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王国パラレル規格外7(8)
病床の父王に成り代わり、皇太子が国政をとるようになってからというもの、皇太子の一日は多忙を極める。
以前は、就寝間際まで執務を行っており、激務による体調や疲労が案じられたが現在は夕刻の定刻になれば席を立ちその日の執務を切り上げる。
私室にて支度を整え、王宮からわずかに離れた小離宮に向かった皇太子は、離宮の警備を命じた王騎士らのなかでも筆頭である華京院の異変に眉を寄せた。


「雪、それは何とした」


華京院の額に、傷とおぼしき手当てのあとがあった。
年若いながら、国随一とうたわれる剣の腕前をもち優れた騎士である華京院が、額殊顔面に傷を負うなど例になかったことだ。
皇太子の問に、しかし華京院は目を伏せ沈黙を保った。
忠実な騎士たる華京院のその無言の答えに、皇太子は不快もあらわに眉を寄せた。
さらに小離宮の頭たる侍女の、白い面にも負傷した様子がみてとれた。
異変あらば、直ぐ様皇太子がたとえ執務中であろうとも報せを寄越すよう命じてはいたが、ことがこと故報せるのを躊躇ったとみえる。
もとより皇太子は、妃となった彩栄の一の姫に好意など微塵たりとも持ち合わせてはおらず、王家の、加えて王妃腹の大姫として誕生したならば相応しい教養と自覚があろうと考えていたが、その報告に失望の念を強く抱いた。


「・・・・あいわかった。ご苦労だったな。先振れはいらぬ、控えておれ」


侍女頭にそう命じた皇太子は、小離宮の内でも最も奥まった場所に位置する部屋の扉を開いた。
私室と寝室が続きの間になっている室内には、人の姿はなく皇太子はさらに寝室の扉を開いた。
幾重にも張られた薄紗をかき分けた皇太子は、丸窓のもとに太子鐘愛の、情人の後ろ姿を目にとめた。
白の夜着をまとったその後ろ姿は、線が細く肉付きの薄く儚いばかりのそれで、本来ならば背を覆わんばかりに長かった黒髪は、鋭い刃物で切り取った、切り口の鋭さを残し肩先で揺れている。


「・・・・何を熱心に眺めておいでか」


皇太子の深い声に、振り返った情人は色合いの淡い瞳を和ませ微笑んだ。


「皇太子殿下」


床に直に座りこみ、手元を覗き込んでいた情人は耳とおりの良い、涼やかな声で皇太子を呼んだ。
立ち上がりかけるのを制し、同じように床に座りこんだ皇太子は胸に深々と情人をだきよせると膝にのせた。


「紗悧からの文を読んでおりました。息災で、夫君とも仲睦まじい様子でした。私も、紗悧の婚約者にお会いしたことがあるのですが、誠実なお方でございました」


皇太子の膝にのる、その肢体は女性らしいまろやかさに欠けた、未成熟の少年そのものであったが、まるで皇太子のために誂えたかのように寸分違いなく皇太子の腕のなかにおさまる。


「それは上々。もし望まれるのであれば、近いうちにこちらに招いては」


「ほ、本当でございますか。うれしゅうございます。紗悧にずっと、会いたいと願っておりました。紗悧のことが、心残りで・・・・」


「それほどまでに、望まれるならば必ずや約束しましょう」


皇太子が、寸でのところで華京院ら王騎士に身命をとしても情人を連れ戻れと命を下すことが出来たのは、かの乳姉妹がが自らの保身もかえりみず皇太子宛に文をしたため早馬にて報せをもたらせてくれたおかげだった。
この小離宮には、たとえ父王であろうとも足を踏み入れること、断じて許すつもりはなかったが、あの乳姉妹ならばそれも許そう。
短くなった、黒髪に指先で触れ皇太子は腕のなかの情人ごと立ち上がった。


「あ、あの。皇太子殿下・・・・」


浮き出た細い鎖骨に唇を落としていた皇太子は頭上からの声に顔を上げた。


「お願いが、ございまして」


「・・・・珍しい。何を望まれる」

控え目で慎ましいこの情人が皇太子に自ら願い出るなどいまだかつてなかったことだった。


「・・・・離宮の外にある、薬草を少しばかりいただきたいのでございます。マリアの、顔の傷がどうしても気になって。己の不注意にて傷を拵えたのだと申しておりましたが・・・・」


この小離宮内において、外部の如何なる情勢を口にすることを皇太子は禁じており、この情人は皇太子が彩栄の一の姫をめとったことも知らずにいる。
華京院と侍女頭に傷を負わせた女の存在も騒動も情人の耳には入っていない。


「私が、採りに行ければこのような願いで殿下を煩わせることも、なかったのでしょうが」


・・・・不揃いに切り取った黒髪は、情人が自ら護身用の短剣を用いて切り取ったのだという。
多くを語らぬこの情人が、何故髪を切り華京院に馬車内に残すよう願い出たか、皇太子に語ることはない。
だがしかし、それ以来皇太子が小離宮からの外出を禁ずる前に、世人の目に触れることを憚り身をひそめるようになった。
・・・・皇太子にとっては、願ってもみないことであった。


「明日中にはご用意しましょう」

皇太子の言葉に、淡く色づいた唇をゆるませた情人の唇を貪り皇太子は笑った。

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あきゅろす。
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