C
遅咲きのキンモクセイが散った。
ずっと浅い眠りだったので、休日だというのにずいぶん早く目が醒めた。
寮の横にあるキンモクセイが冷えた空気に香りを放つ。
「あ、おはよ」
生活態度は自堕落なクセに、生活リズムだけは乱さないマナミは、少し驚いた表情で朝の挨拶をする。
おはよう。
「どうしたの?蹴っても叩いても起きないのに」
蹴ってんのかよ、叩いてるのかよ。迷惑千万だ。
「こっちのセリフよ」
ちょうどいいからご飯にしよ、とソファから腰を浮かせるマナミ。その顔にはわずかだが、疲れがうかがえる。
「あ、買い出し。食料買ってくるの忘れた」
買い出し、行かなかったもんな。
「修、よかったよね。ラッキーだったよ」
……そうだな。
寮母さんになんかもらってくる。とリビングを出ていったマナミをよそに、考える。
マナミが呼んだはずの調停者は現れず、代わりにオレを助けてくれたのは、
「ったく、せっかくパレード堪能してたのに」
……誰?
「『ダークエンド』なかなか暴れてるじゃないか」
虎ヶ峰が振り上げた鎌を掴み、そんなことを言うそいつは――
「よぉ、一昨日ぶりだなナツヤシュウ」
欝陶しいそうに伸びた髪。野暮ったい黒渕メガネ。ジーパンにリュックサック。
……だから誰?
「今正体明かすから、ちょっと待ってろ」
そいつは根暗そうな顔でやたらカッコよくそう言うと、
「『ダークエンド』我が破壊の御名。宿主が銘ずる――鎮まれ」
中性的で澄んだ声が、闇夜に鳴る。
その声に応えるかのように、草刈り鎌が溶け、揺らめき、すべての刃物が消えた。
一瞬の出来事だった。
現実的な感覚がぶっ飛んでしまったのか、訪れた静寂に頭がクラクラした。
「『マインドブルー』に『ストームフロウト』か」
気を失った虎ヶ峰を抱え、ニヤリと笑う青年。
その笑い方に、覚えがあった。
「……ゼウス」
オレに駆け寄ってきたマナミが、え?と漏らす。
青年はよっこらしょーたろう、とかダサい掛け声で座る。
「人間モードの俺様どうよ。カッケーだろ?」
リアクションに困る。
マナミは自分が抱いていた神とのギャップの激しさに、思考回路ショート済。硬直している。
「コイツ引き取りにアルとシリウスが来るから。もう大丈夫だ」
そうか、それはよかった。
ていうか、お前が出て来たってことは、虎ヶ峰は……
「あぁ。チカラを持ってる。さっきのアレ『ダークエンド』を」
やっぱりか。そうじゃなかったら虎ヶ峰はセ●とかマリッ●に勝てる人になるからな。
「さっきのアレも、チカラのせいなの?」
「そうだな」
虎ヶ峰を見ると、穏やかな表情で眠りこけている。さっきまでの反動みたいに。
「オレ様のチカラは人間が扱うには少々荷が重い。だから細かく13コに分けた」
「でも……」
「でも、『核』が弱ってる人間には扱いきれん」
核が弱ってる?
アルはオレに核がないとか言ってたけど?
「ほう。アルタイルの奴、核の気配を探れたのか」
ゼウスは満足そうに何度も頷き、
「そうだ。ナツヤシュウには『核』の気配はない。でも存在自体が無いわけではないんだ」
「どういうこと?」
「それはな――と、ダメだ。時間切れ」
虎ヶ峰を横たえ、立ち上がると空を仰ぐ。
「お前らにチカラを与えた今、オレ様はただの人間だ」
どこがだよ。
「今はアルとシリウスに無理言ってここに来たが、もう戻らないと」
「ちょっと待ちなさいよ。修の核は……」
マナミの言葉を聞くことなく、人間になった神は消えた。
核って、一体なんなんだ?
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