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Novel
【拍手ログ】女装

現代パロ
羊→錫















薄いファンデーション、うっすら引いたアイライン、控え目なアイシャドー。唇はリップクリームだけで大人しく。チークは気分じゃない。ビューラーで上げた睫毛は、マスカラが固まらないうちに梳かしてスッと長く。
うん、オッケー。
鏡の中の"大人しそうな女の子"は、今日も少し表情が暗い。それもそのはずだ、だって彼氏にフラれちゃったんだもん。
僕が唇を尖らせると、鏡の中の子も同じように唇を尖らせた。


家族にも、友達にも、誰にも言っていないけれど…僕にはある趣味がある。それは、女装をして街に出る事。自分で言うのも難だけど、僕は可愛い感じの顔をしている。昔から顔の事でよくからかわれたけど、今はこの顔でよかったと思ってる。
こっそり買った女物の服や下着を身につけて化粧をして、いつもは目的もなく遊びに行くのだけれど…今日は用事があった。ケータイを開いてメールの確認をする。あぁ、予定通りで大丈夫か。僕は手早く返信すると、桃色のショルダーバッグを掴んで家を出た。













普段の生活の中で女の子と間違われるのは癪だけど、女装している時にちゃんと「間違われる」のは嬉しい。中には僕にナンパをしてくる人もいたけれど、そんな人達は無視に限る!幸い…かどうかはわからないけど、僕の声は少し高い。だから会話の中でも男だとばれる事はないけど、動作とか仕種とか…まだまだ研究が足りないところだってある。男だとバレて恥をかくのだけは御免だったから、僕はなるべく女装の間は誰かとの会話を避けた。
でも数ヶ月前の、あの日だけは……僕をおかしくさせた。
いつものように女装して街を歩いている時、僕は茶髪の男とぶつかったんだ。街中で男女がぶつかってときめく、…まさに、そんな感じだった。僕を女の子だと誤解した彼の名前は錫也といった。甘くて低い、女の子が好きそうな声の男。割愛するけど、色々あって僕たちは付き合う事になった。勿論、僕が男だと告げないまま…。
女の子のふりをして付き合って、女の子のふりをしてデートをする。手も繋いだしキスもした。楽しかった…、でも、やっぱり辛くなってしまって…僕はついこの間、カミングアウトしたんだ。実は男なんだ、って…。
勿論、最初は信じてもらえなかった。でも錫也に直接胸板を触らせて、下も触る?と聞いたら首を振られた。凄くショックだったみたい。当たり前か…。


「確かに一目惚れだった。でも俺は羊の内面にも惹かれてた…。」


しばらくして口を開いた錫也は、言葉を一つ一つ慎重に選んでいるようだった。もしかして、気があるから傷付けないように気遣ってくれてる…?
…でも、現実は漫画のように甘い展開はくれなかった…。


「羊が嫌いなわけじゃ…ないよ。でも俺は…、こんな非生産的な関係は続けられない。」


「言い方、悪いけど………羊は俺を騙してたんだよ」


「俺は…普通に女の子が好きだ。ごめん、……さようなら、だ。」













低めのヒールが床を鳴らす。歩きながら、ケータイを開いて内容を再確認。


「(写真一枚で1、フェラで3…。下着は2だけど、流石に断るとして………10はいくかな)」


赤い髪のフランス人ハーフの高校生、なんて、いくらでも釣れる。そう、僕は今から援助交際をする。敢えて控え目の化粧にしたのは、「こんなに大人しそうな子が…」って相手が変に気遣って無理な要求をしてこない場合があるから(場合によるけど)。
錫也にフラれてから、なんだか自暴自棄なんだ。
あと、「言わなければバレなかった」って…確証が欲しかった。言わなければもっと錫也の愛情を独占できた。言わなければ、錫也は僕の事を好きなままだった。言わなければ…もう少し夢を見れた。
そんな気持ちから始めた…、自分の性別を明かさないで、何人騙せるのか。
不毛な遊びはこれで四人目だ。


「……はぁ」


いつまで続けるつもりだ、僕は。こんな事に、なんの意味も無い事なんて本当はわかりきっているのに…まだ、受容できない。イヤな事があると、人は否定の段階を踏む事で徐々に現実を受け入れていく。僕はまだ、否定の段階から進めずにいるんだ。
待ち合わせ場所で溜息をつき、時計を見る。そろそろ時間か。


「もしかして……"ひつじちゃん"?」


背後から偽名を呼ばれ、くるりと可愛らしく振り向く……慣れたものだ。


「はいっ …えっと、こんばんは……」


「ハハッ、可愛いね、緊張してるの?」


「うぅ……ちょっとだけ、…」


「大丈夫、言っておいた事しかしないよ。さ……行こうか」


人の良い笑いの裏に、どんな下卑た感情を抱いているのか想像に難くない。
別に僕はゲイじゃない。…だったら何故、男にフラれたくらいでこんなに自棄になっているんだろう。僕は、どうしたいんだろう…。身体が男だからってフラれたのが悔しかった?悲しかった?…もう、わからないよ……………。
肩に置かれた男の手に、わざとびっくりする。"援助交際に不慣れ"な方が印象がいいと思うから。そして満足げに口角を上げる男に連れられて、僕達は夜の街に消えていった。

電話帳から消せない名前。それを忘れられる時間に、僕はまた溺れる。











end









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あきゅろす。
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