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【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story103 意義、価値、理由。
暖かい光、
穏やかな風、
心地よい、彼女の声。



"ねぇ、何やってるの?"


"気になる?"


"別にぃ?どーせまたオモチャの武器とか作ってるんでしょ。"


"違ぇよ!オモチャ言うな!俺は真面目に作ってんだ!!!"


"はいはい。でもまだ目指してるの?兵隊さんを。"


"だーかーら兵隊さん言うな。軍人だ軍人!からかいに来たならあっち行けよ。"


"ふふっ!はーいはい。あ、トラ婆が夕飯にするから早く帰ってこいって。"


"わかったから先帰ってろって。"


"早く帰っておいでよ?皆待ってるからね、マーシャ。"


















「・・・・・ん・・・」


遠い昔の、夢を見た。


まだ俺が幼かった頃の
まだ彼女が・・・・生きていた頃の。


こんな夢を見るなんて、何年ぶりだろう。


マーシャはそんな事を思いながら、目に力を入れる。


瞼を押しあげれば、うっすらと光が入ってきた。


窓の外に目を向けると、空は曇っていて、いかにも冬という感じがする。


「てかよ・・・ここ、どこだ?」


マーシャは横たえていた体を起こし、周りを見渡した。


見た感じ、病室だ。


なんで、病室に?


頭の中の記憶を辿る。


確か、シキと赤の屋敷に行って、
フェイターのビンスとかいう奴と話して・・・
あれ・・・?
その後は?
そもそも何を聞きに赤の屋敷に・・・・


段々と記憶がよみがえってくる。


それと比例するように
マーシャの顔色が変わっていく。


そうだ・・・・リオナ!!!!!
今回の任務は罠だったんだ!
それでリオナを追いかけようとして、またあの頭痛に襲われて・・・・


「馬鹿野郎だオレは!何のんきに寝てんだ・・・!」


布団を投げ捨て、ベッドから飛び出そうとした。


だが。


ガシャン。


何かが邪魔をして立ち上がれない。


マーシャは動きを止め、もう一度立ち上がろうとする。


ガシャン。


音のする方を見てみれば、
左手とベッドヘッドが鎖で繋がれていた。


こんなことやる奴は1人しかいない。


「デヴィスのヤロウ・・・・」


叫びたい気持ちを抑え込み、
鎖を見つめる。


こんな鎖、魔法で簡単に・・・・


「簡単には壊れないぞ、その鎖。」


タイミングを見計らったように病室の扉が開いた。


無精髭をかきながらデヴィスが入ってきたのだ。


このナリで医者というのだから犯罪だ。


「その鎖には悪魔の力が込められている。もちろんお前の為にマスターが作ってくださったんだよ。」


ビットウィックスめ・・・・


マーシャは恨めしそうに歯ぎしりする。


「放せ。今すぐ放せ。」
「駄目だ。俺はまだ診断結果を言ってない。解放はそれからだ。」
「いいから放せよ!!!リオナが危ねぇんだよ!!」
「まずは俺の話を聞かないか。」
「アンタの話を聞いてる間にもリオナが」
「いいから聞け!!!!!!!!!!」


普段叫ぶことがないデヴィスが、血相を変えて声をはりあげた。


驚きでマーシャはすっかり黙り込む。


デヴィスは眉間を押さえ、困った奴だと言わんばかりに盛大なため息をついた。


「鎖は外してやるから、まずは俺の話を聞け、マーシャ。それから好きにすればいい。」


こんなに感情的になるデヴィスを初めて見るせいか、なんだか嫌な予感がした。


まさか、もう、リオナに何かあったのか。


不安と苛立ちが募る。


そんなマーシャの感情を読み取ったのか、
デヴィスは苦笑を浮かべてマーシャの頭に手を置いた。


「本当にお前はリオナが大切なんだな・・・・まったく、飽きれて言葉も出ないな。」


「さっきからボロボロ出てんじゃねぇか。」


「揚げ足を取るなこのバカタレ小僧。」


「小僧じゃねぇよ。」


「俺からみりゃあお前はまだ小僧だよ。・・・・それより、知りたくないか?リオナのこと。」


勿体ぶるような言い方に、
マーシャの眉がピクっと動く。


本当は飛びつくほど知りたい情報だが、それではデヴィスの思うツボだ。


マーシャは自分を落ち着かせ、
催促するようにデヴィスを睨みあげた。


「そんな目で睨むなよ。・・・・安心しろ。リオナなら無事だ。」


たったその一言で身体中の力が抜けた。


よかった、本当によかった・・・・


マーシャの顔には安堵の笑みが浮かんだ。


「リオナ、もう帰ってきてるのか!?」


「まだ帰ってきてないが、もうじき帰って来るんじゃないか?シキが一緒だから大丈夫だろ。」


「シキが?」


「ああ。モリン=クィーガには言うなよ?お前がぶっ倒れた後にな、シキがリオナたちを追いかけたんだよ。お前がリオナリオナってギャーギャー騒いだからだろ。」


「騒いでないですぅ。」


「とにかく、後でお礼言っとけよ。」


シキか。
シキが一緒ならもう大丈夫だ。


アイツは強い。
だけど・・・・


「礼を言うのは癪だなぁ。」


「コラ。素直にならんか。」


「それよりさ、コレ、外してくれよ。リオナも無事ってわかったしな。おとなしくしてるからよ。」


「ああ。でもまだ、・・・・話がある。」


突然デヴィスの表情が真剣なものになる。


先程とはまた違った、
重い空気が2人を包み込む。


あー、嫌な感じだ。


何となく、感づいてはいた。


だけど、知りたくない。


頭が拒否する。


思わずデヴィスから顔を背けた。


「聞きたくない・・・・って言ったら?」


デヴィスの顔は見えないけど、
心底飽きれた顔をしているに違いない。


その証拠に、デヴィスの口からは本日二度目の盛大なため息が漏れた。


「はぁ・・・まったくお前って奴は。いいからコッチ向け。」


渋々顔を向ければ、
目の前に大きめの白い封筒が差し出された。


「マーシャが寝てる間に、お前の偏頭痛の原因を調べた。その封筒の中には診断結果が入ってる。」


それを聞いた途端、封筒がやけに重く感じて。


手に汗が滲む。


アシュールの術をモロに食らったあの日から、頭痛は日に日に酷くなっていっていた。


どーせちょっと当たりどころが悪かっただけ。はじめはそう思っていた。


だけど、この雰囲気からして・・・・ただじゃすまなそうだ。


マーシャは静かにため息をつく。


「逃げるのは無し、だよな?」


「それはマーシャ次第だ。まぁ、男なら逃げるのは無しだな。」


「はぁ、負けたよ。」


マーシャは意を決して封筒の口を開いた。


そっと中に手を入れる。


中には三枚の写真が入っていた。

マーシャの脳を三方向から撮影したものだろう。


どの写真も何の変哲もないただの脳に見える。


しかし、三枚目の写真を目にした時、マーシャの表情が一瞬強張った。


「なぁ・・・おい、これ、なんだ?」


よく見れば右脳の側面に、黒い塊が見える。


決して小さいとは言えない。


「気づいたか・・・・」


デヴィスのため息混じりの声が
一気に不安をかきたてる。


「もうわかるだろ、マーシャ。腫瘍だ。脳に腫瘍ができてる。真っ黒のな。だが自然にできたにしてはおかしすぎる。恐らくお前が言ってたフェイターから食らった技が原因なんだろう。」


手が、震えた。


なんで、どうして。


「それ・・・・なんの冗談だよ。」


だんだん目の前が暗くなっていく。


デヴィスの顔が、見えない。


「冗談じゃない。すべて事実だよ。」


脳の腫瘍がもたらす結末は、馬鹿な俺でもさすがにわかる。


死ーーーーーーー


「あと・・・・どれくらい、持つ?」


震える喉が声を紡ぎ出す。


「持って、一年未満だ。」


何か硬いもので頭を殴られた気分だった。


マジかよ・・・・


いやだ・・・


「ぜってぇやだ!!!!!」


気がついたら血相を変えて、デヴィスに掴みかかっていた。


「俺にはまだやらなきゃいけないことが沢山あるんだ・・・!!!!戦いだってまだ終わってない!!!!!」


こんなことで・・・死んでたまるか!


じゃなきゃ俺は・・・・俺は・・・


マーシャの手が力なくデヴィスから離れた。


「怒ったり落ち込んだり、もう十分か?」


デヴィスは近くにあった椅子に腰をかけ、今度は違う封筒を投げてきた。


中には一枚の文章が書き連ねられた紙が入っていた。


「なんだよ・・・」


「病院の紹介状だ。そこなら治せないことも無いだろう。」


「本当か?」


疑うような目付きでデヴィスを見る。


「ああ。ただ、もちろん代償はある・・・」


「後遺症か?」


「そんな感じだ。この腫瘍の付近には記憶に関わる大事な器官がある。恐らく8割の確率で全部とは言わないが一部の記憶が無くなるだろう。そうなれば・・・・」


デヴィスの言葉が詰まる。


その間に耐えられるはずもなく、マーシャは続きを催促した。


「そうなれば?」


「そうなれば、お前は戦士として戻れなくなる。つまり、もう戦うことはできなくなるってことだ。」


衝撃がマーシャを襲う。


まさか、こんなことになるなんて、誰が予想しただろうか。


驚きとショックで、開いた口が塞がらない。


「マーシャ・・・・あとはお前次第だ。今回の件については俺もとやかく言うつもりはない。生きるも死ぬも、これはお前の人生だから。ただな・・・生きていればそれだけで幸せになれることだってある。たとえ記憶が無くなろうが戦えなくなろうがな。それにお前を大切に思う奴だっているんだ。それだけは忘れないでくれ。」


それだけ言い残し、デヴィスはマーシャの手枷を外してから部屋を出て行った。


病室がやけに静かに感じた。


思考もこんがらがって、
まず、何から考えればいいかわからない。


とりあえずわかるのは、
時間がないことくらい。


「まいったな・・・」


腫瘍か・・・・。


まだ実感がわかない。


マーシャはデヴィスが言っていたことを思い出す。


このまま普段の生活を送れば、一年も持たない。


けれど治療を受ければ助かるが、その代わり記憶と戦闘能力を失う。


記憶・・・・か。


デヴィスは一部の記憶と言っていた。


一部ってどこからどこまで?


消えてもいい記憶なんて山ほどある。


だけど、絶対に忘れたくない大切な記憶もある。


「リオナ・・・・」


リオナをもし忘れたら?


リオナはどう思うかな。


案外リオナはタフだから、なんとも思わないかも。


だったら寂しいな。


「本当に俺はリオナバカだ・・・。」


自嘲気味に笑いながら、ベッドに転がり、腕で目を覆う。


結局のところ、俺はどうしたいんだ?


リオナリオナって・・・・リオナをどうしたいんだ?


わからない。


生きている意義、戦い続けて得られる価値、リオナを大切に思う理由、
そんなもの、考えたこともなかった。


いや、考えないように生きてきただけ。


俺の人生なんて、あってないようなもの。


"彼女"が死んだあの日、
"ルナ"と出会ったあの時、
"カイ"に怒りを向けたあの瞬間から、
俺の人生なんて、からっぽだ。


"俺を恨め、マーシャ。恨んで妬んで強くなれ。"


今まで、カイのあの言葉が俺を生かしてきたようなものだ。


ただ、戦っていれば気が紛れて、恨みをはらすために力を付けて、
生き続ければ俺自身の存在意義を見出せると思ってたんだ。


"リオナ"の存在だって、きっとそうだ。


俺はリオナを守り、強く育てることで、生きる理由を勝手に作り上げていたに違いない。


あわよくば恨みを晴らす力の1つに・・・・


まるで1つのロールプレイングゲームみたいにだ。


俺は最悪な男なんだ。


すべては恨みの為に生きてきた。


だから恨みを晴らすまで、死ぬわけにはいかない。


けれど、もし、
治療して、記憶と共に、恨みも全て、忘れることができたら?


たとえリオナのことを忘れたとしても、その哀しみすら、忘れてしまうのだろう。


だったらそれも、悪くない。


「最低だ・・・・笑えるくらい最低なクソ野郎だ!」


力強くベッドを殴りつける。


俺は本当にそれでいいのか?
本当にリオナをそんな程度にしか思っていないのか?


ただがむしゃらに生にしがみついて、自分が幸せになれるとでも思っているのか。


なんて、愚かなんだろう。


それでも・・・・俺は・・・・


「マー兄・・・?」


突然真横から声が聞こえ、
ハッとして顔を上げた。


「クロード・・・?いつからいた?」


ベッド脇には悲しそうな顔をしたクロードがいた。


手にはシキに作ってもらったクラッピーそっくりの人形を握っている。


「マー兄・・・・大丈夫?」


今にも泣き出しそうなクロードに、マーシャは苦笑を浮かべてクロードの頭に手を置いた。


「心配かけて悪かった。ほら、もう大丈夫。」


自慢の腕の筋肉を見せつける。


クロードを元気づけるためにやったのだが、
なぜかクロードの目からは涙がこぼれだした。


「な、おい、クロード!?どうし・・・おわ!」


泣き出したかと思えば、今度は勢いよく抱きついてきた。


小さい体が、暖かい。


「マー兄・・寂し・・・かった」


そうか・・・そりゃそうだ。


リオナもクラッピーも俺もいない。


一緒にいる予定だったシキだっていなくなってしまった。
そのせいでシュナも仕事でクロードとは居れなかったのだろう。


寂しいに決まってる。


マーシャはクロードの体を抱き上げて、ギュッと抱きしめてやった。


「寂しい思いさせて悪かった。」


クロードも小さく頷いて、ようやく笑顔を見せた。


しかし、クロードはすぐにまた表情を変え、今度は不思議そうにじっと見つめてくる。


「どした?」


「マー兄、髪、切ったんだね。」


「なんだよ髪見てたのか、ってぇえ!?」


初めて聞かされる自分の容姿にマーシャは焦って鏡を探す。


ベッド脇の引き出しから取り出し、慌てて鏡を覗き込んだ。


「嘘だろ・・・短い」


今まで長めに保ってきた髪が、かなり短くされていた。


多分これ位が男性の標準的な長さなのだろうが。


犯人は間違いなくデヴィス。


まぁ、検査の邪魔だったとはマーシャは知るはずもない。


「落ち込まないで、マー兄。ぼく、今のマー兄カッコイイと思う。」


肩を落としていたマーシャだが、クロードのさりげない一言に目を潤ませる。


「このぉぉ可愛いヤツめ!」


マーシャはギュッとクロードを抱きしめた。


そういえば、先ほどから外がやけに騒がしい気がする。


色々なことがありすぎて、今気が付いた。


騒がしいといっても、イヤな感じではない。


どちらかといえば、賑やかという表現が適切だろう。


「何かやってんのか?」


「うん。今日から3日間ね、雪見祭なんだって。3日目には雪合戦するんだよ?それにいっぱいお店がでてるってビットウィックスが言ってた。」


「ビットウィックス?お前あいつと話したのか。」


「話っていうか・・・・マー兄が寝てる間ね、ビットウィックスがずっと一緒にいてくれたの。さっきもここまで一緒にきてくれたんだ。」


へぇ、意外だな。


アイツは絶対に子供嫌いだと思っていたのに。


というか、結局やるのか雪合戦。


モリン=クィーガは何も言わなかったのだろうか。


いや、もしかしたら、
この三日間を狙って何か仕掛けてくるかもしれない。


おそらくビットウィックスも裏をかいているに違いない。
いや、もしかしたら本気で祭を盛り上げようとしているだけかもしれないが。


だが、そんなこと、今の俺には関係ない話だ。


今は自分の事だけで手一杯だから。


でもまぁ、まずは気晴らしに、目の前にいる王子サマを少しでも元気づける方が先かもしれない。


「じゃあ、行って見るか?雪見祭とやらに。」


一瞬にしてクロードの表情が明るくなった。


「ホント・・・?」


目をキラキラさせちゃって。


リオナとは大違いだ。


リオナだったら絶対に表情に出さない。
常に無表情で、でも、行くのやめるか?っていうと、困ったように俺を見てきて、頬を少し赤くして首を小さく横に振るんだ。


素直になれない性格がこれまた・・・って俺は何考えてんだ。


マーシャは頭を横に振って、
忘れようとする。


「俺は嘘はつかねぇ。時と場合によるけど。ほら行こうぜ?」


「うん!」


2人は手を繋ぐ。


マーシャは現実から逃げるように、病室をあとにした。






























「はぁ・・・・シキさん、遅いなァ。」


シュナは黒の屋敷の玄関前にある階段に腰をおろし、曇り空を見上げていた。


今日帰ってくるとマスターから聞いていたけれど、そもそもシキさんは何をしに行ったのだろうか。


マスターに聞いても、ただのお使いだとしか言わない。


「仲間はずれはヒドイよシキさんッ!」


そう1人で呟きながら、虚しさに肩を落とす。


けれど、すぐにあることも思い出す。


今日はリオナも帰ってくるのだ。


怪我・・してなきゃイイけど・・・・


ナツとケンカしてないかが不安だ。


任務、うまくいったのかなぁ。


そんなことを考えていると、
自分の横に誰かが座ってくる気配がした。


ビックリして横を向けば、コロナが座っていた。


コロナはダーク・ホームのメイドで、リオナの事が大好きな女の子。


確かコロナはいつもリオナが帰ってくる時はこうやってリオナを出迎えているのだ。


女の子ってまめだなぁ。


でも、コロナはそれ以上にまめだと思う。


リオナが任務にでる朝は、必ず朝早くにお祈りをしていて、任務中も毎晩やっているみたいだ。


きっとリオナは鈍いから気づいていないんだろうな。


「ちょっと。」


コロナにふいに声をかけられ、慌てて顔をあげた。


「あ、ごめんね。なに?」


「何じゃないわよ。アンタいっつもボケェってして。だからいつまでたっても見習いなのよ。」


コロナは毒舌だけど、言ってることは的をいている。


だから、イヤな感じがしない。


「ははっ!そうかもね。」


「何笑ってんのよ。気持ち悪いわね。・・・・アンタ、今日はシキ様のお出迎え?」


「うん。コロナはリオナでしょ?」


「・・・・」


あれ?なんだか様子がおかしい。


いつもなら「当たり前でしょ!」とか言うのに。


「どうしたの?なんか、いつものコロナらしくない。」


元気がないというか、何というか。


そう、悲しそう。


「何かあった?俺でよければ話聞くよ。」


「あんたなんか頼りにならないわよ。」


まぁ、これだけハッキリ言われれば、傷つく。


シュナは苦笑しながらなにも言わずに、ただ人々が行き交う雪見祭を見ていた。


「・・・・終わりにしようと思って。」


しばらくすると、コロナが小さく何かを呟いて、シュナは顔を向けた。


「え?」


聞き返せば怒るかと思って少し身構えたが、コロナはますます暗い顔をしていた。


ホント、らしくない。


「私ね・・・リオナくんのこと、大好き。世界で一番大好き。」


「うん。」


「初めてダーク・ホームに来た時、黒の屋敷で迷ってた私にリオナくんが話しかけてくれたの。悪魔と契約する人なんて、みんな冷たい人だと思ってたから・・・すごく嬉しかったんだ。」


ああ、その事ならリオナから聞いたことがある。


確かその日は俺と遊ぶ約束をしていて、「メイドの子が迷ってて、案内してたら遅れた、ごめん。」とか言って遅れて来たっけ。


ただの言い訳だと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。


「でも、もう、今日でやめようと思って。リオナくんを好きでいるのは。」


「え!」


意外な言葉にシュナは目を丸くした。


「なんで!?」


「なんでって・・・リオナくんの心には、絶対に私の入るスペースがないからよ。」


その言葉が、すごく重く感じた。


その気持ちは決してわからなくもない。


自分もたまに感じることがあるから。


リオナは近くにいても、距離感を感じてしまう。


何かを抱えているような。


心の闇・・・


けれどリオナは決して他人に見せることをしない。


むしろ、他人が踏み込む事を拒絶している。


でも・・・・


「・・・でもさ、あきらめちゃうなんて、勿体無いよ。だってコロナ・・・・今まで頑張っ」


「あのね、私そんなに辛抱強くないのよ。振り向いてくれない人を待つほど心に余裕無いの。それに・・・」


コロナは何故か小さく笑い、顔をあげた。


「それに、私にリオナくんを支えてあげられる力は無いわ。マーシャ様とか・・・ムジカみたいなまっすぐな人じゃなきゃ無理よ。認めたくないけどね。」


その表情はなんだか清々しく、爽やかだった。


だから、余計心配になる。


「コロナは、それでいいの?」


そう尋ねれば、コロナは笑顔で頷いた。


コロナもこんな風に笑えるのか、とシュナは少しだけ驚いた。


「だから、今日で最後。最高の笑顔でお迎えするの。」


「・・・そっか。きっとリオナも喜ぶよ。」


「そうだといいけどね。」


いつも強がってばかりいるコロナだけど、
素直になれば、本当に普通の女の子なんだ。


ちょっと独占欲が強いだけで。


なんだかんだムジカのことも、認めていたのだ。


口には出さないけれど、
きっとリオナを諦めた理由はそこにもある。


なんだかんだ言って、コロナは優しいんだ。


だからだろうか、思わず、言葉が自然ともれてしまう。


「ねぇコロナ。」


「なに。」


「たぶん、リオナが、帰ってくるのは、夜になるだろうし、もし、帰ってきても、すぐにわかるだろうから、」


シュナは目を上に泳がせ、照れを隠しながら途切れ途切れに呟く。


「その・・・リオナが帰ってくるまでさ、お祭り、見にいかない?」


自分でも何を言い出すのかとびっくりした。


恐らく、耳まで真っ赤になっているだろう。


今更になって恥ずかしくなってくる。


「ご、ごめん!俺何言ってるのかな!バカだよね!ごめ」
「なに慌ててるのよ。これだからいつもリオナくんの影に隠れちゃうのよ。」


飽きれた、と呟きながらコロナは立ち上がる。


その真横でシュナはガクッと肩を落としていた。


恥ずかしさと情けなさで、もう消えてしまいたい。


と、思っていた時。


「ちょっと、ねぇ。」


「へ?」


「間抜けな声ださないでよね。てか行くの?行かないの?さっきも言ったでしょ、私そんなに辛抱強く待てないの。」


そう言って、コロナはニコッと笑った。


その瞬間、シュナの心臓が激しく波打つ。


「い、行こう!」


シュナが勢いよく立ち上がったのを見て、コロナは笑いながら歩き出した。


「ねぇ私アレ食べたい。」


「食べよう!」


「もちろん、ぜ〜んぶおごってくれるわよね?」


「え、も、もちろん!」


「嘘よ。ふふっ、あんたって変ね!」


シュナはコロナのあとを追うように駆け出した。


初めての気持ちだった。


生まれて初めての。


だから、
その気持ちごと、
大切にしようと思ったんだ。




























ちょうどお昼を過ぎた頃には、祭は仕事を終えたメイドたちやエージェントたちであふれかえっていた。


マーシャとクロードも人混みを掻き分けながら前に進んでいく。


「すげえ人増えたな。手、放すなよクロード。」


「うん。」


こんな人混みを歩くのは久々だ。


人混みはリオナが嫌がるから。


なるべく避けてきた結果だ。


ってまた俺はリオナって・・・


「マー兄・・?」


「・・・わりぃ。ちょっと休憩。」


マーシャは一旦群れから抜け、近くの段差に腰をおろした。


その横にクロードも座る。


「マー兄・・どこか痛い?」


「いや、大丈夫」


考えないようにしていても、心は答えを催促してくる。


それと同様に、リオナも求めてしまう。


恐らく、いつも一緒にいたから、今いないことに俺は不安を感じてる。思っている以上に。


でも、リオナに会って、何て言う?


俺、あと一年しか持たないらしい。なんて言ったら、きっと、すぐにでも病院送りにされる。


やっぱり・・・リオナには言えない。


これ以上、アイツの心に負担をかけたくない。


「はぁ、堂々巡りってまさにこれだな。」


「・・・え、大丈夫?」


クロードの心配もよそに、マーシャは頭をうなだれる。


とにかく、リオナに会いたい。


わからないけど、リオナに会えば、自然と答えも出る気がした。


「よぉし!遊ぶか!」


いきなり立ち上がったマーシャにクロードはビクッと体を跳ね上げた。


「マ・・・マー兄?もうへーきなの?」


「おうよ。悩んだって仕方ねぇ。リオナがくるまで遊びまくるぞ。」


そう言って歩き出そうとすると、
目の前に見知った顔が現れた。


シュナだ。


シュナはマーシャと目が合うと、驚いた表情でかけてきた。


「えっマーシャさん!?体調は大丈夫なんですか!?」


相変わらずの心配そうな顔。


シュナはどっかの誰かさんとは違って百面相だから面白いしわかりやすい。


「まぁな。それより・・・」


マーシャはシュナの後ろに目を向けた。


なぜなら1人、シュナに隠れるように身を縮ませていたからだ。


「へぇー。シュナに彼女、か。シキが知ったら発狂するだろーな。」


わざとニヤッと笑ってやると、シュナはたちまち顔を真っ赤にさせてあたふたし始めた。


「ちょ・・・マーシャさん!!コロナは彼女じゃ」
「私は彼女じゃありません!!」


シュナの回答よりもコロナが強く答えた。


少しショックだったのか、シュナは眉をハの字にさせてコロナを見ていた。


ますます面白くなってきたと、マーシャは再びチャチャをだす。


「おっと、よく見りゃ彼女、リオナのストーカー。」


「失礼ですね!私はストーカーじゃなくて愛好家です!それに彼女じゃありませんから。」


さらに強く言われ、シュナがどんどん落ち込んで行くのが目に見てわかる。


マーシャは大声で笑いそうになるのを必死に抑えてピクピク震えていた。


「もーマーシャさんヒドイですよ!」


「あははゴメンゴメン。」


「あ、髪切ったんですね。」


「そのことには触れないで。ケッコーショック受けてるの。」


かなり短くなった髪をいじくりながら、深いため息をつく。


「カッコイイじゃないですか!リオナも絶対そう言いますって!」


リオナ、か。


その言葉だけでウキウキしている自分がいる。


あーかっこ悪。


「それよりマーシャさんもリオナのお迎え行かないんですか?もうそろそろ着くみたいですよ?」


「そうなのか?あー・・・でも俺は」


いざ会えるとなると、情けないが足がすくむ。


さっきまでは会いたくて仕方がなかったのに。


実際に会うとなると不安に駆られてしまった。


心は会いたがってるのに脳がそれを理解しない。


きっと、答えを導き出してしまうのが怖いから。


けれど、いつまでもこうしていられるはずもない。


マーシャは小さくため息をついて、クロードを見る。


クロードの表情はいつになく嬉しそうだ。


クラッピーにはやく会いたいのだろう。


「じゃあ、行くか。お迎えに。」



「みんなで行きましょう!」


シュナたちに続いてマーシャも歩きだす。


足はまるで重りをつけたかのように重い。


けれど心はリオナを求めることをやめない。


















「マスター、入りますよ。」


デヴィスはマスタールームの扉をノックすると、返事も待たずに部屋に入った。


「な・・・Dr.デヴィス!勝手に入られては困ります!」


すぐに使用人の1人であるスバルがでてきた。


シキがいない間の代理のクセに。


と、心で罵倒しながら、彼の横を通り過ぎる。


部屋にはマスターであるビットウィックスの姿はなかった。


アイツは本当に仕事をしているのか?


デヴィスは舌打ちをする。


「おい、マスターは?」


「マスターは只今休憩に出ています。」


少し不機嫌そうにスバルが答える。


「わかった。」


デヴィスはあっさり引き下がり、マスタールームを出て行く。


マスターが休憩する時は、決まってあの場所にいる。


研究塔だ。


塔と言っても、地下に広がる実験場だ。


ビットウィックスは昔からダーク・ホームに自分専用の研究室を構えている。


暇さえあれば、そこへ行き、何やら不気味な実験をやっているとか。


まぁこれはあくまで噂話。


実際は何もしていない。


ただ、その部屋で、後悔の念に晒されているだけ。


デヴィスは地下に下がると、ビットウィックスの研究室に入った。


部屋は常に真っ暗で、唯一の光源は部屋の奥に置いてある青く輝く巨大な"花"だ。


その花はビットウィックスが長年かけて作りだしたもので、悪魔の力を吸収するというものらしい。


そう、彼の妹、ムジカの為に作りだしたものだ。


ムジカを人間にするために、ムジカを父親であるサタンから切り離すために。


けれどもう、その必要はなくなってしまった。


ビットウィックスはその花を見て、ムジカに向けていた歪んだ愛情を悔いていた。


そんな彼は、やはり今日も花の前に佇んでいた。


ただじっと、花を見上げている。


「また後悔ですか、王様。」


デヴィスが声をかけると、
ゆっくりとふりかえってきた。


「前から言ってますけど、あまり良くないですよ。後悔ってのは。」


「わかっているよ。わかっているけれど」


ビットウィックスは近くにあった椅子に腰をかけ、困った様に小さく笑った。


「どうしても、忘れられないんだ。ムジカを・・・ムジカを1人の女として愛していた自分も。だから何度も後悔してしまう。あの時、あの瞬間、なぜああしなかったのか、そうすればムジカは・・・・・ってね。」


そう、この王様はいつも孤独を抱えている。


けれどそれを乗り越えるのが王様の役目でもある。


「まぁ、体だけは壊さないように。」


「ああ。大丈夫だよ。それより、マーシャに渡してくれたかい?病院の紹介状。」


「渡しましたよ。あなたの紹介とは言わずにね。」


「それで?マーシャはなんて?」


ビットウィックスはまるで子供のように目にいっぱいの好奇心を見せる。


「悩んでますよ。珍しくね。俺はマーシャは絶対に病院には行かないって即答すると思ったんですがね。まぁ、リオナとアイツの過去が引っかかってるんでしょうね。」


「そうか・・・」


一瞬にしてガッカリする。


「・・・私は、できればマーシャにはちゃんと治療を受けてもらいたい。彼ならきっと、再び戦士として戻ってこれると思うんだ。だから・・・」


「まぁ、どんな答えを出そうが、マーシャ自身のことですから。見守るしかないでしょうね。」


「そうだな・・・仕方ないな。」


「じゃあそろそろ仕事に戻らないと。マスターもね。」


「そうだな・・・仕方ないな。」


「それは仕方なくないでしょうが。さぁ、ほら行きますよ。」


「えー・・・」


「えーじゃない。」


ズルズルとビットウィックスを引きずるりながら研究室を出る。


マーシャがどんな未来を選ぼうが、関係ない。


けれど、やっぱり、賑やかヤツが居なくなるのは、寂しい。


「わかんないもんだな。」


「どうしたデヴィス?」


「なんでもないですよ。てかもうそろそろ自分で歩いてくださいよ。」


「いいじゃないか。仲間なんだから。」


仲間、か。


案外悪くない。


デヴィスは小さく笑ってビットウィックスを落として行った。

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あきゅろす。
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