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Novel
★【プラヴィック-Pluveck-番外編】モブ*08【直獅過去編・上】
Pluveckシリーズの番外編です。先に本編をお読み下さった方が分かりやすいと思います…というかワケワカメになると思うので、お時間ありましたら本編からどうぞ…!

最大のネタバレ:えろはぬるいです!






















自分は人間の筈だった。"人間"と……そう名乗る資格はあった筈だった。顔、体つき、話す言語、感情。なんら人間と変わりはない……。


「……ッ!!」


"筈だった。"







Pluveck leo
番外編








直獅は自分を"人間だ"と感じながら生きてきた。我々人間が、自分は人間であると自然に認知するように、改めて"自分は人間だ"と思わない我々人間のように、直獅は自分をヒトであると思っていた。それはヒトの形をしている"人間という生物"が自然と感じるものと同じような感覚であった。
直獅は親の顔を知らない。生まれてすぐ、人里離れた平原で空腹で弱っていたところを、同じく人里離れたこの施設に連れられたらしい(幼い頃の記憶であり、直獅も話を聞いただけである)。幼いプラヴィックに対しても、無論この施設の人間達は"プラヴィックとは何か"について教育を始めていく。直獅のように鋭い牙と爪、そして"耳と尻尾"が付いていながら『自分は人間だ』等と抜かす愚か者に対しては特に、である。
当時、直獅が施設に保護(死にかけていたところだったのであるから、結果はどうであれ"保護"としておく)された頃、施設の管理者はまだ郁ではなかった。郁が直獅の事を「先輩」と呼んでいた通り、当時郁はまだ施設にはいなかったのである。前任の管理者は郁とはタイプの違う人間であった。親の顔も知らず、ここの人間に見付かってしまったがために一生を拘束された直獅を、純粋に"可哀想"と。そう考えるような人間だった。


「あのライオンのプラヴィックの教育……まだやらないんですか?」


「外界に興味を持ちはじめています。もし脱走なんかされたら……」


「そうですよ!外の人間に見られたらどうするおつもりですか!?」


プラヴィックらしく急速に成長していく直獅を見て、焦る部下達は毎日のように管理者に声を掛ける。人間でいうところのまだ15、6歳だった直獅は純粋で、明るく……。そんな直獅に"プラヴィック"という"現実"を突き付ける事が、前管理者にはどうしても出来なかった。


「わかってる……わかってるよ……」


……その次の日の事だった。直獅が施設を抜け出したのは。





















施設の人間の血の気が引いている事も知らず、直獅は呑気に山道を歩いていた。偶然開放されていた窓から抜け出し、壁のパイプや僅かな足場を飛びうつって地上に降りた彼は、"ちょっとくらい外の世界も見てみたいぜ〜!"程度の軽い気持ちだった。至って普通に、また帰ってくるつもりだったのである。
腹が減ったからと兎を食いながら、道などわからないが取り敢えず前へ前へと進んでいく。進んでは休み、腹が減ったら獲物を食う。自分がプラヴィックであると知らない直獅は、"狩り"という行為に"何も思わない"。もし施設の職員以外がその光景を見ようものならば、異様とも言える行動に硬直しただろう。……不幸か幸いか、直獅は追っ手にも、他の人間にも見付かる事なく山を下りる事が出来た。


「うわぁ……」


初めて見る雑踏。初めて感じる空気。家や商店が連なる通りから聞こえてくるざわめき等は、どれも直獅が初めて体験するものだった。物陰からこっそりとそれらを覗いていたところを、目の前を大型のトラックが通過していき「うわ!」と顔を引っ込める。横から突然カラスに足をつつかれ、思わず飛び上がる。初めての光景、体験……それらは直獅の心をわくわくと高揚させた。
時々通る車以外に特に危険はなさそうであり、直獅はホッと一息ついて街中へと歩を進めていく。施設ではまず聞く事など出来ない、楽しげで賑やかな声に誘われるように、直獅は人々の中に入っていこうとした。
……が。


「何……あの子、コスプレ?」


「いやいや、耳だけとかないっしょー。……って、尻尾もとかクオリティ高いな」


楽しげな空気の中に、混ざり始める怪訝な声。


「なんかあの尻尾動いてる……」


「それに見てあの爪!……つけ爪かなぁ?」


「でもさー、あんなん売ってるの見た事ないよ?しかも男で、とかあんまなくない?」


最初は景色に気を取られていた為空気の変化に気が付かなかった直獅だが、彼の耳に入る疑惑の声と身体に感じる訝しげな視線にようやく気が付き、周囲に目を向けた。ひそひそと話す者。耳や尻尾を指差し首を傾げる者。様々な視線が直獅に絡み付いていく。
なんだ皆?なんで俺の方じーっと見てんだろう。
施設の者は直獅の容姿について怪訝な目を向けたり、不審そうに指を指した事もない。つまり直獅は、自分の姿が一般人に見られた時の事について予想した事も、隠れなければいけないという事も知らなかったのだ。
そのうち、強い好奇心に突き動かされた者が直獅の背後にこっそりと近寄る……。一歩、また一歩と直獅に忍び寄り……そして、遂に彼の揺れる尻尾をぎゅっと握り締めた。


「ギャッ!?」


「うわ!やっぱコレ本物だ!!!」


雑踏と疑問とに気を取られていた直獅は、周囲への注意を怠ってしまっていた。普段ならば背後からの気配など……それもただの人間が不器用に忍び寄る気配など、簡単に察知できたであろうに。


「ッッ!!離せ!」


周囲の人間達が尻尾が本物である事に衝撃の声を上げたと同時に、突然尻尾を掴まれた驚きに、直獅は本能的に攻撃を繰り出してしまっていた。尻尾を掴んだ人間の手首を思い切り握り、怯んで手を離したところを正面から思い切り蹴り飛ばす。


「っぐあぁ!」


更にその人間に飛び掛かり、噛み付いてやろうと口を開いたところで……背後から空気を裂くような音を感じ、サッと身を翻して人混みに勢いよく飛び込んだ。振り返れば、もといた場所ではバットを持った人間が悔しそうに表情を歪めており、直獅はホッ、と息をついて全力で走り出した。ざわめく人々を掻き分けながら、ちょうど帽子を被っていた人間からそれを奪い、人混みを抜けた所にあった裏路地に滑り込む。耳を隠すように帽子を深く被り、尻尾をズボンの中に押し込みながら、直獅はひたすら走った。何故自分がこんな目に遭っているのか……それも分からぬまま。























「はあ…っ、はあ……!っくそ……なんなんだよ……!」


初めての土地を、それも人間が区画した土地を宛てもなく走り回り、直獅は息を切らしながら悪態をついた。人通りのある道に出てしまってはアウトだろうかとも考えたが、しかし冷静になってみると、直獅の事を見てしまった人間というのはこの街の住人の"ほんの一部"である事が分かる。それを思い出し、時には表の通りも歩いた直獅であるが……やはり人目のつかない路地裏が最も落ち着いた。


「……はあ」


どうするか……。
帰ろうにも、随分と適当に歩き回ったせいで道も分からない。取り敢えずたどり着いた考えは、このような耳と尻尾があるのは"普通ではないのかもしれない"という事である。思い返せば施設の職員に自分のような耳を持っている者はいなかったし、この街の人間もまた然り……。
『この耳は、尻尾は、爪は……もしかしたら"普通"じゃないのか?』
先程の人間達の、まるで化け物を見るかのような目……。それを思い出し、振り払うように直獅は頭を振った。


「……」


考えても何も変わらない。考えようにも、直獅は何も知らないのだ。自分がプラヴィックであり、人間ではないという事を。
しばらく後、呼吸を整えた直獅は再度人通りの多い道に出て行こうとした。一か八か、人間に山の方面に戻る道を聞こうとしたのである。ずれていた帽子を目深に被り直し、さあ行くか、と一歩踏み出そうとしたところで……「ねぇ」と後ろから肩を叩かれ、直獅は弾かれたように振り返った。


「!?」


「あぁごめん、驚かせちゃったかな」


そこにはいかにも軽そうな風貌の男達が数人、にやにやとした表情を浮かべて立っていた。普通の人間であれば、この時点で身の危険を感じ逃げ出しているところであるが……直獅は"攻撃の意思を感じない"という単純な情報だけで、身体の力を抜いてしまった。


「……誰だ?」


「いや、なんか道に迷ってそうな感じだったからさ。もしかしてこの街来るの初めて?」


「もし良かったら道案内してあげようか?」


「ほっ、本当か!?」


「勿論!で、どこ行きたいの?」


「山の方に行きたいんだけどさ……」


「それなら大通りに出た方が早いな。よし、じゃあ先に通りに出ようか」


「サンキュー!」


男の促しで、彼らに背を向け足を踏み出す直獅。ざわめく通りに歩を進めながら、「なんだ、親切な奴もいるじゃん」と足取りは軽い。背後で、彼らのうち一人が木刀を振りかぶり直獅の後頭部を狙っているとも知らず……。

























「おい……こいつ…コスプレとかじゃねぇぞ!?」


「ゲッ、この尻尾もマジじゃねーか!」


ずきん、ずきんと重くのし掛かるような鈍痛が、頭部から全身に広がっていく。息をしようにも、痛みが身体を強張らせてしまってままならない。しかし自分の耳や尻尾を触られる感触、口を引っ張られ牙をつつかれる感覚はなんとなく分かった。


「…ぅッ……」


小さく呻き、薄目を開ける。「うわっ、目ぇ覚ましたぞ」とかなんとか、周囲の声のやかましさに目玉だけを動かしてみると、先程の若者達が自分を取り囲み、見下ろしているのが分かった。廃れた倉庫にでも連れ込まれたのか、薄汚れた固い床を皮膚に感じる。


「うぐっ!?ゔゔぅぅぅ!!!」


咄嗟に、身体を起こそうと力を込めるも、縄で手と両足首を縛られている状態であったためそれは叶わなかった。後ろ手に縛られていた為動きは更に制限され、加えて口には猿轡を噛まされている。帽子は奪われ、尻尾もズボンから出されてしまっていた。直獅が目を覚ました事に驚いた若者達であったが、直獅が満足に動けないと再認識すると、安堵したのか再度表情を緩ませた。


「いやー、正直ビビったわ。お前……この耳とか本物じゃねーか」


「ライオンのコスプレとかマニアック〜、とか思ったら、ガチなんだもんな!超ウケたわー」


「尻尾が性感帯です、とか、そういう要素ナイの?」


「お前…まだそのネタ引きずるのかよ気持ち悪い」


「ぎゃはははっ 漫画読みすぎだろー」


男は合計三人。ライオンである直獅であれば、簡単に"ぶちのめせる"程度の人数である。だが今の直獅は拘束されている状態であり、一人殴るどころか噛み付く事だって不可能だろう。


「グルルル……ッ」


「うっお、すげー唸ってる唸ってる」


せめてもの抵抗として、低く唸り声を上げてみるが軽く流されて終わってしまう。頭の痛みに堪えながらももがいた手首は縄で擦れ、徐々にひりひりとした赤みを生んでいく。爪を引っ掻けてもみたが、切れそうにも、解けそうにもない。


「まあまあ、そんなに警戒すんなよライオン少年。別にお前の事をボコろうとか晒し者にしようとか、そんな事は、全然考えてないんだぜ?」


そう言いながら、若者のうちの一人が直獅の前にしゃがむ。気持ち悪そうに表情を歪める直獅を他所に、オレンジの髪の毛を触りながら他の二人に目配せをする。二人はニヤリと口角を上げると、一人は直獅の背後、もう一人は横へと付き、「よっこいしょ」と声を出しながら直獅の身体を真っ直ぐに起こそうと力を込めた。


「ゔゔゔぅ!?」


「おら、抵抗すんじゃねーよ!」


突然身体を捕まれ、起こされそうになった驚きに直獅は思わず身悶えたが、その抵抗が気に食わなかったのか、横にいた若者は直獅の腹に拳を叩き込んだ。


「グふッ……!」


元来短気であるのか、他の二人は呆れたようにやれやれと肩を竦める。苦痛に抵抗を弱めた直獅の身体を彼の背後の若者に預けると、頭を撫でていた若者はククッと笑った。


「痛かったか……?ごめんな、実はコイツすげー短気でさァ。俺達も困ってるくらいなんだよ」


頭を撫でていた手を頬に、首筋に這わせ、優しい声色で囁きながら直獅に近寄る。直獅は気味悪さとくすぐったさに顔を背けるが、背後の若者に耳を食まれ、びくりと身体を跳ねさせた。


「んっ……!」


「お、耳イケるんじゃね」


「あっははは、珍しいモン見付けたと思ったら、当たりかも知んねーな。
他にも俺達の仲間、いるからさー……後でそいつらも相手してよ、ライオン少年」


シャツの裾から手が滑り込み、割り開かれた膝から太股、股間へと徐々に撫でさすられていく。この行為が何なのか……何も知らない直獅は、与えられる感覚にただただ困惑していた。

























「っひ、ぅ……んぁ、あっ………!」


猿轡を外された口からは唾液と喘ぎ声が漏れ、無理矢理犯されているにも関わらず目は半ばとろけかけている。手足を拘束されたままの状態で腰は高く掲げられ、何回目とも知れぬ挿入を甘んじて受け入れていた。最初こそ激痛に呻いてばかりであったが、その血が精液に薄れ切った頃には今の様な嬌声を上げてしまっていた。


「中々イイな…っ、こいつ」


「牙のせいでフェラはNGだけどな〜」


「あっはっはっ、それな」


「っくぅぅ……!」


若者の一人が横から手を出し尻尾をいやらしく撫でさすると、直獅は背を仰け反らせ歯を食い縛る。最初は何も感じなかった部位であるのに、艶めかしく触られ続けた影響で、文字通り性感帯となってしまったのである。ぐちゅぐちゅと、耳を塞ぎたくなる抽送の音に耳が震え、その耳も擽られいよいよ声が切羽詰まる。


「んっく、ぁ、あっ……ひ、あ、あっ、ああ………あ…ッ、…!」


「俺この声ハマりそ〜」


「声変わりはしてるよな?」


「でも女みたいで燃える。ま、ちゃんとちんこはついてるけどな」


いくつもの手が身体を這い回り、そのうちの一つが直獅の陰茎に手を伸ばす。先走りとローションに塗れたそこは、触られただけで身体がひくつき、直獅は耐えきれない快感に掠れた声で「やめろ」と叫んだ。しかしその声も、後からくる喘ぎに追いやられ、まともに言葉にならない。


「ゃっ、め……あ…あぁ!」


「いいよいいよ、もっかいイっちゃいなよ」


「あー……っ、俺もそろそろイくわ…
おい、また中に出すからな」


「っひ、くぅ……!ち、くしょ……ぅっ、あ、あぅぅ…ッ」


声と声の間隔が狭まり、頭の中が白く痺れていく。気持ち良いやら、気持ち悪いやら……初めての事が重なりすぎていい加減わけがわからなくなってくる。


「も、…う……ッ、また……っ、あ、あ!また…イ……っ、ぅ、ん、あ、ああああっ!!」


そもそもこの行為はなんなのか。普通だと思っていた耳や尻尾、爪や牙に、何故過剰な反応をされるのか。何故こんな目に遭わなければいけないのか。……何故、外の世界に出てはいけない理由を、誰も教えてくれなかったのか。
白く弾けた思考に様々な感情が入り混じり、混乱は一周して徐々に怒りへと変わっていく。
氾濫した思考に呑まれているうちに、どうやら挿入していた男は絶頂していたらしい。ずる、と萎えかけたものを抜かれる感触に"可愛らしい"反応をする事もなく、直獅の思考は次第にクリアになっていった。


「あー…ヤったヤった。なんか腹減ったわ〜、コンビニ行こうぜ」


「あぁ!?お前、そりゃねーだろ!も一回くらい俺にやらせろっつーの!」


「うっわ、醜い争いー。くははっ 放っとかれちゃ可哀想だし、俺が相手してあげるよおちびちゃんっ」


すっかり油断し切った一人が直獅の唇を撫で、反対の手でヨシヨシと頭を撫でる。最初は抵抗していた直獅も今や大人しくされるがままになっており、この調子でならフェラも出来んじゃね?と呑気に考えていた彼であったが……。その直後、まさか絶叫を上げる事になるとは想像もしていなかった。
……手だ。
直獅は単純に、そう考えた。『手だ』と。自分をこのように痛め付け、辱しめた"手"である。
俺はこの手に何をされた?殴られて、気絶させられて、手足を縛られて、口に物を詰められて、挙げ句の果てに意味の分からない事を……。
直獅がまとう空気の変化に気付く事なく、この"獲物"は、完全に油断していた。"捕食者"から"獲物"に変わる瞬間を察する事もなく……大きく開かれた直獅の口に、その指を呑み込まれた。


ごキッ


「ギャアアアアアアアーーッ!!!」


「!?」


直獅は人間ではない。人間のように、やられたからやり返してやろう、などといった感情を知らない。単純に"怒り"が……"百獣の王である自分を辱しめた"という本能が、直獅を怒りの衝動に掻き立てていた。
口元に伸ばした指を、強靭な顎の力で噛み砕かれた若者は、突然過ぎる激痛に張り裂けんばかりに絶叫した。


「っにしやがんだ餓鬼がぁぁぁ!!」


その声に弾かれ、振り向いた残りの二人は……流石というべきか、一人は喧嘩慣れした身体で反射的に直獅の横っ腹を蹴り飛ばし、もう一人は指を噛み砕かれた若者に駆け寄った。


「ひ、ぃ…指が……俺の指がぁぁぁ……!」


「ひでぇ…っ、」


若者の指は、鳥肌が立つ様な方向に曲がっており、だらだらと血が溢れていた。直獅は蹴られた衝動にくぐもった声を漏らしたが、怒りに掻き立てられた身体は怯む事を知らず、後ろ手に縛られた両手に渾身の力を込める。


「ぐ、っう、……うぉぉぉぉぉ!!」


「っ馬鹿が!餓鬼の力でその縄が千切れるワケねぇだろう………が…」


態度の豹変した直獅に驚きつつも、若者はポケットに忍ばせていたサバイバルナイフの刃を出し……た、まではよかったのだが、ぶち、ぶち、と有り得ない音が目の前の小さな少年から聞こえてくる事に言葉を失ってしまった。


「(嘘…だろ……あ、あの縄……人間の力で…引きちぎれるモンじゃねーぞ…!!?)」


ナイフを持つ手が震える。緊張に口が渇き、脳が理解し切れないまま、目だけが涙で逃避する事を訴える。
――逃げなければいけない。
指を噛み砕かれた仲間の啜り泣く声がどこか遠くに聞こえる。しかし目の前の少年が縄を引き千切った音は、不思議とよく聞こえた。グルルル……と、可愛らしい外見にそぐわない猛獣そのものの唸り声。牙を剥き出し、歯茎が見えるほど怒りに歪んだ表情。
――逃げなければ……食い殺される。
それはもう、喧嘩慣れした感覚が訴える、等といった生温いものではなかった。……"本能"が、若者の"弱者"としての本能が、逃げる事を訴えていた。


「っは、は、早く逃げるぞお前ら!!!この餓鬼はやばい!!」


「はああ?!」


「んな、こと……言ったって…ッ!」


「いいから早く!早くしろ!」


だが悲しきかな。若者は知らなかった。焦るあまり、無意識に放り投げたナイフが……まさか直獅の手の届く場所に落ちてしまった事など。"如何に確実に勝つか"。それを考えていた直獅は、目の前のナイフを即座に投げて小さな痛手を負わせる……等というちんけな行動は起こさない。ナイフを握り、足の拘束をブチリと切り裂くと、ようやく自由になった身体をゆっくりと起こした。
自由を取り戻した身体に、怒った本能は強く叫ぶ。自分をこんな無様な目に遭わせた奴等を殺せ、と。
ググ、と足に力を込め、コンクリートの床を思い切り蹴る。十数メートルの間合いが瞬時に詰まり、――――――――………。
…………





――…………ほんの一時だった。ほんの一時、悲鳴が上がり、血液が吹き出し、ばたりと倒れる音がした。
自分の牙が肉を引き裂き、喉が肉塊を受け入れる感覚は、自分が感じていながらどこか他人事のように思えた。


「はあ……っ、はあ…っ、…は……」


ふと我に返る。荒い呼吸、血生臭い三つの死体。その死体は乱暴に食い散らかされており、腹に感じる重みが、"自分が食った"という事を知らせていた。
……あれ…?
我に返った直獅は、目の前の状況を瞬時に理解出来ず、はた、と止まる。


「……っ」


口元に手をやると、恐らく眼前の人間のものであろう血液がぬるりと滑る。恐る恐る手の平を見遣ると爪の中までどす黒い血液に染まっており、そこに付着している肉片が、彼らの身体を直接切り裂いた事を物語っていた。


『やばい』


直獅は法律など全く知らない。人間のルールも十分に知らない。しかし、仮にもヒトの姿をしている影響か……今の状況が色々と"やばい"という事は感じ取れた。何がまずいのかそれすら知らなかったが、血の気が引く感覚は直獅を平生ではいられなくする。
――ガチャッ
……と、その時。焦る直獅に追い討ちをかけるようなタイミングで、古くなった鍵が開けられる音が倉庫内に響いた。さして大きくもなく老朽化した倉庫は、不良達の絶好の溜まり場になっていたのだろう。幾人もの若者の賑やかな声が、倉庫のシャッターの外から隙間を縫って入り込んできた。


「それにしても、ライオン人間見付けたとかマジかな?」


「写メ送って来てねーし、嘘だろ嘘!マジだったら全員に晩飯奢る」


「うぉー!流石太っ腹!……ま、晩飯の前に俺達もその餓鬼を食って、腹を空かせねーとな」


「ぎゃはははっ お前何、上手い事言ったーみたいな顏してんだよ!」


その明るい声は直獅を凍らせ、徐々に開かれていく扉の前から逃げられなくする。扉の隙間から射し込む光が無惨な死体を照らし、それはやがて若者の達の視界に強烈なイメージとして飛び込んでいった。


「な……ッ!?」


少し前までメールでやり取りをしていた筈の仲間が、溜まり場に戻ってきた時には"食い殺されていた"等、無論彼らにとって初めて起こる事態である。若者達は勿論だが、それよりも焦り、動揺しているのは直獅だった。彼に理性も、心も無ければ、腹は十分に満たされたのであるから若者達を気にする事なく立ち去れたかもしれない。だが直獅は混乱していた。"見られてしまった"と。食い殺した対象の仲間が現れたところで、野生であればあまり気に掛けやしないだろう。だが直獅は、"見られてしまった"と考え、そこから更に"口封じの為に殺すべきか"、"それとも早く逃げるべきか"と野生では考え得ない発想に囚われ狼狽えていた。
若者達が驚きに硬直していたのも、直獅が次の行動に悩み硬直していたのも、時間にしてはほんの一時。逃げる、という事も考えていた直獅であったが……それはただでは叶わなかった。"やられたらやり返す"という人間にとって自然な感情に突き動かされた若者達が相手では、直獅はただ逃げる、というわけにはいかなくなってしまった。










「化け物……ッ」


















ザザッと草が揺れ、獣のような荒い呼吸が夜の森の中を駆けていく。月明かりに照らされた人影は血生臭く、浴びた血液は一部渇き、走る動きに合わせてパリッと剥がれていく。
直獅は結局、食い殺した若者の仲間も殺してしまった。溜め息をつきながら倉庫を出た時には外はすっかり夜になっており、空には見事な満月が輝いていた。先程の若者達の反応から"誰かに見られるのはまずい"と学んだ直獅は、もと来た方向を探すにはどうすればいいのか……と頭を捻った。殴られて気絶させられてから倉庫に運ばれたわけであり、方向感覚は更に狂ってしまったのである。
……幸い、倉庫は山の付近に建てられており、直獅は物陰に隠れながら麓まで辿り着く事ができた。施設に戻る為、坂をひたすら駆け上がっていく直獅であったが……"化け物"と、その言葉に頭の中を支配されていた。先程若者達を殺す際、口々に叫ばれたのだ。"化け物"と。この耳も、尻尾も、牙も、爪も……直獅にとっては存在している事が自然であり、殺した事だって彼にとってはやむ終えなかったのだ。"やられたらやり返"さなくても、"やらなければ殺されていた"かもしれないのなら、やるしなかったのだ。
何なんだ……っ、なんで他の奴等は俺の事を敵視するんだ…ッ!?


「っくそ……!何を隠してやがったんだアイツら……!!」


施設の者達は、管理者の指示により直獅に対して、彼がプラヴィックであり人間ではないという事を伝えていない。殆ど同じ姿形をしながら、同じ空間で生活をしながら、同じ言語で会話をしながら……自分が"周りと違う生き物"であるという事に気が付くのは中々難しいであろう。故に直獅は、好奇心で外の世界に飛び出し……強制的に事実を押し付けられてしまった。それも言葉ではなく、敵意として……。
化け物、という言葉の意味は直獅も知っている。自分を"普通"だと思っていたのに、そんな自分を、"化け物"という罵声と共に、興味の塊だった外の世界に否定されてしまった。それは非常に悲痛で、辛く、平素であれば崩れて涙を流してもいいように思える。しかし直獅は、それ以上の怒りの感情に縛られていた。言い付けを破り、外に出た自分を棚に上げたいわけではないが……とにかく直獅は知りたかった。"自分が何者であるのか"、と。
アイツらは絶対に知ってる……!絶対…っ!
ひたすら走り、走り……直獅は再び施設へと辿り着いた。山を下りた時よりも早く登りきった直獅は、ぜえぜえと肩で呼吸し、返り血と混ざり赤くなった汗を垂らしながら敷地内へと足を踏み入れる。
監視カメラを通じ直獅の突然の帰還に気が付いた警備の職員は、立ち上がる勢いでガタンッと椅子が倒れた事を気に留める余裕もなかった。急いで館内連絡用の電話に手を伸ばし、管理者の内線番号を乱暴に押していく。直に応答した管理者に、職員は叫ぶように伝えた。


『はい』


「こちら警備室!た、大変です!彼が!外に……ッ」


『えっ?……落ち着いて、もう一度言ってちょうだい』


「は、は……陽日が…っ、戻っ、うわぁ?!」


「五月蝿いぞ……折角寝てたのに、お前のせいで起きただろ……」


元来慌てやすい性格なのだろう、半ばパニックに陥っていたこの職員に対し、慣れた様に別の男が受話器を奪い取った。腰掛けていた椅子から気だるげに立ち上がり、伸びをしながらカメラが映し出す映像に目を遣る。冷静に状況を把握した彼は、やれやれ、とスリッパを履き直しながら再び口を開いた。


「先日脱走した陽日直獅が血塗れで帰還、という状況だな」


『本当に!?…っていうかその声……、今夜は警備室でサボってたの?』


「はははっ、当直っていっても研究所の夜は暇なんだよ。
……さて、と。取り敢えず扉を開けて、直獅を入れてもいいな?俺も行くから医務室の奴等は呼ばなくていい」


脱いでいた白衣を羽織り、彼は声色を引き締めて電話を続ける。


『うん、お願い。……話は、私が直接するよ。あ、私が殺されてもお咎め無し、っていう書類書いてから行こうかな……』


「笑えない冗談はやめろ。今の直獅が何を考えてるか……手に取るようにわかる。
それにしても、なんで直獅にそんな肩入れするんだ?直獅みたいな時期に此処に連れてこられるケースは珍しいとはいえ……」


『……何でだろう。なんでか、放っておけなかったんだよね……』


「……厳しい事を言うようだが、非情に成りきれないなら牢屋に帰れ。……大体、上の奴等はなんでお前を管理者なんかに……」


『……。……今はその話、やめよう。
とにかく陽日君を中に入れて、必要だったら手当ての準備をお願い。私もすぐに向かいます』


「……わかった」


受話器を起き「お邪魔したな」と先程の職員にひらひらを手を振って、男は颯爽と警備室を後にした。小一時間前に突然「サボるから椅子貸してくれ」と現れ、緊急事態にも慌てず、この施設の管理者とも対等に会話をし、また突然去っていった男を見送り、警備室に一人残された彼はぽかん、としながら呟いた。


「星月さんって……何者なんだ……」



















continue..












2014.9.15

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