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八 人間的思考と称するけれど


 鳴り響くサイレンの音に紛れてヘンリーが小さく舌打ちをしながらパトリックのレンズを拭く手を止めた。
 速乾性のペイントは中々拭き取ることができず、布で擦ってもほとんど効果が見られない。それでも僅かに落ちたペイントの隙間から覗く相棒の目が不安そうに見上げてくるのだから、この作業を投げ出すことはできないのだった。


 「まだ見えねぇのかぁパトリックぅぅぅ」
 「ブラザーしか見えないんだぜ……」
 「今のうちにレンズ換えた方がいいかもしんねぇなぁぁぁ!」


 指先でこそげばレンズに傷を付けてしまうと思い、ヘンリーは諦めたような顔で言う。パトリックのつぶらな瞳が自分を見るたび、何もできない罪悪感に見舞われてしまう。
 このでかいのをどうやって基地まで連れていこうか、と頭を抱えていると、突然隣に横たわっていたパトリックが起き上がり、ふらつきながら歩き出した。


 「ちょっ、ちょっ、ちょっと待てぇぇぇ!!」
 「だってよお、見えないのは嫌なんだぜブラザー」
 「分かったから勝手に動くんじゃねぇぇぇ!!!」


 パトリックには足元で手をバタバタと動かして制止させようとしているヘンリーが見えていないのだろうが、歩き出すパトリックが検討違いの方向に歩き出しても不味い。彼はいつもの通りパトリックの肩によじ登り、顔の横に座った。
 パトリックの目が彼を捉え、僅かに安心したような色が見えると、「心配すんな」と義兄弟の頭を叩く。信頼できる大戦機が近くにいることが何より心強い、ということは互いによく知っている。
 小さく頷いて歩き出したパトリックが、ふと思い出したように立ち止まった。


 「お嬢に言わなくていいんだぜブラザー?」
 「終わったら連絡すりゃいいんだぜぇぇぇ!!」
 「分かったんだぜブラザー」


 茂みを押し分け踏み潰しながら、パトリックはスタート地点に向けて歩を進めるのだった。





 一方、キドカワの「忘れ物」を取りに行っていた2人は、目当ての物を見付けてほっと胸を撫で下ろしていた。


 「良かった良かった、壊れてないみたいだ」
 「もう忘れないでくださいよ!」
 「分かってるよ」
 「で、これからどうするんですか?」


 タカハラの問いに、キドカワは気のないような返事で「うん」と返した。
 作戦があるのかないのか曖昧な彼の態度は、戦いを急いている部下を苛立たせる。

 シマと連絡を取った後、この時間を利用してクリスタルの奪取とイミテーションの破壊をするのがいいだろうか。
 この後輩にとっては、敵の襲撃に備えてトラップを仕掛けたい所だろうが、優先すべきは勝利と身の安全だ。
 リスクを犯してまで戦う必要はない。


 「この時間で出来ることをやろう、まずはシマちゃんに連絡して、手分けしてクリスタルを探す」
 「それより罠を仕掛けたりした方がいいんじゃないですか?」
 「そんなに急がなくても、いずれやるから安心しなよ」


 タカハラが黙し、鼻唄混じりに先を歩くキドカワの背に、じっとりと、陰気な視線を送った。
 これが抗議と不満の沈黙ということは察するに容易かったが、当の相手はそれを全く無視して先を歩いていった。


 「キドカワさんは先を見てるんですか?」
 「先?」
 「戦いの」
 「ああ、そういうこと」
 「はぐらかさないでください、俺は真剣に言ってます」
 「そうだね、それは受け取ってるつもり」

 「貴方の態度は、さっきから何も応えてない! やる気あるんですかって聞いてるんですよ!? さっきだって逃げて、撃ったら空砲? ふざけないでください!!」


 しんと静まり返った空気の中で、面と向き合ったまま硬直しているような二人の巨人。
 タカハラは眼にまざまざと怒りを顕して、対面の上司にぶつけていた。キドカワは相変わらず気怠そうな眼で、時折瞬きをする。


 「若いねぇ」


 彼にしては珍しく、何一つ嫌味を含まない、ただ純粋に感心と過去を振り返るような懐かしさを含んだ口調で言う。


 「私も最初はそんな感じだったっけ」


 それだけ言うと、彼は踵を返して森の奥へと進んでいった。



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あきゅろす。
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