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【完結】 Novel〜Lord's Soul〜
story88 崩れゆくもの 儚し




音をたてながら



また



何かが崩れていって。



その反動で動きだしてしまった歯車は



だれにも




止めることはできない。
















悲鳴が聞こえた。


それはちょうど赤の屋敷が見えてきた頃。


リオナとマーシャは思わず足を止めた。


「・・何だ?」


静かな森に響き渡った突然の悲鳴にリオナも眉を寄せる。



「確実に言えるのは、怪物の声じゃないってこと。」


《それくらいわかるのだぁ!!》



むやみに飛び出すのは危ない。


だが、この場所からは何が起こっているのかが全くわからない。


「音をたてるな。ゆっくり近づくんだ。」


マーシャは体を低くし
小さくつぶやく。


リオナとB.B.もそれに頷き
姿勢を低くした。


悲鳴がした方にはキャロル達の話が本当なら、
ビットウィックスとシキ、
おそらくシュナとムジカもいるはず。


さっきの悲鳴は誰のものか定かではない。


もしやビットウィックスがムジカに何かをしたのだろうか?


そしたらあの悲鳴は・・ムジカのもの。


「・・・・ッ」


冷静にならなければいけないことくらいわかっている。


それが命にかかわることも。


だけど
嫌な予感が止まらないんだ。


「・・・ムジカ!」


気が付けば立ち上がって走りだしていた。


「あ、おいリオナ!・・・ったく。こーなると思ったぜ。」


マーシャは呆れて肩を上げるも、リオナの後を追った。


赤の屋敷が近づくにつれ
鼓動が早くなる。


だんだんと視界が開けてきた。


人影が無数に見える。


あれは・・・


シュナとシキだ・・・。


「・・シキだ!よかった・・・」


生きてる・・・


安堵のため息がもれる。


だがすぐに
横にいる人物を見て血の気が引いた。


その人物はビットウィックス。


彼が今も立っているということは、まだ戦いは終わっていないということか。


「・・・あいつ、ぶっ倒して」
「ストップ。リオナ待ちなさい。おらよっと!」
「な・・・マーシャ!」


勢いづけてビットウィックスを倒しにいこうとした矢先、
マーシャに無理やり抱えられ、止められた。


「まだビットウィックスが・・・!!」


「よく見てみろ、リオナ。なんだか様子が変だって。」


「は・・・?」


マーシャに抱えられたまま
リオナは顔を赤の屋敷に向ける。


「・・・・」


確かに、様子がおかしい。


シキとビットウィックスが、
何か怒鳴っているのは明らか。


だが、
2人とも視線が同じ場所に集まっている。


まるで同じ獲物を狙っているかのように、
斜め上を見て怒鳴っている。


そしてシキの後ろでは
なぜかシュナが震えている。


「・・・まって」


おかしい・・・


「リオナ?」


「・・・ムジカがいない」


シュナがいてムジカがいない。


どうして?


ドウシテ?


「リオナ、あそこの木の上に誰かいる。見えるか?」


マーシャが指差すのは
シキとビットウィックスの視線の先。


「・・・見えない。全然見えない・・!」


焦りが募り
今にも走り出しそうになる。


そんなリオナの肩を
後ろからマーシャがガッチリ押さえて落ち着かせる。


「離せよマーシャ・・・!!」


「少し待て!なんだか嫌な感じがすんだよ!あの殺気、ただ者じゃねぇよ!」


マーシャの額に汗がにじむ。


この張り詰めた空気。


ムジカのものじゃない。


この感覚・・・


「11年前と全く違いねぇ・・・・!!」


マーシャはギリッと唇を噛む。


大魔帝国が崩壊したあの日。


確かに感じたおぞましいほどの殺気。


はじめて、恐怖を覚えた。


「・・・・ホントだ・・・」


「リオナ?」


すると突然
リオナの肩が小刻みに震えだした。


手で額を押さえ付けている。


「・・・俺も・・・・覚えてる。・・・・この殺気・・・何でだ・・・?・・・11年前の・・・あの日のことは・・・全然覚えてないのに・・・・」


カタカタ震えるリオナを
マーシャはそっと抱き締める。


だがその瞬間。


ドサッ・・・ドサッ・・・


鈍い音がした。


リオナはバッと顔を上げる。


「・・・・っ!」


たった数秒で光景が変わっていた。


シキとシュナ、ビットウィックスまでもが地面に倒れている。


しばらくしてもビクとも動かない。


何が・・・あったんだ?


リオナは息を呑む。


しかも次の瞬間。


「シキ!シュナ!お兄さまぁぁ・・・・!!!!!」


今度ははっきりと聞こえた。


ムジカの声が。


リオナとマーシャは同時に走りだす。


武器を取り出し
茂みから飛び出した。


「――――――」


一瞬
音がなくなった。


すべてが
静かに見える。


木の上には
確かにムジカがいた。


頬が涙で濡れている。


怖かったのか?
怖かっただろう・・・


早くあの涙を拭ってやりたい。


この腕で
もう大丈夫だからって
抱き締めてやりたい。


でも
それを阻む者がいる。


ムジカを羽交い締めにする男。


白装束からフェイターだとわかる。


だが、
あの黒い髪と紫の瞳・・・


そして張りつけたような不気味な笑顔。


自然と
体が強ばる。


初めて会うはずなのに・・・


初めて・・・


「クスクス・・・・・アハハハ!!!!」


突然声を出して笑いだした男を
リオナとマーシャは睨みあげる。


「何がおかしい・・・・!!ムジカをはなせ!」


「おかしい?クスクス・・ごめんねリオナ。あんまりにもうれしくってさ。」


「・・・!?」


まただ・・・


やっぱり
俺の名前を知ってるんだ・・・


「またこうやって3人で会えるなんて。夢みたいだ・・・」


うっとりとした顔で
男は隣にいた黒いコートを頭からかぶった人物を引き寄せた。


「・・・3人?」


「そう。俺とリオナとこの子。この子ちょっとまだ記憶が曖昧だからわかんないかもしれないけど。・・・あ、それはリオナも同じかな?だって俺が誰だかわからないもんねぇ?クスクス・・・」


何を言っているのか・・・さっぱりわからない。


こんな奴ら・・・知らない。


知らないのに・・・・なんだか不思議な感じがする。


こんなこと思いたくないのに・・・


・・・この男が
俺のことを・・・俺より知っている気がしてならない。


その瞬間、
頭痛がした。


頭が割れるくらいの頭痛が―――


「ぅ・・・・・・・!!!!!!!!」


頭が、
真っ白になる。


視界も・・・すべて・・・・








・・・・・・・!


気が付けば
目の前の景色が変わっていた。


真っ白い世界から一変、
目の前が火の海。


ここは・・・どこ?


マーシャは?
B.B.は?
ムジカは?


振り返れば
また景色が変わった。


大きな部屋・・・・豪華な装飾・・・


どこかの王室・・・?


知ってる・・・ここ・・・知ってる。


どこだかわからないけど・・・知ってるんだ・・・。


"ひどいよ、リオナ。"


・・・!?!


声が聞こえた。


膝の上から。


恐る恐る下を見る。


そこにいたのは


血まみれの・・・・もう1人の俺。


いや・・・


違う。


・・・ウィキだ。


"僕を1人にするなんて。"


ウィキ・・・・


"ねぇ、約束、覚えてる?"


気が付けばウィキはいつの間にか俺の後ろに立っていて・・・・


その横には・・・・
あの男・・・


2人が笑って言ったんだ・・・


"リオナの世界に・・・会いに行くよって。"


目の前が歪んでいく・・・


・・・覚えてる。


いや・・・思い出した・・・。


ウィキと俺の・・・約束。











「リオナ!!!!」


「・・・・!!!」


目を開けたら
マーシャの顔があった。


必死に俺を揺すっている。


「リオナ!?リオナ!!!」


リオナはマーシャの手から逃れ
ゆらゆらと立ち上がる。


虚ろな目で
男を・・・いや、
隣にいた黒いコートの人物を見た。


「・・・・・キ・・」


「おいリオナ!!」


マーシャの声も届かないほどに
手を伸ばす。


「・・・・ウィ・・キ・・・・・」


ウィキ・・・・約束が本当なら・・・・


しかしそこでピタリとリオナの動きが止まった。


瞳にも
生気が戻っていく。


「あ・・・俺・・・何して・・・」


リオナは訳がわからなさそうに自分の手を見つめる。


なぜ手を伸ばしているかがさっぱりわからない。


「マーシャ・・・俺・・・」


少し動揺して
マーシャを振り返ろうとした。


だがそれより早く
マーシャがリオナの前に出た。


「おいてめぇ!リオナに何した?」


男に向かってナイフをかまえる。


「クスクス・・・リオナが何にも覚えてないみたいだから。ちょっと、イタズラしちゃった。」


「いたずらだと?ふざけんな。・・・あー。ようやくわかったぜ。お前か、アシュールとかいう変態は。」


「君に言われたくないよマーシャ=ロゼッティー。本当に君は邪魔だ。今すぐ消してやりたい。でもそれは兄さんに悪いから。」


「へぇ、意外と兄貴想いなんだ。ますます気に入らねぇ。」


マーシャは大量のナイフを取り出し
巨大な鎌に変える。


それを大きく一振りし
アシュールたちの木を切り裂いた。


「乱暴だね。この娘が怪我していいの?」


いつの間に移動したのか
アシュールたちは真後ろの木にいた。


「よくねぇよ。離せ。人質なんて卑怯な手使いやがって。」


「卑怯?クスクス。そんなことないよ。この娘は俺の獲物なだけ。ローズ・ソウルが欲しいだけ。」


その言葉に
ようやく正気を取り戻したリオナが反応した。


「・・・ムジカは関係ない!!!はなせよ!!」


リオナは地面を蹴り上げ
一気にアシュールとの距離を縮める。


そして思い切り拳を振り上げ
顔面狙って腕を突き出そうとした。


だが


「リオナに攻撃されるなんて、ゾクッとするよ。」


「・・・ぅぁ・・・・ぁぁ!!!!」


あと数センチという所で
地面に叩き付けられた。


後からになって痛みがわいてくる。


アシュールはそんなリオナを
まるで愛しいものを見るような目つきで見下ろす。


「そうだよ・・その顔だよ!!俺が見たかったのは!!」


「・・・・うる・・・さい!!ぁあッ・・・!!!」


再び
頭痛がリオナを襲う。


「リ・・・リオナ!!!」


ムジカの泣きそうな声が聞こえる。


名前を呼ばれるたびに
頭がひどく痛む。


助けないと・・・ムジカを・・・・


痛む頭を押さえながら立ち上がろうとした時。


素早くマーシャが前に出た。


巨大な鎌を振り回しながら
アシュール目がけて飛んでいくのがぼんやり見える。


だが


ズッ・・・・ダァァァァァァン!!!!!


もの凄い音と強い地鳴りがした。


《マーシャぁ!!!》
「・・・!!」


すぐ横で
マーシャが倒れている。


頭から、
血が流れ出て・・・・


あのマーシャが


「・・・マー・・シャ・・・!!!」


「安心してよ。彼は兄さんの獲物だから。絶対に殺しはしないよ。」


なんて奴だ・・・


リオナの拳が震える。


「・・・人間を・・・なんだと思ってるんだ・・!!!」


リオナはB.B.を呼び寄せ
一体となる。


漆黒の瞳を真っ赤にさせ
再び地面を蹴った。


瞬時にトランプで長剣を作り出し魔力を込める。


そして一瞬でアシュールの背後に周り
長剣を振りかざした。


しかし
うまくかわされ
アシュールはムジカを抱えたまま、また違う木へと移動する。


「あー危なかった。ビックリするじゃないかリオナ。そんなに痛め付けられたいの?」


「この死神が・・・!!」


リオナは魔力の塊を次々に飛ばすが
すべて避けられてしまう。


まるで先を読まれているかのように。


「死神ね。いい名前だね。気に入ったよ、リオナ。」


「気やすく呼・・・・・・ア゙ア゙!!!」


突然、身体中に電気が走ったように頭から痛みが広がる。


何が原因だかわからない。


ただ
アシュールと目があうたびに
頭が割れるくらいの痛みが走る。


《リオナ!!》


B.B.は中から飛び出し
落下していくリオナの体を支える。


しかし
今度はB.B.に標的が向いた。


「邪魔だよウサギさん。リオナに気やすく触るな。」


《ギャッ!!!!》


ダンッッ!!!


B.B.の体が地面で跳ねる。


「B.B.・・・・・・!!!!!!!!ぁぁ・・・!!!」


地面で倒れるB.B.に手を伸ばそうとするが
頭に強烈な痛みが走る。


体を捩るが
痛みは消えない。


「リオナ!!もうやめて・・・!!!」


ムジカの声が・・・聞こえる。


立たなくちゃ・・・立たなきゃ・・・


「無理だよリオナ。痛いでしょう?だって普通ならマーシャ=ロゼッティーみたいにぶっ倒れちゃうもんね。クスクス・・・」


力が入らない・・・


身体中の力が抜けて・・・


「・・・ゥ・・ァ」


体がうつ伏せに地面に倒れる。


必死にムジカに手を伸ばすが
届かない。


「・・ム・・・・・ジカ・・・・」


ムジカが・・・何か言っている。


助けて?


違う・・・



そんなこと・・・言うなよ・・・




"もう、大丈夫だから"



そんなこと
言わないでくれ・・・



「・・・ムジ・・・カ・・・ムジカッ・・・」


視界が曇ってゆく。


ただ見えるのは


不気味に笑う
アシュールの顔。


「ねぇリオナ。そんなにムジカが大事?」


この表情・・・


前にも見たことがある・・・


「や・・・めろ・・・」


「大事なんだ?愛してるんだ?だったらさ・・・」


何もかもを・・・奪われたあの日に・・・


「やめ・・・やめろ・・・・・やめろぉ・・!!!」


「全部、消してあげる。」













時が

止まった。


でも


空と風と木々と


アシュールだけが


ゆっくりと


動いている。


止まったのは


俺の
"時間"。





目の前が
真っ赤に染まった。


ムジカが
ゆっくりと木から落ちていく。


胸の中心を抉られ
ローズ・ソウルを奪われ・・・・


血が・・・空を舞う。










「・・・・・あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!!」


何かが


「ムジカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・!!!!!!!!!」


音を立てて


崩れだす。


「ムジカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


なんで


ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ





涙が地面に海を作る。


流れて流れて流れて流れて・・・


叫ぶたびに溢れだす。


「クスクス・・・アハハハハハハハハハ!!!!いい顔だよ・・!!リオナ!!リオナァァ!!!!あぁ・・・いい顔だ・・・」


身体中をムジカの血に染め
両手で大事そうにムジカから奪ったローズ・ソウルを抱えている死神。


なんて・・・なんて・・・・


冷酷な男なんだ・・・・・


「・・ムジカ・・・・ムジカぁ・・・・・!」


遠くで倒れるムジカに手を伸ばす。


力の限り
地面を這い
近づく。


だけど


手は


届かない。


「・・頼むから・・・・・ムジカぁぁ・・・」


もう一度・・・


俺の腕に・・・


「・・リ・・・・・・・・・・」


か細い声が聞こえた。


消え入りそうなくらい


小さな声が。


「・・ムジカ・・?」


「・・・・・・・・」


ムジカはゆっくり
顔を向ける。


「・・・ムジ・・・カ・・・!」


リオナは限界まで力を振り絞り
近づいていく。


「・・・リ・・・ォ・・・ナ・・」


ムジカが

何か言っている・・・


涙で

前が見えない・・・


けれど


はっきり見えた


目に焼き付くほど
ハッキリ・・・・


ムジカの顔は


確かに・・・・・


笑っていた・・・・



"リオナ・・・・笑って?"


声が


"私は・・・大丈夫だから"



聞こえた


"リオナ、笑っていて・・・"






「・・・ム・・ジ・・・カ・・・・・・?」


静けさが


戻った・・・


目の前には


真っ赤な水溜まりと


目覚めることのない少女。



「・・・・・ぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・」


悲しみが


込み上げる


怒りが


体をめぐる


果てしない絶望が


渦巻いて


脳を支配する



「・・・・ぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ドサッ・・・・・


まるで電池が切れたかのように
突然リオナはピタリと動かなくなった。


目は開いたまま
涙だけが
地面に流れていく。


「あれ?リオナ壊れちゃった?」


血まみれの手でムジカから奪ったローズ・ソウルを転がして遊んでいたアシュールが
首を傾げ
リオナを見下ろす。


しかしすぐに笑みを浮かべ
木から飛び降りた。


そしてすたすたとリオナに近づいていく。


「ねぇどーしちゃったの?リオナ?悲しいの?辛いの?苦しいの?可哀相に。言葉まで忘れてしまったのかい?」


アシュールはリオナの体を持ち上げ
全身で抱き締める。


まるで魂が抜けた人形。


アシュールはそんなリオナの耳に口を寄せた。


「ダーク・ホームなんかにいても辛いだけだよ。ねぇ、俺のとこにおいで?俺はリオナを苦しめないよ?」


―――・・ソンナコトナイ・・・・オレハ・・・チャントシアワセダッタ・・・――――――


「・・・・・・・・・・・・」


―――――ソレヲ・・・オマエガウバッタンダ・・・―――――



「リオナ、ちゃんと起きてよ。聞いて俺の話。リオナはそんな弱くないでしょ?」


――――オレハ・・・ヨワイ・・・・ヒトリガコワイ・・・―――――


「へぇ。そんなに辛かったんだ?ムジカが死んじゃったこと。じゃあさ、リオナ・・・」


――――ユルサナイ・・・・・ユルスモノカ――――


「リオナにとって、ウィキとムジカ、どっちが大事・・・・」
「・・・・・・ア゙ア゙ァァァ゙ァ゙ァ゙ア゙!!!!!!!!!!」
「・・・・!!!?」


リオナが叫んだとたん、
激しい地鳴りがした。


リオナの体から波動が発っせられ、
アシュールは体を吹き飛ばされる。


「リオナ?ねぇどうしちゃったのさ!」


リオナはゆっくり立ち上がり
フラフラと覚束ない足取りでムジカに近づいていく。


そしてムジカの体を持ち上げ
ギュッと抱き締めた。


ただ力強く。


その瞬間
リオナとムジカの体から
金色に輝きだした。


ムジカの左手に刻まれた
リオナとの"契約の印"が消えていく。


2人の"契約"が切られた・・・


だが、
"終わり"ではない。


これは"終わりの始まり"


「・・・一緒に行こう・・・ムジカ・・・・」


―――ツミビトニテンバツヲアタエヨ―――



すると
ムジカの体が光を放ちながら
リオナの中に入っていく。


身体中に染み込むように


ゆっくり
ゆっくり。


すべてリオナに溶け込んだ瞬間
金色の光は消え去り
代わりにリオナの体からは黒々しい光が爆発したように放たれた。


闇に
染まっていく。


リオナの瞳が赤く

背中からは巨大なツバサが

口には牙がはえ

爪が鋭くのびていく。


無くなったはずの左手まで
きれいに元に戻っていく。


全身が


悪魔と化していく。


「リオナ?まさか人間が悪魔に進化するなんて。いや、衰退、か。」


アシュールの顔には未だに笑みが貼りついている。


だがさっきとはちがう
"焦りの笑み"が。


リオナはスクッと顔を上げた。


ジッとアシュールを睨み付けている。


「ヤル気?リオナ。」


「・・・・・・・・・」


リオナの口元が
引きつっていく。


「・・クククク・・・・・・・・」


「リオナ?笑っているのかい?何がそんなに・・」
「アハハハハハハハハハハハハハハ・・・!!!!!!!!!!!!!!」


突然リオナが声を上げて笑いだした。


真っ赤な瞳を見開き
上を向きながら笑っている。


その光景に
アシュールの笑顔が一瞬にして消え去った。


無表情


いや


むしろ眉を止せ
リオナを睨んでいる。


「ねぇリオナ。笑うか泣くかどっちかにしなよ。」


その言葉に
リオナは一旦笑うのをやめた。


両手をゆっくりと目元に持っていく。


「・・・・・・・・・?」


目からは涙の雫がこぼれていた。


何度か擦るが止まりそうにない。




―――オカシイ・・・・ァァ・・・オカシイ―――


「・・ヒヒ・・・・ハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・・!!!!!!!!!!!」


―――カナシイ。カナシイ。カナシイ。―――


―――コノ、カナシミ・・・・ナクスニハ―――


リオナは口元を押さえる。


そしてもう片方の手で
アシュールを指差した。


「ヒヒ・・ハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・アンタを殺すしか・・」


―――コノ、クルシミカラ・・・カイホウサレルニハ―――


「・・・方法が・・ないみたい・・・・ヒャハハハハハハハ!!!!!!!」


その瞬間
リオナの両手から大量のトランプが現われた。


白いトランプはたちまち漆黒に染まっていき、
地面に散らばっていく。


散らばったトランプは
形を作り出し
ペンタクルを描きだした。


そしてそのペンタクルは一瞬にして
アシュールの足元にやってきた。


「本気かい・・リオナ・・。"死の呪文"なんて・・一体どこで・・・」


怒りを目に浮かべるアシュール。


アシュールは黒いコートを羽織った"被験体"を抱きよせ
地面を蹴りあげ瞬時に移動した。


しかし
ペンタクルは磁石のように付きまとう。


何度移動してもペンタクルは獲物を逃がさない。


「ッ・・・許さないよリオナ・・・!」


アシュールの怒鳴り声が響く。


しかし
今のリオナには何も届かない。


「ヒヒ・・・・・・アハ!!!」


リオナが勢いよく手を伸ばす。


「・・・それじゃあ・・・・さようなら〜・・・・死神さん」


ペンタクルがたちまち光りだす。


赤黒く
アシュールの体を取り巻いていく。


そして
次の瞬間


ものすごい爆音と共に
ペンタクルから業火が吹き荒れた。


「ヒャハ・・・・アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!焦げ焦げのチリチリ・・・」


業火が消え
ペンタクルが焦げのように地面に焼き付いている。


そこの上にはアシュールと被験体の姿はない。


―――シンダ―――


―――シンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダ―――


腹の底から笑いがこみあげる。


比例するように涙も、溢れだす。


「アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!アハ!ハァー・・・」


リオナは不気味な笑みを浮かべたまま空を見あげる。


だが空を見上げたとたん
その笑みは消えた。


「・・・・なんで。」


―――ナンデカナ―――


リオナは呆然と立ち尽くす。


その目線の先にいたのは


紛れもなく
死神。


「甘いよリオナ。俺は簡単には死なないよ?神のご加護があるからね。クスクス・・・」


アシュールは満足げに笑いながら、
被験体を抱えなおす。


「今日は諦めて帰るよ。被験体になにかあったら困るからね。」


「・・・・・・・」


―――ナンデナンデナンデ―――


「でもまたすぐに会えるよ。必ず、迎えにくるから。」


―――サバキガ・・・クダラナイノ?―――


「それまで、これはリオナにあげる。」


そう言ってアシュールはリオナにあるものを投げた。


リオナの足元にコロコロと転がっていく。


ゆっくりと拾いあげれば
それは真っ赤なローズ・ソウルだった。


ムジカの血で濡れた
ローズ・ソウル。


「じゃあねリオナ。せいぜい壊れないように。」


シュッと音を立て
アシュールと被験体は空に消えた。





「・・・・・・アハ・・・ハハハハハハハハハ・・」


リオナは無表情で笑いながら
ローズ・ソウルを握り締める。


―――コンナモノ・・・―――


「・・・・・こんなもの・・・・・・・・」


―――コンナモノ・・・・コンナモノ・・・・・―――


唇を噛み締め
ローズ・ソウルを地面に叩きつけた。


ポタポタと
後を追うように涙が落ちていく。


「・・・・こんなもの・・・・・・・・こんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものこんなものッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


―――イラナイ―――


地面に崩れおち
ローズ・ソウルを叩く。


―――コンナモノ・・・・コワレテシマエ――


「返せ・・・返してくれ!!!!返してくれよぉ!!!!!!・・・・なぁ!!!!!!俺の大切なもの返してくれ!!!!!!!!!!!!!!!」


―――オレガホシイノハ・・―――


「こんなものじゃねぇんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


悲しみの螺旋が
底のない闇へ
伸びていく。


「返せよ・・!!!!!かえせぇぇぇぇぇぇ・・・!!!!!!!!!!!!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」







何かが



音を立てて



崩れ落ちていく。



まるで当たり前のように。



それは運命なのか



必然なのか。



ただわかるのは1つだけ。



崩れたものは



もう二度と
戻ることはないということ。



哀歌無幻



哀しみの歌が静かに届けられる。



儚い夢と
見ることの無い
幻想を添えて





第九章 哀歌無幻

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あきゅろす。
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