不眠症
真夜中に目を覚ましたマルシャ。
布団に潜り込んでも眠れなかった。
リビングに行き、ソファーに座ってコップに粉を、シュガーポットから取った角砂糖を三つ入れて、ポットのお湯を注いだ。
はんなり甘いホットココアをふーふーと冷まして飲む。
「ふぁーあぁ…あら?シャーりん?」
「タレイア…。」
「眠れないのぉ?」
「眠れない…。」
隣に座る。
何度もあくびをしていた。
「……あのね、言い忘れてたわ。…助けてくれてありがとう。アナタが居なかったら、ワタシは存在していなかった。守らなきゃいけないのはワタシの方なのに…ありがとう。」
「マルシャ、タレイア好きだから、居なくなるはいくない。みんなとずっと一緒に居たいの。」
「ワタシもwシャーりんはどうしてカノンちゃんに食い入ってるの?ただ単に好きなだけ?」
最初、彼女が何を言ってるのかわからなかった。
でも答えがすぐに浮かんだ。
そのことを、伝えなければいけないとも思った。
マルシャはコップを置く。
「うまく説明出来ないけどね、カノンは大事。マルシャの記憶の中のヒトだから。」
「ただのヒトなのに?」
「カノンはただのヒトとちょっと違うと思う。心だけでマルシャの中に入ってくるの。」
「…カノンちゃん可哀相ぉwふあ〜あ。トイレ行きたかったんだぁ。明日折角のお休みなのに寝不足なっちゃうわよぉ。」
「うん。おやすみ、タレイア。」
まだ眠れない。
カノンが可哀相とはどういうことなのか、それを考えていたら夜が明けていた。
結局マルシャはソファーで寝ていたらしく、カノンに起こされる。
「何やってんだ?」
「……眠れなくてー、うー…。」
「夜更かししていたのなら聞くが、アサトを見なかったか?」
「昨日はー…タレイアとお話しててー…アサトは見てないよぅ。居ないのー?」
「あぁ。困ったな。」
用事がある時に限って居なくなってしまう。
カノンは付き人一号に、探してこいというような視線を送った。
緩い返事をした。
殿下様の御命令通り、仰せのままに。
ふらっふらしながらエレベーターに乗って一階に降りた。
お日様が眩しくて目を閉じていたら、今まで音沙汰なかったコタローが、マルシャを頭に乗せ、ズシンと歩く。
他のロンモンドギニアスが出てくる前に、自ら具現化した。
ヤキモチを焼いてたんだね、きっと。
揺られながらアサトを探した。居住区、商店街、…どこを探しても居ない。
商店街に戻って薔薇香る公園のベンチに座ったコタロー。
頭上ではマルシャがカクッとバランスを崩して立ち直した。
「あれ〜?ここで寝たら風邪ひくよ〜?」
「うにゅ?」
通りすがりのシア。
コタローは鼻の頭を撫でられると、気持ち良さそうに目を瞑った。
「ぴょん吉ー、アサトどこ?」
「アサト〜?あ〜、今日の夜までには帰ると思うな〜。用事〜?」
「カノンが探してたの。…!」
シアの向こうのヒトがこっちを見ていた。
紅い髪の女の子。
気になったマルシャはコタローを誘導させて追い掛ける。
街のヒトは悲鳴を上げて避けた。
この騒ぎを聞き付けたステルメーク軍が数軍駆け付ける事となる。
「…マルシャ、何事ですか。」
「派手にやっちゃったね…。」
アルカディルとその弟、ノエルは揃って頭を悩ませた。
振り返ると道端の花壇が目茶苦茶、首を戻すと紅い髪の子はもういない。
コタローの背中に隠れようとしたら、ポンッと姿を消され、地面にぺたんと座った。
「うりゅっ…。」
「泣いても許せませんねぇ。」
「べーっ!」
「マ、マルシャっ!」
「…今回の修理・工事費用は連帯責任でファノルアカシックに支払いを命じます。尚、明日から貴方達は特別クラスに降格。」
「はわー…。カノンに怒られ…!あのヒトっ、…待って!ケルベロス!!」
禍禍しい獣に跨がって追った。
蛇睨みに軍人は立ち尽くす。
追い掛け、ステルメークの外に出てしまう。
紅い髪の子は止まって振り返った。
「マルシャ…。」
「君は誰です?何でマルシャのこと知ってるの?」
「永遠の命、別れ、孤独、悲しみ。マルシャは堪えることができるのか。」
「…わからない。キミは誰?」
瞬きをした瞬間に紅い髪の子は消えていた。
辺りを探してみたけど気配もない。
頭を悩ませながら帰る。
今日も寝られそうになかった。
帰ると、カノンに酷く怒られたが気にはしていないし、お腹がすいているのにも関わらず、夕食に手が進まない。
みんなに慰められている。
でも、問題が違った為に、耳に入らなかった。
お風呂を終え、布団に入ってミニチュア形態のコタローを枕元にちょこんと置いて悩む。
『マルシャ…入るぞ。』
「…はぁーい。」
カノンは足元に座った。
二人と一匹の間にはしばらく沈黙が続く。
月明かりのない真っ暗な闇の中、先に声を出したのはカノンだった。
「……俺、言い過ぎたか?」
「ね、カノン。」
「ん?」
「ヒトは、長く生きられないの?」
唐突な質問に唖然とした。
カノンはため息を吐く。
「戦いで明日死ぬヒトが居れば、事故や病で死ぬヒトも居る。ヨボヨボになってもまだ生きているヒトも居るな。」
「カノンは?」
「俺?…どうだろうな。考えたこともない。」
「ふーん。」
答えは結局曖昧。
収穫はヒトの命は長いものも短いものも居るということだ。
「さっさと寝ろ。昨日は夜更かししたんだろ?」
「眠くない。」
「……目を閉じろ。何かに不安を感じているなら、俺が傍に居てやる。」
カノンはマルシャの額にキスをした。
手を繋いでもらう。
温かい。
「一緒に寝たいです。」
「あぁ、いいよ。」
カノンにとっては悪夢だった。
マルシャがお話を聞かせとせがみ、聞かせているうちに眠くなる。
が、寝かせてはくれない。
もっとと言って、飽きてきたのか要約ウトウトし始めた。
そしてふたりは夢に落ちる。
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