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4 あやまれないひと
 珍しく早く帰って来て、部屋に入ってから一向に出てこないマサカズに、彼の母は首を傾げて眉をハの字にしていた。
 夕飯時になってようやく顔を出したが、どうにも元気がない。

 「どうしたのマサちゃん、学校で何かあった?」
 「……何でもない、ごちそうさま」

 いつもなら全部平らげてお代わりまでするマサカズが、ほとんど残してさっさと2階に引っ込んでしまうなんて。
 食器を片付けながら心配そうに上を見上げる。

 「お友だちと何かあったのかしら……」


 もやもやした気分のままベッドに寝そべり、時々寝返りを打っても気持ちはこれっぽっちも晴れない。

 「別に、アイツらがいなくたって……」

 2人に謝らないといけないのはマサカズも重々分かっていたが、気恥ずかしさやプライドが邪魔をして、素直な気持ちにさせないでいた。気紛れにランドセルの教科書を時間割通りに揃えてみたが、それ以上は何もする気にならなかったので、またベッドに寝転がった。
 悪いのはアイツらなんだから、勝手に怒ってればいいんだ。自分はそんなの気にしないで、明日また目一杯他のヤツと遊んでりゃいいんだ。どうせそのうち忘れるだろ――なんて都合良く考えようとしても、何かが胸に引っ掛かってしまい、納得できない。今日一日が全然楽しくない気がして、夕飯も美味しくなく感じた。最低な気分。

 「バンテラーだったら何て言うかな」

 きっとキツイお説教をしてくるんだろうな、と彼の胸と同じ形のリストウォッチを見る。
 たちの悪い先生みたいでイヤなところはあるけど、やっぱりカッコいいところはあるんだよな。なんてったって警察だし、ロボットだし。
 1人で納得しつつ、試しに相談してみようかと思ったが、そう言えば使い方を聞くのを忘れていたことを思い出した。今度会ったときに聞こう、等と頭の片隅で思考しているうちにすっかり寝入ってしまった。

 次の日の学校はそれはそれはつまらないものだった。昼休みのサッカーはどうしようもなく燃えないし、給食はお代わりする気にならないし(これだけは周りに心配された)、授業はいつもと同じく退屈。それでも好きな算数と理科があったのが救いで、その間は多少の楽しさがあった。少しでも視線をずらせば隣のダイチが視界に入り、マサカズとしては珍しいくらいに真剣な表情で黒板を見つめていた。
 休み時間になってもマサカズはアマネは勿論ダイチとも会話することなく、もやもやが消えないまま迎えた放課後。当然肩を並べて帰ることはなく、一人で歩く帰り道はやけに空寒かった。

 「あっ」

 そうだ、とポケットに突っ込んだままだったリストウォッチを取り出した。一見子供騙しのオモチャのように見えなくもないそれの、側面に付いている小さなボタンを押すと、エンブレムの部分が開いた。中には何も映っていない画面と、幾つかのボタン。

 「へぇ、良く出来てんなー」

 ポチ、とボタンを押してみると、画面に『VANTERROR』と表示され、それが誰かを理解する前に、小型スピーカーから声がした。

 『何か用ですか、少年』

バンテラーの声が聞こえ、マサカズはわたわたと道の端に寄ってリストウォッチを隠すようにして話す。オモチャでなかったことに驚きを隠せなかった。

 「あー、いや、あの、貰ったコレ何かなーって思って……」

 ああ、と思い出したように呟き、彼はしばし沈黙した。そう言えば説明していませんでした。私としたことがこんなミスをするなんて! いや、そもそも渡すつもりがなかったのだからこれは当然の結果です、大丈夫大丈夫ノープロブレム私。
 そんなことを思いながら、コホンと一つ咳払い。

 『小型通信機です。また敵が襲ってくるでしょうから、情報を早く手に入れられると思いましてね』
 「助けに行くーとかそーゆーのはないのかよ」
 『義務ではありませんから』

 これが警備隊と言うのだから、宇宙はよく分からない。そもそも何でこんなの採用しちゃったの? 等々、疑問を挙げれば限りなく出てくるマサカズは、とりあえず頭を振ってネガティブな思考を振り払う。

 『とにかく、何かあったら早急に仰いなさい。他に用がないなら失礼しますよ』
 「あ」

 待って、という前に通信は切られ、またしんとした空気が戻ってきた。何となく予想は出来ていたが、いざ当たると物悲しい気分になる。今日はいつもより喋る量が極端に少ない気がして、これ以上黙っていたらどうにかなってしまうのではないか、とまで考えるくらいなのだ。しかも、何をしたって楽しくない。
誰でもいいから何とかしてくれよ、まあいい子になってやんないこともないからさ、明日になったらもう機嫌直ってたらいいのに。

 「仕方ねーや、帰るっきゃないよなぁ……」

 ぽつりと呟き、またとぼとぼと帰路を歩き始める。いつもはダイチ達とばか笑いしながら帰ってたっけと思い出し、今日一言も話さなかったなと思い出し、急に目頭が熱くなって慌てて袖で拭った。





 帰宅してもまた親から心配そうな視線を受けるのが嫌だったマサカズは、時間潰しにいつもの場所に向かった。
 海風は少し冷たいが、我慢できない程ではない。出来れば寒くない方が良いと思った彼は風をしのぐため倉庫の中に入ることにした。しかし、中には意外にも先客の姿。

 「がっ……ガードエイダー!?」
 「しーっ!!」

 静かに、とサインを送られたマサカズは口を両手で塞いだ。それにしても、別にロボットモードで体育座りしてなくたっていいじゃないか。というツッコミは後回しにしておく。

 「こんなトコで何してんだよ、おまえはしご車だろ? 消防署困るじゃん!」
 「だだっ、だってファイヤーエイダーが怖いんですよ、通信してきても何にも喋らないし、睨んでくるし、この前だって殴られましたし……」

 今にも泣き出しそうな声で、目を潤ませながら話すガードエイダーはいかにも頼り無さそうに見えた。ファイヤーエイダー始め、エイダーズはそれぞれ違う署にいるらしく、個人チャンネルとやらを使って通信しているという。しかし、掛けてきて何も言わないとはただのイタズラ電話で、いい大人がする嫌がらせじゃないだろ、とマサカズは思った。

 「ケンカしたのか?」
 「まあ、そんな所です…」
 「何で?」
 「とある練習をしていたんです。でも、どうしても出来ないから、今日はもう止めにした方がいいと言ったら彼が怒って…。あっ、いや、彼だけ悪いんじゃないです、ハッキリ言えなかった私も悪いと言うか…」

 はぁ、と溜め息を吐いた彼は、何となく中間管理職の苦労に近い色をしていた。彼が温厚で好戦的でない性格だというのは感じ取れたが、マサカズはどうにもウジウジした面だけは好きになれそうになれそうもなかった。
 だから、ファイヤーエイダーが殴った気持ちも分からないではないが、暴力は好ましくないことだとマサカズは思った。

 「とりあえずさ、謝って、えーと、何で自分がそうしたのかちゃんと伝えてみれば?」
 「そりゃ、確かにそうですけど、彼が素直に聞き入れてくれるようには思えません……」

 子供の自分が思い付いた最善の方法はあっさり却下された。このままでは陰気な雰囲気に飲まれてしまう。それが心に良くない事くらいマサカズにも分かる。
 せめて話題を変えなければ。彼はおもむろにランドセルを引っくり返し、国語のノートを掴んだ。


 「なっ、なぁなぁガードエイダー! 今日宿題出たんだけどさ、ちょっと教えてくれよ!」


 「えっ?」
 「オレ、国語すっごい苦手でさぁ、ダイチもアマネも…あっ、この前いたオレの……友達、な、教えてくれねーし、バンテラーも。ガードエイダー頭良さそうだし、なっ、頼むよ!」

 手を合わせて請えば、ぽかんと口を開けていたガードエイダーがふっと笑った。

 「ヒントだけですよ?」
 「へへ、サンキュー!」

 とりあえず空気は変わったが、根本的には何も解決出来ていない。友達と言うのにためらいを覚えてしまったマサカズは、胸の中に何かが詰まっているような気がして、嬉々として宿題の解説をする彼に気付かれないようひっそり眉を寄せた。



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あきゅろす。
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