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Novel
【拍手ログ】宇宙








5年後錫梓









部屋掃除をしていたら懐かしい手錠が出てきた。部屋掃除といっても普段から綺麗にしてるから大してやることはないんだけど・・、たまには押入れの中でも整理しようかなと思ったからだ。黒のケースから出てきた手錠は高校生の時に木ノ瀬に使っていたやつで、ちょっと大人な気分に浸っていたのを思い出す。・・・思い出すのはちょっと恥ずかしいんだけどな・・・・・・。
そういえば、と時計を見ると時刻は17時。今夜は半年振りに木ノ瀬がうちに来るからな、沢山美味しい料理を食べさせてやらないと!
俺は懐かしさと恥ずかしさの気持ちと一緒に手錠をケースにしまい、再び押入れの中に入れてから腰を上げた。








楽しい時間程過ぎるのが早い。
木ノ瀬と一緒に食事をし、近況を報告しあったりしていたらいつの間にか時計は22時を回っていた。食器を片付け、その後風呂に入っていたら夜中になってしまい、お互い明日がオフでよかったとため息をついた。尤も、木ノ瀬はスケジュールに余裕がなければ日本に帰ってこれなかったわけなのだが。
今日は満月で、もう寝るだけの俺たちには月明かりだけでも十分だった。照明の消えた寝室から見える夜空は、星こそ少ないが澄んでいて美しい。ふと幼馴染の事を思い出し、この綺麗な月を写真に撮って送ろうかとも思ったが、俺よりもアイツの方が綺麗に撮るだろうな。


「東月先輩」


ベッドに腰掛けている俺の後ろから声が掛かる。二人で寝るにはやや狭いベッドだが、ぶっちゃけ今夜は普通に寝るつもりはない。高校生の時のようにがっつきはしないが、それでも生憎まだまだ若いのだ。
俺の首に腕を回して抱きついてくる木ノ瀬に「ん?」と返事をすると、彼にしては珍しく甘えた声で「なんでもないです」と囁いた。


「久しぶりだなぁー…、東月先輩のにおい」
「はぁ?」
「ん〜…優しくて、温かい感じがします」
「お母さんみたいって言ったら、フライパンで頭を叩いてやろうかと思ったよ」
「あはは!それこそお母さんじゃないですか」


ケラケラと笑う木ノ瀬の声に、俺はどうしようもなく安心する。わかっているんだ、木ノ瀬が絶えず興味を持ち探究し続ける事が出来るのは…もう宇宙しかないという事を。宇宙飛行士は死亡率が66分の1という、眩しく脚光を浴びる裏側は真っ暗な死と隣り合わせの恐ろしい職業だ。それでも、木ノ瀬が宇宙を望むなら俺にそれを止める権利はない…(…ずっと俺のそばに繋ぎ留めておきたいというのが本音だが)。
…だからこそ、抱きしめてくる腕から、背中に感じる身体から伝わる熱に、当たり前のようで当たり前じゃない”生”を感じられて俺は安堵する。


「そうだ、夕方に掃除してたら懐かしいのが出てきてさ」
「なんですか?」


少しでも離れるのは惜しいが、そう言って立ち上がり押し入れから手錠の入ったケースを取り出すと、木ノ瀬は僅かに首を傾けて俺を見上げた。ベッドに上がり、木ノ瀬と向かい合うようにして座る。そしてケースを開けて中から古ぼけた手錠を取り出すと、木ノ瀬は驚いたように目を見開いた。


「これって…!」
「覚えてたのか」


苦笑混じりに言うと、「こんなの、取っておかないで下さいよ」と笑われた。


「なんだか恥ずかしいですね。」
「だよなぁ。俺も見つけた時は、うわ〜って思った」


木ノ瀬は赤みがかった手錠を俺から受け取ると、しげしげと眺めては過去を思い出すように目を細める。月明かりに照らされた顔は昔よりも大人びていて、艶めかしさに思わずうっとりとしてしまう。


「手錠使うと、東月先輩…普段よりも楽しそうでしたよ」
「人聞き悪いな」
「事実ですから」


くすっと笑い、木ノ瀬はそのままベッドに倒れこんだ。子供がふざけるみたいに勢いよくいったものだから、軽い身体はスプリングを軋ませて小さく跳ねる。挑発的にほほ笑む木ノ瀬にのしかかり髪の毛をゆっくりと梳くと、猫のように俺の手に頬を寄せてきてとても可愛らしかった。


「……次も、生きて逢えたらいいですね」
「逢ったばかりなのに言うか?」
「すみません。…でも、それが現実なので」
「…わかってるよ」


俺は鉄臭い手錠を木ノ瀬の手から取り、また物思いに耽る。次…と言わず、ずっと一緒にいたい。死ぬかも知れない仕事なんて止めて、ずっと俺と暮らしていて欲しい。でもそんな事を言ったとしても、きっとコイツはバッサリと断るだろう。勿論、それでいいんだ。


「木ノ瀬、ちょっと手…貸して」
「…はい」


両手を合わせて出してくるなんてな…。俺が何をしようとしているかお見通しらしい。


「…この手錠、まだ使えると思うか?」
「どうでしょうね」
「もし使えたらさ、……お前の事、そのまま繋いじゃってもいい?ずっと…俺のそばに、さ。」
「………どう…でしょうね…」


円を描く冷たい金属を木ノ瀬の左手首に近づけ、触れ合わせる。ひんやりとしていて、しかし思い出の刻まれた手錠はどこか熱をもっているようだった。俺は手錠を持つ手に力を込めて、円の中に白い手首を閉じ込めようと押し込んだ………のだが。
カシャン、と間の抜けたような音が鳴っただけで、既に壊れてしまっていたらしい手錠はぶらりと片腕をぶらさげて揺れていた。


「…あ〜……やっぱり壊れてたのか…」
「残念ですね」
「…え?」
「……東月先輩にだったら、繋がれててもよかった。そう言っただけです」


どこか寂しそうに笑うこの後輩は、どこまで俺をドキドキさせるつもりなのだろうか。
手錠が壊れていたのは残念だったが、俺はそれでもよかったと思ってしまう。そう、思わされてしまう。


「手錠…かからなくてよかった」
「どうしてですか?」
「んー…やっぱり、お前は宇宙が似合うよ。それに…」
「それに?」
「お前の可愛い本音が聞けて、すごく嬉しかったからさ」









暗く煌めく宇宙に居たって、お前が寂しくないように。
地球にお前が帰ってきた時に、俺はイヤってくらいの愛情をあげよう。見えない鎖で繋いで、呆れるくらいの愛をいつでも感じさせてあげる。

だから、次も生きて帰ってきてくれ。
うんと溜まったお前への愛を、俺から受け止る為に。















end


2012.6.18

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あきゅろす。
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