【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story120 忠誠を
「ふぅ。一段落といったところかな。」
リオナとマーシャが部屋に戻ったあと、
シキはビットウィックスに茶を勧められ、
共にお茶を飲んでいた。
リオナとマーシャ、
一時はどうなることかと思ったが、
収まるところに収まった気がする。
これで当分は2人とも落ち着くはず。
「いやぁ、仲直りできてよかったね。」
「そうですね・・・全く、お騒がせな奴等ですよ。」
そう言って一番心配してたのは君じゃないか、とビットウィックスに笑われた。
「ああ、そうだ。シキもリオナとマーシャについて行きなさい。」
「は?」
突然何を言い出すのかと、
シキは訝しげな表情を浮かべた。
「は?ってシキ、何も聞いてなかったのかい?マーシャとリオナは神の娘に会いに行くのだろう?その護衛だよ、護衛。」
予想外の指令に、
シキはポカンとしてしまった。
「彼らは敵に顔が知れているからね。襲撃を受けても2人とも今は戦えないだろう。それに、神の娘はサムライ・カウンティーにいると聞いている。あそこの国は閉鎖的だから君が上手く手を回してあげなさい。」
「いや確かにそうですけど・・・マスター本気ですか?先日、フェイターの奇襲を受けたばかりですよ?そうやすやすとダーク・ホームを離れられません。それに、モリン=クィーガはもちろん世界政府が動き出したら・・・・」
ビットウィックスはお茶を一口飲むと、
カップをテーブルに置いて、困ったように笑いかけてきた。
「さっきね、ラードとユリスから連絡があったんだ。」
確か2人は世界政府に侵入していたはず。
連絡があったということは何かしらの動きがあったということだ。
「どうやら、世界政府が近々ダーク・ホームに奇襲をかけるようだ。それに、モリン=クィーガを殺してしまったようだよ。」
「・・やはりそうですか。って殺したんですか!?」
「ラードがね。きっと何かいざこざがあったんだろう。仕方ない。」
「仕方ないって・・・・」
内心、ざまあみやがれと思ってはいたが。
どちらにしろ、
世界政府との戦争が始まることには間違いない。
現在、ダーク・ホームの戦力は過去最悪に近い。
ラードとユリスが帰ってきてもまだ足りない。
マーシャが戦力外なのが一番の痛手だ。
しかし、リオナがいればまた話は変わってくる。
今のダーク・ホームで、
一番戦闘能力が高いのは間違いなくリオナだ。
「リオナはダメだよ。」
まるで心でも読んだかのように、
ビットウィックスが呟いた。
「彼の中にはまだまだ力が眠っている。きっとその力は対神用最終兵器であるキャロル兄弟の力を超えるだろう。けれど、彼はまだ狂気をコントロールできていない。こんなくだらない戦いで彼を狂気に奪われたくない。」
「では、どうするのですか。このままでは我々に勝ち目はありません。それに世界政府の奇襲が終わるまで、万が一のため俺はもちろん、リオナとマーシャもダーク・ホームに居るべきでしょう。」
しかし、ビットウィックスは首を横に振った。
ビットウィックスの考えが、
いまいちよくわからない。
「ちょっと話をずらそうか。」
そう言ってビットウィックスはすっかり冷めてしまったお茶に口をつけた。
「現在のダーク・ホームがなぜここまで弱ってしまったのか。原因は色々考えられるが、私にもある。私が悪魔達を統率しきれていない。そして、天上界と人間界の悪魔達の間に溝がある。それは人間界は私が、天上界は父上がという風に別々に統率しているからだ。」
確かにそれは感じていた。
同じ悪魔なのに、
天上界と人間界での方針が違う。
ダーク・ホームは世界平和を掲げているにもかかわらず、
天上界はどちらかというと"支配"という言葉をちらつかせているような。
昔からビットウィックスの父、サタンは少し横暴ではあった。
よくこんな父親から温厚なビットウィックスが生まれたものだ。
いや、
温厚ではないか。
最愛の妹のためなら
実の母親でも殺せてしまう男だった。
そこらへんはサタンに似ているのかもしれない。
「私はただ、この途方もない戦いを終わらせたいだけなんだ。神だかなんだか知らないが、この世界は人間たちのもの。もちろん我々悪魔のものでもない。だから戦いが終った時には、我々はこの世界から退かなければならない。そのためにも・・・・」
シキは思わず目を見開いた。
まさか・・・
「・・マスター、まさかお父上様を・・・いえ、サタンの座を奪うおつもりですか。」
「奪う?そんな生ぬるい事はしない。父上の命を頂くんだ。でないと、父上は私にサタンの座を譲るはずがない。だって父上は世界を手に入れたいのだから。」
異常なくらい落ち着いた声。
普通の親子関係ではないことはわかってはいたが・・
「私がサタンになれば、天上界の悪魔も動かすことができる。そうすれば悪魔という種族は一つとなり、かなわないものなんて無くなるはずだ。」
その通りではある。
ビットウィックスがサタンとなれば天上界と人間界の間にある溝は埋まり、
力を一つにできる。
だが、
果たしてビットウィックスが悪魔の長であるサタンに勝てるのだろうか。
それに・・・・
「こんな事を聞くのは可笑しいとは思いますが・・・マスターはなぜ、世界を手に入れようとしないのですか?お父上様の意志を受け継ごうとは考えなかったのですか?」
悪魔とは少なからず、
見返りがなければ動かない。
だから人間との契約の際には、
己の身体を差し出すという対価を支払わなければならない。
「君は本当に面白いね。」
するとビットウィックスはクスクス笑った。
「世界を手に入れたって、私の欲しいものは手に入らない。そうだろう?」
そうか、
彼はまだ、
ムジカを愛しているんだ・・・
「私の望みは、彼女が望む世界を作ることだけだよ。そのためだったら何でも犠牲にできる。父上だって・・・・ね」
そう言ってニコリと微笑むビットウィックスだが、
すぐに真剣な表情になった。
「勘違いしないでくれ。これは最終決戦への準備だよ。だから、たとえ君たちがいなくとも、サタンの力さえ手に入れば世界政府なぞ相手にすらならない。」
「・・・間に合えば、ですよ。」
「信じてくれないようだねぇ。」
そりゃそうだ。
世界政府がいつ襲撃にくるかもわからないのに。
「じゃあハッキリ言わせてもらうと、今の君たちがここにいたって役に立つかな?」
そう言われてしまえば元も子もない。
「・・・・それはそうですけど」
「だったらここは任せて、シキはリオナとマーシャの護衛に回りなさい。彼ら2人だけじゃなく、君にも休息が必要だしね。シュナも連れて行くといい。万が一のことがあっても、ここにはナツもいるし大丈夫だろう。ああ、それに聞いてきてほしいこともある。」
「・・といいますと?」
「リオナとマーシャが行く先には、あの"賢者"もおられるのだろう?」
"賢者"とは更夜のこと。
彼がルナをかくまっていると聞いてはいたが。
「ローズ・ソウルの始末の仕方・・・・いや、神の倒し方を聞いてきて欲しいんだ。」
「やはり・・・・神を復活させるのですか。」
「神を倒すにはそれしか方法が無いようだし、それに、神を復活させることで"仮時間"から抜け出して、元の時間に戻るのなら、やはり復活させる他はないよね。」
「しかし、リスクは高いですよ・・・」
賢者でさえ神を倒すのではなく封印の道を選んだということは、
神を消滅させることは難しいということだ。
「そうだよ。だから賢者から助言をもらってきておくれよ。」
「助言・・・・ですか」
あの更夜が助言をくれるのだろうか。
噂によれば相当な気分屋らしいではないか。
それにきっと、
答えは見えている。
神を消滅させるには
神を復活させるしかない。
そして、
本来の"時"を取り戻すためにも・・・・
けれど、
いくら何を言ったって、
ビットウィックスはもう決意を固めているし、
これは命令でもある。
これ以上は、
彼を信じ、従うしかない。
「・・・わかりました。」
「ああ、あともうひとつ。今からいう事は出発前にやっておくれ。」
「はい」
「メイド及びダーク・ホームに住む"人間"を直ちに安全な土地へ移動させなさい。その家族であるエージェントもだ。」
今日は本当に今までに無いことばかりが起きている。
まさかビットウィックスがこんなことを言い出すなんて。
ダーク・ホームの掟として、
一度ダーク・ホームに足を踏み入れたものは一生をダーク・ホームで終えなければならない。
これは今まで破られたことがない。
それにビットウィックスは、
数少ないエージェントさえ手放そうとしている。
確かに生半可な気持ちではフェイターに立ち向かえるものではないが・・・・
「これからの戦いはきっと今まで以上に最悪なことになる。そんな戦いに関係のないものたちを巻き込みたくないんだよ。きっと・・・・終わりは近い。」
勝利か敗北かはわからない。
だが、
先ほどビットウィックスも言っていたように、
ローズ・ソウルの封印が解けはじめているのだ。
終わりはすぐそこまで迫っている。
とにかく本気で最終決戦に向けての準備を始めるつもりだ。
もちろん、
戦いの舞台をここ、ダーク・ホームとして。
「マスター・・・・色々言いたいことがあります。世界政府の襲撃までにマスターがサタンの座につけるのか、もし間に合わなかった時、残されたエージェントのみで世界政府に立ち向かえるか、そしてフェイターとの最終決戦での勝機があるのか・・・・考え出したらキリがありません。」
シキの言葉に、
ビットウィックスは黙って頷く。
「ですが、あなたが命令するのであれば、俺はその命令に従います。あなたを、信じます。」
「シキ・・・」
「ですが、約束してください。必ずサタンの座を奪うと・・・」
シキは跪き、
ビットウィックスの足に口付けをした。
誓いを、再び。
「ああ、約束しよう。」
ビットウィックスは柔らかい表情で、ゆっくりと頷いた。
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