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遊郭パラレル(貪欲2)11
・・・・虎月楼に売られてからの荷物は、とても少ない。
両親と暮らしていたおりの、形見の品々まで借金のかた、にとられてしまい僕は文字通り身一つで虎月楼にきた。
着物や簪、色子を生業とするさいには必要な品々は、見世に置いておくことにしたせいもあって、手許に残ったのは身の回りの僅かな品と静光様に頂いた書物だけだった。


「さくちゃん、用意はいい?」


「は、はい。静光様」


今日のために、とわざわざ静光様が拵えてくださった落ち着いた色合いながら、清楚な花々が袖や裾に咲いた着物を身につけた僕は、傍らに置いた荷物を慌てて抱えた。
髪を結い上げようと奮闘していたのだけれども、生来あまり器用な質といえない僕には無理だった。仕方無く、ただ簡単に一つにまとめ、簪を挿すだけにした。


「荷物はこれだけ?」


「はい。あの、色子の衣装は、置いておこうと、思いまして」


ひょい、と僕の腕から荷物を取り上げた静光様は、おずおずと申し出た僕に、それはいいね、とにこやかに同意してくださった。


「あの格好は、重いだろうしあんまりさくちゃんも好きそうじゃなかったしね。さ、行こうか」


「はい」


色子として暮らした部屋を最後に一度だけ、振り返り僕は目の前に、差し出された掌に、指先を乗せた。





静光様が、今日からここがさくちゃんの家だよ、と僕の手をひいて、連れてきてくださったのは、都心から少し離れた場所にある、静光様のご実家ではなく、静光様のお祖父様から譲り受けたという寮だった。
由緒正しい華族様でなく、爵位も何ももたないただの成金だ、とだけ静光様は仰られたのだけれども、寮というよりは別邸といっても差し支えない程、瀟洒ながら立派なものであった。
寮には、女中さんが数人と下男の方が一人きりで、その方々も静光様に、幼い頃より仕えていたという方ばかりで、一人一人静光様が紹介してくださり、ことに静光様の乳母をつとめられたという女中頭さんは、初対面から優しく接してくれ本当によくしてくださる。
坊ちゃまは三男で、無理に結婚をなされる必要もないし、何より男同士といえども坊ちゃまがそれでよろしいのなら、とまるで静光様の奥方、のように扱われ、僕は戸惑うばかりだ。
身請けしていただいたとはいえ、何か僕もお役にたちたい、と静光様にお願いしてみても、さくちゃんはのんびりしていればいいんだよ、と書物を毎日お帰りになるごとに僕に手渡し、それならば、と女中頭さんからお花を教わっている。
色子であった時分には、舞いや三味線などを一通り習ったけれども、花ははじめてだった。
そのほかにも、細々とした家事を教わりながら、日々過ごしている。
女中さんらは無論、静光様は優しくただの、色子あがりのこんな僕に本当に優しく接してくれる。
勿体無い、と思いながらも静光様の思いやりのこもった温かさと、優しさはひたすら慕わしく、こんなに幸福でよいのかと両親を亡くしてより感じることのなかった身に余るほどの幸福に、時に涙してしまう。
どうして泣いてるの、と静光様を困らせてしまうのだけれども、涙が止まらない。
さくちゃんは意外に泣き虫だね、と抱き締められるその腕のなかで、困らせてしまうと分かりながらも、涙を流すのだった。



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