【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story113 愛おしすぎて
「リオナ、寒くないか?」
「・・・うん」
「体調は大丈夫?」
「・・・うん」
「手袋もった?」
「・・・うん」
「俺のこと、愛してる?」
「・・・それなりに」
「よし大丈夫そうだな!」
雪合戦当日。
眠さを堪えて準備をするリオナの横で騒ぐマーシャは置いておき、
天候は良くも悪くもなく。
どんよりした空がますますリオナの心を沈ませていく。
覚悟は決めていたけれど、
昨夜から寝言で「雨が降ればいいのに・・・」と何度も呟いていた、とマーシャがニヤニヤしながら言っていた。
普段からこの変態は俺の寝顔やら寝言を聞いて何が楽しいんだか。
たいして準備することもないが、
体が弱ってきているリオナを心配したマーシャがとにかく防寒具をリオナに着せていく。
されるがままとはまさにこの状態だ。
そんな光景を、目の前に座っていたクロードが楽しそうに見ていた。
「お兄ちゃん、お人形みたい。」
その言葉にマーシャが「ねー」と同意した。
「お人形よりか〜わい〜よ〜」
たぶんクロードはそういう意味でいったわけじゃないのにこの変態バカが。
雪合戦のせいで下がりきったテンションとこの眠気のせいか、いつも以上に毒の効いた言葉がポンポンと頭に浮かぶ。
「そういやぁ、バカピエロは?」
マーシャの質問に、
クロードは少し首をかしげる。
「なんかね、クラッピーは作戦会議っていうのがあるんだって」
「作戦会議ってなんだよ。ただの雪合戦だろ」
「うーん、わからない」
どうやらクラッピーは本気らしい。
本気で俺を倒して俺を"彼女"とやらにするつもりだ。
今更になって焦ってくる。
こっちは作戦どころかメンバーすら集まっていないのに。
「どしたー?リオナ?」
ぼーっとしていたせいで、
マーシャが目の前で手をヒラヒラ振っていた。
「・・・心配になってきた。」
「なにが。リオナなら大丈夫だって。」
俺なら大丈夫?
なにを根拠に言ってるんだか。
「まぁさ、もし、万が一だぜ?リオナがバカピエロに負けたとしても、あいつにお前は渡さねぇよ。絶対。」
そう言って後ろから抱きしめられると、
なんだか本当に大丈夫な気がしてしまう。
自分もなんて単純な生き物なんだろう。
するとその時、玄関をドンドンと叩く音がした。
「・・・あ、きっとナツだ。」
「なんでわかるんだ?」
「・・・あんな乱暴な叩き方する奴なんてアイツしかいない。」
「ああ、なるほどね。」
マーシャが大声で「鍵あいてるぞー」と呼びかけると、
[鍵くらい閉めとけ!]と怒鳴りながらナツが入ってきた。
ナツはリビングにやってくると、
遠慮なくクロードの横の椅子にドカッと座った。
昨日の今日で、すっかりナツに怯えてしまったクロードの表情が面白いくらい硬直していく。
[そんなに俺が怖いか!?]
ナツ自身少しショックだったようで、複雑な表情をしている。
「こらこらナツくん、ちっちゃい子には優しくしなきゃダメでしょ。」
[てめぇに言われたくねぇよ。]
「クロード、ナツ兄ちゃんが仲良くしたいってさ。どするー?」
しかし気がつけばクロードはまたリオナの後ろに隠れてしまっていて。
「あらら、相当嫌われてるよナツ。何したの。」
[な、何もしてねぇ!!]
この強い口調が原因なんだけどな、とはリオナとマーシャはあえて口にしない。
[・・・はぁ、で、リオナは準備できてんのか?]
「・・・うん。シュナは?」
[シュナなら先行ってチームメンバー集めるってさ。俺たちも行ってやんねぇとアイツ泣いて帰ってくるぞ。]
「・・・そうだな。そろそろ行くか。」
[ああ、そうだその前に・・・おいそこの変人。]
ナツは顎でマーシャを示す。
仲がいいんだか悪いんだか。
マーシャもすでに変人と呼ばれ慣れているのか反応が普通過ぎる。
慣れとは怖いものだ。
「なに?」
[シキがお前に渡せって。]
そう言ってナツは綺麗に折りたたまれた真っ白い布をマーシャに投げて渡した。
一体なんだろうか。
「おお!さすがシキ!仕事が早いな。」
満足気に布の隙間を覗き込んでいる。
ますます気になるじゃないか。
「・・・それ、なに?」
「さぁなんでしょうか。」
「・・・わかんない。おしえて。」
「お前なぁ、頭使わないと脳みそ腐るからな。」
「・・もう腐ってる。ねぇねぇ、なに。」
「ダァァメ絶対教えない。後でのお楽しみ。ほれ、元気だして行ってこい!」
バシッと背中を叩かれ、
痺れるような痛みが背中を走る。
地味に痛い。
ついマーシャを睨んでしまう。
しかしマーシャはまったく気にしていない。
「リオナ、愛してる。また後でな。」
そう言って額にキスを落した。
くそぅ・・・憎めないじゃないか。
サラッとやってのける感じがまたムカつく。
クロードを抱えて手を振るマーシャをさらに睨みつけ、
ナツと共に部屋をでた。
部屋をでてからのナツの第一声は
[お前って、ツンデレ?]だ。
違う!と否定しながらも、
顔は真っ赤に染まっていく。
[あんまり素直じゃないと、あの変態も流石に愛想尽かすぜ?]
「・・・そう、なのかな。」
ナツが言うと、なんだか説得力がある。
確かに、ちょっとマーシャに冷たいかもしれない。
今更だけど心配になってきた。
[まぁさ、あの変態相手じゃああいう態度取りたくもなるよな。]
「・・・でしょ?どうせあの白い布だってなんか変な物だよ」
[あー・・・俺、あの布見たけど]
「見たのか?!」
[ああ・・・・・・見なくて正解だ。お前雪合戦前にアレ見てたらたぶん発狂してたぜ。]
「そ、そんなにヒドイのか・・・」
しかし結局いつかは見ることになる。
自分に関係しているのだから。
[なぁ、それより]
リオナが落ち込んでいるのを気にもとめず、
ナツはニヤニヤしながら小声で呟いた。
[マーシャとヤったのかよ]
「・・はぁ!?」
一気に顔が赤くなる。
なんて質問だ。
こんな直球で聞かれるなんて・・・!
「な、なん、で、そんなっこと!!」
[シュナから聞いた。なぁなぁ、どうやったの?最後までヤった?っイタ
!!叩くなよ!]
「・・うるさい!!なんでそんなこと聞くんだよ!」
シュナもシュナだ!
適当なこと言って・・・!!
頬を隠すようにフイッと顔をそらすと、
ナツは道を遮る様に壁にリオナを追い込んだ。
からかう様に、顔を近づけてくる。
「ナツ・・・!いい加減に」
[気持ちよかった?]
「だ・・・だか、ら!俺は別にそんなこと!」
[なーんか色気増したよね、お前。]
「・・・どけ。どけってば!」
リオナはナツをつき飛ばそうとするが、
その前にあっさりとナツがどいた。
涼しい顔しやがって・・・
ますます顔が熱くなる。
[悪かったらよ。ごめん。]
「別に・・・。ナツ、俺のことからかうの好きだろ。」
[ああ。でもシュナの方が面白い。]
こうもアッサリ言われると、
怒るにも怒れない。
[お前が女だったら、絶対襲ってた。]
「・・・は?」
また唐突に何を言い出すかと思えば。
[だってお前、俺の好みだから。]
またこれか・・・
まさかこんな時にモテ期がくるなんて。
そんなのいらない。
「・・・笑えない」
[笑えよ。冗談なんだから。]
「・・・冗談に聞こえないぞ。」
[半分本気。でも俺、男に興味無いから。]
「・・・それでいい。お前まで男好きだったら・・・・・・ホント普通の友達でよかった。」
これ以上恋愛沙汰は御免だ。
ナツはクックッと笑いをこらえてリオナの背中を叩いた。
[安心しろよ。俺は絶対無いから。でも、気をつけた方がいい。さっきの顔とか。]
「・・・さっきの?」
[無自覚か。]
よく分からないが、
リオナの頭の中は今それどころじゃなかった。
話に夢中で気がつかなかったが、
いつの間にかロビーにきていたらしい。
雪合戦に参加する多くのエージェントたちが
リオナに目を向けていた。
目が合うとそらし、
何かを言っている気がする。
この空気が嫌なんだ・・・
[もっとシャキッと歩け。]
バシンッとナツに思い切り背中を打たれた。
ぶっきらぼうな後押しでも、すごく嬉しい。
そうだ、自信もってこ。
すると、人混みの中からリオナとナツを呼ぶ声が聞こえた。
たぶんシュナだ。
「おーい!こっちこっち!」
ぴょんぴょんと跳ねてこちらに手を振るシュナ。
やはりエージェントに混ざってしまうと小柄なせいか隠れてしまう。
すぐにシュナのところに行くと、
いつも通り明るい笑顔を向けてくる。
「おはよっリオナ!よく寝た?」
「・・・ああ。」
[それより、メンバーは集まったか?]
ナツの問いかけに、
シュナの表情が一気に曇っていく。
ああ、やっぱり俺のせいで集まらなかったんだ・・・
リオナが少し落ち込みかけた時、
シュナは慌てて両手と首を横に振った。
「違うよリオナ!あのね、リオナのせいじゃないんだ。ホント。」
「・・・だって、じゃあ何が原因なんだよ。他に無いだろ。」
「いや、あるんだよ、ね・・・それが。」
すごく気まずそうに言うと、さりげなくナツを見ていた。
ナツは呆れたようにため息をつき、
[まぁた俺かよ・・・]
と呟いた。
「だってナツ、今まで散々他のエージェントにケンカ売ってたでしょ。」
[だってそれはあいつらがバカだから!]
「その言い方が悪いんだよー。」
意外だった。
なんというか、複雑な気分だ。
俺もいるから尚更だろうに、全部矛先がナツにいってしまうなんて。
悪いことをしたような。
しかし当の本人は大して気にしてないようで。
仕方ないなと言わんばかりの盛大なため息をついた。
[わーったよ。俺が集める。]
そう言って辺りを見渡すと、
すぐ近くにいた強面の男の肩を掴んだ。
なぜあえての強面チョイスなのかが理解できない。
一体何を始めるのか・・・ハラハラしながらシュナと様子を見る。
[おい、お前今メンバー何人だよ。]
『ぁあ?今5人だ。』
[優勝したいなら俺達と組め。]
直球というかなんというか。
強面の男はナツの後ろにいたシュナとリオナを見た。
ジロジロ見る目がすごい迫力だ。
[俺達なら絶対優勝できる。そう思わねぇか?]
『確かに、リオナ=ヴァンズマンがいるしな。よし、いいだろう!』
意外とアッサリメンバーが増えたことに、少し安心した。
これでチームは8人。
最低でも10人必要だ。
『あと2人か。』
[ッチ・・・別に8人でもやれるだろ。]
とは言ってもルールはルール。
なんとかして集めなければ。
リオナも頑張ろうと意気込んだ時だった。
『おい・・・』
横から呼ばれて振り向けば、
見覚えのあるエージェントが立っていた。
後ろに何人か引き連れている。
彼の事は鮮明に覚えている。
つい先日、
リオナに向かって『人殺し!』と叫んだ者だ。
会いたくない人物に会ってしまった。
でも逃げるなんてことしちゃいけない。
とにかく、あの言葉を・・・
俺の気持ちを。
彼にきちんと、
伝えなければ。
「・・・この間は、本当に、ごめんなさい。」
深く頭を下げる。
「・・・謝ったって彼は帰ってこない。罪が軽くなるわけじゃない。それでも、俺の気持ちをちゃんと伝えたい。」
リオナが放つ一言一言を、
彼はきちんと真っ正面から受け止める。
「・・・俺は未熟だ。感情のままに流されて、あんな呪文を使って。後悔したって遅いんだ。でも、反省して、先には進める。あの呪文はもう、使わない。約束する。本当に、ごめんなさい。」
いっそ殴るなり蹴るなり、
気が済むまで何かしてくれたらよかった。
けれど、
彼はリオナの意に反した答えを出した。
『お、俺も・・・悪かった』
思わず顔をあげる。
まさか、謝られるなんて思いもしなかったから。
『人殺しなんて言って悪かった・・・お前は、間違ってなかった。俺たちを、助けてくれた。』
少し躊躇いながら、
彼は頭を下げた。
『ありがとう』
自分はなんて情けないんだろう。
謝ればすむと思って・・・結局それも逃げ道だ。
逃げてばかりで向き合いさえしなかった。
彼はこうやってちゃんと向き合ってくれたのに。
「・・・それでも、俺は償いたい。どうすれば、償える・・・?」
これが今自分ができる、
最大限のこと。
もし彼が命を絶てというのなら、そうしよう。
それが、覚悟だ。
『償うなんて・・・そんなのいい。だったら俺も償いたい。俺はお前を傷つけた。』
「・・・でも」
その時、
今まで黙っていたシュナが割って入ってきた。
ニコニコとシキそっくりの営業スマイルを振りまいて。
「じゃあさっ、こうしよう!2人とも一緒のチームになって、一緒に優勝する!どうどう?いい考えじゃない?」
もしかして・・・利用されてる?
リオナと彼はポカンとしてしまう。
[へぇ、シュナにしては良い考えだ。]
ナツも一緒になって追い立ててくる。
なんて奴らだ。
そんなに優勝したいのか。
リオナは気まずそうに彼を見ると、
彼は苦笑しながら頷いた。
『いいぜ。俺達4人だけど。』
「やったー!これで12人!怪我人でても大丈夫だね!」
笑顔でサラッと言うシュナ。
本当に素直だ。
「・・・なんか、悪いな。ありがとう。」
リオナは彼に手を差し出した。
彼も笑って手を握り返してくれた。
『こっちこそ、ありがとな。』
一気に気持ちが楽になった。
まだまだわだかまりはあるけれど。
「よかったね、リオナ」
シュナが小声で囁いた。
なんだか照れくさくって、小さく頷くだけだった。
「よーし!絶対優勝するよ!」
『おー!!』
大きなかけ声がロビーに響き渡る。
このはやる気持ちを、
早くあの人に、伝えたい。
正直冷や冷やしていた。
何がってそりゃあ、
シュナに手を回してリオナを無理やり雪合戦に参加させたことさ。
案の定、リオナのやつあんまり機嫌よくないし。
昨日一緒に寝た時だって、
最後の最後までチューさせてくれなかったし!
俺にできるのはあとは応援しかないんだ。
リオナにも頼まれちゃったしね!
羨ましいだろ!
だから夜中にこっそりシキにお願いに行ったんだなぁ〜。
もちろん、横断幕さ!
"リオナ頑張って!愛してる!"ってやつ。
シキのやつすげぇ嫌な顔してたから作ってくれないかと思ったけど、
なんだかんだやってくれちゃったし。
まぁ、横断幕にシュナとナツの余計な名前も入っていたが、許そう。
きっとこれ見たら、
リオナのやつ絶対喜ぶ!
間違いないッ!
「なんでお前はそんな自信満々なんだよ。」
早くから外で座席取りをしていて少し疲れていたシキは、マーシャが応援席に設置しはじめた横断幕を一層冷めた目で見つめていた。
「なんだよ、お前が作ったやつじゃん。」
「お前に頼まれなきゃあんなの作らない・・・ああリオナの恥らう顔が目に浮かぶよ。可哀想に。」
恥さらしとでも言いたそうに
小さくため息をついた。
「・・・だいたい、なんでリオナを参加させたんだ。あれだけ嫌がってたじゃないか。」
「わかってないなぁ、お前。」
「可愛い子には旅をさせよってヤツか?お前らしくない。」
「まぁ俺のモットーは可愛い子は監禁せよだからな。」
「気色悪い・・。」
「っるせぇ。」
マーシャは横断幕を掛け終え、
ドサッと席に座る。
もうすぐ試合が始まる。
試合に参加しないエージェント、観戦にきたメイドや城下町の子供たちがたくさん集まりはじめた。
そんな喧騒の中、
マーシャは空を見上げた。
曇り空に真っ白い煙を吐きながら、呟やいた。
「俺には、リオナだけなんだ。」
「知ってる」
「でも、リオナには俺だけじゃダメだ。」
「ほう。さっきまで監禁せよとか言ってたくせに。」
「あんなの冗談だ。」
冗談には聞こえない、と
シキは鋭い目を向けてくるが気にしない。
「もしも、もしもだぞ?俺が居なくなった時、リオナがひとりぼっちにならないようにしたいんだ。」
あえて"死"という言葉は使わない。
だって、死ぬ気はないから。
「リオナを支えてくれる人間が欲しい。エージェントでも誰でもいい。リオナを想ってくれるなら。1人でも多く、ね。だから、こんなくだらない雪合戦でも無理矢理参加させたんだ。リオナが嫌がってもな。」
これが俺の精一杯の"愛"だ。
たとえリオナに伝わらなくとも、
それでいい。
「伝わってるさ・・・」
まるで心を読んだかのように、
シキが小さく呟やいた。
「リオナにも伝わってるよ、お前の気持ち。じゃなきゃ応援してなんて言わないし参加だってしない。」
「そうかなぁ〜」
「ほら、もう始まるぞ。しっかり応援してやれ。」
その瞬間、
会場が一気に湧き上がった。
歓声の中、
試合が開始される。
リオナ・・・
何度も心で祈る。
どうか笑って、と。
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