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Novel
【プラヴィック-Pluveck-U】【上】
プラヴィックの続編です。
「プラヴィック…?(°△°)」という方は【こちら】からどうぞ!(^○^)!

















一般棟や隔離棟で飼育されているプラヴィックに出荷日があるように、EXEにも処分日というものが存在する。一般のプラヴィックは人間でいう15〜20歳程に達すると出荷されるが、記録によると最長で25歳までこの施設に飼われていた者もいたようだ。プラヴィックの一ヶ月は人間にとって1.5歳に相当すると考えられており、その為大体は生後10〜14ヶ月で出荷されている。食用としては一般的ではないプラヴィックであるEXEの場合、当然その使用期限は"食物"よりも長い。処分日が存在すると言ってもそれは食用のプラヴィックのように最初から期日が設けられているわけではなく、彼らの働きを見て身体機能の低下などから判断される。


「………はあ」


そして今まさにEXEの処分日を検討していた郁は、管理室のPCを眺めていた目を休ませる為瞼を下ろした。さして広くない管理室で長時間PCの画面を睨み続けるのも中々息が詰まるものだ。
画面に映っているのは、ライオンのEXEの直獅である。最近、左方向からの攻撃に対する反応が遅れているという報告を受け検査したところ、左目が著しい視力低下を起こしている事が判明したのだ。診断書をもとに映像データを検証したところ、どうやら原因は羊のハインダープラヴィックである不知火一樹との戦闘にあるようで(プラヴィックのゲージには監視カメラが設置されている)、数週間前、郁の部下が一樹の元を訪れた時に左側頭部を強く蹴られているデータが残っていた。郁の机の上に置かれている診断書には「左側頭部への衝撃による網膜剥離」と記されている。蹴られてすぐに治療すれば視力の回復も見込めたそうだが、処分を恐れて申告をしなかった結果…直獅はほぼ視力を失い処分が現実のものとなってしまった。
一樹に蹴られてからの映像データを辿ると、左方向からの攻撃に対する反応が日増しに遅れていく直獅が映っている。遅れる、といってもほんの一秒程度なのだが、殺気に満ちたハインダープラヴィックとの戦いでは一瞬の遅れですら命取りになる。今日まで怪我の一つもせずに誤魔化し通せた直獅に、郁は呆れ半分感心半分だった。
処分日の決まったEXEは、その日までいつも通り仕事をするのではない。処分日が決まった時点で通常の業務から外され、幽閉か雑用をさせられる。今まで優遇されてきた何もかもを奪われ殺される時までただ惨めに過ごさねばならず、EXE達はこの時「自分は所詮プラヴィックである」と改めて絶望するらしい。


「うーん………」


郁は背もたれに身体を預けると、目を閉じて考えを巡らせた。ギィ、と軋んだ声を上げた古い椅子は、鉛色の足を踏ん張る。EXEはハインダープラヴィックから人間を守る道具。やや軋んでも、古くなっても使う事のできる椅子とは違い、若干の身体の軋みが人間の命を脅かすのだ。だからどんなに有用なEXEであっても、私情を挟まずに判断を下す必要がある。
…ところが、普段「血も涙もない」とハインダープラヴィック達に囁かれている郁が、今回初めてEXEの処分を決めるのに頭を悩ませていた。「陽日先輩」と呼んでいるうちに愛着でも湧いたのか、人懐っこく明るい彼の笑顔に処分を躊躇っているのか。
勿論、そのいずれでもない。
直獅は小柄な割に力が強く、類い稀な身体能力を持ち、加えて人間には従順であり(ふざけて逆らう事もあるが許容範囲内である)向上心もある…と、EXEとして申し分ないプラヴィックなのである。有用性は非常に高く、また今回問題である視力低下以外は全く異常がない為、郁はそれを"惜しい"と思っていたのだ。


「………」


蹴られた時すぐに言えばよかったのに…馬鹿だなぁ。
だが惜しくても道具は道具。絶対に人間を守れる保証のない道具を使う事はできない。郁は溜息をつき姿勢を直すと、机の引き出しからEXEの処分申告用の書類を取り出した。処分理由を記入する為、診断書を書類の横に置きボールペンを持つ。そしてEXEの氏名を記入しようとペン先を紙に触れさせた…その時である。


「うわっ、びっくりした…」


ワイシャツの胸ポケットに入れていた携帯端末が着信を告げるピリリ、という音に郁は思わず肩を上げると、ペンを置き端末を取り出した。ディスプレイには此処の研究所からの内線であると表示されており(尤も、外部からの連絡が郁に直接くるはずもないが)、郁は通話ボタンを押して再び背もたれに身体を預けた。


「はい、水嶋です。…って、やっぱり琥太にぃだ。どうしたの?……わかった、ちょっと待って。」


郁は肩で端末を挟むと、首を傾けたままプラヴィックのファイルが保管されている棚に向かった。そして蛇のファイルを取り出すと、パラパラとめくりながら机に寄り掛かる。


「蛇は、一般棟に6匹と隔離棟に2匹。EXEは……あぁこの前死んだばかりか。
ていうか琥太にぃ、"入荷"やるの初めてじゃない?……そうか、確か今日は"出荷"がかなりの数いたからね…、人がいないのか。
え?…うん、………うん。…………へぇ〜…。…ねぇ、その子……僕に見せてよ。」



















「いでででででで!!!!!みうひま!いひぇー!」


「まっったく、この僕にこんな手間をかけさせたEXEは陽日先輩が初めてですよ」


絆創膏が貼られた直獅の頬をぎりぎりと抓り上げ、郁は音がしそうな勢いで手を離す。
一週間後、郁は直獅をある部屋に呼び出していた。天井も壁も床も、全てが固く冷たいコンクリートのこの部屋に窓はなく、鉄の扉が一つあるだけである。壁には変色した血液がべっとりと付着しており、中には何かから逃げるように、血まみれの手で壁を伝う様子がはっきりと残っているものもあった。
此処は用済みとなったEXEを他のEXEに処分させる"処分室"と、新入りのEXEの力を試す"試験室"を兼ねた場所である。直獅が此処に呼び出されたという事は、他のEXEに殺されるという事なのだが…彼らの様子を見るとそうではないようである。
この部屋の隣にはEXE用のトレーニングルームがあるのだが、郁はそこのトレーナーである木ノ瀬梓に、直獅の反応速度の向上を依頼していたのだ(トレーニング中にできたのか、直獅の顔には絆創膏の他にもかすり傷がいくつかあった)。左目以外何の異常もない為、もし目に頼らずとも左方向からの気配を察知できるようになれば、特別にEXEとして続投しようという郁の考えであった。"低下"していた視力は今は完全に失われているらしいのだが、右目を手の平で覆って「何も見えね〜」と呑気に言う直獅に、郁はやれやれと肩をすくめた。


「視力と一緒に危機感までなくしたんですか…。
わかってます?負けたら死ぬんですからね」


「ひ、酷い言われようだな…!なんだよ、心配してくれてるのか?…なんて」


「僕の苦労が水の泡になるのが嫌なだけです」


「きっぱり言うなー!」


一週間前、新しく蛇のプラヴィックがこの施設にやってきた。無毒で大人しい性質らしいが、郁はゲージ越しに一目見てEXEへの起用を決めた。梓に直獅のトレーニングを頼む傍らこの蛇のEXEのトレーニングも依頼しており、郁は二匹を戦わせようと考えていたのである。直獅が問題なく勝てば、彼の処分を白紙にするという事なのだが、負けは則ち死を意味する。
決着のつけ方は、直獅はハインダープラヴィックを相手にするように蛇のEXEを取り押さえる。蛇のEXEは、直獅を文字通り殺しにかかる。これは直獅にとって不利なように見えるが、普段ハインダープラヴィックを相手にする時も、自分を殺しにくる彼らを直獅は殺さずに押さえ込んでいたのだ。復帰の為の戦いとしては適しているといえる。


「…さて、引き返すなら今のうちですけど………どうしますか?」


郁が端末を取り出し、梓の端末の番号を呼び出しながら直獅に聞く。


「って、答え聞く気ないだろお前!!」


「なんだ。聞いて欲しいような答えが言いたいんですか?」


「けっ 冗談!!
ぜってー勝つ!!」


「あはは、それでこそ陽日先輩だ。
…あぁもしもし、木ノ瀬君?連れて来てちょうだい。」


大きな瞳に闘志を燃やす直獅に苦笑しながら、郁は端末を胸ポケットにしまう。しばらくすると扉をノックする音があり郁が「どうぞ」と返すと、重い音を立てて鉄の扉が開いた。


「ほら、早く入って下さいっ」


現れたのは直獅と同程度の身長の少年で、後から引きずられるように入ってきた長身の男や郁とはまるで親子のようである。


「木ノ瀬君、ご苦労様。」


「遅くなってすみません…。彼、放っておくとすぐ寝るから大変で…。
えっと、彼が蛇のプラヴィック、神楽坂四季です。」


「ありがとう、もう戻っていいよ。」


「はい、失礼します。」


梓は軽く頭を下げると、翼の相手するのとはまた違う疲れが……やれやれ…、などとブツブツ言いながら部屋を出ていった。四季の相手をするのに中々手を焼いたらしく、いつもより溜息が多い。郁は眠そうにボーッとする四季を見つめ、確かに癖がありそうだ、と内心梓の苦労を汲んだ。血まみれのこの部屋に連れて来られたというのに、部屋の様子を全く気にかけなかったプラヴィックに"まとも"な者は殆どいなかったからである。
眠いだけ、っていう理由でも十分面白いけどね…。


「さて、神楽坂君。木ノ瀬君から話は聞いてるだろうけど、確認の為にもう一度言うね。」


「ん…。
…あ。アンタが…相手?」


「そうだけど………、……大丈夫なのかコイツ…。いでっ」


郁の隣に来てぼそっ、と呟いた直獅を目を動かさずに手の甲でゴンッと叩くと、郁は改めて四季を観察した。
…薄い。簡単に折れてしまいそうな身体と母胎に色素を置き忘れてきたかのように薄く淡い髪色、それに伴う赤眼は、ある種神々しくもあった。眠そうに細められた目からは縦に切れた瞳孔が覗き、欠伸をすると鋭い牙がずらりと並んでいるのが見える(ライオンである直獅は犬歯のみが発達しており他は人間と殆ど変わらないのだが、四季は全ての歯が尖っていた)。目元と頬の一部には鱗が生え、Tシャツに隠れて全ては見えないが首から肩にかけてもびっしりと鱗で覆われていた。時折覗く舌も細く、先端は二股に割れている。幸い鼻や耳は人間の形をしていた為見た目のグロテスクさは和らいでいたが、それでも初めて見る者に「ウッ」と息を呑ませるには十分だろう(蛇のプラヴィックには耳がなく、鼻が人間の形をしていないなど、より一層蛇そのもののような者もいる)。


「…とまぁ、こんな感じだよ。」


郁が話し終え何か質問はないかと聞くと、四季は「特に…」と小さく唇を動かした。


「あ」


「何かあった?」


ところがすぐに、何か思い付いたように顔を上げると、四季は直獅に目を遣り郁に一つ質問をする。その一言は、"油断"まではいかないとはいえ拍子抜けていた直獅の身体を強張らせるには十分だった。


「勝ったら…食べてみてもいいの?」






















「じゃあ、始めて下さい。」


四季は無毒の蛇である。彼の牙は小さく毒もないが、獲物を絞め殺す強い筋力を持っている。
直獅は今までに蛇のハインダープラヴィックと戦った事が何度もあったが、彼らは皆、元々毒蛇であった。毒を抜かれていたが戦い方は変わらず、長い牙で噛み付いてくるが毒がない為然ほど脅威ではない。つまり、直獅は無毒の蛇と戦った事がないのだ。
郁の声に、直獅はやや腰を落とし戦いの姿勢を取る。ジッと様子を見るが、まるで目を開けたまま眠っているかのように四季は動かず、殺気の一つも感じられない。


「………」


これまで、直獅は何十回とプラヴィック相手に戦ってきた。EXE同士のじゃれあいから、ハインダープラヴィックとの殺し合い…。そのどれもお互い積極的に相手につかみ掛かっていっていたのだが、四季は微動だにせずその場に立っているだけなのだ。一見隙だらけのように見えるのだが、彼の独特な雰囲気や先程の言動が、直獅の足を止めさせる。しかし動かなければ、いくら思案したところで状況変わらない。
そうだ、どんなカウンターが来たとしてもまずは避ければいい。仕掛けてみねーと何もわからないしな!
直獅は鋭い視線を四季に向けると、冷たいコンクリートの床に体重を乗せ足に力を込める。華奢な身体のどこに力があるのか、直獅は"ついうっかり"トレーニング器具を壊す事がある。否、誤って物や扉を破壊してしまうEXEは他にも沢山いるのだが、その者達は皆見るからに屈強な肉体を持っており、小さくひょろりとした直獅はイレギュラーなのだ。
自慢の足が床を蹴る。10m程あった間合いは一気に縮み、四季がハッと目を開いた時には既に直獅の拳が眼前に迫っていた。


「まずは一発、目ぇ覚まさせてやるよ!!」


長い爪で手を傷付けないよう親指が下になった拳が、ヒュッと音がしそうな速度で四季の左頬目掛けて飛ぶ。すると四季は、身体の構造をまるで無視するような動きを見せた。なんと、後頭部が背中に付きそうな程首を後ろに曲げ、直獅の攻撃をかわしたのだ。そしてその動きに驚愕している彼の首に手刀を叩き込もうと素早く右腕を振り上げる。失明による死角を利用し左方向から攻撃を仕掛けたのだが、四季が首の位置を戻す頃には、体勢を立て直した直獅の手に右手を捕らえられていた。


「……もう死角…ないの?」


掴まれた右手を引こうとしてもぴくりとも動かず、四季は怪訝そうに直獅を見た。


「…痛い。」


「そりゃあ強く掴んでるから…ってなんでそんな不思議そうな顔してんだよ?」


「力、強いんだ……チビのくせに。」


「〜〜〜!チビは余計だっつの!!!」


牙を剥き出して叫ぶと、直獅は四季の足を払おうと右足で薙いだ。しかしひょいと軽いジャンプで避けられてしまい、不満そうに唇を尖らせる。…が、直後ニヤリと口角が上がった事に気が付き、四季は「しまった」と口を開いた。腕の自由が奪われている時に空中に上がれば、当然隙だらけになる。四季は、直獅が怒りに任せた攻撃をしてきたと思い込み、安直な反応をしてしまったのだ。


「っらああああああー!!」


「ッ!!」


四季の腕を両手で掴み、直獅は雄叫びと共に彼の細い身体をコンクリートの床に叩き付ける。頭部を強打する鈍い音と共に、四季は押し出されたような苦しげな声を発するが、揺れる視界の中にすかさず次の攻撃を繰り出す直獅の姿を見た。


「…っ!」


反撃しようとするが今の衝撃で身体が思うように動かず、再び顔面に飛んできた拳を食らう……かのように、思われた。


「うおぉぉ!?」


ところが四季は、先程より更に不気味な行動に出て直獅を驚かせた。唇の両端から耳まで一本ずつ亀裂が走りガパリと裂けると、人間だったら顎が外れるどころか千切れてしまう程大きく口を開き、直獅の拳に噛み付いたのである。関節などまるで無視した動きと、耳まで口が裂けているグロテスクな光景。蛇のハインダープラヴィックと何度も戦った事のある直獅にとっては見慣れた様であるが、まさか口で攻撃を受け止められるとは思っていなかった為思わず息を呑む(毒蛇のプラヴィックは牙が長く、毒が抜かれた状態では唯一の武器となる為顔面への攻撃は極力避けるのが常であった)。四季の牙は短いが尖っているため、拳を引こうとすると食い込んだ牙が皮膚を裂く。


「ぐ…っ」


「うっ」


ビリッとした痛みに直獅が顔をしかめるのと、どういう訳か四季が呻くのは同時だった。


「爪は切って……。」


どうやら直獅の長い爪が、噛む力を強めると口腔内に刺さってしまうらしく、四季は思い切り噛み付くわけにはいかなくなってしまった。だが、彼に大きな動揺はない。


「そんなの断っ…うわ!なんだ!?」


床に叩き付けられた影響で動きが鈍っていた身体にようやく力が入り、獲物を捕らえるように素早く両腕を直獅に伸ばした。驚きの表情を浮かべるその顔は、未知のものを見たかのように引き攣っている。
蛇のプラヴィックの顎が外れるのを見た事がある直獅でも、未だ見た事がなかったのは…無毒の蛇の戦い方だった。なんと四季は、直獅の身体に文字通り腕を"巻き付け"たのである。骨の構造までもが蛇らしく、本来の人間の関節を無視して滑らかにしなる。


「あ゙…ッ!ぐ………!!」


直獅の身体を引き寄せて首を一周腕で巻き、ぎりぎりと締め上げる。毒蛇と無毒の蛇とではそもそも戦い方が違う。毒蛇は、今の四季の様に獲物に巻き付いたりはしない。獲物を絞め殺す間に反撃される恐れがある為、毒蛇は毒で相手が弱るまで待つ手段を選んだのだ。四季に抱きしめられるような形になり、同じ蛇でも異なる戦い方に直獅は動揺する。呼吸の苦しさに抵抗しようと動かした右手には牙が深く刺さった。四季の腕を引きはがそうとするも、左手だけでは到底敵わない。そして、直獅が策を考えようと眉間に皺を寄せていると…ついに四季がその腕に渾身の力を込めた。


「がっ!…ぁ゙……!!!」


人間が腕で相手の首を絞めるのとはわけが違う。"獲物を絞め殺す"という自然の摂理に則ったその動作は、恐ろしい程に洗練され、恐ろしい程に無情だった。
呼吸が苦しいというより、痛い。行き場を失った血液が血管を叩き、顔は不思議と熱くなっていく。
や、ばい……ッ!コイツ…マジで殺す気じゃ、ねぇか…!!
この施設でEXEとして生活するのに、餌に困る事はない。故に相手が小動物ならまだしも、本来餌としないライオンを食べる為に本気を出すなど普通は考えられない。EXEとして人間の命令に従っている、と言ってしまえばそれまでだが…、薄れかける意識の中で、そうではない予感がしていた。


「ひいあいのに、いあいとひょうふだな」


直獅の拳を銜えたまま、四季が呑気にもごもごと喋る。「意外と丈夫」と四季が言った通り、直獅程の体型の者なら既に首の骨が折れていてもおかしくない程度に力を加えていたのだ。しかし直獅の意識は既に揺らぎ、いずれこのまま窒息死してしまうだろうと思われた。


「ま゙……だ…!」


…ところが、潰れた喉から声を押し出す直獅の目はまだ死んではいなかった。徐々に力が抜けていく身体に鞭打ち、直獅は噛み付かれている右手を引いて四季の頭を持ち上げようとする。牙で肌が裂けても、その痛みを感じる余裕すらない。


「…いまはらなにふるの?」


「…がッ、うぐ……!」


右手でも抵抗しようとしていると思ったのか、四季は直獅の手に一層強く噛み付いた。同時に、爪で裂けた所から血が滲み、口の中に鉄の味が広がる。
今更右手が自由になっても…何も変わらないのに…。あー……どんな味なのかな…ライオンって…。取り敢えず爪は痛いから全部剥がし…、…あれ。


「……?」


勝利した後の事をぼんやりと考えていた四季だったが、直獅の行動にふと疑問符があがる。先程、直獅の策にハマった事を思い出したのだ。怒り任せだと思ったら、実は自分を攻撃する為の罠だった……、では、自分が安直だと思った今回もまさか…?
四季が「しまった」と気が付き、急いで口を開いて直獅の手を解放しようとした時には、もう遅かった。呻く余裕すらない直獅が目をギュウッと強くつむり、最後の力を振り絞って四季の頭を自分の右手ごと床に殴り付けたのだ。


「ぐぁ……ッ!!」


衝撃が脳を揺らし、頭蓋骨が軋むような錯覚に強制的に力が抜ける。四季の意識が若干遠退き、腕が脱力した瞬間、直獅は深く息を吸い込み左手で四季の腕を引きはがした。


「はあ…っ、はあ…っ!!」


ようやく呼吸が出来るようになり、直獅は何度も何度も肺一杯に空気を吸い込む。荒い呼吸を繰り返しながら四季の口を無理矢理開いて右手を取り出すと、ようやく意識がはっきりとしてきた四季の首に、鋭く尖った爪を宛がった。


「……はぁ…はぁ…」


「……………降…、参」


今回のルール上、直獅が自分を殺さない事はわかっている。しかし自分の強力な拘束から逃れ、喉まで捉えた相手に負けを認めない程、四季は愚かではなかった。


「…はい、じゃあそこまで。
お疲れ様。」


直獅が殺されようとどうなろうと本当にどうでもよかったのか…?勝敗が決まったところで、それまで黙っていた郁はようやく口を開いた。


「陽日先輩、初めての相手にしてはまあまあだったんじゃないですか?…でも、途中は死ぬかなと思いましたよ。」


四季の身体を起こす直獅を見ながら、郁は肩をすくめる。


「神楽坂君もお疲れ様。君は明日からEXEとして働いてもらうから、よろしく。」


「……ん。」


「はあ…なんとか勝てたか…。
立てるか?神楽坂。」


「あはは、命拾いしましたね。
それじゃあ…僕は報告してきます。」


「間違えて俺を殺す報告したらぶっ飛ばすからな〜」


扉に向かう自分にひらひらを手を振る直獅を、郁は怪訝に思った。後頭部の痛みに顔をしかめる四季の身体を支え、手の痛みやまだ残っているであろう呼吸の苦しさを抑えて彼に屈託のない笑顔で話し掛ける。自分の事を命令一つで躊躇なく殺そうとした相手に、よくまあ無償で優しくできるものだ、と……郁は直獅がわからなかった。
「仲間だからな」とか言いそうだな…あの人は。
単純過ぎて逆に理解ができない。この施設にいる者は皆一癖も二癖もあるが、呆れる程真っ直ぐな直獅は、郁にとって未知だった。


「頭…痛い。あと口の中も。」


「うっ、わ…悪かったって…!」


「夜ご飯…全部くれたら許してあげる。」


「誰がやるかー!!」


早速ふざけだす二人を置いて、郁は報告を済ませようと管理室に向かう。歩きながら端末で梓に連絡を取り二人の手当てを頼むと、郁は薄暗い廊下に影を落とし、歩いていく。
ふう、と息を吐く彼の表情が和らいだのは…ほんの一瞬だった。
















continue...






2013.4.14

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