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Novel
06総攻【プラヴィック-Pluveck-】【上】
動物に対する侮蔑的な表現が出てきますが、飽くまでこの話の中での偏った価値観です。























【擬人化】
人でないものを人に擬して表現する事。

【養殖】
魚介・海藻などを生簀や籠・縄などを使って人工的に飼育して繁殖させること。

【家畜】
人間に飼育される鳥獣。




‐プラヴィックの定義‐
一.彼らは、動物が所謂擬人化したような存在ではない。人と化したのではなく飽くまで動物であり人間とは認められない。
二.彼らは、外見及び知能は人間とさほど変わらないが一部身体の作りは動物を模しており、元となる動物と同じ味である。
三.彼らは動物であり、人間が受ける倫理的考慮を適応される権利を有していない。即ち基本的人権の尊重に反していても違法ではない。
四.彼らは、基本的に食用である。


















郁は黙々と書類に目を通していた。
マスコミに一切情報開示がされていない、ある政府機関の管理室。壁一面のモニターには様々な人物が映し出されており、彼らの首には首輪のような機械が装着され数字がデジタルに表示されていた。"54"とある者や"3"とある者、中には"173"と表示されている者もおり、数字はバラバラだ。
彼らは数十年前から現れ出した新しい種であり、政府の中でもごく一部の者しか存在を知らない。一見人間のように見えるが実は人間ではなく、人間を除く様々な動物が基礎となっている"ヒトの形を模した動物"という極めて奇妙な存在であった。彼らには学名が無い為、関係者に"プラヴィック(Pluveck)"と仮称され、中でも一般に食されている動物が基となっているプラヴィックは、期限に達したら市場に"出荷"される。
先に述べたように、プラヴィックを一言で表すなら『人間の姿をしただけの家畜』。彼らに何をしようが、人権の侵害にはならない。プラヴィックは、人間ではないからだ。


「水嶋ぁー!」


管理室の金属の扉を乱暴に開け、一人の男が郁の下にやってきた。オレンジ色をした髪に鋭い牙と爪が印象的な彼は、直獅という。身体は小さいが力は流石百獣の王とでもいうべき、ライオンのプラヴィックだった。直獅は薄暗いのにモニターの光で妙な眩しさのある室内に対し、瞳孔の大きさの調節に手間取っているようである。


「陽日先輩、扉は静かに開けて下さいってあれ程…」


郁は椅子をくるりと回し直獅に向き直ると、彼を見てやれやれと首を振った。


「あと、管理室に血まみれで入ってくるのも止めて下さい」


「あっはは、悪い悪い!山羊のくせに、足ずたずたにしてもまだしぶとく抵抗してきてさー…やっぱ薬のせいか?気が付いたら全身返り血だらけ!」


「怪我は?」


「あるわけないだろー?あぁでも、角は危なかったな」


「はいはい。えーと、土萌……土萌…、あった。土萌羊、"薬物実験に失敗した為殺処分"…完了、と。」


山羊のプラヴィックのファイルを取り出し、名簿からたった今殺処分した者の記録をつける。新薬開発の"動物実験"に使われた土萌羊という若者は、薬効が過剰に現れ過度の興奮状態に陥った為、研究員の安全を考慮し直獅に食べさせるという方法で殺された。
日本人が一般的に食す動物のプラヴィックは、人間でいう15〜20歳程の年齢に達すると、切り分けられ基の動物と同じ扱いとして市場に出荷される。プラヴィックは成長が早く、誕生して1年程で適性年齢になる。この施設には山羊・羊・牛・豚・鶏・魚・蠍のプラヴィックがおり、蠍以外は今も日本の何処かの食卓に並んでいる。蠍は日本人は一般的に食さない為海外に輸出しているのだが、蠍は素揚げにして食される事が多いので蠍そのものとしてプラヴィックを出荷する事は難しい。故に、蠍に限っては人食等異質な趣味のある人間に秘密裏に売り払われていた。人間の姿をしているだけの動物の手足を切り、調理し食べたところでなんの罪にもならない。その為、蠍のプラヴィックは牛等のプラヴィック並に需要があった。山羊のプラヴィックは主に沖縄に出荷されている。山羊そのものと違い臭みがかなり少ないと好評なのだが、他の動物に比べると需要は低い為動物実験にも活用されていた。


「あぁ陽日先輩、土萌羊の首輪を。」


郁はコンピュータに土萌羊の情報を入力すると、腕時計を見ながら直獅に手を差し出す。


「おう!」


数字の表示の無い(首から外すと自動で表示は消える)首輪と、首輪を外せる唯一である鍵を手渡し、直獅は郁が首輪の設定をリセットしているのを見ていた。首輪はプラヴィックである証であり、数字は出荷までの残りの日数を表している。直獅にも勿論首輪が着けられているがライオンを食用にする例は殆どない為、殺処分用のプラヴィックとして数字ではなく"EXE(executor:執行者)"の文字が表示されていた。
余談であるが郁が下等な存在である直獅を"先輩"と呼んでいるのは、彼がこの施設に就任した時に既に直獅がEXE(イグゼ)として働いていたからという、単純な理由だった。EXEには特別に人間に近い生活の場が与えられており、仕事として時折御馳走にありつける機会もある為、特に現状に不満はないようである(何より、殺される事なく生活するにはEXEを勤める以外にないのだが)。


「さてと、陽日先輩」


首輪を回収箱に放り、郁は椅子から立ち上がった。


「見回りの時間ですけど、どうしますか?」


「ハイの奴らの所は?」


「2時間後に行きます」


「じゃーそれまで休んでるわ…、山羊の前に鶏も食ったからなー。一日にプラヴィック二匹も食うと流石に腹一杯だ!」


「あぁ、白鳥弥彦も処分対象でしたからね。
わかりました。じゃあそれまでにその生臭いの、どうにかしといて下さいね」


直獅が退室した後、郁はプラヴィックの飼育データの入った小型の端末を机の引き出しから取り出した。そしてポケットに小型の麻酔銃を忍ばせると、施設の見回りの為に管理室を出た。














プラヴィックは人間と同等の知能を持つ。教育を受けさせれば、優れた学力を持つプラヴィックが生まれるかもしれない。だが、プラヴィックは動物である。動物が人間と同じ立場で生活ができるわけがない。
人間に並ぶ知能を持ちながら、何故大人しく家畜としての扱いを受け大人しく出荷されるのか?それは、プラヴィックが人間のように"自分の立場"を理解しているからだ。
『自分はプラヴィックであり、人間の下である。』
神を前にして、人間が『自分は神より下である』と本能的に悟る心理に等しいだろう。…ところが、中には人間の自分達に対する扱いに疑問を抱く者もいた。
施設の人間は"出荷"を"門出"と呼び、死ではなく新しい生活の場に移動するのだという肯定的なイメージをプラヴィックに植え付けている。ところが時折現れる、聡いプラヴィックは感づくのだ。『自分達は人間の都合のいい存在に過ぎない』と。
それに気が付いた彼らは、施設運営を妨げる者として"ハインダー・プラヴィック(Hinder Pluveck)"と呼ばれ、思考の伝播を防ぐ為に隔離室に収容される。通称「ハイ」と呼ばれる彼らは、時に人間に殺意を持って襲い掛かってくる事があり、その為隔離室に行くにはEXEの同行か麻酔銃が必須であった。


「おはよう、龍之介君。もう昼だけど…まだ眠い?」


郁は普段の冷酷な表情を隠し、施設の人間に従順なプラヴィックがいる一般棟の、蠍のプラヴィックが飼育されているゲージの中に入った。蠍のプラヴィックに蠍特有のハサミは無いが身体に比例して大きな尻尾が生えており、下手な扱いをすればすぐに深々と刺されてしまうだろう。毒性は強くないが、気が立っている時に近付くのは他に比べて危険なプラヴィックである。


「あ……郁さん…」


「あー、また一匹だけコオロギ残して…。何、また僕に食べさせて欲しいの?」


木の陰で寝ていたこの若者の名前は宮地龍之介といい、毎食餌の昆虫を一匹だけ残す事を除いては実に手の掛からないプラヴィックだった。土や枯れ葉を踏み二十畳程のゲージの中を歩いて龍之介の下に移動すると郁はしゃがんで、龍之介の頬を歩いていたコオロギを摘む。龍之介は郁を気に入っているらしく、こうして最後の一匹を郁に食べさせてもらう事をねだった。端整な顔付きの龍之介のおねだりが満更でもないのか、郁はそれにいつも快く応えてやる。


「……はい…」


龍之介は少し照れ臭そうに郁のワイシャツの裾を掴み、伏せ目がちに頬を赤らめた。悍ましい尻尾を郁の腰に撫でつけると、その控え目な愛情表現に郁はくすっと微笑み、龍之介の頬に手を添える。
龍之介の首輪の数字は、"1"だった。


「ほら、明日からは僕無しで全部食べなきゃ駄目なんだよ…?」


明日には売り飛ばされ、近日中に殺されるであろう家畜に郁は嘘の愛情を注ぐ。


「…わかってます、明日にはもう此処を出て、独り立ちの訓練を受けるんですよね……」


「寂しい?」


「……………郁…さんは…?」


「僕も、寂しいよ…。だから、早く立派になって僕に会いに来てね」


龍之介の唇にコオロギの頭を触れさせながら柔らかく笑うと、郁は額にそっとキスをした。龍之介は赤い顔を益々赤くし、虚実にも嘘塗れの愛情にも気付く事なくぱきゅりと音を立ててコオロギにかじりつくのだった。















端末に龍之介のコンディションに異常がない事を入力し、郁は次の部屋に向かう。今日見て回らなければならないプラヴィックは明日出荷される者達であり、十匹ほど見る必要があった。しかし出荷に至るプラヴィックは大抵従順である為、見回り自体は大して大変ではない。自分を慕う動物達が明日には食用としてただの肉塊になっているのかと思うと、流石の郁でも気分のいいものではなかったが。(プラヴィックを殺す時、麻酔をかけると薬が体内に残る事から屠殺用の部屋で首を切り落とし、その後切り分ける方法が取られている。)


「おーい、水嶋ー!」


「あ、陽日先輩…早いですね」


約束の時間まであと15分程あったが、直獅は既にハインダー・プラヴィック達が収容されている棟の扉の前で待っていた。普段は5分程度遅れてくる事が多い為、郁は珍しく表情を変える。


「あれ、まだ聞いてないのか?」


「何をです?」


「30分くらい前に連絡が入ったんだよ、新しい種類のプラヴィックが二匹見付かったってさ!」


「へぇ…」


この棟にはEXEのみで入る事は許可されておらず、人間しか鍵を解除できない様になっている。郁はその扉のロックをカードキーと指紋認証で解除しながら相槌を打った。


「種類は何ですか?」


「蟹って言ってたなー」


「蟹…。これまた、そのまま出荷出来ない種類が来たものですね」


「出荷ルートは蠍と同じ、ってとこか?
あ、でさでさ!まだあるんだよ!」


扉の中は薄暗い廊下が続いており、しばらく進むと厚いガラスケースがずらりと並ぶ通路が現れた。ガラスが厚いのはハインダー・プラヴィックが暴れても、万が一にもガラスケースが割れてしまう事を防ぐ為である。その中には様々な種類のプラヴィックが収容されており、抵抗度によっては身体を拘束されている者もあった。そんなプラヴィックには目もくれず、直獅はどこか楽しそうに声を弾ませる。


「二匹のうちの片方さ、どーにもハイっぽいらしいんだよな!」


「本当ですか?」


「あぁ。一匹は一般棟行きになったけど……もう一匹は、SE-7に入れられたって。」


「SE-7……、…七海哉太の隣ですか」


隔離棟はエリア毎にGR(grassland)、SE(sea)、FO(forest)と区分されており、今回やってきたハインダー・プラヴィックは蟹であるためSEエリアに収容されたようである。七海哉太というのは、耳の後ろにエラがある事と10分程度であれば陸地で行動出来る事以外は人間とさして変わらない魚のプラヴィックで、特に暴れる事から首や腕に拘束具を着けられている若者だった。
郁は口角を上げ、直獅を見下ろす。新しい玩具を見付けたように輝く瞳は、眼鏡の奥で妖しく歪んだ。


「陽日先輩……。蟹…、食べた事ありますか?」














continue














2012.7.30

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