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王国パラレル規格外7(4)
・・・・僕が、国内の貴族のもとに降嫁することになったのは、父王の命がくだされたその日から、僅か一週間後のことだった。
僕の意志は全く尊重されず、意志を尋ねることもなく花嫁衣装を纏わされ、念入りに化粧を施され侍女に乱暴に手をひかれるがまま、王宮の正門に用意された彩栄の紋の入った馬車のなかに押し込まれた。
当然のことながら、僕を見送り言葉をかけてくれるひとなどおらず、馬車の扉が閉められた。
あの方の、氷雪とたたえられる美貌。紗悧の、二の姫様、と優しく僕を呼んでくれる声。この一週間、寝食を忘れ想い続けたひとたちの顔が浮かび、胸が締め付けられる。
馬車が緩やかに動き出したその時、馬車の外から声がかけられた。かたくふうせられていた、扉の錠が下ろされ扉が開けられた。


「一の、姫様・・・・」


数多の侍女を従えた、一の姫様は亡き王妃様に生き写しの、国随一とうたわれるその美しい面を嘲りに歪め、僕の顔前に垂れていたベールを剥ぎ取った。
泣き腫らし、食事をとることのなかったため面やつれした僕の顔に、色鮮やかな玉のちりばめられた黄金の短筒を投げつけた。
純白の花嫁衣装の、膝の上に落ちたそれは護身用の短剣だった。


「母様の形見の短剣よ。お前が嫁ぐときに渡してくれと、母様からの遺言。これで漸く、お前の凡庸な顔を見ることがないと思うと精々するわ。何、その顔は。お前のような、薄汚い女から産まれた子が、あの方の妻になれるとでも本当に思っていたの?とんだ思い過ごしだということはよくわかったでしょう。お前には、田舎貴族の後妻が相応しいのよ。今まで後宮か放り出されなかっただけでも感謝しなさい。二度と私の前に姿をあらわすんじゃないわよ。最も、私は雪花の皇太子妃になるのだから、お前などが私の前に姿をあらわせるはずもないのだけれど。さっさと出しなさい。目障りだわ」

扉が再び閉じられ、錠が下ろされ一の姫様の命ずるままに馬車が動き出した。
・・・・僕の母は、王妃様づきの女官だった。身分は高くなかったけれども、よく働き王妃様に目をかけていただいていたという。父王が目にとめ、伽を命ずるまでは。
母は、僕を身籠った途端、病にふせり最後の最後まで、主である王妃様に詫びながら、亡くなっていったという。
一人遺される僕を、どうか哀れと思い目をかけてやってください。死にゆく私を、哀れと思ってくださるのならば、どうか。
それが、母の最後の言葉だった。こんな僕に、優しくしてくれるひとは皆、僕のまわりから次々と離れていってしまう。母も、王妃様も、紗悧も。・・・・あの方も。護身用とはいえ、剣であるには、かわりない。青や赤の玉に彩られた柄に手をかけ、鞘から剣身を引き抜いた。
薄暗い馬車の車内のなかでも、澄んだ剣身に、僕の色合いの淡い、茫洋とした瞳がうつりこむ。
僕を後妻に、と望んだ伯爵閣下には亡くなられた先妻との間に、僕よりも年上の息子と娘がいらっしゃって、その令嬢は雛にもまれな美貌の姫だときく。
王家とかかわり深いものの、拝領した領地は王都から遠く、有力貴族らとの親交は浅い。
女官腹とはいえ、王女を妻とすれば次代の王の、側妾として後宮に納めることも、可能になるだろう。
僕は、そのために望まれただけでただの、かざりものの、妻なのだ。


「皇夜、様・・・・」


皇太子妃に、王妃様になれなくてもいい。僕はあの方の傍に居たかった。傍に、置いていただきたかった。
こんな僕でも、あの方の妻になれるのが誇りだった。何ももたない、僕の唯一の。
扉の隙間から、陽の光がさしこみ短剣が鈍く輝いた。
確か、胸の急所を深くさせばあまり苦しまずに息絶えることが、できるらしい。
何の願いも、かなうことはなかったけれど己の命は自由に扱ってもいいだろうか。
震える手で、両手で柄を握った僕は、不意にはしった衝撃に手から短剣を手放してしまった。
澄んだ音をたて、床に転がっていく短剣を慌てて拾い上げた僕は、馬車が停車していることに気が付いた。
男性と女性の、悲鳴が同時に響いたのはその直後で僕は扉の窓を、音をたてぬように僅かに開けた。薄い紗をかき分け、窓のそとをうかがった僕の目に飛び込んできたのは、大小の剣を手に、数人の、背の高い屈強な男らが僕の護衛についてくれていた者らに剣を突き付けている。


「・・・・用があるのは荷だけだ。速やかにこの場から立ち去れば、殺しはしない。され」


低く恫喝する声は、酷く落ち着いていた。
鈍い僕にでも、わかる。彼らは盗賊だ。
頭目らしい青年の言葉に、次々と悲鳴をあげながら侍女らも、護衛の数人の兵士も駆けていった。
そう、僕を馬車に残して。


「あ・・・・」


息を殺して、ただ呆然と窓を眺めていた僕と、一際体格の良い頭目らしき青年と目があった。
感情を排し、殺戮と略奪を生業とするものの、色のない無機質な瞳が、僕に向けられる。
指から力が抜け、短剣が滑り落ちていった。
絶対的な恐怖に、身動きもとれず呼吸を荒くするばかりの僕の目の前で、扉を封じていた錠が破壊される、絶望の音が響いた。

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