01 大風注意報
『動き出すセントラル――エストランド鎮圧の兆し』
水で薄めたような薄いコーヒーを飲みながら、バイコートはちらりと新聞を読んでいたG=ゲインを見た。
故郷のことだからか、目の色を変えて食い入るように読み耽っている。ジャスライトはバイコートと顔を見合せたが、彼は「こいつはダメだ」とでもと言うように首を横に振った。
「これじゃ…これじゃ皆殺しじゃねぇか! 何考えてんだよ軍は!!」
「ゲインの旦那、残念ですがお上の意志は絶対でさァ。波に飲まれたと思ってお忘れになっちゃあいかがですかい。」
「だったらアンタはアクアリアの同僚が殺されてもそう言えるのかよ! 自分の故郷に何があったって構わねぇのか!?」
バイコートは彼のスピーカーを引っこ抜きたいと思ったが、耳を塞いで聞き流すことに決めた。この勝負師は自分の事が関わると熱くなりすぎる。それもエストランドというワールドの気質のようなもので、仲間意識が強いせいでもあった。
話が終わったのを見計らい、席を立って荷箱の上に座っているゲインの胸に指を突き付ける。
「お言葉ですがね、居場所がない所を故郷なんて言わねぇんですよ。良い機会だから覚えときなせぇ。」
踵を返して出入口へ歩き出した彼の背に向かってゲインが叫ぶ。
「アンタはいつもそうやって逃げる!」
彼はぴたりと止まり、ぎぎぎと油の切れたブリキの玩具のようにぎこちなく、ゆっくり振り向いた。怒りに歪んだそのフェイスは、歯を食いしばって言葉を発するのを堪えているようだった。しかし今のゲインにとって、それは些細なことでしかない。
「都合が悪くなったらすぐに逃げる。アンタのその態度が気に入らねぇ!」
「だったら答えは簡単さね、気に入らねぇならとっとと出ていきやがれ! 旦那は赤の他人だ、いなくなったってあっしは構やしねぇんだ!」
冷ややかな視線が突き刺さる。彼は言葉に詰まって、バイコートから視線を逸らした。居心地の悪い時間が過ぎていく。
互いに何も言わないでいると、商人は不機嫌そうな顔のまま戸口へ向かった歩き、バタンとドア(ドアというには、あまりにもお粗末なトタン板だったが)を閉める音がやけに大きく聞こえた。
ドン! と箱を叩いたゲインの拳を、ジャスライトがそっと押さえる。その目は困ったような色を含んでいて、申し訳なさそうに揺れていた。
「許してやってくれ、彼も悪い奴じゃないんだ。口ではああ言っていても、よく分かってくれているはずだから。」
「………そう、か。」
そう言いはしたが、彼は納得していなかった。許したくはない。バイコートというロボットがどうしても気に入らない。容姿どうこうではなく、その考え方だとか、物の見方だとか、態度だとかが、自分の許容できる域を超えている気がしていた。そして、それを弁解しようとするこの青年は甘過ぎるのかもしれない。彼は路地裏に似合わないほど優しすぎると感じていた。損と言えば損な性格かもしれないが。
自分に嫌気がさしてきて、いたたまれなくなった彼は溜め息を吐いた。
「ちょっと、外行ってくる。」
「ええ、お気を付けて。暗くなると危ないですから、戻るなら、なるべくお早めに。」
片手を挙げて返事をし、ゲインは外へと歩き出した。
ジャスライトはその背を見送ってから、先程まで争いの火種となっていた新聞を手に取った。
小さい文字の中から13隊と14隊の文字を見つけ、鎮圧にはそう時間が掛からないだろうことを予感した。陸戦部隊の中でも、もっとも実力派の部隊。かつて部下であったグラッジバルドがいる部隊。
「鎮圧の為ためなら武力行使もやむを得ないということか。」
ドンドン、ドンドンと、ドアをノックする音に顔をあげる。新聞を閉じて慌てトタン板をずらすと、顔が見えない。とりあえず見上げ、見つけた顔に思わずカメラの照準を絞り、もう一度下から上を見直し、覚えのある顔だと確信。そして、驚嘆。
「ぐっ、グランハルト!?」
「よぉ隊長殿、久しぶり。実はさ、ちょっと面倒見て欲しいヤツがいてよ。」
「めっ…面倒……?」
ちらりと彼の横を覗くと、ネイビーブルーのボディが見える。頭には髑髏のついた帽子。海賊だとすぐに分かった彼は、酷く困った顔をした。というのも、先程までのゲインの件もあるし、面倒を見るとなればバイコートが許さない可能性もある。さらに困ったことに、勝手に決定できるほどの権利を持っていない。
その表情から何となく察したグランハルトは苦笑いをして、ぽりぽりと頬を掻いた。
「ああいや、俺んとこも結構数がいてさ。コイツ、バルゾフ船長の息子のガルバートってんだ。」
「バルっ……て、あの海賊の!?」
そ、と笑う彼と不安そうなガルバートの顔を何度も見て、ジャスライトは溜め息を吐いた。
彼の、同志の頼みであれば断れない。
「何とか頼めねぇかな、ジャスライト。」
「……家主は私ではないので何とも言えませんが、……とりあえず、掛け合ってみます。」
「サンキューあんちゃん!」
グランハルトは良かったな、とガルバートの頭を撫でて足早に立ち去り、出入り口に残った2人は家の中に入った。また罵声を浴びせられるのを覚悟しなければなるまい。
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