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02 ナントカの見えざる手のままに
 バイコートは3人の前に通帳を広げて見せた。残る金額は、僅か5桁。目を皿のようにしてバイコートと通帳を代わる代わる見るジャスライトと、おろおろと慌てるガルバート。よく考えたら俺は関係ないんじゃないかと思ったゲインだったが、仲間の窮地には変わりないと不安そうに見守っている。

 「どっ……どうしようか。」
 「どうもこうもあったもんじゃねぇ、これじゃああとどれだけ暮らせるかも分かりゃしませんよ旦那。」
 「どっか伝手はないのかよ、アンタだったら商人だし、当てぐらいあるんじゃないか?」
 「ジーさんの言う通りだぜ!」

 だからジーさんじゃねぇ! とガルバートを怒鳴るゲインに、バイコートが頷いた。


 「勿論、あるっちゃありますよ」


 彼は引き出しから一枚の紙を取り出した。どうやら名刺のようで、恰幅のよさそうなロボットの写真と名前が書かれている。

 『カンスガントラベリングカンパニー社長 カンスガンWポータリー』

 へぇ、と生返事をした3人は、暫く名刺を取っ替え引っ替えして「すごいですねぇ」とか「社長だってよ社長」とか「結構太ってんだろうなあ、アクアリアの商人はみんなこうなのか?」とか、何気なく笑っていた。ひとしきり笑ってから、ジャスライトが名刺を持ったまま、三人は口をあけて固まった。


 ……。



 …………。




 ………………。




 「ちょっ、ちょっと待ってください、あの旅行会社の傍ら雑貨から医療器具の販売まで扱う大手企業、カンスガントラベリングカンパニーの!?」


 「ええそうです、詳細説明ありがとうございますよ旦那。この人があっしのいた職場の社長です。カンスガントラベリングカンパニーアクアリア本社第5商船営業員兼商船指揮官、があっしの肩書きでさァ。まあご大層な割りに、扱いは平社員と変わりないですがね。」


 その商売の手広さで広くワールドに名をとどろかせる大企業、カンスガントラベリングカンパニー。そこの社員と言えば相当のエリートに値するといっても過言ではないはずだ。その上商船の指揮官とまで言われたなら失えば大層痛手になるだろうに、セントラルの、それもよりによって路地裏に住んでいようとは。

 「まさかお前、社長を揺すって金をせびろうってんじゃないだろうな! そこまで姑息な奴だったなんて見損なっちまうぜ。」

 覇気のないバイコートに、ゲインが顔を曇らせて言った。彼は名刺と通帳をしまいながら呆れてものも言えない、と言った風に顔をしかめた。それはもう、お前ら新聞の番組欄しか読んでないんじゃないかとでも言いたげな視線で。

 「生憎最近はエストランドの騒ぎで定期船は運休、ゲートの警備は厳重化、残念ながら暫くは身動きが取れませんぜ。あっしらがあっちに行く手段はないから、当然借りれもしませんってこった。」
 「それじゃ解決にならねーじゃんか!」


 「坊っちゃん、物事にはできる限界ってもんがありんす。人事を尽くして天命を待つ、よかですね? それにまだゼロになった訳じゃないんだから、なってからでも生き延びるためなら残飯でもネズミでも食ってしのぐ。死にたくなきゃうだうだ言ってねぇで飯の種をば探しなせぇ。」


 麻袋を肩に掛けて席を立つと、さっさと外へ出掛けてしまった。ジャスライトは苦笑いして見送り、ガルバートとゲインは不満そうにそのドアの向こう側を睨んでいた。彼のひねくれた性格に慣れていない2人をなだめすかすのに、ジャスライトが酷く手間取ったのは言うまでもない。





 道端に転がる小さな骸の群れを見て、ササムラは顔をしかめた。ゆるゆると視線を空に向け、嗚呼、と洩らして瞬いた。
ストリートチルドレン掃討作戦で未来を失った群れは、共同墓地にも入れられず、ただその身を雨風に晒していた。

 「惨いことをする。」

 骸の前で手を合わせ、一人一人抱き起こし、泥を払ってから、そっと道の端に横たえる。
 中にはパーツの端々をむしり盗られていた者もいたが、それを気にせず、ただ黙々と、しかし愛情を込めたような手付きで、ゆるりゆるりと進めていく。

 「やあ、せいが出るね。助かりそうな子はいるかい。」

 間延びした声に顔をあげれば、白い姿が目に入った。軍医のセントリックスが、医療具の入った鞄を片手に立っていた。左腕に付いている細身に似合わないペンチのようなものに、彼は少し驚いたようにカメラを絞った。

 「いいや、一足遅かった。」
 「そうかい、一足でよかったね。二足も遅ければそこにあるのはネジの1本だったかもしれないんだから、全く私達や彼らは、いるかいないか定かではない神様とやらにいかにも恭しく信仰深い振りして感謝しなくてはならないのかもしれないね。」

 ササムラは一段落付けると、横たわる骸達に向けて手を合わせ、黙祷を捧げた。セントリックスは彼が何をしているか分からなかったが、とりあえず真似をして手を合わせた。きっと死者への手向けなのだろう、と薄々思いはしたが。


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あきゅろす。
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