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03 呆れ、呆れられ、付き合いきれない、なんて
 バン、と強く開け放たれたドアにいち早く反応したのはバイコートだ。

 「あのねぇちょっとガル坊、ぶっ壊れたらどうしてくれるんですかい。」
 「それよりコイツだ! 幽霊よりスゴイの連れてきたんだぜ!!」

 さっすが俺様、と鼻を高くするガルバートを尻目に、ジャスライトが2人を奥へと押す。布から頭だけ出したヨルグンスースの姿はなかなか滑稽で、バイコートは口をへの字に曲げた。カードをきっていたゲインも顔を上げ、呆れた顔で彼を見る。

 「これが幽霊の正体だって?」
 「おう!」
 「ボクユーレイじゃナイ、ヨルグンスース!」

 はいはい分かったよスース、と適当に返しながら、ガルバートはヨルグンスースの頭から掛けていた布を取った。

 突然露になったアンバランスな姿にアイモニターを丸くしたのはバイコートとジャスライト。

 対照的にゲインは子どものように目を輝かせ、興奮した様子で彼に駆け寄った。あちらこちらをじっと見て、手を取り頭を触り、一人満足そうに頷く。当の本人は首を傾げてガルバートを見たが、彼もよく分からないといった風に肩をすくめて見せた。

 「お前、出身は?」
 「エスティパード!」
 「あー……。ヒズカストゥア、フィイオゲイン。」
 「ワァ、キミ、コプディック分かるの? ヒズィオン!」

 顔を輝かせ、ゲインの手を強く握り返すヨルグンスース。わけの分からない言葉がしばらく飛び交ったあと、彼がぐるりと全員を見回して言った。

 「お前ら歴史的瞬間だぞ、もっと感動しろよ!」

 バイコートが無言で「イカれちまったみたいですよ。」とジェスチャーしたので、彼は溜息を吐いた。
ヨルグンスースを椅子に座らせ、その横に立つと咳払いを一つして。


 「前に、エストランドには少数民族が沢山いるって話したよな。コイツはその中でも、実際に見たことのある奴は指折りしかいないって言われてる『異形の民』だ。言い伝えによれば、村人達は不可思議な風体で、その長は千の目を持ち、真理を悟っていると伝えられている……ってな。コイツらの母語はコプディックっつー大昔の言葉だ。ジプシーにも幾らか使ってるのはいるが、ここまでネイティブなのはいないぜ!」


 「そりゃ、新興宗教かって思われても仕方ないでしょ。コイツみたいなのがうじゃうじゃいる村なんざ、バケモノの巣窟だ。」
 「バケモノ違うヨォ、ヨルグンスースだヨ!」

 ギチギチと音を立てて手足をばたつかせる彼に顔をしかめ、バイコートは頬杖をついて明後日の方を見ながら溜め息を吐いた。盛大に。
 ふざけるんじゃない、と言って厄介払いをしようとした矢先。



  ドォンッ!!



 ドア代わりのトタン板が吹き飛んだ、というより砕け散った。何事かとその場に居た全員の視線がドアの方に集まる。
 ――嫌な予感がする。
 バイコートは咄嗟にテーブルを盾にしてヨルグンスースを引きずり込み、ジャスライトはゲイン達を物陰に引っ張り込んだ。


  ダダダダダダダダダダダ!!


 雨あられと飛んでくる機銃掃射。
 割れるガラス、弾かれるコップ、穴が開く棚、次々壊れていく家具。


 「 撃 ち 方 止 め ぇ ッ ! ! 」


 号令とともに、ピタリと止む機銃掃射。幸か不幸か、木材製のテーブルは何とか持ち堪えた。ヨルグンスースがテーブルから頭を出すと、近付いてきた影が見えた。慌てて引っ込めたが、足音は止まない。



 「出て来い化け物、5つ数える間に投降しなければ、蜂の巣だ。」



 カツ、と足音が止み、長い沈黙が続く。
 部屋の中央にいるのはグラッジバルド、目の前にはヨルグンスースとバイコートが隠れているテーブル。いつ何が起きてもおかしくはない。

 「5、4、3、2、1……。」

 胸の中央に手を掛け、ロックを外す。


 「ゼロ。」


 テーブルがガタリと動いた。
 ギリギリで覚悟を決めたか、とロックを掛け直し、ライフルに手を構えようとした瞬間、外から銃声が聞こえた。
 そして、


 「う゛ぁあ゛ぁ゛っ!!?」


 「どうした!」

 悲鳴が聞こえ、グラッジバルドは外の方を振り向いた。注意が逸れた所、バイコートとヨルグンスースが彼目掛けてテーブルを押す。

 「余所見してるとケガしますぜ!!」
 「なっ!!?」

 テーブルに弾かれて外に転がり出るグラッジバルド。

 起き上がろうとして、ふと回りを見る。倒れている軍人の中、一人立っているのは刀を収めようとしているロボット。見覚えのあるその姿は、いつぞや捕り逃したエディゼーラの――。

 「ササムラかッ……!!」
 「いかにも。拙者、ササムラ・セイジューローと申す。いつぞやの恩、確かに返し候。」

 ライフルを構え、じっと睨み合う2人。


  ダンッ!


 ササムラが抜刀するより先にグラッジバルドが撃った。
 ――仕留めた!
 幾ら刀を構えたとしてももう遅い、銃弾を叩き落とすことなど出来はしないのだ。確信して彼が倒れるのを待つ。侍らしく、前のめりに倒れ伏すのだろう。

 しかし、一向にその気配はない。

 「ハズレだな。」

 ササムラの言葉に、グラッジバルドのカメラが一点に向けて絞られた。足元に転がる、真っ二つに裂けた弾。

 「クソッ!!」

 やり場のない怒りがライフルに叩き付けられた。

 「ササムラさん、大丈夫ですか!」
 「家の修理代、耳を揃えて払って貰いますよ。例え軍でもね!」

 後ろから聞こえる声を睨み付け、苛立たしげに舌打ち。ササムラをもう一度睨み付けてから、苦虫を噛み潰したような顔をして踵を返した。

 「運が良かったな。」

 吐き捨てるように言い、去っていく後ろ姿を追いもせず、ササムラはただ刀を鞘に納めた。




 オッサン! と駆け寄ってきたガルバートの頭を撫で、にこりと笑う。その後ろを歩くのは4人。

 「なんでここに来たんだよ!」
 「あやつらの姿が見えたのでな、もしやと思い追ってきた。それから、家主殿に一つ頼みがあって来た。」
 「あっしに?」

 彼は頷いてから、少し躊躇いながら口を開いた。


 「一つ、拙者の面倒を見てはくれぬだろうか。」


 バイコートが顔をしかめたのは言うまでもない。
 生活困窮状態で、2人も住人が増えたのでは堪ったものではない。部屋を貸すだけだとしても、無視するわけにはいかないだろう。もともと望まれない客が3人もいるのだから、二つ返事で了承出来るものではなかった。

 「考える時間を頂けませんかね?」
 「相分かった。」
 「何分財布が寒くてね。」

 申し訳ない、と思っていない訳ではないが、迷惑なことも事実だった。ただ、それを言って話が拗れることを嫌ったのである。だからその日はササムラだけでなく、ヨルグンスースもあの寂れた洋館に返した。




 彼らが帰った後、ゲインとガルバートもそれぞれのねぐらへ返し、バイコートの家には久しぶりに静けさと、この二人きり特有の倦怠感のようなものが訪れた。

 「どうして彼らを。」
 「助けなかったのかって?」

 そうだ、と言いたげな視線が彼を見た。ゆるゆると視線を外し、彼は重々しく溜め息を吐く。


 『困っている人を助けるのは当然の事だ。』


 出会ったときから主張され続けていた受け入れがたい言葉。もしかすれば意訳かもしれないが、どうであれそれらの意味はバイコートにとっては腹の足しにならないのだから無意味なものである。

 「アンタに一瞬でも期待したあっしが馬鹿でしたよ。」

 辻褄の合わない回答にジャスライトは首を傾げた。その言葉への反論はもちろんあったのだが、いつもの飽きれ方と明らかに違う態度に、彼の口から言葉が出なくなり、押し黙った。
 がたりと椅子から立ち上がり、バイコートは僅かな金の入った通帳と周りにあった細々した物を木製のケースに突っ込みながら、


 「アンタはまた誰彼構わずポンポン拾おうとしやがって。ここはゴミ溜めじゃないんだ、反政府だか何だか知らないがあっしまで巻き込むのは勘弁して頂きたいってモンでさァ。」


 「私が君に強制したって?」
 「無自覚だったんなら、そりゃあたちが悪すぎるってもんですぜ。アンタはあっしの金と食料を食い潰しただけでしょうに。」

 ジャスライトはどうしても言い返せず、ただ俯いた。
 ――そんな弱い意思でやろうとしてたんじゃない。何もしていなかったわけでもない。怖かったわけじゃない。
 どんなに言葉を並べても、子供じみた言い訳ではバイコートの気持ちを動かせるはずはない。話術なら彼の方にずっと分があるのだから、ジャスライトが少し気を張ってどうなるわけでもなかった。

 ぐうの音も出ないジャスライトに溜め息を吐いて、バイコートはそれじゃあ、と短い別れの挨拶を述べると、すっかり風通しの良くなった出入口から、いつも通り出稼ぎにでも行くように出ていった。





 「私は、何がしたいんだ……。」



 このままではいけない。



 それはずっと分かっていた。あの時少しでも信頼してくれた彼を、結果的に裏切ってしまったのだ。
 今追いかけて謝ったところで、許してくれるはずはない。ジャスライトは拳を握り、煮え切らない思いを壊れたテーブルにぶつけた。

 冷たい風が床に散らばったメモ用紙を巻き上げる。
 紙がはけた床に、ぽつりと残る見覚えのある名刺。


 『カンスガントラベリングカンパニー社長 カンスガンWポータリー』


 (行くとしたらここか……。)

 金歯の良く似合う、強欲そうな笑顔が眩しい小さな顔写真を見て、いかにも彼が嫌いそうな顔だと思った。
 名刺を拾い上げ、壁にピンで止めた。

 「せめて、今から始めないと、きっともう、時間がない……。」




 ジャスライトの予想はあながち間違ってはいなかった。
セントラル軍では異端者を厳しく取り締まる風潮が高ま、その見せしめが行われようと動き出していたのである。
 恐怖の足音は少しずつ、大きくなっている――。



→To be continued!!



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