【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story151 護りたいもの
昔、それはもう何年も何十年も前のこと。
俺は光妖大帝国に生まれた。
付けられた名前は"キッド"。
どうやら大昔の先祖の名らしい。
両親は光妖大帝国王室の騎士団に所属し、先祖代々由緒正しい歴史ある家系だった。
俺には5歳年上の姉が一人いた。
名前はアスラ。
彼女はとても美しく、誰もが振り返るほどの輝きを持っていた。
白い肌に金色の髪。
文句の付けようがない美しさ。
たが、そんな彼女にも一つだけ欠点があった。
「キッド、今から私はちょっと席を外すけど、お父様には何も言わないでね。」
「お姉様・・・これから帝王学のお勉強では?」
「愚弟ね。私が黙ってお勉強やらをするとでも思った?」
「・・・また、行かれるのですか。」
「当たり前じゃないの。やはりあなたは愚弟ね。」
「ですが・・・お一人では危険です。」
「うるさいわね愚弟。そのお節介な口を閉じないとテメェのキン○マ捻り潰すぞ?ぁあ?」
「・・・・。」
そう、彼女は誰よりも口が悪かった。
というより、男勝りだった。
姉は貴族としての生活を嫌い、
時々屋敷を抜け出しては城下町の子供たちと泥まみれになって遊んでいた。
口の悪さもそこから影響されているようだ。
そんな姉を見て、外に出られて羨ましいとは全く思いはしなかったが、
姉みたいに自由に生きられたらなぁ、と時々思ったりはした。
だがある日の夜、
父様の部屋から姉の泣き声と怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら、城下町に行っているのがばれたようだ。
姉は1ヶ月の謹慎。
そのせいであの男勝りな性格は一気に失われていった。
「・・・お姉様。大丈夫ですか?」
「キッド。私、悲しいわ。とても悲しい・・・」
そう言って涙を流す姉は、やはり美しかった。
それから姉は、一切城下町には行かなくなった。
真面目に勉強し、才色兼備と化してゆく。
もう「雌豚みたいに甘えてんじゃねーよ」とか、
「テメェみてーなしょんべん垂れ流してるようなガキに何がわかるんだよ。ぁあ?」
とか言わなくなった。
そんな姉を見て、俺は少し寂しくもあった。
自由気ままに生きる彼女が、俺の憧れでもあったから。
そして月日は流れ、
姉は21歳になった。
周りからは結婚の申し込みが殺到。
姉はただ首を横に振り続けるだけ。
中には王族からの申し出もあったというのに、勿体無いと母は深いため息をついていた。
そんな中、俺も16歳になり、
先祖代々続く騎士団への入団が決まった。
金髪のせいで周りからは「王子様」と言われたりもしたが、正直あまり嬉しくはなかった。
「キッド、入団おめでとう。」
「ありがとうございます、姉上。」
「都の娘たちに騒がれてるらしいじゃない。最近入団した美しい王子が白馬に乗っていると。」
「彼女たちは私を馬鹿にしておられるようです。」
「何を言うのキッド。彼女たちはあなたに恋をしているのよ。」
「恋、ですか。」
「そうよ、恋よ。」
そう言って、姉は珍しくうっとりとした表情で窓の外を見つめていた。
まるで誰かに恋でもしているかのように。
丁度この頃、光妖大帝国の王権に対抗する軍事政権が頭角を現してきた。
彼らは若い者ばかりが集まった集団で、人数も少ない。
元々王政に関わっていた者たちで作られた集団で、名を"フェイター"という。
彼らに共通するのは、
みな"神"の血を引く神真大帝国の子孫という点だ。
彼らは光妖大帝国王族のピクシー家を破滅に導くに違いない。
そう思った王は、我ら王族騎士団に命じてきた。
「フェイターを殲滅せよ」と。
その命令に、俺は何も異議はなかった。
いつかはこのような命令が下るであろうと予想していたからだ。
「ねぇキッド。フェイターの処分が決まったと聞いたけれど、本当?」
「ええ、姉上。民衆には気づかれぬよう極秘にはなりますが。」
「そう・・・。いつ決行するの?」
「それは姉上であっても教えられません。」
「やはり貴方は愚弟ね。」
そう言って、姉は窓の外を見つめた。
悲しみが溢れる瞳で。
姉は、いつもなら騎士団の話なんか聞いてこないが、この件だけはしつこいくらい聞いてきた。
本当に、しつこいくらいに。
そこで姉の異変に気がついていればよかったと、何度も何度も後悔することになるとは思いもしなかった。
フェイター殲滅作戦決行日。
それは綿密な計画の元行われた。
だから失敗する確率はほぼ0に近かった。
彼らは毎週必ずこの時間に集まる。
その集合前を狙うつもりだった。
だが、
結論から言うと、作戦は失敗に終わってしまった。
彼らは騎士団の動きを知っていたのだ。
もちろん王は騎士団に激怒し、
両親も屈辱を味わった。
なぜこの作戦がばれたのか。
騎士団内に内通者がいたのか?
だが、答えはすぐにでた。
周りからの噂で、姉がフェイターの一味の男と付き合っているという話を耳にした。
まさかと思い、信じなかったが、
噂はどんどん広まり、
最終的に両親の耳に入ってしまった。
両親と姉は何時間も部屋にこもったまま出てこない。
中で何が話されているのだろうか。
数時間後、
ようやく部屋の扉が開かれた。
姉は無表情のまま部屋から出ると、そのまま外に出て行ってしまった。
慌てて追いかけると、姉は静かに振り返った。
「キッド・・・・」
「姉上・・・どこに行かれるのですか。」
「ごめんなさいね。私は貴方の名誉を傷つけた。本当に、ごめんなさい。」
その言葉で、理解したくなくても理解してしまった。
彼女がフェイターに情報を流したのだと。
「なぜ・・・・そんなことを」
「キッド・・私はね、恋をしたの。一生に一度の恋よ。家族の名誉より、大事だったの。」
「姉上・・・・」
「もう、私は貴方の姉ではない。私は、彼の元へ行くわ。だからキッド・・・・」
姉は涙を流し、笑った。
「お父様とお母様を、よろしくね・・・・」
その日を境に、姉は姿をくらました。
フェイターと一緒にいることはわかる。
だが、そのフェイター達も姿を消してしまったのだ。
両親も姉のことは一切話さなかった。
なんとかして名誉を取り戻そうと必死になっていた。
姉が姿を消してから2年がたったある日、
ついにフェイターの隠れ場所を突き止めた。
騎士団は2年前のような失態を犯さぬよう、人数を限り、極秘に行うこととした。
「キッドよ・・・」
決行前日の夜、俺は珍しく父に部屋に呼ばれた。
「はい、父上。」
「・・・私は今、とてつもない後悔に打ちのめされている。」
父は昔から冷静沈着で、笑った顔は一度も見たことがない。
そんな父が、悲しそうに笑っていた。
「娘を・・・アスラを手放し、初めてわかった事がある。私が守りたかったのは名誉などではなく・・・・愛を守りたかったのだ。」
「父上・・・・」
「そこでお前にお願いがある。上司としてではなく、父として。」
「はい」
「明日の奇襲の際、もしアスラを見つけたら・・・・逃がせ。あと、アスラの愛する者もいたなら、そいつも一緒に逃がすのだ。」
「良いのですか父上・・・・そんなことをすれば」
「わかっている。覚悟の上だ。」
そう言って、父上は先祖代々引き継がれてきた剣を、俺に渡した。
「これはキッドに相応しい剣だ。この剣で、お前が大切だと思うものを守るのだ。」
「大切なもの・・・・」
この時、俺は初めて考えた。
自分にとって大切なものとは何かと。
今まで勉学に励んでばかりで、
そんなこと一度も考えたことが無かった。
一晩考えたが、
答えはすぐには出なかった。
そして、
作戦決行の朝。
天気は最悪、土砂降りの雨だった。
予想通り、フェイターたちはそこにいた。
だが、人数もかなり増えている。
勝敗など、目に見えてわかってしまうほどに。
だが、騎士団は迷わず突撃した。
俺も後に続く。
その時、ふと端の方で揺らめく影を見つけた。
影を追うため、俺は1人、隊から外れた。
通路を抜け、人気のない部屋に辿り着く。
ついに追い詰めた。
そう思ったときだった。
「キッド・・・・!!!」
目の前の影が、俺の名を呼んだ。
ああ・・・なんてことだ。
この声を俺は知っている。
知らないはずがない。
「お久しぶりです、姉上・・・・」
「キッド・・・・っ」
姉は俺に駆け寄り、抱きついて来た。
その時、あることに気がついた。
姉の腕の中に、小さな小さな赤子がいたことに。
「・・姉上の、子どもですか?」
「ええ・・・」
その赤子はまだ生まれたてで、こんなさわぎでもすやすやと眠っていた。
「名前は・・・・なんというのですか?」
「名前は、チャキよ。」
「チャキ・・・・」
そっとチャキに触れる。
温かく、なんとも可愛らしい。
姉にそっくりだ。
「姉上・・・・今すぐここからお逃げください。赤子も一緒に。」
「キッド・・・・」
だが、姉は決して首を縦には振らなかった。
ただただ、俯いて首を横に振るだけ。
「キッド・・・・私には無理よ。」
「なぜです姉上・・・・っ、今すぐここから出れば良いだけの話です。」
「私はもうあなたの味方じゃないの・・・・!!!!」
「そんなこと・・・・」
その瞬間、姉の後ろに人影が見えた。
いつの間にいたのか。
全く気がつかなかった。
咄嗟に剣を向けたが、
間に合わなかった。
姉は赤子を護る様に小さく丸くなっている。
その背中には・・・・騎士団の剣が刺さっていた。
その時、俺は何を考え、何を感じていたのか。
今となっては全く思い出せない。
ただ一つ言えることは・・・・殺意しかなかったということだけ。
気がつけば俺は、姉に剣を突き刺した騎士団の仲間を斬り殺していた。
迷いはなく、バッサリと。
「キッド・・・っ、あなた、何をしたか分かっているの・・・・!?」
「わかってます、姉上。ただ私は、父上の言いつけを守っただけです。」
父上・・・・私は・・俺は間違っていたでしょうか。
あなたは大切なものを守れと言いました。
俺はようやく気がつきました。
富や名声なんて要らない。
欲しかったのは、家族皆の幸せです。
「・・・やっぱりあなたは愚弟ね、キッド・・・・」
「姉上・・・・さぁ私の肩につかまって」
「キッド・・・・お願いがあるの・・・」
だんだんと声が掠れてゆく姉は、俺の手をギュッと握った。
分かっていた。姉がもう助かることは無いことを。
それでも最期まで、姉を支えたかった。こんな愚弟でも・・・・
「この子を・・・・チャキを護って。これが私からの最後のお願いよ・・・」
そう言って手渡された、小さな小さな温かな命。
きゃっきゃっと笑い声を上げ、抱きついてくる。
「キッド・・・・貴方は愚弟でも、最高の愚弟だったわ。もし、生まれ変われたら・・・また貴方を弟として迎えたいわ・・・・」
最後に、姉は笑った。
昔見たあの輝く笑顔のまま、深い深い眠りについた。
涙は、出なかった。
だって姉は、幸せだったから。
腕の中の小さな命は、思っていたよりもズッシリと俺にのしかかる。
だが、もう引き返せない。
これは姉と結んだ最後の約束だから。
俺は来た道を逆走した。
次々と襲いかかってくる騎士団・・・・仲間を斬り捨てて。
ようやく出口に辿り着いた時、
足元に広がる真っ赤な水たまりに足を止めた。
見る見る広がる血だまりに、俺は思わず後ずさる。
ああ・・・・見たくないものを見てしまった。
真っ赤な血だまりの中心で横たわる人物を目にした時、ようやく涙が溢れ出た。
「父上・・・・」
悲しかった?いや、苦しかった。
大切な家族を失うのは・・・・
その瞬間、頭を強い衝撃が襲った。
そのまま地面に倒れ込み、赤子が手から離れてしまった。
先ほどまでの笑い声から一転、
赤子の泣き声が響き渡る。
急いで立ち上がろうとするが、力が入らない。
「ほう・・・お前はアスラの弟か。よく似ている。」
頭上から知らない男の声がした。
その男は赤子を拾い上げ、泣き止まない赤子を撫でる。
「チャキを助けてくれたのか?それはありがたかった。」
「お前は・・・・フェイターか?」
「当たり前だ。お前ら人間と一緒にするな若造。」
「チャキを・・・・返せ!」
「何故だ?お前には関係なかろう。」
「・・・・その子は姉の子だ。」
「だったら、尚更返せない。」
男はゆっくりと俺に近づくと、俺の顔を覗いた。
そして口元を引きつらせ、こう言った。
「こいつは俺の息子だからな。」
この男が・・・・姉の、
姉が愛した、唯一の男・・・・?
「どうした。気が動転したか?まぁいい・・・・お前はなかなか使えそうな男だ。」
男はわざと見せつけるように、赤子の首を掴む。
「キッド、と言ったか。取引をしないか、キッド。この赤子の命をかけて。」
「・・・何を言っている。お前はこの子の父親だろう・・・・!!!!」
「こんな赤子などどうでもいい。俺が欲しいのは、力だ。」
「なんて卑劣な・・・・!!」
こんな男のどこに、姉は惚れたのか。
本当に理解し難い。
「キッド、お前がフェイターとして俺に仕えるのなら、この赤子・・・・チャキはお前にやる。チャキを助けたいのだろう?」
人情なんてこの男には存在しない。
あるのは冷酷さのみ。
姉はなんて男に恋をしたのか。
恨まずにはいられない。
だが、大切な姉が愛した男だ。
何かあるに違いない。
それにこの子を護ると約束した。
俺に、選択肢などなかった。
答えなんて・・・・決まっている。
これは、俺の"使命"だから。
「・・・・わかった。取引しよう。その代わり、その子は絶対に傷つけないでくれ・・・頼む」
「話がわかる男だな。良いだろう。ただし、一度でも裏切るような真似をしてみろ。この赤子の命はない。」
「・・・・ああ。」
俺は、悪魔以上の悪魔に魂を売った。
これは俺の、家族としての最後の"使命"だから。
父や、母、そして姉を愛していたから。
なんとしてでも、この小さい命だけは護り通したかった。
「俺の名はカイだ。フェイターの指揮官をしている。フェイターのトップは義弟のアシュールだ。お前はただアシュールと俺の指示に従えばいい。」
こうして、俺のフェイターとしての人生が始まった。
チャキを護り、フェイターとして戦い、何も考える暇がないよう明るく繕う。
ただ俺は必死だった。
"本当のフェイターではない"ということがばれないように。
自分自身を殺して生きてきた。
だが、それは徐々に脆くなり、
歪を生む。
人生を捨ててでも護ってきたチャキは、既に我が手から離れ、俺の命を狙っている。
俺は一体、何のためにここまで来たのか。
わからなくなった。
そんな時、
俺の前に真っ白な天使が現れた。
純粋な心を持ち、人を真っ直ぐに愛する者が。
まるで、姉のようだった。
性別も性格も全く違うが、誰かを真っ直ぐに愛する心が、そっくりだった。
そして俺は、恋をした。
優しく、温かな彼に。
「・・・・一緒に逃げよう、ウィキ。」
心の底から、護りたいと思った。
こんな気持ちは生まれて初めてだった。
あの日あの時、チャキを護りたいと思った気持ちとは全く違う。
俺は、初めて自由を手にしたいと切望した。
そのためだったら、何でもする。
フェイターに身を投げた時と同じように。
今度こそ、自分自身が自由を掴むために。
たとえチャキの命を取られようが、
もうどうだっていい。
姉上・・・・ごめんなさい。
俺はやっぱり、最低最悪の、愚弟だ。
恨まれようが、呪い殺されようが、
俺は・・・・ウィキを護り通す。
必ず。
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