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01 英雄の死に敬礼を
 『エストランド保安局の大広場にて、反政府活動の首謀者マグナムの公開処刑が行われました。』



 無機質な声と共に流れる悲惨な光景は、英雄の最後の勇姿。雨のような銃弾を受け、倒れ伏すまでの勇姿を見るのは、本日数度目。ガルバートが拾ってきた辛うじて映るボロのテレビが、必死に電波を受信してその様子を路地裏で伝えている。

 マグナムを惜しむ声は一つも上がらなかった。いつも何かといちゃもんをつけるバイコートはしっかと口を閉ざしてテレビを眺めていたし、ジャスライトは聴覚センサーのマイクを手で塞いでいて、ガルバートはテレビを置いていくと、用事があると言って家を後にした。ゲインはといえば、食い入るようにざらつく画面を見つめ、時折瞬きをしていたが、どこか上の空だった。

 耐えきれなくなったジャスライトがテレビの電源を落としたが、ゲインは真っ黒の画面を見つめたまま、まるで石像にでもなったかのように動かない。

 「アンタのせいだ。」
 「は。」
 「アンタが軍に撃たれるなんていったせいでマグナムが!!」

 今にも泣き出しそうな声で叫びながら、跳ねるように立ち上がった彼は両手でバイコートの肩に掴み掛かって揺さぶった。彼は鬱陶しそうに手を払い、肩を押さえて数歩退いた。

 「落ち着いてくださいよゲインの旦那。確かに言いましたけどね、あっしは別に予言した訳じゃない、全部御上がやったことじゃないですか!!」

 「アンタがあんなこと言わなかったらこうならなかったかもしれないだろ!?」
 「言っても言わなくても結果は変わらないんですよ!」
 「違う!!」

 ゲインはぼろぼろと涙をこぼしながら否定する。それ以上の言葉は出てこなくて、ただただ頭を振って弱々しく違うと言い続けた。その姿を見るバイコートの目は、冷たく嗚咽を漏らす彼を見つめている。
 迷惑そうに顔を歪め、すっと左腕を高く挙げ――勢いよく振り下ろした。それはゲインの首後部を直撃し、彼はあっと言う間もなく床に倒れ伏した。


 英雄、沈黙す。


 「あっしに勝負を挑むたぁいい度胸です。まあ、聞いちゃいないでしょうけど。」
 「げっ、ゲイン!? どうするんだバイコート、もし目を覚まさなかったら――。」
 「気絶してるだけですよ。ほっときゃ勝手に治りますから、旦那みたいに。」

 分かりやすいが、あまり嬉しくない例えだ。
 言葉を飲み込んで、彼は一言「そうか」と返事して、ゲインを部屋の隅に移動させた。上からぼろいタオルケットを掛けて、仕事完了。

 バイコートは素知らぬ顔で算盤を弾き、まるで育児に疲れきった母親のような顔をしている。今労いの言葉を掛けようものなら、100万倍になって皮肉で返ってくるであろうことは容易に想像できる。それも散弾ではなくスナイパーのように急所を狙い、ホーミングで追い討ちを掛けるようにだからたまったもんじゃない。
 ジャスライトはそのような彼を時々何かしらの形で労えたらと考えてはいたが、かえって怒らせるだけような気がしたので、結局いつも何も出来ずじまいだった。しまいには彼が余計に気を遣いすぎているために、二人の間にはいつもおかしな緊張感があった。
 バイコートが新聞を読み始めたのを見て、今日は大人しく本でも読んでいようと決めたのだった。





 バタバタと走ってくる音が聞こえ、本を読んでいた彼が顔をあげた。
 バタンと勢いよく開かれたドアから入ってきたのはガルバート。お帰りなさいと言うより早く開口一番彼は言う。



 「出た――――――ッ!!」



 「そりゃセントラルですもの、軍人の一匹や二匹珍しくも何ともねぇですよ。」
 「ちげーよバケモンだよバ・ケ・モ・ン!!」
 「そりゃセントラルですもの、バケモンの一匹や二匹珍しくも何ともねぇですよ。」
 「少しは驚けよ冷徹商人! つーか話聞いてねーだろお前!! ジーさんも寝てないで何とか言え!」

 嵐しか運んでこない海賊はすっかり部屋の片隅に放置されていたゲインを揺さぶる。暫くして彼はスタートアップしたての寝ぼけ眼でふらふらと起き上がった。

 「なんだよチビ……晩飯かぁ? ……おいバイコートよくも殴りやがったなてめぇ!!」

 「オレの話聞きやがれジジイ! バケモンが出たんだぞ!!」
 「次ジジイっつってみろ、破裂させるぞチビ!!」

 チビじゃねえガルバートだ!
 訂正を無視して訝しげにガルバートを見た彼は、やれやれと首を振る。

 「あのな、世の中には化け物なんてのは存在しねぇの。女神はいるけどな。」
 「色ボケしてんじゃねーよ! カストルとポルックスにヘレナにセイレーンもいるんだからバケモンもいんの!!」
 「カストルとか何だよそれ。」
 「今時そんなのも知らねーのかよ、勉強しろ勉強!」
 「じっ、じゃあピクシーやドラゴンもいますか?」

 「「それはおとぎ話。」」

 声を揃えて否定されたジャスライトはすごすごと引き下がることにした。


 「とにかく! 向こうのでっかい空き屋敷にいたんだよ、こーんな長い腕で、こんな風に歩いてるのオレ見たんだ!」
 「あんねぇガル坊……。」

 呆れを多大に含んだ声が後ろから聞こえた。
 それまで無視を決め込んでいたバイコートがゆるゆると立ち上がり、彼の前まで歩いた。それを「だからガルバートだっての。」と視線で訴えながら追い、止まったところで視線も止めた。

 「そんなんがいたら一回くらい外で見かける奴がいるでしょうに。あっしはもう数年こっちで暮らしてますが、そんなもん見たことありませんぜ。」
 「タイミングが悪かったかもしんねーだろ!」
 「あーもー埒があかねぇ、だったらそのバケモン連れてこい! そしたらウィルオウィスプでもセイレーンでも信じてやっからよ。」

 ガルバートはしぱしぱとアイモニターを瞬かせ、頭の中を整理した。



 「よし待ってろよ!!」



 言うや否や駆け出して、あっという間に姿は外へ。やっと静かになった、とバイコートは座って新聞を読み始め、ゲインはジャスライトを読んでカードを切り始めた。

 「おいバイコート、大富豪やるから来いよ。」
 「あっしに敵うとお思いで?」
 「勝利の女神は気まぐれだからな。」
 「今日は私が大富豪になってみせるぞ!」

 「そりゃねぇな。」「万に一つもありませんね。」








 エストランドの鎮圧が完遂された。英雄亡き後、希望を失い、負け犬のように頭を垂れ、とぼとぼと情けなく歩き去る多くの民の姿を、警備隊として派遣されていたグラッジバルドは込み上げる笑みを必死に抑えていた。
 そして基地に戻り自室に入った途端、狂気じみた笑い声をあげて笑い出した。部屋に待機していたレオハルトが彼を見ずに訊ねる。

 「ご機嫌だねグラッジバルド、何か良いことがあったのかい。」


 「ああ、ああ、エストランドの屑共の、あの不様な姿!! 項垂れて歩く様は本当に、あれが負け犬というのかと思った、いや、あれを負け犬と称さずに何と称するのか! 全くあの場で腹が捩れるかと思ったぞ。まさか任務中に笑うわけにもいかなくてな、あれではまるで生殺しだ! 残念だったな、あんな面白いものを見られなかったとは、貴様は本当に惜しいことをした!!」


 思い出してまた笑い始めた彼に、レオハルトは「そうかい。」と短く返事をしたが、やはり彼の方を見なかった。
 彼がこんなに話すのを聞いたのは初めてではなかった。むしろ、前はもっと平然と聞いていたような気がする。もしかしたら一緒になって笑っていたような気がする。今考えると、背筋がゾッとする。レオハルトは握っていたペンを折りそうなくらい力を入れた。 震える拳に、手を重ねる。

 「グラッジバルド……。」
 「分かる、分かるぞォレオハルト、貴様が今どんな気持ちなのか。」

 反吐がでそうなほど優しい口調だった。カメラをぎゅっと絞ってグラッジバルドを見つめ、手を振り払おうとしたが、力強く腕を掴まれた。そして下から顔を覗き上げ、芝居掛かった調子で歌うように言う。

 「どうして彼を殺した? 彼がしたことは本当に罪だったのか? ああ私には分からない、私はどうしたらいいんだいグランハルト!」
 「やめろ! グランハルトは関係ない!!」
 「黙れ裏切り者、これ以上貴様の友情ごっこに振り回されはしない! ……その両足をへし折って腕をもぎ取り牢屋に首を繋いでやる。安心しろ近いうちにだ、ハハハハハ!!」

 ドンと胸を押して突き放すと、耳に残る高笑いを残して彼は部屋を出た。レオハルトは尻餅をついたまま、声が聞こえなくなるまでじっと俯いていた。


 「副隊長殿!」


 部下から呼ばれたグラッジバルドが振り向いた。その腕に抱えられているファイルを見、にんまりと笑う。

 「どうした。」
 「例の資料が揃いました!」

 彼はファイルを受けとるや否やページをめくり素早く確認した。ニタリと口の端を吊り上げて、閉じたファイルの背を撫でる。

 「よくやった、確認後上に提出する。」
 「ハッ、失礼しました!」

 軽く額に手を当てるだけの敬礼を返し、足取り軽く歩き出した。待ちに待った時が目の前に迫っていることを考えただけで胸が高鳴る。
 ――裏切り者には、制裁を。


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