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5 あやまれないひとたち
 あーあ、と溜め息を吐いてダイチは頬杖を付いた。空は夕焼け茜色、下校の放送がやけに虚しく聞こえ、気分はセンチメンタル。何をするわけでもなく一人教室に残り、今までただ黙々と宿題をして予習復習を一通りこなしていたが、何となく寂しさがよぎる。

 「どうしたらいいのかな」

 謝ろうにもタイミングを逃して、結局逃げられてしまったような、そんな感じがした。
 いつまでもいたってしょうがないや、今日はもう帰ろう。そう思ってランドセルに物をしまい、重い腰を上げる。グラウンドにはクラブ活動に勤しむ野球部も、端に追いやられて細々とサッカーをする子供の姿も見えない。いつもは人気者のブランコも、この時間は閑散としていた。

 「だって、ボクだけ悪いんじゃないや…」

 俯けばやけに伸びた自分の影が見える。今回は自分から謝らないって決めたんだから。片意地を張っているのはよく分かっていたが、彼にしてみればここで引き下がれば――自分から謝ってしまえば、元も子もないといった風だった。
 いつもと変わらないランドセルが重く感じる帰り道、塾へと向かう足も何となく重い。レッシングとダージングならケンカ何てしないんだろうな。ボクらはずっとこのままなのかな。悪い考えばかりが浮かんでは消えていった。

 「……やっぱり、謝った方がいいんだよね。だっ、ダメだダメだ! そんなことしたらまた…はぁ……あっ」
 「あらァ、お久しぶりね!」

 空地の土管の横に腰を下ろしていた巨大な影――レスキューエイダーに気付いたダイチが声をあげると、至ってにこやかな顔で手を振って見せた。
 ダイチはレスキューエイダーの足元まで駆け寄り、その顔を見上げた。逆光で黒い影に隠れた顔に、緑色のカメラアイだけが爛々と光っているのは、少し怖かったが。

 「あ、えっと、あなたはエイダーズの……。どうしたんですか、こんな所で?」
 「あら、自己紹介がまだだったかしら? アタシはレスキューエイダー、ヨロシクね! それから畏まらなくていいわよ。アタシ、カタいの苦手だし」
 「あっ、…うん、ボクは菅原ダイチ。よろしく、レスキューエイダー」

 ヨロシク、と軽く頷いて、レスキューエイダーは茜色の空を見上げた。真剣、というか、どこか物寂しげな雰囲気を感じながら、ダイチも一番上の土管に腰掛けて、つられてその視線の先を追った。もう紫色になってきている向こうの空を見て、今日の塾はどうしよう、たまにはサボってもいいかな、なんて考えた。母親が聞いたら顔を真っ赤にして怒鳴るに違いないが、今のダイチはこっちの方が大切だったので、そのことは頭の隅に追いやった。

 「ねぇ、レスキューエイダー達も、ケンカってする?」

 子供の素朴な疑問に、レスキューエイダーは微笑んだ。

 「そりゃあね、みんな違うんだもの。ケンカの一つや二つ、よくあることよ」

 意外だ、とも言いたげに目を丸くしたダイチに、彼は苦笑いを隠せなかった。つい先日、それをしてきたばかりだったし、それが大人気ないことは十分承知の上で、未だに誰も謝ってすらいないのだから。機械のボディとはいえ、子供の手本にならない大人達だと、自分とその仲間達に内心呆れていた。

 「どうしたの、そんなこと聞いて? お友達とケンカでもしたのかしら」
 「う、ううん、そんなことないよ! ……ちょっと、気になっただけ」

 ギクリと肩を震わせたダイチに気付かないレスキューエイダーではなかった。隠し事がヘタなのね、アナタって。と笑えば、彼は夕日と同じくらい真っ赤になって俯いた。
 ボクは、好きでケンカをしたんじゃない。そう、ポツリと呟くと、気の弱い彼は黙り込んでしまった。今はただ、起こってしまったことはどうすることも出来ず、これからどうしたらいいか分からないでいた。

 「嫌なんでしょ、謝るの」
 「えっ」

 顔を上げれば隣にレスキューエイダーの顔があって、思わず身を引いた。彼が屈んで土管の上で腕を枕にしていると気付くまで、少し時間が掛かったが、図星を突かれ、その意地の悪そうな笑顔を見ると、また顔を隠したくなった。何でこんなに勘がいいんだろう、とちょっとばかり恨みがましい視線を送って見る。

 「男って、みんなそうなのよ。意地張って、自分からは絶対謝らなくて、そのうちふっとまた仲直りしてんの。何かスッキリしないのよねぇ、そういうのって」
 「でも、また仲良くなるならいいんじゃないの?」
 「結果としてはね……」

 レスキューエイダーの顔からふと笑みが消え、真っ直ぐ前を見つめた。ダイチは彼の言葉の続きを待ったが、それ以上何も言わないので、彼もまた前を見た。沈んでいく夕陽はすっかり屋根の向こうに隠れ、黒くなった家々が濃い青紫に包まれようとしていた。
 何が言いたいんだろう。仲良しに戻ってるなら、それでいいじゃないか。必死に考えていると、目の前に救急車がいて、バタンとドアを開けた。

 「アナタ、どっか行くんじゃないの?」
 「塾、あるけど、今からじゃ遅刻だし……今日は、休もうかなって…」
 「ウジウジ言わないの! そういうのは行かなきゃ意味ないの、送ったげるからさっさと乗りなさい!」
 「いっ、いいよ! 救急車で行くなんて恥ずかしいから!!」

 否定している間に、救急車から伸びてきた腕にひょいと首根っこを摘ままれたダイチは、患者の搬入口から放り込まれた。
 見付かんないところで降ろしてあげるから安心なさい! なんて宥めすかして走る救急車に、ダイチは涙目になりながら、最近の女の子はみんな気が強いからイヤなんだ、と心の中で呟いた。







 もうどうしたらいいか分からない。真面目一本槍の、あの鉄面皮のファイヤーエイダーがそう持ち掛けてきたので、バンテラーは物珍しいのも相まって、気紛れに相談に乗ることにした。相談に乗らないタイプの彼が動いたのだから、余程興味があったのだろう。とっぷり暮れた、人気のない売家が並ぶ団地で、背筋を伸ばし互いに前を向いたままロマンチックの欠片もない雰囲気の中にいた。

 「それで、何が分からないと?」

 問えば、神経質そうな顔がゆっくりと振り向いた。しかしすぐに視線を外し、くしゃりと顔にしわを寄せると、抱えるようにしていた膝の間にガンと埋めてしまった。その行動を全く理解できなかったバンテラーは、思わず「ハァ?」と声に出た。
 暫くそのまま沈黙したファイヤーエイダーは、ポツリと。

 「何でもない……いや、あるのだが、やはり、ない…」

 ぶつぶつと念仏のように一人繰り返す彼に、呆れ果てた隊長は痺れを切らしてさっさとその場を後にした。
 結局、相談したところで自己責任と言われるだろうし、焦りすぎていた気もするから、謝らねばならないこともあるだろう。しかし自分が頭を下げるのはプライドが許さない。そして今そのプライドが邪魔をしているから困っているのだ。それに隊長命令で仲直りを強制されて従うのは、何か違う気もした。

 一人になったことに気付いているやらいないやら、なおも念仏を唱える彼の肩に、ぶわりと白い煙が広がった。

 「何も悩む必要はなかろう」
 「お前はダイペイン!」
 「生憎オレ様は貴様の名前なんぞどうでもいいがな。そんな目をするな、助言に来てやったのだ」

 無言で背にしたラダーライフルを構える彼に、刀の柄に手を掛けたダイペインは赤い目を光らせた。犯罪者を捕まえようとする、強い意思が見える眼差しを、嘲笑うように目を細めて見返す。
 まだ若い。このような相手に、刀を抜く必要もない。柄から手を離し、ふ、と息を吐いて、彼はゆっくりと話し始めた。

 「頭では薄々分かっているのだろう、己が不甲斐なさを」

 真っ向から敵と対するのを好むダイペインは、言葉で意思を惑わすような作戦を好まない。しかし、主であるテイオルドの提案であり、あの小生意気な銀メッキに手柄を横取りされた挙げ句、天狗になられるのは癪だったから、渋々ながらも実行することにしたのだった。

 「何も恥じることではない、貴様はただ責任を果たせば良いだけのこと」

 ファイヤーエイダーの胸にあるエンブレムの意味を知らぬわけではない。自分でも分かっているのだろう、顔をやり場のない怒りに歪め、憎しみを込めたカメラアイで目の前の武将を睨んでいる。

 「代理では力も入るまい」
 「黙れ」
 「あの二人もそう思っているのではないか」
 「 黙 れ ッ ! ! 」

 バシュッ!
ラダーライフルから一発、ダイペインに向けて撃たれたが、ひらりとかわされた。肩で息をしながら震える手で銃身を支えている彼を、冷やかな眼で見る。

 「ようく考えてみるがいい」

 どこからか立ち込めてきた白い煙に巻かれるように、彼は消えていった。独り取り残されたファイヤーエイダーは、焼けて燻るアスファルトが赤くなりながらじわりじわりと溶けていくのを、ただじっと、唇を噛み締めて見ていた。



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あきゅろす。
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