人外ノ交錯 薄曇りの空の下、神はそこにいた。 わずかに寄せる冷えた潮風を、思いきり吸い込む。石畳の橋の欄干(ランカン)にもたれ、鮮やかなツボから、ビー玉くらいの白い粒を取り出し、口に放り込む。 満足そうに咀嚼(ソシャク)していると、真横に、気配。 「どうした。こんな早くに」 誰もいなかったハズの空間に呼びかければ、そこにはふたりの調停者。 「ゼウス様、こんにちは!」 「おぅ。アルはいつも元気がいいな」 ここの隣りの施設で買い与えた海賊眼帯をした子供が、元気よく手をあげる。その横には無愛想な赤目の調停者。 「今日は●ーだったのか。ちょっと探したぞ」 「この時期はイルミネーションがキレイだからな、交互に見ておきたいのだ」 明かりの灯っていない電飾を見やり、薄く笑みを浮かべるゼウス。 「ポップコーン食うか?ストロベリー味だぞ」 「食べますーっ」 「ストロベリー……制作者の意図は何なんだ」 鮮やかなツボからピンクがかったポップコーンを出し、アルの両手にこんもりと乗せる。シリウスは首を横に振る。 「『流転(ルテン)』も人間の核に根を下ろした」 隣りでポップコーンをむさぼるアルをちらりと見、小難しいことを言う。ゼウスはにやりと笑い、鮮やかなツボの蓋を閉じる。 「ナツヤシュウがやったか」 首をかしげるアルとシリウス。同じ方向に倒したものだから、ゼウスはくすりと笑いをこぼす。 「『破壊』もとられて次は『流転』……このままだと取り返しのつかないことになるんじゃないのか?」 「アル達のチカラも、弱ったりしないんですか?」 この奇怪な子供達は周りの人には見えていないらしく、ひとりとして見向きもしない。地味な青年が電話している風にしか見えていないのだから。 「まぁなんとかなるだろう。別にふたつなくなったところで、オレ様の神々しさが失われるわけでもないし」 ニシシと笑うゼウス。しかしそれに反してふたりはうらめしそうにその笑い顔を見る。 それを見てツボの蓋を開け閉めしながら、 「大丈夫大丈夫。お前らに与えたチカラは弱まりゃしないって、安心しろ」 快活に笑いとばす。ホントよく笑う人だ、と内心辟易(ヘキエキ)するふたり。今はそんなふたりの心を読み取るチカラは、目の前の神にはないのだ。 というより、今のゼウスは――神ではない。 「まぁとにかく、お前らはアイツらがチカラを悪用しないように、ちゃぁんと見張る!いいか?」 「はーいっ」 いいか、と問われ条件反射のごとく返事をするアルと、憮然とした表情で何も言わないシリウス。対称的な反応だ。 そんなシリウスを見て、ゼウスは少し呆れたように笑い、 「そんなにカリカリするなよ。これやるからよ」 幼い子供をあやすように、冬模様のビニール製の袋から某人気ファーストフード店のピエロと同じ名前を持つアヒルが描かれた、楕円型の青い缶を取り出し、渡す。 シリウスはやや嬉しそうにそれを抱えるが、まだ完全に機嫌は直らない。 「これからだ。これから、まどろみから醒め、動き出すだろう」 曇天を仰ぎ、にやりと笑う。アルとシリウスは首をかしげる。 何が目覚め、何が動き出すのかは、神のみぞ知る。そうして、神の思惑は少しずつ、しかし確実に進んでゆく。 それを人間が知るよしなど、ありはしない―― [戻る] |