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6 吉日と厄日と芋虫
 足取り重く、登校日。引き返したい気持ちも山々に、近付く学校を見ては口から漏れる溜め息。すっぱり忘れててくれないか、などと都合のよい考えが浮かんでは消え、マサカズはまた溜め息を吐いた。

 はた、と十字路で足が止まる。

 元々一時停止しなければならないのだが、それともう一つ。向こう側にも同じように止まっている人がいた。車が通り過ぎても、少しだけ目を見張って、正面を見たままじっと動かない。

 「よお、……おはよう、ダイチ」
 「おはよう、…………マサ」

 ぎこちない挨拶に、ぎこちない笑顔。まるで初めて会ったようだ、とマサカズは思いながら、隣を歩くダイチをちらりと見た。すると、彼も見返してきて、視線が合ったのを感じた2人はどちらともなくぱっと顔を逸らした。
 全然話題が思い浮かばねぇ、と必死に頭を働かせ、やっと出た言葉は。

 「なあ、今日の1時間目、なんだっけ?」
 「…国語だよ」

 げっ、と思わず声を出したマサカズに、ダイチが噴き出す。教科を聞いた小学生がこうなるといったら、思い当たる理由が1つしかないからだ。そしてそれは、大概的中する理由。

 「教科書忘れた?」
 「……木曜日の時間割り揃えてきた…」
 「仕方ないなぁ、見せてあげるから、今日は寝ないでよ!」
 「お…おう!サンキュー、ダイチ!」

 ぱっと輝いた顔に、「やっぱり敵わないなぁ」などと思いつつ、ダイチは久方ぶりに笑えた気がした。それはマサカズも同じように感じていて、「やっと元に戻った気がする」と、ほっと一息吐けたようだった。
 これが仲直りかどうかは別としても、2人の間に流れていたもやもやした嫌な気持ちがどこかへ消え去ったのは紛れもない事実である。それと、男の友情、とでも称するのか、理屈では言い表せないような力が働いたのだろうか。いずれにせよ、また肩を並べて歩けるようになったことに、どちらも違和感を感じていなかったし、疑心暗鬼になって疑るような気持ちも持ち合わせていなかった。

 「全く、時間の掛かるお子達ですね…」

 電柱の影からこっそりとその様子を覗くロボットモードのバンテラーが、オペラグラスを下ろしながら半ば飽きれ顔で呟いた。隠れているようで全く隠れていないその行動に誰一人として突っ込みを入れる者はいなかったが、黄色い帽子を被った小学生が何人か、不思議そうな顔をして彼を見上げていた。

 「こら!見世物じゃありませんよ、早くお行きなさい少年少女達!」

 雲の子を散らすように逃げていく子供達を見て、腕を組んで溜め息。これだから人間はデリカシーがなくて困るのです、などと一人ごちに呟けば、ちょうど彼の頭の近くにあった窓からバケツの水が捨てられた。もちろんそれを頭から被った彼は、取り忘れたらしい汚れた雑巾を横っ面に張り付けたまま、盛大に顔を歪めた。

 「……今日は、厄日ですかね…」

 ピピッ、ピピッ、と着信を告げる内部ブザーに、気を取り直して通信回線を繋ぐ。気分転換に犯罪者の土手っ腹に一発ぶちかましてやるのも悪くない。それに、朝から全回線に回してきた傍迷惑な部下には逮捕が終わったら叱咤してやろう、それも、こってりと。
 同時に救難信号まで出すような器用な真似のできるロボットはただ1体。雑巾を剥がして捨てながら、嫌々と通信に応じる姿は、相変わらず到底正義のヒーローの役目を担うロボットに見えない。

 「どうしましたか」
 『こちらガードエイダー、都心でダ・アークのメカが暴れています!至急救援を…うわあぁぁああっ!!?』
 「街への被害を最小限に留めなさい、出来なかったら貴方の夕食はありませんよ」

 爆音が聞こえたあたりからすると、戦闘は始まっているのが予想される。大方ビルの影に隠れて頭を抱えて縮こまっている彼が容易に想像できて、バンテラーはげんなりした。使えない部下を持つと胃が痛くて仕方ありません、なんてぼやきながら、ビークルモードにチェンジして、送信されてきた目的地座標を設定すると、ブースターを点火させ猛スピードで朝の住宅街を疾り抜けていった。







 朝の駅前通りは一匹の虫によって騒然とさせられていた。鋼鉄で出来た灰色のぼってりしたボディに、黄色いアクセントのように塗られた円形のビーム発射口を持つそのロボットの姿はまるで芋虫だった。
 対向車線も含め四車線ある道路を全て埋めてしまうほどの巨大な芋虫は、ゆっくりとその身体を進めていた。車から逃げ出す人々に構うことなく、阻む障害物を喰らいながら何処かを目指して足を進ませている。

 「さあ進めシャトー・トレイルズ! お前を阻むものなどありはしない、存分に喰らい尽くすがいい!!」
 「トレ――――イルズッ!」

 その頭部で進路を指差し、仁王立ちしているのはイルリッツ。満足そうにアイカバーの下の目を細める、ビルの影に隠れている巨体の姿を嘲笑った。
 来たと思って警戒すればとんだ臆病者が一人で頭を抱えているだけ。何も臆することはない、全ては私の計画通り。ここを征した暁には拠点として使い侵攻を開始すれば臆病者のニンゲン共など恐れるに足らず勝手に逃げ出すに違いない。布石は完璧、あとは邪魔なロボット共をスクラップにしていくことに専念すればいい。ビューティフルにパーフェクトでマーベラスな作戦!

 「やはり私は完全無欠だ! ハァーッハッハッハッハ!!」

 通勤電車と線路で出来た芋虫の上で大笑いする鎧を見ながら、途中から丸聞こえだ、とビルの上から様子を見ていたダイペインは頭を抱えた。
 正直、これが仲間だと思うとこっちが恥ずかしくなる。と、赤くなった顔を片手で覆う。

 「銀メッキ、後は貴様に任せてやる! 俺様は高見の見物と洒落込ませてもらうぞ、せいぜい上手くやれ!!」
 「フン、言われんでもそうするつもりだ!」

 前を過ぎていく銀の鎧を赤い目が睨む。全ては主であるテイオルドの為、とはいえ手柄を奪われるのは我慢ならない。虫の居所が悪いまま、彼は怒鳴るように言った。何をさせても腹の立つ奴だ。周囲を食い散らかしていく巨大な虫を視線で追いながら、その図のグロテスクさに「悪趣味な」と、苦い表情をした。
 ―――ドンッ!

 「トレッ!!」

 何かが当たった衝撃に、シャトー・トレイルズが悶えるようにうねる。激しく揺れる視界の中振り返れば、赤いロボットが銃口を下ろしているのが見えた。

 「ファイヤーエイダー!」
 「これ以上お前達の好きにはさせん! 行くぞガードエイダー!」
 「はっ、ハイッ!」

 ビルの影から駆け寄ったガードエイダーが頷き、ラダートンファーを構える。忌々しげに瞳を光らせながらも、イルリッツは余裕のある様子を崩さない。

 「来たな赤い奴、あの青大将は無様にやられたようだがこの私はそうはいかんぞ!!」
 「トレトレ―――ルッ!」
 グッ、と鎌首を上げた鋼鉄の幼虫は近くのビルにもたれ掛かると、角にかじりついて虫が葉を食べるように貪り始めた。ファイヤーエイダーがラダーライフルで注意を逸らそうとしたが、いくら当ててもダメージになっている様子がない。
 徐々に喰らい尽くされていく建造物に、膨らむように巨大化していくシャトー・トレイルズ。その不気味な様に嫌悪感を抱いたのか、ガードエイダーは青い顔をして後退りする。

 「や、やっぱり隊長を待った方が…」
 「今俺達が止めなければ被害が拡大するだけだ! レスキューエイダー、お前は人間達の救助を優先しろ!」

 縋るような弱音に、姿を見せないメンバー、食い止められない侵攻。全てが全て彼を苛立たせ、苛立ちが僅かな余裕さえも奪っていく。
 焦る心を隠せない彼を知ってか知らずか、ガードエイダーは彼と巨大な敵を何度も見比べて判断しかねている状態だった。

 「ガードエイダー、やる気がないならさっさと帰れ! 邪魔だ!!」
 「そっ、そんなに怒鳴らなくても…」
 「突っ立っているだけなら電信柱でも出来る!! 何のために持っている武器だ、頭を使え!!」

 眼下で始まった一方的な口論を見下ろしながら、作戦通りだ、と銀の鎧がほくそ笑む。元々チームワークなどという言葉とは縁遠そうな奴らだと思っていたが、よもやここまでだったとは。予想以上の結果にくつくつと喉の奥から笑いが止まらない。
 敵に嘲笑われていることなど露知らず、赤いロボットの拳が青に向けて飛び出した!

 「ヒィッ!!?」

 身を守る間もなく打ち込まれたパンチは顔面にクリーンヒット。元来の重量ゆえか後ろに倒れはしなかったが、ぐらりと大きくふらついたので足に力を入れて体勢を保つ。
 顔を戻せば怒りに揺れる光を灯したカメラアイがじりりと睨んでいた。何と返して良いか分からずに、ガードエイダーはただ俯く。それがまた彼の神経を逆撫でして、怒り任せに照準のずれたライフルでシャトー・トレイルズを撃つ。

 「何をしているんですか、貴方達は!! 言われたこと一つろくに守れないんですか!?」

 ギュアッ!と後方から聞こえたブレーキ音に振り返れば、黒い車が素早く変形してその手に銃を構えた。その後に続いてクレーン車、ショベルカーが彼の後方で変形する。

 「全くとんだ役立たずですよ、本当に参りますね!」
 「大丈夫ですか、エイダーズ!」
 「うっひゃあー、馬鹿デカイ虫だNa! ありゃあ骨が折れる相手だZe!!」

 ダージングがクレーンキャノン、レッシングがエレキギター型の武器を構えると、一度視線を合わせて頷いた。それを合図に一足跳びに距離を縮める。

 「デルタサンダーッ!!」
 「トーンウェィーブッ! ショーターイムッ!!」

 弾き出される雷撃と衝撃波がうねりを上げてシャトー・トレイルズに向かっていく!


 「トレ―――――イルズッ!」


 だが、それに怯む様子もなく身体を丸めると、背側に付いた線路のような部分から幾つもの棘が現れた。その場でアクセルを踏んだタイヤのように回転すると、アスファルトの道路を抉りながら2体に向かって突進する!

 「なぁあっ!!?」「うわあぁっ!!」

 体格差とパワーの前に呆気なく弾き飛ばされ、道路の両端に立っていたビルに激突。瓦礫に埋もれながらも立ち上がり体勢を建て直したが、レッシングは唇を噛み締め、苦い表情をしていた。
 隙を窺って弟を抱えると、走って安全圏まで距離を取る。その後ろでバンテラーが声を張り上げた。

 「被害を広げてどうするんですかこの馬鹿兄弟! アレストフィールド展開ッ!!」


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あきゅろす。
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