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03 心配性と憂鬱。
 レオハルトはその背を見届けてからようやく歩き出した。石ころでも踏むように歩くグラッジバルドとは対照的に、足下に横たわる骸を避けながら。
 先ほど逃がした少女然り、結局彼は一人も撃たなかった。そのことを誇りに思いはしたが、代わりに目の前を歩く軍人がほとんど全てを殺したのだ。命令とあらば迷いなく実行し、国家への揺るぎない忠誠心を持つこの男は、まさにセントラル軍軍人の鑑とも言える。
 レオハルトはそんな彼を羨ましく思ったが、同時に残酷で非情とも言えるその心に恐怖を感じていた――。

 ストリートチルドレン掃討作戦は成功を納めた。
 途中、逃亡中のエディゼーラのロボットと、右腕にチェーンソーを着けたメディアルドの医者の邪魔が入らなければ、完遂したはずだった。機械兵士の何体かが故障を起こしたのは誤算だったが(原因は妨害電波だったが、情報課は上層部と一部関係者以外に明かさなかった)、それでも目的の約半数の抹消は達成された。

 それにも関わらず、基地に戻ったグラッジバルドは不満げにマシュマロビスケットをかじっていた。レオハルトが皿を置きながら尋ねる。

 「不味かったかい。」
 「まあまあだ。……それより、何故撃たなかった。」
 「狙いが定まらなくて。13隊は遠距離武器を使わないから慣れなくてね。練習不足で迷惑をかけて、すまなかった。」

 彼の神経を逆撫ですると知っていながら、レオハルトは報告書を書くためにペンを持った。案の定彼は苛立たしげにデスクを叩き、その拍子に落ちたペンや小物を踏み壊して前に立つ。行き場のない片手はきつく握りしめられていた。

 「見くびるな! 貴様はあの中で一番武器が扱える筈だ、俺が知らないと思ったか!?」
 「なら、そのデータが間違っていたんだな。」

 グラッジバルドはわなわなと震える拳に、言葉にならない言葉を込める。
 彼は大きく胸を反らし、手を掛けそのロックを解除した!

  ガジャゴッ!

 姿を表したのは8門の大口径ライフル。
 その全ての銃口は今、レオハルトに向けられていた。この危機的な状況で、よく手入れされているな、と冷静でいられるのは何故だろうか。

 「これ以上ふざけた真似をしてみろ、貴様を粉微塵に吹き飛ばしてやる!」
 「善処するよ、グラッジバルド……副隊長殿。」

 言っても無駄なことを悟った彼は胸のライフルをしまい、額に手を添えるだけの形式的な敬礼をしてずかずかと去っていった。
 しかしその表情は、今にも誰かを殺してしまいそうなほど、醜く歪んでいたが。










 「なぁ、ジャスライトのあんちゃん、大丈夫なのか……?」
 「その辺に転がしときゃ直りますよ。坊っちゃん名前は? あっしはバイコートと申しやす。」
 「坊っちゃんじゃねぇ、ガルバートだよ!」

 家に入りながら心配そうに覗き込むガルバートを尻目に、バイコートはジャスライトを適当な床に放り投げた。ガルバートはちょっとやりすぎなんじゃないかとは思ったが、今の彼には話が通じるような気がしなかったので言わなかった。怒られてとばっちりを食らうのは真っ平だ。
 ジャスライトの顔に、背負ったあのでかい算盤をぶつけるのをためらわないような男だから、逆らわない方が身の為だと本能が忠告した。

 「迷惑ばっかりかけやがる。」

 その声は苛立ちを多大に含んでいて、ガルバートを見るアイモニターは憎々しげに彼を捕えていた。

 「何であんなとこにいたんですか。」
 「あんちゃんが逃がしてくれた。」
 「アンタはすんなり逃げたんですか、コイツを見捨てて? あっしが知ってる海賊は、もっと人情深い奴でしたがね。ま、ガキには荷が重すぎましたか。」

 ガルバートは何も返すことができず、ただ俯いた。逃げ出したかった訳じゃない、彼がそう望んだから、期待を裏切ったらいけないと思ったんだ。都合の良い言い訳だけが頭の中でぐるぐると渦を巻く。親父の敵討ちをするはずが、結局尻尾を巻いて逃げてたんじゃ世話ねぇや。





 ガタリ、とドアが動かされた音に2人が振り向くと、少し目を丸くしたゲインがいた。彼は視線を泳がせると、苦笑しながら戸を閉める。バイコートは視線をそらしてさっさと奥に引っ込んだ。

 「ようボウズ、初めまして。新入りか?」
 「ボウズじゃねぇ、ガルバート! ま、そんなとこかな。厄介になりにきた!」
 「なら宜しくな、オレはG=ゲイン。」

 「さあさ食欲はないかもしれやせんが明日のために食っておくんなまし、寝てる奴は放っといてね。ガル坊の宿探しは明日っからにしやしょうね。」

 トレイに水の入ったコップと携帯食料を乗せたバイコートが、まるで子供をあやすように言いながら席に着く。ガルバートだっての! と騒ぐ彼と、笑い声。
 結局、ジャスライトが再起動したのは皆がすっかり寝静まった後だった。





 狂気に彩られた侵攻は着々と駒を進めていく。人々は為す術なく翻弄されるのか、それとも。
 軍は今、英雄という小さな希望をも飲み込もうとしていた。


→To be continued!!


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あきゅろす。
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