03 しゃんと前を向きやがれ
「まっ、待ってくださいガルバート!」
短い石段を駆け降りて、小さな背を追い掛ける。
雨が降っているにも関わらず、傘もささないでずんずんと大股で進むガルバート。彼に追い付くのは容易だったが、隣に並んで話しかけることははばかられたので、少し後ろをおっかなびっくりに早足で追った。
突然彼が振り返ったので、驚いたジャスライトはその場にビタリと固まってしまった。
「グズグズしやがってやる気あんのかテメェ!!」
怒声がビリビリと空気を震わせる。身を縮こまらせた軍人は、恐る恐る歩み寄り、申し訳なさそうに一礼してから、ぽつりぽつりと紡ぎ出した。
「貴方が、怒る理由は……よく、分かっている………つもりです。ですが、私は……彼の二の舞に、させたくないんです、貴方を。」
いかにも頼りなく、はっきりしない態度の軍人を前に、海賊は腕を組み、苛立たしそうに爪先で地面を叩く。
ジャスライトの背中に冷たいものが流れるような感覚が走った。
「アンタはオレにそのつまんねぇ言い訳垂れに来たってのか?」
自分より小さいこの海賊の一言一言に、いちいち怯えている。それは彼の父との約束が、彼の意志を揺るぎないものにさせているから。気迫に負けているのだ。
それでも、ジャスライトはこの弱々しい意志を伝えなければならない――。
「私は…。」
「アンタがハッキリしなくてもオレはもう決めてんだ。今を逃したらチャンスはねぇ!!」
ぎらぎらと揺れるカメラアイが情けない顔を映す。暫くその瞳を見つめたまま、動くことができなかった。全くの気迫負けである。
待てと一声掛けられなかったあの時が蘇る。
今、伝えなければ。
「私は、政府と戦います」
「そりゃ、オレを止める口実か?」
「違う!!」
はっきりと、力強い声に、今度は海賊が目を丸くする番だった。
「私が戦うのは、処刑台に架けられた仲間のため、そしてこの悪政に終止符を打つため! 私はもう、これ以上足踏みをする訳にはいかない!!」
驚きと期待の混じった視線を見つめ返し、彼は堂々胸を張る。
ガルバートはにたりと笑いながら彼に近付き、肘でその胸を突いた。
「何だよ、やりゃあ出来んじゃねーか!」
「えっ、……あ、ありがとう……。」
いつものように悪戯好きの子どものような笑顔を浮かべた海賊に照れ笑いを返す。和やかな空気も束の間、ガルバートはすぐに表情を固くした。
「オレはあの意地汚ぇ商人を迎えに行く。アイツ頭いいからな、海賊船がこの時期に積み荷に来るって知ってたから乗って行きやがったんだ。」
「行くって、バイコートは出来たかもしれませんが……。」
「オレを誰だと思ってやがる、天下の大海賊、キャプテンバルゾフの息子、キャプテンガルバート様だぜ! ……海の事ならアンタよりずっと知ってるし、オレなら大丈夫だ。お土産付きでちゃーんと帰ってきてやるよ!」
任せときな、と目配せすると、言うや否や一目散に目の前から走り去ってしまった。どこまでも気紛れで、嵐のような海賊は、またも引っ掻き回してくれそうだ、と微苦笑した。
ガシャ、ガシャ。
鈍い音を立てるドアに気付いたゲインはササムラと顔を見合わせた。
「おう、開いてるぜ。」
元々鍵なんか掛かってないけどな、と冗談混じりに笑いながら、入ってきたジャスライトを迎えた。
「賭けは拙者の勝ちだな、ゲイン殿。」
「畜生! オッサン、イカサマしたんじゃねぇだろうな?」
「か、賭け?」
「ああいや、こっちの話こっちの話! で、ガルは?」
「バイコートを迎えにアクアリアへ。私達はその間にセントラル軍基地に潜入する作戦を立てます。」
机の上にあった物を床に払い落とし、黄ばんだ紙を広げた。よくよく見れば、所々掠れてはいるが、なにやら基地の地図だった。
「少し古いものですが、まだ使えるでしょう。」
「おいおい、本気で軍とおっ始めようってのか?」
大袈裟に手で払う仕草をするゲインの横腹を、ササムラが肘で小突く。何だよと睨む彼の頭をわしわしと撫でた。
「拙者は軍医殿に借りがある。ガルバート殿は親父殿の敵討ちがある。ジャスライト殿には使命がある。スース殿は分からぬが、お主はどうだ?」
「仲間殺されて、いい気分はしねぇよ。……仕方ねえなぁ、アンタ等だけに任すのは心配だから付き合ってやるよ!」
そう言って肩をすくめるゲインに、ササムラは笑ってみせた。
「なら、断る理由はあるまい。及ばずながら助太刀いたそう。」
「ありがとうございます! ところでスースは……?」
「友達に挨拶してくるってさ。」
ポツポツと雨が降る。
ヨルグンスースは2つ並んだ石の前にしゃがんで、それを見つめていた。うっすらとけぶる景色に、あの日もこんな風景だったと思い出す。
「トモダチ、見つけたヨ。寂しくナイヨ。そっちはどうかナァ、ゴハンちゃんと食べれてル?」
小首を傾げ、暫く石を見つめる。冷たい土の下には幼い2人が眠っている。最後まで残っていた2人と別れたのは、丁度こんな雨の日だった。だから彼は雨があまり好きではない。
「みんなのコト、忘れてナイヨ。」
彼はジャスライト達と出会う以前に、この区画を縄張りにしていたストリートチルドレン達と過ごしていた。彼らはセントラルの言葉を話せなかったヨルグンスースに言葉を教え、生きる術を教えてくれた。
しかし、病に、飢えに、そして力に、為す術なくねじ伏せられていった幼い子ども達と、何も出来なかった自分。
「ボク兵隊サンのお家に行ってくるヨ。もうヤメテってオネガイしてくるんダ。きっとダイジョーブだヨ!」
にっと笑い、立ち上がる。濡れた2つの墓石に手を乗せ、子どもを褒めるときのように優しく撫でた。
「イッテキマス」
するりと手を降ろし、パチリと瞬きをして、ヨルグンスースはゆっくりとその場を後にした。
「タダイマ!」
トタン板の隙間からひょっこり顔を出したヨルグンスースが悪戯っぽく笑う。
「お帰りなさい、スース!」
「作戦会議だってよ、早く入ってきな。」
「うむ。」
彼は大きく頷いて家の中に入っていくと、どこに行ってたんだよとゲインにわしわしと頭を撫でられた。ナイショだよと誤魔化すと、彼はしたり顔をして肩をすくめた。
ゆるり、とグラッジバルドが視線を逸らしたのは、居心地の悪さからか。隣では椅子に座った13隊隊長のラグハルトが煙草を葺かしていた。
「上手く行くか、グラッジバルド。」
「失敗は許されません。」
「上出来だ。」
彼の手前、下手に動くことは出来ない。というのも、その拳は一撃で敵を倒し、銃弾をものともせず果敢に飛び込む、どこから見ても勇猛な軍人であったからだ。
――隊長はグランハルトのような馬鹿ではない。
そんな軍人が見張りに付いたので、あの牢屋にぶちこまれた友人がどうのと宣う反逆者に罵詈雑言を浴びせながら散々な目に遭わせてやろうかなどと考えても、どうやらこの一週間のうちに叶いそうもないことは明らかだった。
「殺すなよ。」
「……お見通しのようで。」
「分からん筈がない。」
薄く笑うグラッジバルドに、ラグハルトは無表情で返す。
「戦友に別れはいらんのか。」
「好物が食えなくなるのは惜しいですが、生憎友人ではありませんので。」
牢に続く暗い廊下を見る目をすっと細めた。淀んだ水底のような青が少しだけ揺らぐ。
「惜しいやも分かりません。」
ぽつりと零れた言葉を、ラグハルトは拾わなかった。
時は刻一刻と迫る。焦る心、時計の針は無情に時を刻む。今、セントラルに嵐が訪れようとしていた――。
→To be continued!!
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