジャスライト。さっきのカッコ良かったぜ! 正直、ちょっと見直した。」
「えっ、あ、ありがとうございます!」
突然後ろから話しかけられ驚いた彼に、ガルバートは苦笑いをした。アンタらしいからいいけどな、と彼の肩に腕を置いて体重をかける。
「隊長って、あんな感じなんだろうな。オヤジは怒鳴りまくっててもっと怖かったけどさ!」
「船員達をまとめあげ、部下想いの素晴らしい船長だったと、そう聞いています。」
父親を褒められ、ガルバートは照れ臭そうに笑った。つられてジャスライトも微笑み、彼の頭を撫でた。
「で、オレの仕事は何だって?」
「えっ?」
「ったくこれだからアンタは! オレは何すりゃいいか聞いてねーの!」
「ええ、ああ、ええとっ! ガルバートは私とヨルグンスースと一緒に退路の確保をしてもらいます。ゲインさんとササムラさんが2人の救出にあたります。」
「分かった、明日は上手くやろうぜ!」
突き出された拳に拳を当て、約束を交わす。外へ走っていく彼を目で追って、見えなくなってからもしばらくドアを見つめていた。
薄暗い牢獄の中、カチャカチャと食器を動かす音がやけに響く。
銀色の深皿に入っている薄い塩味のスープは、無色透明で、皿の底には数種の豆とニンジンが具として入っている。これが気に食わない囚人――セントリックスは悪戯にスープを掬い、皿の中に落としていた。
「食べないのかい?」
隣の牢から声が聞こえた。壁越しではあるが、レオハルトの声がはっきり聞こえる。目の前を塞いでいるのが何本もの鉄棒であり、彼ら以外の囚人はいなかったので、声がよく響いた。
セントリックスは食器が乗ったトレーを入り口前まで押しやり、どっかと固いベッドの上に腰掛けた。
「軍の食事は不味くて敵わないね。栄養を考えてくれるのは嬉しいことだけども、いったい何処の味音痴が料理してるのかさっぱりだよ。味見しているとは到底思えない、酷い味だ。ニンジンは生煮え、豆は固い、味は薄いし単調、おまけに主食は得体の知れない固形食! 軍人はきっと私に飢え死にしろと言っているに違いない、あからさまな人権侵害だ。謂れのない理由で投獄した挙げ句死刑宣告するなんて全く勝手な話だ!」
隣から聞こえてくる機銃掃射のような言葉に苦笑いしながら、レオハルトは全く手を付けていない食事を入り口の辺りに寄せた。
「それだけ元気があるなんて、羨ましいよ。」
「何、ただの空元気さ。明日になれば、君も私も首と胴体がおさらばして好き勝手話せなくなるんだ。今のうちに好きなように喋らせてやらないと、口が寂しがる。あの世で喋り方を忘れてしまうのは嫌だからね。そうそう、君はもう少し食べた方がいい。これは医者からのアドバイスだ。」
彼は一つ溜め息を吐いて、力なく笑った。
「ありがとう。」
書類の整理をしていたグラッジバルドが足音に気付いて顔を挙げた。1歩1歩が重く、鈍い響きを鳴らして歩く音。こんな音を出して歩くのは、たった1人。ファイルを閉じてデスクの脇に寄せ、立ち上がって敬礼した。
「お疲れ様です、ラグハルト隊長。」
「明日の手配はどうなっている。」
「万事抜かりなく順調です。台の設置は明日の朝始めます。」
苛立たしげなラグハルトは、近くの椅子に座って煙草を葺かし始める。自分の隊から受刑者が、しかも軍の反逆者という形で出たということもあり、やり場のない気持ちが彼の中を渦巻いていた。
「時々、無性にお前が羨ましくなる。」
それがかつての戦友であっても、無感情に相手を殺せるその心が。
「私の居場所はここしかありません。それだけです。」
「本当に軍人の鑑のようだな。」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます。」
だが、それ故に恐ろしい。グラッジバルドにとって、軍は絶対であり彼の行動の規範。それに反する者は例え誰であっても赦しはしない。ただひたすらに軍を盲信する彼は、弱者に対して微塵の躊躇も無く引き金を引き、その残骸を踏みにじる。
敵に回したくない部下だ、とゆらゆらと昇る煙を見ながらラグハルトは思った。
「メディアルドから新しく軍医を呼ばねばなりませんね。」
「手配はどうなっている。」
「以前より募集はしていましたが、希望者ありません。直に申込んでも拒否されますから。」
「相当な嫌われようだな。」
そのようです、と頷くとグラッジバルドは席を立ち、部屋の出入口に向かって歩き出す。
「何処へ行く。」
「大通りのパトロールです。最近は、何かと物騒なもので。」
「ご苦労。」
ラグハルトに敬礼し、彼は部屋を後にした。パトロールは事実だったが、特に急を要する事ではなかった。しかし、ラグハルトと同じ空間にはどうにも居心地の悪さを感じ
ていた彼は、それを理由に早く立ち去ってしまいたかったのだ。
冷たい廊下を歩きながら、先程の会話を反芻する。立ち止まり、ふと呟いた。
「俺には、ここしかない。」
軍を守ることが役目であり、それが存在理由だと、彼は考えていた。役目を果たせない自分に価値などありはしない。だから与えられた任務を完璧にこなす。そうしなけれ
ばならない。現にグラッジバルドの軍への忠誠心は他の誰よりも厚かった。
ふと牢に入れた友人友人とのたまう囚人を思い出し、口角を吊り上げた。
「別れの手土産でも買ってきてやるか。」
あの世への船出だ、しっかり見送ってやろう。そんなことを考えながら、彼は外出許可証を取りに足取り軽く歩いていった。
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