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01 半笑いも返せない!
 ――そろそろ、まずい。

 バイコートは算盤、帳簿、そして通帳を並べて眉間にしわを寄せていた。コツコツとボールペンの先が机を叩く。ジャスライトとガルバートはその並々ならぬ雰囲気に声を掛けることはおろか、近付けもせずただ顔を見合わせるばかり。

 「なぁ、何してんだアイツ?」
 「家計簿を付けているんですよ。ここの金銭管理をしているのはバイコートですから。」
 「へぇー、意外とマメなんだな商人って。」

 ガルバート興味なさそうに見ていたが、そのうち見飽きたのか視線逸らして腰のホルスターに手を掛けた。愛銃の手入れでもして暇を潰そうと考えたのだ。

 しかし、あるはずの物がなかった。

 彼はキョロキョロと辺りを見回すしたが、やはりない。すっかり姿を消したのは、愛用のフリントロック式のピストル。置き忘れてきたのだとすれば、つい先日世話になったジャンクポットだろう。名前を彫り込んであるから売られたり捨てられたりすることはないと思うが。もし何かあったら例え一宿一飯の恩人だろうとぶちのめす覚悟だ。

 「どうかしましたか?」
 「アニキん家に忘れ物した……。」

 また難儀なところに、とジャスライトは苦笑いした。
 同じ路地裏とはいえ、警戒網の強さが違う。何かと面倒事を起こすあの退役軍人は、元同僚を巻き込むように生活しているものだから、監視の目もそれなりに強くなっている。そこから武器を持って出てこようものならあっさり検挙されかねない。
 取りに行きたくとも、タイミングを見計らわねば。と彼の心配を他所に、ガルバートは早く取りに行かないとな、と呟いた。

 「そういやジーさんは?」
 「ジイさん? ……ご老体はいないと思いましたが?」

 言葉通りの回答を聞いて、彼は思い切り噴き出して大声で笑いだした。腹を抱えながら片手でそうじゃないとジェスチャーをしていたが、呼吸がままならないのかヒイヒイと苦しそうだ。
 それを何とか落ち着けて、笑いを堪えながら。

 「ゲイン、ゲインのこと! G=ゲインだから、ジーさん!」
 「……ああ! あっ。」

 合点がいきジャスライトは手を合わせた。そして、何か言おうとする前に、ガルバートの頭に拳が降ってきた。それも、勢いよく。


 「いってぇ〜〜っ!!」


 「大人しく聞いてりゃ人をジジイみたいに呼びやがって、呼ぶなら下の名前使え!」
 「呼びやすいからいいだろ! さんまで付けてんのに。」
 「そういう問題じゃねぇっつの。」

 どうやら出入口の辺りで聞いていたらしいゲインが溜め息混じりに言った。ちぇ、唇を尖らせるガルバートにまた拳が落ちようとしたが、今度は当たらなかった。

 「じゃあ、おジーさん。」
 「丁寧にしてもダメなもんはダメだ! いい加減にしねえとこのお下げ引っこ抜くぞこのクソガキ!!」

 痛えよ引っ張るな、お前が悪い、何をお前だろ、ドタンバタン。
 大人げない大人と子供らしくない子供の組んず解れつの取っ組み合いの中、バン! とバイコートが机を叩いて立ち上がったので、3人の目はそちらに釘付けとなり、次に来るのは怒号だろうと予測した。


 「よく聞いてくだせぇお三方。」


 意外にも静かな調子に拍子抜けしたが、3人は黙って頷いた。ここで茶々を入れて逆鱗に触れてはいけない。彼はゆっくり見回して、息を吐いた。



 「もう、金がありません。」



 路地裏のある一軒家に、衝撃が走った。










 エストランドに出兵したものの、軍の成果は芳しいものではなかった。政府反乱者<テロリスト>達のリーダーであるマグナムが捕まらないことに、上層部は苛立ちを隠せずにいた。それまで腕を組んでじっとしていた巨躯の軍人――13隊と14隊の隊長を兼任しているラグハルトが重い口を開いた。

 「では、ジプシー共を囮にして誘き出せば、どうだろうか。」

 まさに鶴の一声。
 反論する者はなく、直ぐさま作戦会議が執り行われることとなった。正確には、たった一つだけ異論を唱える声はあった。
 ――軍医、セントリックス。彼はたった一人否決に手を挙げ、軍人達の前で堂々と叫んだ。



 「お言葉ですがラグハルト隊長殿、私は現在進行中のエストランド侵攻に反対いたします。我々は多くの時間と資金を争いのために費やしすぎています。この被害を被るのは下層市民であり、最も優先すべきは自国の安定と彼らへの対処ではないでしょうか。我々は早々に軍を退去させ、エストランドの、他のワールドの声に耳を傾け、対話を持って問題を明らかにし、解決を目指して和平を結ぶべきではないかと進言いたします。人々が望むのは武力による争いを経た平和ではありません、争いのない平和を、彼らは求めているのです。私はここに武力行使ではなく、平和的解決策の検討を望みます!」



 演説とも呼べるような反論の後、拍手は起きなかった。冷たい視線だけが矢のように降り注ぎ、胸を腹をと言わず突き刺していく。軍という足場で生きる者達が『平和的解決』などに耳を貸すはずもない。言おうが言うまいが、旗を掲げ拳を振りかざし、恐ろしい大隊を編成して大陸を闊歩するだろう。苦し紛れの抵抗で変わったのは、自分が置かれる立場だけであった。
 ただ席に戻る途中、レオハルトだけが小さく敬礼したのを見て、満足げに笑った。





 そして彼は『現状を理解していない医者』というレッテルを貼られ、それが至極当然のように考慮されることなく意見は却下。あまりにも見え透いた結果だったので、彼はレオハルトと一緒にゆったりと、医務室で雑誌片手にコーヒーをすすっていた。

 「素晴らしい演説だったよ。もしも私が軍人という立場でなかったら、手を叩いて賛成していた。」
 「ありがとう。まあ結果は解りきっていたから無理に褒めなくてもいいんだけど、君の代弁者にでもなったのならそれはそれで収穫があったわけだ。……でも君、あれは私の正直な気持ちなのだよ、分かってくれたまえ。命の奪われない戦争など、この時勢では夢物語かもしれないのだけれど。」

 すまないね、と呟いてレオハルトを見る。小さく首を振る彼の胸元に目が向き、カメラがきゅっと絞られた。彼の顔が苦笑いでいっぱいになる。

 「君、隊章はどうしたんだい。」
 「……ちょっと、な。」

 セントリックスはそれ以上問わなかったが、良くないことの前触れであると言うことは予感できた。

 「せめて足元は固めたまえよ。それがここでなくともね。」
 「貴方には時々、見透かされてるんじゃないかと思うよ。」
 「なに、ジャンキーの勘ってヤツさ。さあ長居は無用だ、そのコーヒーを飲んだら帰りたまえよ。お心遣いは、ありがたく戴いておくとしよう。」

 レオハルトが微笑って頷いたのを見てから、デスクに向かって仕事を始めた。彼はコーヒーを飲み干すと、席を立って医務室を後にした。


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あきゅろす。
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