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【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story101 隠れた闇



本当に気絶できたらどれだけいいだろうか。


それほど今の状況は最悪と言える。


[おい!!リオナお前腹が・・!!]


ナツに言われて見てみれば
さっきまでは綺麗さっぱりなくなっていた腹の傷も元通りになり、無情にも血を流し続けていた。


ツケがまわってきたように
痛みがリオナを襲う。


『よくまぁ自ら本に呑まれて出てこれたもんだなぁ。』


フリットは床に落ちていた本を拾いあげ
声高らかに笑った。


『どうだったよ?ローズ・ソウルの情報は手に入ったか?』


その言葉で大切なことを思い出した。


今回の目的はローズ・ソウルの回収。
でなければB.B.を連れ戻すことができない。


『その顔じゃあこの本から出るので必死だったんだな。まぁ残念だがここにはローズ・ソウルどころかその情報はこれっぽっちもないんだけどな!!!ははっ!!』


「・・・どういうことだ。」


確かにこの本には何も書かれていなかった。


そもそもビットウィックスが言っていたフリットと今目の前にいるフリットに違いがありすぎる。


それになぜだかフリットは上からの命令で"俺"を捕らえようとしている。


そもそも"上"とは誰か。


ビットウィックスが裏切ったとは思えない。


確か今回の任務は世界政府直々の依頼だとか・・・・


そこでリオナはハッとした。


「・・・まさか」


世界政府がすでにフェイターの手に堕ちていると考えれば・・?


辻褄が合う。


フェイターには俺を欲しがっている奴がいる。


アシュール・・・


それにもし森羅大帝国がフェイターに寝返ったならローズ・ソウルがここにあるはずがない。


すべて罠だったんだ・・・


リオナは唇を噛み締める。


『はっ、ようやく気が付いたようだなぁリオナ・ヴァンズマン。でももう遅ぇよ。』


そう言うとフリットは本を開いた。


『知ってるか?この本には100以上の物語がつまってんだ。お前らが行ったのは"未練"の赤頭巾か・・・・じゃあ今度は"怨恨"の白雪姫なんていいんじゃないか?』


そしてペンを持ち
本の上にペン先を滑らせる。


本はみるみる化け物と化し
再び大きな口を開いた。


『まぁ、今回はリオナ用の特別な物語が用意なれてるからなぁ。でもって招待客はリオナ1名。他の2人は殺しちまえ。』


それと同時に周りを取り囲んでいた武装集団が一気に飛び掛かってきた。


リオナもトランプを取り出そうとするが
貧血で力が入らない。


けれど瞬時にナツとクラッピーが割って入ってきて
攻撃を妨げた。


[リオナ!!お前は逃げろ!!]


「早く行くッチョ〜!!!」


ナツは悪魔の黒々しい力をまといながら一気に敵を薙ぎ倒していく。


一方クラッピーはよくわからない動きをしているが、
そのおかげか敵はクラッピーの予測不可能な蹴りを存分に入れられている。


けれど相手も手ごわい。


倒れても立ち上がり
まるでゾンビのようだ。


このままじゃ本当にまずい・・・


リオナは血の流れだす脇腹を押さえつけ
ゆっくり立ち上がった。


近くに落ちていたナイフを拾い
向かってくる敵にナイフを向ける。


「リオナなにしてるッチョかぁぁ!!!早く逃げ・・」


クラッピーがリオナを振り返った時だった。


後ろから敵が鉄の棒を振り上げた。


危ない・・!!


とっさにリオナはクラッピーを引き寄せ
片手で敵を凪ぎ払った。


しかしその勢いで腹から血が吹き出てしまう。


意識が遠退きそうになるが
自分の鋭い爪を太ももに立て
なんとか意識を保つ。


「・・・しっかり前見ろバカ!!!」


「ごめんッチョ・・・ってリオナぁぁぁぁ!!」


クラッピーの表情が一気に強ばった。


そこでようやく思い出した。


フリットの"本"が自分を追ってきていることに。


顔を上げた時はすでに遅く
リオナの頭上には口を大きくあけた"本"がいた。


咄嗟に頭に浮かんだのは、アシュールの企んだようなあの笑みと、なぜだかわからないがマーシャのあのやる気のない笑い声。


「・・・悪い・・クラッピー・・・逃げろ!!!」


「リオナぁぁぁぁぁ!!!!」


そして一瞬にしてリオナは本に飲み込まれてしまった。


本は目的を達成して満足したように静かに地面に落ちた。


しかしさっきとはどこか様子が違う。


よく見てみると本がみるみる黒く染まっていき
鎖のようなものが本を縛りはじめたのだ。


クラッピーは手を伸ばそうとする。


だが先にフリットに拾いあげられてしまった。


『リオナの行き先はなぁ、"夢"だ。物語は無ぇ。物語には終わりがあるが、物語が無いんだから終わりなんてもっと無い。言ってる意味わかるか?さっきみたいに自力じゃこの"本"からは出れないってわけ。』


「・・・・ひ!!!ひどいッチョ!!!」


『なにがだよ。俺だって仕事なんだから仕方ねぇだろ。だからお前らもさっさと死ねよ。』


フリットは袖からサバイバルナイフを取出し
クラッピーを斬り付ける。


「やぁ・・ッ!!!!痛いッチョ!!!」


真っ赤な血が肩から吹き出し
クラッピーは恐怖で瞳に涙をためる。


『ほんっと可愛い顔しちゃってさぁ。惜しいよなぁ〜!!おら!!おらおらおら!!!』


「ぁッ・・・!!!ッ・・・イ・・・ぁ!!!あぁ!!!!」


身体中を切り刻まれていく。


痛すぎて辛すぎて
叫び声もでない。


地面に倒れ
身体中が痙攣を起こす。


「・・・ふっ・・・・ぇぇ・・・・」


クラッピーは体の異常に涙をこぼした。


初めての痛みに
死の恐怖が襲う。


「・・・リ・・・・ォ・・・・」


『痛いだろー?ははっ、痛すぎてイッちゃったか?まぁいい・・・今楽にしてやんよッ!!!』


フリットがナイフを振り上げた。


その風が頬をかすめ
クラッピーは目蓋を閉じた。


けれどすぐに違う音が鳴り響いた。


ナイフが滑り落ちる音だ。


クラッピーが目を見開けば
目の前にはナツがいて
ものすごいスピードでフリットを吹き飛ばしていた。


「な・・・・ナッツン・・・!!!」


[泣いてる場合か?しっかりしろクラッピー!!]


鋭い目付きでナツに睨まれる。


けれどそこからどこか温かさを感じて。


クラッピーは涙を拭って立ち上がった。


『仲良しこよしやってんじゃねぇっての!!!』


しかしすぐにフリットがこっちに向かってきた。


さすがのナツもそのスピードに目を見開き
もろにナイフを腹に食らった。


[がはッ・・・・]


倒れるギリギリで体勢を整えたが、
思った以上のフリットの動きに動揺を隠せない。


『悪いな兄ちゃん。俺は強いぜ?俺だったらフェイターとやらにでも入れるんじゃねぇか!?』


笑い声が響き渡る。


その笑い声に怒りを覚え
ナツの額に血管が浮かんだ。


[てめぇみたいな雑魚がフェイターに入れるならそこら辺のガキは神になれるだろうよ。]


皮肉をたっぷり込めて笑い飛ばしてやれば
フリットも眉をピクリと動かした。


『てめぇ・・・なめやがって。でもわかってんだろうな?数はコッチがあるんだぜ?』


気が付けばまた周りには敵が増えていて。


ナツは小さく舌打ちをする。


[どっから沸いてでやがるッ・・・]


そこにはさっきと比べものにならないくらいの数・・・
家の外も入れてざっと1000人以上が取り囲んでいた。


こんな人数がこの村にいたなんて。


今まで挫折感などこれっぽっちも感じたことがなかったが
今回ばかりは感じずにはいられない。


初めて直面する死の可能性に
ナツの表情はますます暗くなる。


[下がってろクラッピー]


「ナッツン・・・!!!」


[大丈夫だ・・お前のことは死んでも守ってやるから]


こんなところで・・・死んでたまるか・・・!!!!


唇を強く噛み締め
他の悪魔にはない、内に秘める"対神用"の悪魔の力を解放しようとした時だった。


――――ギャァァァァ!!!


突然耳に断末魔の叫びが聞こえてきた。


その叫びは納まることなく
右からしたと思えば今度は後ろから、と至る所から聞こえてきた。


ナツもフリットも動きを止めて辺りを見渡す。


『どうなってやがる!!』


[・・・・!?]


敵がバタバタと悲鳴を上げて倒れていく。


何が起きているのか。


よく見ると辺りに白と黒の光の玉のようなものが飛びかっていて。


それに当たった者は苦しそうに倒れていく。


白い光はフェイターの象徴であり、逆に黒い光は悪魔の象徴だ。


敵か味方かがはっきりしない。


一体誰が・・・・


カッカッカッカッカッ


すると部屋の入り口の方から誰かが歩み寄ってくる足音が聞こえてきた。


黒く磨き上げられた革靴に
スラッとした脚。


そして乱れが1つもないスーツにいかにも優秀そうな眼鏡をかけている。


「こんな埃っぽい部屋で・・・よく生活できるな。俺には無理だ。」


そう呟きながらやってきた青年に、
ナツとクラッピーは驚きのあまり目を見開いた。


[な・・・お前!!!!]
「シキッ!!!!」


現われたのはシキだった。


そこでようやく味方だったのだとナツは内心ホッとした。


光妖大帝国出身で、しかもフェイターと悪魔の血をひいた唯一の人間。


だからさっきのような白黒の光の玉が生まれたのだ。


その部下のシュナも光妖大帝国出身で同じような技を使えるようだが、
敵か味方かがわからいのが全くもって紛らわしい。


[一瞬敵かと思ったじゃねぇか。]


ナツは安心していることを隠すようにわざとシキを睨み付ける。


「悪かったよ。とにかく無事でよかった。」


苦笑を浮かべるシキに
"無事じゃねぇよ"と突っかかろうとした時、
自分の後ろに庇っていたクラッピーがいつの間にかシキに抱きついていた。


「シキィィ!!安心したッチョぉぉ〜!」


本当に安心しきっているクラッピーの表情を見て
ナツはさらにムッとする。


[このピエロ・・俺の時はこんな顔しなかったじゃねぇかッ]


フンと鼻をならして顔を背けた。


というかシキがあんなに強いとは知らなかった。


さすが第一使用人と言うだけのことはある。



「それにしても・・・ひどいなこの敵の数。」


[お前らの適当な情報があだになったな。見てみろ。お前らが言ってた頑固ジジィのフリットがバリバリ現役なサディスト野郎だったじゃねぇか。]


ナツの言葉にシキは眼鏡を少し上げてフリットを見る。


「・・・・。これはひどい。いや・・・・本当に悪かった。まさか森羅大帝国はおろか世界政府までもがフェイターの傘下に入ったなんて思ってもいなかったんだ。」


[は!?世界政府もフェイターとグルなのかよ!?じゃあこの前世界政府からきたモリン=クィーガとかいう男もフェイターの回し者かよ!]


「そういうことだ。俺たちは完全に世界を敵に回したようだな。」


[んだよそれ・・・]


神が復活したところで世界の結末など見えている。


人々は神に消され
ノアの方舟のように選ばれしほんの一握りの人間しか残らないのだろう。


その選ばれし人間というのがフェイターなのだ。


決して神の復活に加担したものではない。


[人間ってのはバカな生きものだな・・・]


「まったくだ。ところでリオナは?」


[リオナはアイツが持ってる本の中。]


「本の中だって・・・?」


[信じらんねぇかもしんないけど、ありゃ人食い本だぜ。]


ちょっと大げさに言えば
たちまちシキの表情が変わっていき、真っ青なきれいな瞳を一際赤く染めた。


「まさか・・・ちゃんと生きてるだろうな」


少し怒気のこもった声に鳥肌が立つ。


[大丈夫。アイツは生きてるはずだぜ。]


「なら早くあの本を取り返さなきゃな。」


シキは本を手に持ったフリットに顔を向けた。


同時にフリットも引きつった笑みを浮かべながらシキを睨んだ。


『よぉよぉこりゃ新しい悪魔さんのご来訪ってか?たかが一匹増えようが変わりはしねぇ!まとめてかたしてやんよ!人数ならまだまだいるからなぁ!!!』


再び大勢の敵に囲まれる。


けれどシキは一切表情を変えず、いつものハキハキとした声音で言葉を発した。


「ナツ、お前はフリットから本を奪え。俺が周りの奴らを片付ける。」


[わかった。クラッピー、お前は絶対動くなよ。]


「わ、わかったッチョ!」


シキとナツが同時に駆け出した。


黒い閃光が飛び回る―――――
























底なし沼に落ちたように
リオナはゆっくりゆっくりと闇に沈んでいく。


意識があるような無いような。


まるでこれは"夢"


出口のない無限ループの世界。


恐怖がこみあげてくる前に
絶望が追い付くより先に


早くこの闇から抜け出したい。


ふと目を下にやれば
一点の光が見えた。


俺は夢中で光に向かう。


真っ白い光のなかへ。


たどり着いたのは
真っ白い部屋。


どこか懐かしい感じがする。


ああ、昔よく夢見ていたあの場所だ・・・・・


"ウィキ"がいた真っ白い部屋だ。


床を見れば
"ウィキ"が今までに描いた絵が散らばっている。


どの絵にも俺とウィキが映っている。


やっぱりここは・・・・


「リオナ」


突然耳に入ってきた声に
リオナはバッと振り返った。


まるで期待でもしていたかのように勢いよく振り向く。


そこにいたのは
自分と同じくらいの背丈でちょっと長めの銀髪の少年。


紛れもなく、ウィキだ。


リオナの声が震える。


「・・・・ウィキ?」


これはやっぱり夢なんだ・・・


ウィキと会えるのは夢以外じゃありえないのだから。


リオナは目の前でやさしく笑うウィキに
思い切り抱きついていた。


「・・・会いたかった・・・!あれから全然、現われないから・・・!!」


そう、最後に会ったのは謎の幽霊屋敷で夢を見たあの時以来。


"今度は僕からリオナに会いにいくよ"と言葉を残した時以来だ。


ウィキは抱きつくリオナの頭をそっと撫で、嬉しそうに笑った。


「リオナ、待たせちゃってごめんね?」


「・・・ホントだ、忘れるとこだった」


「ん、ごめん。だけど大丈夫だよ。これからはもうずっと一緒だから・・・」


"ずっと一緒"


望んでもいなかった言葉が耳に入る。


嬉しくて涙がでそうになる。


「・・・嬉しいよウィ・・・」


けれどそこでようやく矛盾に気が付いた。


"違う"


"だってこれは夢じゃないか"


"このウィキだってニセモノ"


"ウィキは・・・・死んだんだ"


リオナは現実に引き戻されるようにウィキから離れた。


「どうしたの?」


体は大きくなっても無邪気に笑うウィキを見るのは辛い。


「・・・無理だウィキ。」


「なんで?」


「・・・前にも言っただろ?俺とお前は住む世界が違う・・。」


本人は死んだことに気付いてないかもしれない。


正直に言いたくはないしウィキの傷つく顔も見たくない。


けれどそんな思いもすぐに消し去られた。


「それって僕が死んでるからリオナとずっと一緒にいれないってこと?」


こんなにはっきりとウィキが言うとは思わなかった。


記憶の中のウィキにはたしかに強情な一面もあったが、
こんなに強気で冷たさの残るような言い方はしたことはない。


でもこれがフリットの作り出した本の世界の夢なら・・・
いや夢であってほしい。


「ウィキ・・・俺は」
「ねぇリオナ。リオナは僕が死んだ時のこと覚えてるの?」
「・・・?」


言葉を遮られ、さらに突拍子もないことを言われてリオナの思考が一瞬止まる。


「・・・ウィキが・・・・・・死んだ時?」


「そうだよ。」


ウィキの口端が吊り上がる。


リオナはその表情に、体を堅くした。


自分の知らないウィキに、
どうにもできない感情が沸き起こる。


そういえば自分はウィキのすべてを思い出してはいない。


思い出した記憶はすべてキレイなものばかり。


自分はウィキとどう接していたのか、
喧嘩はしたのか、
泣かせたりしたのか、
暗い部分が思い出せない。


現にウィキが死んだとされるあのクリスマスも・・・・


「・・・ッ・・・」


「どうしたの?思い出せないの?」


思い出そうとするたびに体中が痺れるように痛くなる。


「ねぇリオナ」


痛みに気をとられていると
ウィキの顔が息がかかるくらい近づいていた。


自分は失ってしまったこの漆黒の瞳にのみこまれそうになる。


「本当に僕は死んだの?」


ウィキの口が動く度に痛みが増す。


「リオナの思い込みじゃないの?」


体から力が抜けていく。


・・・・思い込み?


俺の・・・・?


貧血を起こしたかのように足元が歪み
倒れそうになるが、
前からウィキが抱き締めるように支えてきた。


「僕は生きてるよ、リオナ。」


耳元で囁くように呟かれ
リオナは目を見開く。


聞きたかった言葉なのに
どうしてこんなに胸騒ぎがするのだろうか。


嫌な汗が背中を伝う。


「・・・嘘・・・だ・・・・・・違う・・・」


違う・・違う違う違う


これは夢だ・・・!!


フリットの作り出した・・


「・・・・・お前はウィキじゃない!!」


ドンッと思い切りウィキを突き放した。


それと同時に呼吸が苦しくなる。


「・・・ウィキは・・・・死んだん・・・だ・・・!!」


「リオナ・・・」


本当はこんなこと言いたくない。


ウィキの悲しむ顔なんて・・・・


でも・・・・


ウィキは悲しんでなんかいなかった。


むしろ笑みを浮かべていて・・・・


「そう言うと思ったよ。リオナ」


「・・・!?」


「そっか。本当は今日このままリオナを帰すつもりはなかったけど、ちょっと時間をあげるね。」


ウィキは右手を上げると
そこに1つの空間が生まれた。


そこからはナツやクラッピーが敵に囲まれているのが見える。


出口だ。


「聞いてリオナ、僕は確かに一度死んだよ?でも、生き返ったんだ。」


何を言ってるのか全然わからない。


目の前にいるウィキが、何なのかがわからない。


それは自分が理解しようとしていないから?


本当のウィキを思い出せないから?


「アシュール、さんのおかげでね」


きっと、抑えきれない感情が
溢れだすのを恐れているから。


「・・・アシュー・・・・ル・・・・・・・」


ピキッと
体中にヒビが入ったように


何かが崩れだす。


アシュール・・・・


フェイターのトップであり
昔から俺の記憶に残る男・・・


そしてムジカを殺した・・・・憎き男


「・・・なに・・・言ってんだよ・・・・・」


名前を聞くだけで
怒りがあふれだす。


「・・・・・・冗談でもゆるさないぞ・・・」


「冗談じゃないよ。確かに信じたくないと思う。だって、リオナの大事な人を」
「黙れ・・・!!!もう聞きたくない!!!」


リオナはウィキの横をすり抜け
出口に向かう。


怒りがおさまらない。


でもそれと同時に悲しみも込み上げてくる。


「泣かないでリオナ・・今は信じられないかもしれない。でも僕は、リオナが信じてくれるって信じてるよ・・・」


ウィキの声は最後まで耳に焼き付いて・・・


「今日から3回目の満月の日に・・・"月の谷"で待ってる。」


俺を・・・縛り付ける。





















[リオナ!?]


「リオナッチョ・・!!!」


意識が朦朧とする中、ナツとクラッピーの声がハッキリ聞こえた。


「無事かリオナ・・・!?」


次に聞こえてきた声に顔を上げる。


目の前にはなぜかシキがいる。


なんでシキが・・・?


でも
今はそんなこと考えてる余裕はない。


怒りが溢れきって
もう耐えきれない。


怒りの標的はもちろんフリット。


リオナの鋭い視線がフリットを捕えた。


「・・・どけシキ」


「リオナ・・ダメだこれ以上動いたら・・・」


シキの手がリオナの肩を押さえ付ける。


けれどその瞬間
シキの手にバチッと電流のような痛みが走った。


シキは思わず手をはなす。


「リオ・・・、・・・ッ!?」


気が付けばリオナの体から大量の魔方陣が流れるように地面を伝い
辺りを覆いつくしていた。


まるで呪いか何かのように。


そういえば先日のダーク・ホーム戦の跡で
似たような魔方陣を見た。


たしかマーシャはそれを"死の魔方陣"と呼んでいた。


リオナが無意識に放った呪文であると聞いたが・・・・


"リオナは魔術を知りすぎている。しかもリオナの頭ん中は半分以上が禁忌魔法なんだろう。禁忌魔法っつーのは選ばれた魔術師だけに与えられる呪文なんだが、もちろん使えば人の命なんてあっさり奪える。それを知っててリオナはあまり魔法を使おうとしない。どこでそんな禁忌呪文を知ったか知らねぇが、気を付けさせねぇと・・・アイツの身がもたねぇ。"


マーシャの言葉がこだまする。


止めなくては。
でなければリオナの命が危ない。


シキは躊躇うことなく力強くリオナを抱き締めた。


体中に鋭い痛みが走る。


「リオナやめるんだ・・・!!こんな奴に使う呪文なんかじゃない!!」


「うるさい・・・・・邪魔するな!!」


リオナのハッキリとした返答に
シキの心臓がドクンと波打つ。


この前は無意識だったが・・・・
今はハッキリ意識がある。
リオナの"意志"がある。


それを確信してしまった瞬間、
今まで遮っていたリオナの強大な殺気をまともに食らってしまう。


身の毛のよだつ殺気に
シキはリオナから手をはなしてしまう。


その瞬間、
目の前からリオナがいなくなった。


しまった、と思った時はもう遅い。


リオナはすでにフリットの首を捕らえていた。


一瞬の出来事に、フリット自身何が起きたかわからないようで。


もがくことさえ忘れていた。


「・・・な・・何が起きたッチョ」


[あれ・・・リオナか?]


その一部始終を目撃したナツとクラッピーは
呆然と、ただ少し震える体を隠すように抑えつけていた。


リオナはフリットを見上げると
睨むこともせず、ただ無表情に見つめた。


・・・そうだ。さっきのウィキはコイツが作り出したんだ・・・


『は・・・はなせぇこの怪物・・・!!!!!』


「・・・・お前か?あのくだらない夢を造ったのは・・・」


『はぁ・・!?お・・・おおお俺は知らねぇ!!』


「・・・・・嘘だ」


『本当だっての・・・!!!俺はただフェイターの言うとおりに・・・』


その瞬間
フリットの下に巨大な魔方陣が現れた。


その魔方陣は周りにいた敵たちにまで広がっていく。


その中にはクラッピーとナツもいた。


「ナツ!!クラッピー!そこから離れろ!!!!」


シキの怒鳴り声のような大きな声に
リオナに気をとられていた2人はようやく我に返った。


[やっばいっての!!!逃げっぞ!!]


「うわああぁぁあぁ!」


ナツはクラッピーを抱えて魔方陣から飛び出した。


それと同時に魔方陣が不気味に光りだした。


赤黒い光がフリットや周りの敵に襲い掛かる。


『やめろ!!やめろよ!!やめてくれぇぇ!!』


迫りくる死の恐怖にフリットは泣き叫ぶ。


そんな彼の願いも虚しく
呪文は発動された。


魔方陣からは漆黒の業火が吹き上がる。


悲鳴もたちまちかき消され
家をも燃やし尽くそうとしている。


シキは急いでナツとクラッピーを連れて外に飛びだした。


[ちょっと待てよ!!リオナがまだ中にいるだろ!!!!]


助けに戻ろうとするナツを
シキは止める。


「・・・リオナなら大丈夫だ。」


なぜなら
これは彼の"火"なのだから。


燃え上がる火を3人はただ見つめる。


リオナの業火が家だけでなく
村を燃やし尽くすにはそう時間はかからなかった。


















今まで知らなかった自分の闇


知らないふりをしていた自分の悪


でももう、
目を逸らすことはできない。




俺は昔から本を読むのは好きじゃない。


なぜ好きじゃないかと聞かれたら、
「興味がない」の一言で片付けてしまうだろう。


別に文字を読むことは嫌いじゃない。


ただ惹かれるものを感じないだけ。


けれど魔術の本なら何度でも読みたいくらい好きだ。


なぜならそれは自分の力になるから。


魔術の本は大魔帝国外にはなかなかない。


だから壊滅した時に
魔術に関する書物は世界からほとんど消えてしまったと思っていた。


でも俺が11歳の時のこと。
見た目によらず読書が好きなマーシャに付いて行ったダーク・ホームの書庫の奥のさらに奥に、
だいぶ傷んではいたが、魔術の本を見つけた。


さっきからいう魔術の本というのは"魔法大全集"のこと。


全部で17巻ある分厚い本。


それを見つけた時の、あの自分の中に沸き上がる歓喜に「俺も人間なんだ」と安堵したものだ。


俺は全ての魔法大全集を部屋に持ち込み、
暇になる度に開いては読み耽っていた。


2年もたてば全て読み終わっていて、
魔法の原理から何から何まですべての"知識"が頭に埋め込まれていた。


でも俺は知りすぎたのかもしれない。


知りすぎた俺の脳はそこから新たな知識を生み出し
そしてまたそこから知識を生み出す、まるで止まることを知らない製造マシーンのような働きを見せていた。


これはほんの一年前、
俺はふと頭に浮かんだ魔方陣を紙に書いてみた。


今まで魔方陣など書いたことも使ったこともなかったが、
その魔方陣が頭に張りついて仕方なかった。


この魔方陣が果たして魔術として成立するのか、もし成立するならどのような効果があるのか。


好奇心が俺を侵し、気が付いたらペンを片手に紙に書き込んでいた。


何かが起こる。


そう確信した。


そしてその確信は大当たりした。


魔方陣からは炎が上がり
一瞬にして部屋中を煙で一杯にした。


小さいながらにものすごい威力。


それから、俺は魔方陣が頭に浮かぶ度に紙に書き、効果を調べた。


初めは俺の脳ミソが次々に生み出す魔方陣の威力の危険性に気が付かなかった。


なんせ今まで描いてきたのは本当に小さい魔方陣だったから。


だけどこれを普通の戦闘で使うとしらたら?


恐らく
いや絶対に一瞬で人を殺めてしまうだろう。


"死の呪文"
いわゆる禁忌魔法だ。


選ばれた者たちにしか与えられない特別な呪文を。


俺は自ら禁忌魔法を生み出してしまったのだ。


数は十数以上。


もちろん禁忌魔法にはリスクがある。


呪文を発動させるたびに多大な魔力と命を削る。


そんな魔術など使ってはならない。


そう思って俺は記憶の奥底に沈めた。


けれどその記憶を呼び覚ますある出来事があった。


それは先日のダーク・ホーム戦。


アシュールへの憎悪が溢れた俺は
無意識にあの禁忌魔法を使ったらしい。


そのことに気が付いたのは
怪我が回復して少しあと。


戦いの痕跡を見に行ったら
そこに見覚えのある巨大な魔方陣の跡があったからだ。


そこにはマーシャとシキもいて。


マーシャは見たこともないくらい深刻な顔をしていた。


"どこでそんな禁忌魔法を知ったか知らねぇが、気を付けさせねぇと・・・アイツの身がもたねぇ。"


マーシャがため息混じりに呟いた言葉が俺の胸を締め付けた。


やっぱり知るべきじゃなかった。


マーシャに心配かけるくらいなら
魔術なんて知らないほうがよかった。


俺は再び記憶を奥にしまい込んだ。


だけど今


俺はまた罪を犯した。


怒りに身をまかせ、


パンドラの箱を開けてしまった。


しかも意識的に、
禁忌魔法を使ったのだ。


でも
後悔はしていない。


だってフリットが悪いんだ。


もうこの世にはいない"ウィキ"をあたかも生き返ったように見せて、しかも憎きアシュールが"ウィキ"を生き返らせたとデタラメまで・・・
これはウィキに対する冒涜だ。


許せない、これだけは許さない。


だから俺は禁忌の蓋を開けた。


人はそんな理由で使うなんてと思うかもしれない。


だけどおれにとってウィキは"すべて"であるから。


俺は命を削ってでも"ウィキ"を汚す奴は排除する。


これで俺はようやく
自分の中に潜んでいた"悪"を認めることができた気がする。



――――――快感だった。


リオナは燃え尽きたフリットの家を見渡す。


さっきまでそこにいたフリットやたくさんの敵は
すべて焼き払ってやった。


リオナは自分の手のひらと
その下の地面に刻まれた魔方陣を見つめる。


初めて目の前で見た禁忌魔法"死の呪文"の威力に体が震える。


恐怖?
緊張?
怒り?


いや、喜びだ。


確実に以前より威力を増している。


これならアシュールも抹殺できるはず。


もっと改良を重ねていけば・・・


「リオナぁぁぁぁ!!!生きてたッチョかぁぁぁ!!!!」


少し離れたところから
クラッピーの泣き叫ぶ声が聞こえて振り返る。


気が付けば近くまで来ていて
勢い良く抱きつかれた。


「リオナッ・・・!!」


力強く抱きつくクラッピーにリオナは苦笑を浮かべた。


「・・・心配かけた。ごめん。」


「ほんとだッチョ!!バカバカバカッチョォォ!!・・・あ、ごめんッチョ!!」


クラッピーはリオナから離れ
リオナの腹に目をやった。


腹の傷口を気にしているのだろう。


「・・大丈夫。なんか、元気でたから。あんまり痛くない。」


痛みよりも、今は喜びの方が上回っている。


だから痛みなんて全然・・・


[んなわけねぇだろこのバカ野郎!!]


すると今度はナツがこちらへやってきて
自分の上着をリオナの腹の傷にきつく巻き付けた。


[心配ばっかかけさせやがって・・・]


少し涙声になるナツに
リオナは嬉しそうに頭を撫でてやった。


「・・ありがとう。」


[むかつく・・。お前ホンットむかつく!!]


「・・はいはい。ところで・・・・」


リオナはナツの肩ごしにシキを見た。


シキはいつものように困ったような顔をしている。


あの顔を見るとなぜかホッとするのはなぜだろう。


「・・なんでシキがここに?」


シキはメガネを掛けなおし
いつものがり勉モードになった。


「色々わかったことがあってね。とにかく早くここを出よう。世界政府に見つかったら大変だ。」


その言葉で確信した。


「・・・やっぱり。世界政府に裏切られたのか。」


「ああ気付いたか。でも絶対誰にも言うなよ。モリン=クィーガには知らないフリをしてくれ。」


その言葉にナツが真っ先に反応した。


[なんでだよ。モリン=クィーガは世界政府の人間じゃねぇか。やっぱりあいつは俺たちダーク・ホームを潰しにきたんだ。もちろん追い出すつもりだろ?]


なぜだろう。
ナツの疑問型は脅しに聞こえる。


シキは厄介な奴に絡まれた時のように眉を寄せていた。


「いや・・・今はまだ追い出さない」
[なんでだよ!!]
「そうすぐに噛み付くなって。実はモリン=クィーガを利用してやろうと思ってな。あいつら世界政府は俺たちが真実を知っているとはまだ知らない。これから政府はモリンを使って俺たちをフェイターの手に落とそうとするだろう。それを逆に利用して俺たちが先手を打つ。」


いつもならもっと突っかかるナツの表情が不気味に歪んだ。


しかも楽しそうに口元が笑っている。


[ってことはだ。あいつらに騙されたフリしてコッチが騙し返す。イコール、世界政府を潰す。だろ?]


まるで戦闘狂のマーシャのような笑みを浮かべるナツに
シキは苦笑を浮かべた。


「まぁ・・・・・・ちょっと違うような気もするけど、ナツの想像に任せた。それより早く出るぞ。」


「さぁ〜帰るッチョ!!行くッチョリオナ♪」


クラッピーに手を引かれ
リオナたちは村を出た。


しばらくナツはこれまでの愚痴をシキに吐き出していた。


フリットや村の住人、謎の本や赤ずきんのこと。


[ホントむかつく奴らだった。あ・・・そう言えば、おいリオナ]


前を歩いていたリオナはナツに呼ばれて軽く振りかえる。


[お前、2回目に本に食われた時、どこに行ったんだ?]


一瞬思考が固まった。


答えてもいいものか、
でもなんとなく答えたくない。


「・・・よくわからなかった。」


曖昧な答えでナツが満足するとは到底思えない。


けれどナツは[ふぅん。]の一言だった。


なんだか嘘を見破られているような微妙な感情が沸き上がるのはきっと気のせいだろう。


いや、1人だけ
確実に見破った者がいた。


「リオナ、ちょっと話がある。」


シキだ。


シキは厳しい表情をしている。


「ナツはクラッピーと先に行け。ってリオナ・・・あからさまにそんな嫌そうな顔をするな。」


仕方なくナツと入れ替わる形でシキの隣に行く。


すると軽くシキに腕をつかまれ
鋭い目を向けられた。


「リオナ」


聞かれることは大体わかる。


「本の中で何があったかは聞かない。」


しかし予想ははずれた。


絶対に聞かれると思ったのに。


「でも、お前の様子が変だったのは・・・そのせいなのか。」


ああ、そういう事か。


シキは遠回しにこう言っているんだ。


"なぜ禁忌魔法を使ったのか"と。


リオナは小さい笑みを浮かべる。


「別に何があったわけじゃない。ただ俺の意志で、俺の判断でそうしただけの話。」


本当のことを言ったのに
シキは満足していないようで。


いつものように説教じみた声になった。


「リオナ・・・あの魔法は危険だとマーシャが言っていた。下手したらリオナの身体が」
「・・・それがなに?」


突然放たれたリオナの冷たい声音に
シキは一瞬息を呑む。


確かにいつもリオナは冷めているが、それと同時に温かさを持ち合わせていた。


でも今のはまるで人間味を感じさせない、むしろ狂気に近いモノを感じた。


「俺は大事な者を守りたかったんだ。俺はその為に戦ってる。」


「しかしだなリオナ・・」


「シキだってそうじゃないか。シュナを守るために命をかけたじゃないか。」


そう言われたら、何も言い返せない・・・。


シキは無力感に手を握り締める。


「・・・俺もシキと一緒だよ。守りたいものを守る、ただそれだけのこと。」


そう言ってリオナは先を歩きだす。


「お前はそれでいいかもしれない。でも・・・マーシャは・・・」


そのあとの言葉はリオナの耳に入ってこなかった。


シキが言わなかったのか
それとも俺がその言葉を拒絶したのかはわからない。


続く言葉はもうとうの昔からわかっているというのに。




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あきゅろす。
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