02 路地裏の幽霊の怪
入るべきか、入らざるべきか――ガルバートは今、人生の岐路にでも立たされたかのように迷っていた。
目の前に聳え立つ洋館風の建物はすっかり古びていて、窓ガラスはあちこちなくなり、塗装もはげ、庭には雑草が生い茂り、全体から生活感が失われている。
「びっ、ビビってんじゃねーって、おっ俺はキャプテンガルバート様だバケモンなんかこれっぽっちも怖くねーんだぞ!!」
勇気を奮い立たせ、今にも蝶番から外れてしまいそうなドアに手を掛ける。一応ノッカーで3回叩き、そっと聞き耳を立てたが応答はなし。
ギギィ、と悲鳴をあげて扉を開く。中は想像した通り、ほこりで床が白くなり、至るところに蜘蛛の巣が張っている。天窓が閉められているからか、光が入らず薄暗いのが不気味さを増長させていた。
――昔この屋敷で働いてたピエロが芸をしたんだけど、つまらなかったから打ち首にされたんだって
――それで今でも家主を笑わせようと芸を見せるんだ、笑わないとね、殺されちゃうんだってさ
「ばっ、バカ言え! 何で今思い出すんだよ俺のマヌケ!」
小さい声で叫びながらガンガンと自分の頭を殴り付け、ガルバートは大股で歩を進めた。
よくよく足元を見れば、所々に埃が薄くなった場所がある。ということは、ここには誰かしら住んでいるに違いない。あの見た目は人を寄せ付けないためだろう。しかし、そうだとすれば足跡の左右に延びている何かを引きずったような跡は何だろうか。あの腕が本物だとしたら、奇形にも程がある。
ガタッ、ゴト、ゴト、ガタ
何かをぶつけながら歩く音が聞こえ、彼のジェネレータの回転率が増した。
まさか本当に、商売道具を持ったピエロが歩いてきているのではないか……嫌な想像が頭をよぎったが、思い切り頭を振って追い払った。
「いっ、いるんだったら出て来やがれチクショー!!」
半分裏返った声で叫ぶと、足音が早まった。腰からサーベルを抜き、部屋の入り口から死角の位置で身構える。
足音が近づいてくる。
音が聞こえなくなったが、気配を感じるから、すぐ近くにいるのは間違いない。トントンと肩を叩かれたが、軽く手を払い除ける。暫く沈黙の後、声。
「お客サン?」
「そうお客さん、今忙しいからあっち行ってろ。」
「ウン、終わったら呼んでネ。」
「おう。」
遠退く足音がぴたりと止んだときにふと気が付く。
今のは?
この家には自分と家主しかいないはずなのに、いったいどこから現れたのだろう。もしかしたら先程まで後ろに感じていた気配は家主なのか。だとすれば、今前を向いている場合ではない。
ガルバートは慌てて後ろを振り向いた。後方に開いたドアがある。出入口が2つあったことに気が付かなかったのは不覚だった。走って埃の跡を追いかける。
「待てコラピエロ!」
「ピエロ違う、ボクはヨルグンスース!」
ばっと柱の陰から顔を出したのは頭に巨大なボルトが突き刺さったような出っ張りのあるロボット。
「キミはダレ?」
「オレはガルバート! 泣く子も黙る海賊のキャプテンだ!!」
ギチギチと身体を軋ませて動く姿に、彼はカメラのレンズをいっぱいに開き、それからぎゅっと絞ってロボットを見た。
右腕は異常なほど太く、左腕は剥き出しの骨格のような細さだ。不自然なのは、どちらも通常ではありえないほど関節があり、どの節も違うロボットから取って付けたように違うことである。指も例に漏れず長く伸び、片手は太く、反対は細い。喋り方は壊れたラジオのような、ざらついた感じがする。音声回路に問題があるのか、独特な発音だ。
ガルバートは初めて見たこのロボットに恐怖の念を抱かずにはいられなかった。
「ネェ、ボクに何かヨウ?」
無邪気にアイモニターを輝かせながらバケモノ、否ヨルグンスースが訊ねた。ガルバートは頭の奥に逃げていった本件を釣り上げ、にじりにじりと歩み寄りながら答える。
「おっ、お前を、俺んとこに、連れてかなきゃ、なんねーんだ、観念、しやがれっ!」
「イイヨ!」
能天気な返事を聞き、彼は思い切りずっこけた。にんまりと笑顔を作っている彼を訝しげに見て、調子の狂うヤツ、とぼやく。
どうやら敵意もないらしいので、立ち上がった彼はヨルグンスースの細い手を掴み、にっと歯を見せて笑う。
「じゃあ仲間に紹介すっから来いよ、でないとオレがバカにされちまうや!」
「ガルバート、バカなの?」
「ちげぇ!」
勢いよく振る手に振り回されながら、ガルバートは屋敷を後にする。ちらりと横目でヨルグンスースを見ると、彼は哀愁を帯びた、懐かしそうな目で屋敷を見ていた。
セントリックスは手土産の薬品をジャンクポットにいるドク・エマージに届けた帰り、もう一つの届け先に足を運んでいた。人使いの荒さに怒ることなく、むしろ笑い飛ばす彼だったが、近頃笑えない事態が迫っていることを薄々感じていた。
癖のついた黒いファイバーヘアをした目当てのロボットを見つけた彼は、無邪気に大きく手を振った。
「やあ、セイジューロー!」
「軍医殿、すまぬが姓で呼んでもらえぬか。」
苦笑いで出迎えられた彼は、すまないねと一言謝ってから背中に携えた長い荷物を降ろした。くるくると巻いた布をほどく横で、ササムラは「名で呼ばれるのはこそばゆくて敵わん」とこぼす。
突然ずいっと差し出された長刀に驚いたのか、彼は少しだけ身を引いた。
「ほら、君のだ。」
「かたじけない。この御恩、一生忘れません。」
深々と頭を下げて謝礼する彼に、セントリックスは苦笑いした。ついでなんだから感謝されるようなことはしていない、と言って彼の頬を手で挟んで無理矢理顔を上げさせた。 彼はしゃんと背筋を伸ばしたササムラの肩を叩き、するりと脇をすり抜ける。はたと止まり、振り返って言う。
「私はこれで失礼するよ、最近門限が厳しいからね。君も適当な宿を探したまえ。いい宿が何処かにあるはずさ。」
満足そうに一つ頷いて、彼は足早に立ち去った。ササムラは手元に残された得物を見、彼が去った小路を見る。捧げるように上に上げ、一礼。
「かたじけない。」
脇に刀を納めると、彼もまた別の小路の奥に姿を消した。
もともと行く当てはないのだから、とササムラが歩を進めた先は波止場。見慣れたぼろい木舟の前に、二つの影。一つはよく知った顔だった。
「ガルバート殿。」
「あっ、おっ、オッサン!」
以前この近辺をふらふらと歩いていたところ、彼が宿を貸すと言ったのが始まりだった。それから2人は時々会って話をしたり、釣った魚で乏しい食事をしたりしている。
ガルバートは慌てて何かを隠すように船から引っ張り出した布を被せると、小さな船長は、じたばた暴れる布の足元辺りを蹴飛ばして、笑って誤魔化した。
首を傾げたササムラは覗き込むようにその布を見て、頭にあたる部分の布を千切ろうと手を伸ばした――瞬間、布は勢いよく破られ、中から頭が飛び出した。
「モガ―――ッ!!」
「ばっか出てくるなよツギハギ! オッサン、悪いけどコイツのこと内緒な、なんかヤバそうだから!」
言うや否や、彼の返事を待たずして走り去る船長の後ろ姿を見送って、彼は再度首を傾げた。
「あっ。」
視線の先に見慣れた影。グランハルトの他に数人、手には小さな鞄や荷物を各々持って、船に乗り込もうとしていた。
その中に懐かしい姿。
小さい頃一度船に乗せた、ガンマン親子の息子。ガルバートより少し背の高いロボット。
「キッド?」
父親であるマグナムが処刑されたのはついこの前である。血気盛んな正義漢の息子が敵討ちに来ても何ら不思議ではない。
(でもありゃ、アクアリア行きの船だ。観光にでも行く気か?)
疑問を抱きながらも、横で頭から布を被せられたヨルグンスースがモゴモゴと暴れだしたので、思考は中断せざるを得なかった。
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