Novel
【女主夢】10*女主【naruka様リクエスト:鏡合わせ】
(二人は鏡)
鏡合わせの時だけ、互いの姿が互いの鏡面に写った時だけ…、私達は会話をする事が出来る。だから私は、朝が大好きだった。
朝、持ち主さんが身なりを整える為に姿見の前に立ち、最後に手鏡である私を持って髪の毛の乱れがないかを確認する。艶のある茶色の髪の毛は、いつも綺麗だった。
「おはようございます、琥太郎さん!」
「……あぁ、名無しおはよう」
鏡の縁に綺麗な琥珀が幾つか埋め込まれているのが特徴的だから、私はいつしか彼を琥太郎さんと呼ぶようになっていた。名無しというのは、私が琥太郎さんと話すようになってから彼が付けてくれた名前で、とっても気に入ってる。だって、大好きな琥太郎さんが付けてくれた名前だから…。
持ち主さんはオシャレで綺麗好きで、一週間に一回、柔らかい布で私達を磨いてくれる。中世をイメージしたデザインの私の縁を、ゆっくり丁寧に拭き曇りが無くなるまで鏡面を優しく擦ってくれる。その時間が、私は琥太郎さんと話す時間の次に好きだった。
今日はとてもいい天気で、持ち主さんはうきうきしてるみたい。彼氏さんとデートなのかな?思えば、いつもよりオシャレに気合いが入ってる。
「持ち主さん、今日はいつもより綺麗ですね!」
「昨日、アイツから電話があったぞ」
琥太郎さんが言う"アイツ"は、彼氏さんの事。
「そうだったんですかー」
「なんだ、また寝てたのか?」
「引き出しの中って退屈ですよ?ひたすら寝てるしかないですっ」
「はは、確かに、それもそうだな」
姿見である琥太郎さんは、壁にはめ込まれているから室内を見渡せたり一日の変化を感じる事ができる。でも私の収納場所は琥太郎さんの隣にある机の引き出しだから、使ってもらう時しか外の世界に出られない…。それでも時々持ち主さんが私を持ってお出かけしてくれる事があるから、それで満足!
私が夢中になって琥太郎さんと話していると、琥太郎さんは「あ」と何かに気付いたのか声を漏らした。
「どうかしたんですか?」
「名無し、持ち主に寝癖付いてるって教えてやれ」
「えっ、どこですか?」
「お前の端に映ってるだろ?後ろだ」
大変!これからデートなのに寝癖は駄目っ
小さな事もちゃんと気が付く琥太郎さんは本当に凄い。私なんて持ち主さんの後ろから琥太郎さんに話し掛けていたのに…全然気が付かなかった。
よく見ると首の後ろの髪の毛がちょんっと立っていて、そこは私の死角になりやすいところだった。私は急いで光を集めると、ギュッと溜め込んでから私自身を瞬かせる。反射じゃなく故意に光るのは、鏡として本当はあまりよくないけど…人の手助けになる事ならそこまで厳格にならなくていいと思うの。あ、ほら!持ち主さんが光に首を傾げた時に、ちょうど寝癖に気が付いたみたい!
『やだ…もう時間なのに寝癖あるなんて〜!』
「よかったー」
手櫛で寝癖を押さえる持ち主さんを見て、ほっと息を吐く。幸いあまり頑固な寝癖ではなかったようで、すぐに綺麗な後ろ姿になった。
『反射してくれなかったら危なかったぁー……。』
もう服装のチェックが済んだのか、持ち主さんは私を両手に持つと、淡いピンク色のマニキュアを塗った指先でそっと私の縁を撫でてくれた。
「えへへ、嬉しいな…。持ち主さん、楽しんで来て下さいね!」
「…ん?…どうやら、アイツが来たみたいだな」
「あ、本当だ…」
呼び鈴が鳴り、持ち主さんが嬉しそうに表情を弾ませる。すると、いつもはちゃんと私を引き出しの中にしまうのに今日は机の上にそっと置いたまま、きらきらとした笑顔で出掛けてしまった。
てっきり、琥太郎さんと話す時間が終わってしまったのかと思ったけれど、今日は持ち主さんが帰ってくるまでずぅっとお話できるみたい!
「わあ、琥太郎さんっ 今日はいっぱいお話できますね!」
嬉しくて、ついついはしゃいだ声を上げる。すると、琥太郎さんは「子供みたいだな」と笑った。
「うー……子供じゃないです」
「ぷっ、あははは!冗談だ、そう怒るな」
琥太郎さんの声もどこか嬉しそうで、その変化に何よりも胸が高鳴った。
…………眠ってもいないのに、悪夢は私達に這い寄ってきた。
それは昼過ぎ、私達がのんびりとお話をしていた時。部屋の中に黒っぽい煙が現れたので、私達は驚いて固まった。
「そ、そんな……!まさか火事…!?」
意思があっても、私達は鏡。動く為の手足も、声を張り上げる為の喉もない。
「嘘……っ」
「っ、落ち着け名無し、外の人間の声を聞いてみろ。直に消防車が来る」
混乱した私を宥めるように、琥太郎さんは落ち着いた声色で私に声をかけてくれた。耳をすませると、確かに人が火事についてを口々に声を大に叫んでいて、どうやら消防車も来てくれるみたい。よかった…。
でも、火の回りは予想以上に早かった。
外から消防車の音が聞こえてくる頃には炎は家中を包み込み、私達のいる部屋も例外でなく…赤くて、黒くて、熱かった。私達は、鏡…。火や熱には…弱い。
「うっ、……琥太、郎…さん…っ、」
「く…っ、名無し、大丈夫か…!?」
私を心配する余裕なんて無いはずなのに、琥太郎さんは私を励まそうとしてくれる。私は手鏡で小さいけれど、姿見である琥太郎さんは炎をまともにあびたりしていて、縁が焦げてしまっていた。
「琥太郎さん…っ、琥太郎さん…!割れないで、死なないで…!」
「……つ…ッ、…全く、情けない声を出すんじゃない」
「だって…!」
そんな私の言葉を遮るように、少し離れた所の天井がガラガラと轟音を立てて落下する。それに驚いていると、今度は近くの窓ガラスが熱に負けて爆発するように弾け、散り、私はその爆風に呆気なく飛ばされてしまった。
「きゃああぁ!!」
机の上から琥太郎さんの足元の床にたたき付けられ、意識が遠退く。
「名無し!?おい名無し、しっかりしろ!」
「……ぁ…、…………こたろ…さん…」
「割れてないか!?」
普段はクールで、声を荒げる事がない琥太郎さんの必死な呼び掛けに、私はぼやける意識をなんとかつなぎ止める。鏡面が上の状態で落下したので、なんとか割れずにすんだらしい……けど、熱で弱っていたところに強い衝撃を受けてしまい、気を緩めたら割れてしまいそう…。
「うっ、く……!頑張れよ、名無し…」
「琥太郎さん…っ」
何度も名前を呼び合い、人が消火してくれるのをただただ待つ。でも私達の近くの天井も崩れ出し、あぁもう駄目かもしれない、とぼんやりと考え始めた。すると、炎は私を嘲笑うように…真上の天井もミシミシと軋ませた。
「くそ…っ、天井が…」
「琥太郎さん…、………私、もう駄目かも…しれないです、ね…」
「名無し……っ、…」
「っひ、ぅ………もっと…っ、琥太郎さんと…お話…したかった…!」
泣きじゃくりながら、私は鏡面に映る琥太郎さんに言った。本当は諦めたくない、割れたくない、死にたくない!でも…私自身では何も出来ない………非力で、無力で、こんな時に泣く事しか出来ない。大好きな琥太郎さんとの楽しい日々が、こんな形で幕を閉じるなんて…つらすぎるよ…っ
天井はもう、耐え切れないとばかりに悲鳴を上げている。
「琥太郎さん……っ、」
位置的に、私の上の天井が落ちても琥太郎さんにはそこまで危害が及ばないだろうという事が、こんな状況だというのにどうしようもなく私を安心させた。
「琥太郎さん……生きて…!」
あぁ、ほら、もう落ちそう。
私は目を閉じると、割れるその瞬間をただ待った。
「さよなら…」
「名無し……!」
最後に、琥太郎さんに名前を呼んで貰えて幸せ…。もう、おしまいなんだ。
……しかし、私は有り得ない音を聞き、もう一度目を開けた。その時に飛び込んできた光景は、崩れ落ちる天井と、真っ赤な炎と、……砕けた琥太郎さんの姿だった。
何かを叫ぶ余裕もなく衝撃に身体を打たれ、私は呆気なく意識を失った。
ガラ…という音に、目を覚ます。目の前は真っ暗だった。あまり熱くない…という事は、消火された後なのかな…今は…。多分私は瓦礫に埋まってるんだ…。
『この辺り…なのに…っ』
……この声…、…持ち主さん…?
泣きながら、瓦礫の中の何かを探してるみたいだった。…見付かるといいな、大好きな持ち主さんの大切な物。
しばらくすると私の上の瓦礫を取り払う音がして、あぁ、ついでに私も見付けてもらえるのかなと微笑んでいると…夕陽が差し込んだ瞬間、持ち主さんの悲鳴のような声に抱き抱えられた。
『あった!!ねぇ、あったよ!』
「…え………?」
もしかして…私を探して…?
朦朧とした意識では、何が何なのかよくわからない。
『手鏡、あった?』
『うん…!でも姿見は…割れちゃったみたい…』
『…そっか』
持ち主さんの前にいるこの男の人は…彼氏さんかな…。
「…って、え!?」
私は"姿見"という言葉に意識を覚醒させると、ハッとして私が埋まっていた場所を見た。そこには黒焦げの柱や天井が山積みになっていて、その中に…この場所に不釣り合いな程に綺麗な欠片が見えた。
「琥太郎…さん…?」
どうして、どうして、……どうして琥太郎さんが割れてるの?割れない位置にいたのにどうして!?
私が驚愕して震えていると、持ち主さんが言った。
『姿見の方がまともに炎当たっちゃったのかなぁ…、……手鏡の上に、欠片が乗ってたの』
……違う、違うよ持ち主さん…。先に割れそうになってたのは私の方なの。琥太郎さんは…………
そこまで思って、私はハッと意識を失う時の事を思い出した。あの時琥太郎さんはまだ大丈夫なはずだった。まだ…、割れないはずだった。
それじゃあもしかして…琥太郎さんは私を守る為に自ら…?!
「嘘……、う…そ…………!!」
そんな…!どうしてそんな事…っ
もしかしたらこの火事を乗り越えられたかもしれないのにどうして…!!
少し前まで琥太郎さんがいた縁は焦げて、熱に余り強くない琥珀は形が崩れてしまっていた。それでも、琥珀は琥太郎さんのように…内側から未だ光を放っている。
琥太郎さん………。…でも、私の命ももう終わりに近付いている事はわかっていた。熱と衝撃に痛め付けられた身体はボロボロで、一部はひび割れている。…引き出しの中じゃない、持ち主さんの腕の中で琥珀を見ながら眠れるなんて、きっと私は幸せなんだ。
「起きたらまた、お話しましょうね…琥太郎さん…。大好き………」
瓦礫から出て身体が冷えたからかな。そっと目を閉じると、一滴の結露が涙のように私の身体を伝う。
その温度差に身体が割れるのと、持ち主さんの泣き声とが私の最期の感覚だった。
「名無しちゃん!」
「あ、月子ちゃんおはようっ」
新学期、実家に戻っていた月子ちゃんと久しぶりに朝の挨拶を交わした。艶々で綺麗な茶髪は、今日も天使の輪を作る。はぁ〜、綺麗で憧れる〜っ
「あれ?ネックレス…」
「あ、うんっ 貰ったの!」
「彼氏かぁー!?」
「ち、違うよお母さん!」
冗談で怖ぁい顔をすると、月子ちゃんはわたわたと手を振った。そんな私達をクラスメイトは笑いながら見ていて、"彼氏"という単語にあからさまに反応する土萌君と七海君は見てて本当に面白い。
「昔ね、両親が結婚する前に家が火事になった事があったみたいで……。その時、お母さんのお気に入りの手鏡を守ってくれた姿見の装飾だったんだって。」
月子ちゃんは小さな琥珀のネックレスを私に見せてくれた。温かい光が、朝日を浴びて更に煌めく。
「そうなんだー…、なんか感動的…」
「だよねっ、って……名無しちゃん…大丈夫…?」
「へっ?あ、あれっ?私…なんで泣いて…」
月子ちゃんの話と、琥珀と……初めて見聞きしたのに、なんでか私は涙が溢れてくるのを止められなかった。
「ごめんね月子ちゃん、私保健室行ってくる…っ」
「えっ!?もうすぐ朝礼始まっちゃうよっ?」
「直ちゃんには女の子の日って伝えといて〜っ」
「えぇぇぇっ?」
多分通じないけど!
私は顔を真っ赤にする月子ちゃんに手を振って、保健室までの廊下を走った。勝手に溢れる涙も、琥太郎さんなら止めてくれるはずっ
私は琥珀の温もりの残る指先で涙を払うと、保健室の扉を開けた。
「おはようございます、琥太郎さん!」
「……あぁ、名無しおはよう」
朝から元気な私に苦笑しながらも、琥太郎さんは温かい笑顔をくれる。私は、朝が大好きだった。
end
naruka様、リクエストありがとうございました!
女主視点で書くのが初めてだったので、「俺は乙女だ<●><●>」という悍ましい(←)暗示をかけながら書いてましたwww笑
\(^o^)/
2012.06.11
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