[携帯モード] [URL送信]

【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story94 厄介者の襲来



日も昇りはじめた明け方。


ビットウィックスは窓から差し込む光に背を向けた。


まだ意識が夢と現実との境をさまよっていた時、
耳にはっきりと誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。


「マスター・・!起きてください!」


こんな朝っぱらか一体誰だ・・・


ビットウィックスは嫌々体を起こす。


「騒がしい・・・シキか?」


早朝にもかかわらず
シキはいたっていつも通りの正装にさっぱりした表情。


唯一違うのはいつもかけている青ぶち眼鏡が無いことくらい。


眠くないんだろうか・・


未だに半分目が覚めていないビットウィックスに
シキの両手がビットウィックスの頬に添えられた。


「ちょっと失礼しますよ・・マスター。」


いつになく険しい表情のシキがいるのはわかる。


だがなぜ今いるのかが問題。


「シキ・・・私はまだ眠りた・・痛い!!!!」


急に両頬に痛みが走る。


シキが思い切りつねったのだ。


なんてヤツだ。


ビットウィックスの整った顔が歪む。


「何をするんだ・・。おかげで目が覚めてしまったよ。」


「目を覚まさせて差し上げたんです。寝てる場合じゃありませんよ・・・マスター。」


シキがこんな焦った表情をしているのは久々にみる。


でもよくよく考えてみると
いつもこんな顔をしている気もしなくもない。


「わかった・・話を聞くから。その前にコーヒーを淹れてくれ。」


ビットウィックスはお気に入りのコーヒーカップを持ち上げシキに渡す。


半ば無理矢理渡されたシキは
マイペースなビットウィックスにイラつきながら
仕方なくコーヒーをいれにいく。


そしてコーヒーをビットウィックスの前にダンッと力強く置いた。


「・・モリン=クィーガ様がもういらっしゃってます!!」


「・・!!!ゴホッ・・・ゴホッ!!!!なんだって?」


一口しか飲んでいないのに
思わずむせてしまう。


世界政府から送られてきた監視役という名の厄介者。


こんな朝早くから熱心なことだ。


「まったく・・迷惑な人間だね。」


ビットウィックスはクローゼットに向かい
服を着替える。


大体いつもラフな格好を好むのは
昔から色々な研究をするのに動きやすいし一番楽だったから。
未だにクローゼットの奥には白衣が残っている。


手にとって見てみれば
懐かしくて
また研究をしたくなる。


「・・マスター。まさかそれを着ていくつもりですか。」


「ダメかい?」


「ダメに決まってるでしょうが!!今日はちゃんとスーツでお願いしますよ!!」


そう言いながらシキはビットウィックスを押し退けてクローゼットをあさりだす。


一生懸命に探す姿があまりにも滑稽で
ビットウィックスは思わず笑ってしまう。


10分かけてようやくスーツらしいスーツを見つけたようだ。


シキは相当キレている。


まぁこれも日常茶飯事だが。


「ありがとう、シキ。」


「あなたっていう人は!!まともなスーツが無いんですか!!!」


「スーツはあんまり好きじゃないからね・・。すまない。」


苦笑を浮かべて謝ると
シキは呆れたようにため息をはいた。


「まったく・・今度スーツを新調しますから、ちゃんと着るようにしてください。」


「わかった。・・それでモリンは?」


「早速ダーク・ホームの見回りに行きましたよ。少しでもおかしな動きをすれば罰則を与える気でしょう・・」


それは困った話だ。


基本ここの者達は縛られるのを嫌う。


モリンのような男が厳しく取り締まってしまったら内乱が起きかねない。


「ここはひとまず私が強く念を押さなければな・・」


「そうしてくだされば助かります。」


ビットウィックスは立ち上がってコートを羽織る。


そして窓の外を見つめ
ため息をついた。


ムジカ・・
やっぱりマスターの座は荷が重いな・・・


心で弱音を吐きながら
シキと共に部屋を出た。














「リオナ〜!待ってッチョ!!!」


「・・あれだけ寝坊するなって言ったのに。」


《なんでコイツも連れてくんだよー!!》


「仕方ないだろ・・・置いてけば置いてったで大変なことになりそうじゃん」


少し霧のかかった黒の屋敷の庭。


リオナたちは墓地に向かっていた。


任務に行く前にムジカの墓参りをすることにしたのだ。


いつも週に2日くらい通っていたせいか
今では墓の場所もすぐにわかる。


《リオナ、今日は花いいの?》


頭の上に乗っていたB.B.が
不思議そうに首を傾げる。


墓参りをする時は毎回花を持っていっていたからだ。


しかし今回リオナの手には特に何もなかった。


「・・部屋に忘れてきちゃったよ。コイツが寝坊したせいで。」


親指でクラッピーを指差す。


するとクラッピーはすねたように頬をパンパンに膨らまし
リオナの左腕に引っ付いてきた。


「寝坊したのはリオナの責任だッチョ!!!!」


「なっ・・・俺は何回も起こしたんだぞ!?はなせ!!おいてくぞ!?」


「イヤイヤー!!嘘だッチョ〜!!!ごめんッチョ〜!!」


「・・・このお調子者が。」


リオナはクラッピーを半分引きずるように歩き続ける。


《じゃあさ、オイラがあっちの花壇から取ってきてあげようか!》


どうしたものか、
最近クラッピーと出会ってからB.B.が一回り成長したような気がする。


昔はあんなにイタズラ大好きだったのに。


つい表情が緩んでしまう。


「・・いいのか?じゃあ先に行ってるから頼んだ。」


そう言うとB.B.はリオナの頭を離れ
すーっと飛んでいった。


すると今度は今まで引きずられていたクラッピーがピョンと立ち上がり
さらに不満そうな顔をした。


「リオナ不平等だッチョ。」


「・・なにがだよ?」


半分ため息混じりに返答する。


「なんでウサぴょんには優しいッチョか!」


「それは・・B.B.がいい子だからだよ。」


こんなことB.B.の前では口が裂けても言いたくないが。


クラッピーにははっきり言わないとわからないだろう。


「ボクちんだっていい子だッチョ!!!!」


「・・いい子は自分でいい子とはいわないの。」


「むうぅ!」


クラッピーはフンと鼻をならしてズンズンと先に歩いていってしまった。


リオナはクラッピーがなぜそこまで怒るのかがわからず、
なんだか可笑しくてクスクス笑う。


しかし墓が近づくと
クラッピーはなぜかムジカの墓より少し離れた木の影に隠れていた。


「・・今度はかくれんぼか?こーゆーことしてるからお前は」
「しーッだッチョ!ムジカのお墓見るッチョ!!!」


クラッピーはリオナの口を押さえながら
必死にムジカの墓を指差している。


一体何事かとリオナは嫌々ムジカの墓に顔を向ける。


「・・・な」


リオナは目を見開き眉を寄せる。


なぜならそこにはナツ=キャロルがいたからだ。


「・・なんであいつが?」


急に気分が悪くなってきた気がする。


どうしてナツがムジカの墓にいるのか・・・。


ムジカと知り合いだったのだろうか。


そんな話一度も聞いたことが無い。


「どうするッチョ・・!?」


「どうするもこうするも・・・・って、あ・・・」


気が付けば
ナツがこっちを見ているではないか。


完全に気付かれた。


リオナは仕方なく
クラッピーを連れて木の影から体を出し、
小さく頭を下げてから踵をかえして来た道を戻ろうとした。


だがその時。


[おい・・ちょっと待て。]


ナツの声にリオナはピタリと足を止める。


ゆっくり振り返ると
ナツがこちらに歩いてきていた。


ナツはリオナの前までくると
頭を掻きながら目を泳がせた。


[その・・えと・・・]


ナツの表情がだんだん赤くなっていく。


[昨日は悪かった・・。ごめん。]


「・・!」


突然の謝罪にリオナは唖然とする。


絶対に自分の非を認めないタイプだと思っていたのに。


あっけなくナツのイメージが崩れていく。


驚きでただただ口をあけているリオナを見て
ナツはさらに顔を真っ赤にさせていく。


[な・・なんか言えよ。]


「・・え、なんかと言われても・・・」


リオナは困って誰かに助けを求めるように後ろを振り向くが
援軍はアホヅラをかましているクラッピーのみ。


仕方なく前に向き直り
ナツを見る。


その顔は恥ずかしさで一杯だが
真剣そのもので。


でも何だか疑わしい。


なぜ突然謝罪なんて・・・


嫌な予感がする。


けれどそんなことを考えている自分が大人気なかった気がし
同じように顔を赤くした。


「・・・俺も悪かったよ。ケチ付けたりして。」


少し気にしていたのは確かだ。


あんな嫌味ったらしい言い方をして嫌な気分にならないはずが無い。


だから今謝って少し気分が楽になったような気がする。


リオナが謝罪すると
ナツは顔を横にふりながら苦笑を浮かべた。


[お前は悪くない。俺・・性格悪ぃから、さ。]


まさかのカミングアウトに
リオナも苦笑する。


「・・それお互い様だから。それに自分で言うだけまだ改善の余地あるし。」


[それ言えてる。]


「・・あ、そこ自分でいっちゃダメだろ。」


[そっか。]


リオナとナツは思わずクスクス笑う。


笑ってる途中で気が付いた。


こいつ・・・いいやつかも。


"リオナなら絶対気が合うから"


ふとあの時のマーシャの言葉が頭に響き、
思わず口元を押さえる。


あーあ・・・後でマーシャに謝らないと。


「・・・つうか出発しなきゃ!」


時間がやばい。


「・・いくぞクラッピー。じゃあまた。」


クラッピーの手を取り
走りだそうとした瞬間。


[な、なぁ!]


「・・?」


ナツに再び呼び止められて
バッと振り返る。


[あー・・っと、えー・・・]


「なに?」


リオナはどもりだしてしまったナツを急かすように問いただす。


[お、俺も行く、よ・・・]


「・・え?」


何を言いだすかと思えば・・・


リオナは少し驚いて目をパチパチさせる。


[俺もその任務に付き合ってやるって言ってんだ・・!]


任務、ね・・


リオナはわざとらしく顔をニヤつかせる。


「・・あれ?たしか俺が今から行くのは"ただのくだらないお使い"じゃなかったっけ?」


その言葉にナツは一気に顔を赤くさせた。


[くだらないまでは言ってねぇよ!!それにそれはさっき謝っただろ・・]


「冗談だよ。ごめん。」


ちょっとからかいすぎたかもしれない。


リオナは反省し、
片手をナツにさしだした。


「知ってるだろうけど・・リオナだ。よろしく。」


するとナツもリオナの手を握り返した。


[ナツだ。よろしく。]


あっという間に仲直りしてしまったそんな2人を
クラッピーはリオナの背中からまるでナツに怯えるように覗いていた。


「リ・・・リリリリリリオナ大丈夫だッチョか!?」


「・・大丈夫だよ。ほらあいさつ。」


リオナは無理矢理クラッピーを前に出す。


「何するッチョォォォ!殺されるッチョォォォ!!!」


半泣きのクラッピーに
リオナとナツは呆れた顔をする。


[コイツ誰・・?]


「・・クラッピーって言うんだ。たぶん噂には聞いてると思うけど、時天大帝国の王子の側近みたいなの。まぁ・・一応王子の兄貴なんだけど。」


[ああ、人形に魂吹き込んだって奴か。]


そう言ってナツは目の前のクラッピーの隅から隅までを見回す。


「そんなに見るなッチョ!ははは恥ずかしいッチョ!!!」


[いや、フツーの人間だなって。]


「ボクちん有能だから何でもできるッチョ♪」


するとクラッピーはリオナを振り返り
耳元でこそこそ呟いた。


「ナツがボクちんのこと誉めてくれたッチョ!いいヒトだッチョなぁ〜」


なんてポジティブな奴・・・


羨ましいようなそうでもないような。


リオナは複雑な思いを抱く。


「あれ?そう言えばウサピョンはまだッチョか?」


「・・そう言えば、遅いなぁ。何やってるんだろ。」


リオナは後ろを振りかえる。


少し離れたところに黒の屋敷が見える。


しかしB.B.の姿は見えない。


「仕方ない・・・探しに行くか。」


[ちょっと待て!]


ナツに止められ
リオナは訝しげな表情を浮かべる。


「・・え?」


[アイツだ・・!!]


「・・は?」


ナツはリオナの前に乗り出し
黒の屋敷の方を指差す。


するといつの間にあらわれたのか、
向こうからこちらに向かってくる者がいた。


黒いスーツを着て
七三の髪型にふちなしメガネ・・・


リオナはハッとして口を開く。


「・・モリン=クィーガ」


写真の通り1ミリのズレもない。


見た目からして完璧主義な男。


[こっちに来てるし・・!]


ナツも嫌なのかあからさまに顔をしかめている。


気付かないフリして通り過ぎようか。


そんなことを考えていたら
あっという間にモリンが目の前までやってきていた。


逃げられない。


「おはようございます。リオナ=ヴァンズマン君とナツ=キャロル君。」


すでに名前まで覚えられているとは・・・


嫌な汗がじわじわ出てくるのを感じる。


「ダーク・ホームの最終兵器にして問題児のお二人に出会えるとは。」


最終兵器・・?


それにしても問題児とは聞き捨てならない。


[俺たちは問題児でも兵器でもねぇ!!人型悪魔をなめるなよ!]


人型悪魔って・・・


まぁ確かにそうなんですけど・・。


「人間から悪魔に進化した貴重な人材じゃないか。僕は誉め言葉として言ったんだが。」


"問題児"発言はどう考えても嫌味だろう。


出会い頭からこんな嫌な思いをさせられたのは今まで出会った敵ですらいなかった気がする。


[てめぇ・・黙って聞いてればそんなこと言いやがって・・・]


ナツはすでに頭に血がのぼったようで、殴りかかる気満々だ。


それをみて
リオナも若干後押ししたくなるが
そこは我慢してナツを止めた。


「・・やめろナツ。そんなの相手にしても体力の無駄だよ。」


[・・・!?・・・まぁ、確かにな。]


リオナの嫌味が気に入ったのか
ナツは手を下ろした。


「・・俺たち、これから任務なんで。それにB.B.探さなきゃならないし。じゃあまた。」


リオナはクラッピーとナツの手をひきながら
モリンの横を通り過ぎようとした。


「探す必要はない、リオナ=ヴァンズマン君。」


「・・は?」


モリンの意味ありげな言い方に思わず足を止める。


「・・・どういうことだよ?」


「君は悪魔であるB.B.を探しているのでしょう?彼なら今ごろ天上界にいるでしょう。」


「天上界・・・・・・・・天上界!?」


驚いてモリンを振り返る。


天上界は悪魔の故郷。
決して人間が足を踏み入れることはできない悪魔の領地。


「・・なんでB.B.が天上界に!?」


「僕が先ほど彼とお会いいたしまして、僕が送り返してさしあげたんです。少々手荒でしたがね。」


貼りつけたような笑みがムカつく。


というかどういうことだよ。


「・・なんで天上界にB.B.をやったんだよ!意味わかんねぇ・・・」


「意味がわからないなら説明して差し上げましょう。彼を天上界に送り返した理由はただ1つ、契約者がいないからですよ。」


モリンはメガネを上げてレンズ越しにリオナを睨む。


「悪魔には力を発揮するために人間の体が必要です。そのために悪魔は人間と契約をしますが、彼にはその契約した人間がいない。」


「・・俺がアイツの契約者だ!!!!!」


リオナが珍しく声を張り上げてモリンの胸ぐらをつかみあげる。


しかしモリンは微動だにせず
むしろ余裕気な笑みを浮かべた。


「リオナ君、君はもう彼の契約者じゃない。」


「・・そんなことない。」


「何を根拠に?だって君はもう、悪魔じゃないか。人間じゃない。」


"リオナはもう、人間じゃなくて悪魔なんだ・・"


その言葉をこの短い期間に何度聞いたことか。


聞くたびに
自分の真っ赤に染まった瞳をえぐりたくなる。


別に悪魔になったことが嫌なわけじゃない。


だって・・ムジカが残してくれたものだから・・


でも、人間ではなくなってしまった自分が・・B.B.の器で居られなくなってしまった自分が許せないんだ。


「・・・そんなことアンタに言われなくてもわかってる。」


真っ赤な瞳をぎらつかせ
リオナはモリンを睨みあげる。


「・・・でも俺が悪魔になったって、B.B.の契約者はこの俺だ。他のヤツに譲る気はない。」


初めてモリンの眉が歪んだ。


モリンは目を細め
リオナを見据える。


「ほう・・。しかしそれは君の独断だ。ダーク・ホームのマスターであるビットウィックス君がなんと言うか・・」
「そのことなら問題ないよ、モリン。」


一瞬
場の空気が止まった。


透き通るような声の主は
軽い足取りでリオナとモリンの間に入ってきた。


「・・・ビットウィックス・・それにシキ・・」


ビットウィックスの後ろにはシキがいて
一切感情をださない無表情である。


「おはようリオナ、ナツ、ピエロくん。そして初めまして、モリン。」


爽やかすぎて気持ち悪いくらいの笑顔を振りまいているビットウィックスに
モリンは怒りに顔を赤く染めた。


「それでもダーク・ホームのマスターですか!?なぜヴァンズマンの肩をもつのですか!!」


モリンの意外すぎるほど大きな声に耳がジンジンする。


けれどビットウィックスは何食わぬ顔でモリンを見つめている。


「別に私はリオナの肩を持っているわけではない。モリンは知っているかい?B.B.が膨大な力を秘めた悪魔だってことを。」


「バカにしているのですか!?僕はダーク・ホーム全員のステータスくらい把握している!!」


「ならわかるだろう?B.B.の力を最大に発揮させることができるのがリオナなんだ。たとえリオナが悪魔になってもね。モリン、悪魔は道具じゃない。武器でも盾でもない。感情を持った生き物なんだよ。」


まるで子どもに諭すようにビットウィックスは話す。


だがそれが逆効果だったのか
モリンはもう爆発寸前だ。


「だったら・・!!!こういうのはどうでしょう!?」


モリンはリオナを勢いよく指差す。


「今回の任務は確か、森羅大帝国が隠したローズ=ソウルの隠し場所が示された本をとってくる、というものでしょう?そんな任務だったら誰でもできます!!!」


「・・・。」


バカにされたようでなんだか腹立たしい。


「もし、そのローズ=ソウルを手に入れることができたらB.B.をあなたに返しましょう!!!」


「な・・・!?」


とんでもないことを言われた気がする。


リオナの頭に最初に浮かんだ言葉は「無理」。


フェイターですら苦労しているものをそう簡単に見つけられるワケがない。


リオナの顔に焦りが見える。


その表情を見て
モリンは逆に満足そうに笑った。


「おや?最強の悪魔を従える者がなぜそんなに狼狽えていらっしゃるのか。」


カチン。


自分の中にある何かが音を立てた。


身体中が熱くなる。


「・・わかった。持って帰ってくればいいんだろ?」


「おいリオナ・・!!」


今まで黙っていたシキが焦ったように前に出てきた。


「バカを言うんじゃない!ローズ=ソウルがそう簡単に手に入るわけないだろ・・!?危険だ!」


「・・わかってるよ。でもB.B.をコイツが納得するかたちで取り戻さなきゃ・・俺の気持ちがおさまんねぇよ!!」


リオナの赤い瞳がより一層燃える。


そんなリオナを見て
シキは「まったく・・・」と呆れながら首を振った。


「・・約束だからな?モリン=クィーガ。」


「もちろん。ただし失敗したら永久に離れ離れだ。いいかな?」


「・・・・・ああ。」


「それでは僕はまだ仕事がたくさん残っているので。マスター、お先に失礼。」


モリンはビットウィックスに頭を下げると
足早に去っていった。


その後ろ姿は自信に満ちあふれていて
本当に嫌なヤツだとリオナは舌打ちする。


「本当にいいのかい?リオナ・・」


するとビットウィックスが複雑な表情を浮かべてリオナを見ていた。


心配かけてなんだか申し訳ないが
決めたことだから。


「・・まぁ全力で頑張ってみるよ。ナツもいるし。なぁ?」


[・・・・俺行きたくなくなったんだけど。]


ナツは今にも唾を吐き捨てそうなくらい不機嫌な顔をしている。


そりゃあそうだろうな・・
危険が増すし。


リオナは少し残念そうに
ため息をつく。


「仕方ないよな・・じゃあ俺1人で」
[バカ、冗談だよ。]


冗談だよと言いながらもなんだか不機嫌そう。


まぁ、誰だって嫌だろ。


「リオナ・・」


するとシキがリオナの横に来て
なにやら渋い顔をしている。


そして小声で呟いた。


「・・・それでもコイツも連れていくのか?」


シキの指がクラッピーに向けられる。


指差されたクラッピー自身は不思議そうに首を傾げている。


確かに・・・・困った。


ただのお使いが命懸けの任務に変わってしまったのだから。


「・・・今更連れてかないとか言ったらクラッピー怒るだろうな。」


そしたらきっとクラッピーのヤツ暴れ回って
またマーシャに負担をかけそうだ。


リオナはしばらく黙って考え込む。


すると悩みの元凶のクラッピーがリオナの顔を下から覗いてきた。


しかしクラッピーの表情はいつものおちゃらけた顔ではなく
どこか哀しげな顔をしていた。


「ボクちん・・・やっぱり邪魔ッチョか?」


「・・!?いやそういうことじゃなくてさ・・・・」


困ったものだ。
こういうことだけには敏感なんだから・・・


「ボクちん・・・絶対リオナの足手まといにはならないッチョ・・!ボクちんにはクロノスの力が半分あるッチョ!!」


クラッピーの言葉に少しだけ苛立ちがみえる。


「・・だから、俺はお前を危険な目にはあわせたくないんだよ。」


「覚悟ならあるッチョ!!!!」


すると次の瞬間、
クラッピーはどこから取り出したのかナイフをリオナ目がけて飛ばした。


とっさの出来事に
リオナは思わず手を顔の前に出す。


しかししばらくたっても痛みがなく
ゆっくり手を下ろした。


よく見ればナイフはリオナに刺さるか刺さらないかの瀬戸際でピタリと空中で止まっていた。


クラッピーがナイフの時を止めたのだろう。


・・・びっくりした。


心臓がまだ激しく脈打っている。


「ボクちんは強くなりたいッチョ!!クロノスの半身として!それにマーシャや皆にも認められたいッチョ!!!」


クラッピーの額に汗がにじんでいる。


「・・・」


なぜだろうか・・・


凶器を向けられているのに
恐怖心が一切わいてこない。


むしろなんだか嬉しい。


クラッピーが意外なほどに戦闘能力に長けていることに
なんだか口元がほころびそうだ。


コイツはつかえる。


リオナは両手を上げて
首を横に振った。


「・・・俺の負けだよ。クラッピー。」


そう言えば
目の前にあったナイフは音を立てて地面に落下した。


そしてそれと同時に
クラッピーも地面に膝をついた。


「よ・・・よかったッチョ〜!!リオナに刺さらなくて」
「・・・そっちかよ!!!!」


もしや下手したら、俺、死んでた?


考えるだけでゾッとする。


「・・・ってことだから、3人で行ってくるよ。マーシャには・・・」


リオナはシキに目を移すと
シキは呆れたようにため息をついた。


「"マーシャには内緒に"だろ?まったくお前は・・・。というか本当に大丈夫なのか?マーシャに心配かけたくないのはわかるが自分の身の心配をしなさい。」


「・・ありがとうシキ。大丈夫だよ。」


リオナは笑顔を見せるが
シキはますます渋い顔をする。


まぁ、それがシキなのだが。


「・・・それじゃあ、行ってきます。ビットウィックス、必ずローズ・ソウルとって帰ってくるから。」


「あまり無理してはいけないからな・・。気を付けて。」


ビットウィックスと握手を交わし
背を向ける。


B.B.・・・絶対迎えに行くから


リオナは心に刻むように唱え
歩きだした。











「大丈夫かリオナは・・・」


シキは遠ざかるリオナの背中を見ながら
不安をこぼす。


しかし隣にいるビットウィックスはなぜか微笑を浮かべている。


「恐らく大丈夫だろう。リオナのああいう心意気、好きだな。」


「それは確かに尊敬すべきことだが・・・ローズ・ソウルを手に入れるなんて無理だ。それにリオナは・・・フェイターに狙われているんだ。」


シキはマーシャの話を思い出す。


フェイターの総指揮をとっているアシュールという青年が
どんな目的だが不明だがリオナを欲しがっている、と。


「それはわかっているよ、シキ。だからナツをリオナに付けたんだ。」


ビットウィックスの言葉に
シキは少し睨むように眉をひそめる。


「それは"仲間"として?それともリオナが裏切らないよう"監視役"としてか?」


「両方だよ。ナツには仲間としてリオナと一緒に行ってもらった。・・説得に困ったけどね。でも、念のために言ってあるよ。もしフェイターがリオナを奪いに来たら、"命をかけてリオナを守れ。けれど万が一、リオナが裏切ったり不審な動きをするようなら、リオナを殺せ。"とな。」


本当にそんな命令をだしたのか・・?


怒りが込み上げてくる。


シキは怒りを抑えるように拳を握り締める。


しかしどうしようもなくあふれ出てしまう。


「リオナはそんな子じゃない・・・!!!疑うくらいなら任務なんか与えるな!!!リオナはお前を信用してるのになんでお前がリオナを信じてやらないんだ・・・!!!!」


シキの怒鳴り声もよそに
ビットウィックスは冷静な顔をしている。


「信じているよ。これは彼のためでもあるんだ。道を誤らないように、ダーク・ホームの一員としての志を忘れさせないように。リオナを守るためなんだ・・・」


「何が守るためだ・・・!!!リオナは気が付くぞ・・・ナツがなぜ付いてきたか・・・!!もしあの子を傷つけるような事をしたら許さないからな・・・マーシャも俺も・・・」


シキはもう一度ビットウィックスを睨み
スタスタと黒の屋敷に戻って行った。


「・・・また怒らせてしまったか。」


そんなシキを見ながら
ビットウィックスは苦笑を浮かべる。


悪気はない・・・
ただ、これはダーク・ホームのマスターとして
仕方ないことなんだ・・・


「・・・・許してくれ、リオナ。信じているよ・・・必ず帰っておいで・・・」


風が一層冷たくなった気がした。






[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!