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妄想話。(16)
剣の柄に手をかけ一点を見据えていた華京院様は、剣をおさめ指先で王騎士らに何事を指示すると足早に森へと足を進めた。
おろおろと動揺する僕に、ご案じめされますな、とマリアが言ってくれ金属の擦れあう固い音とともに、再び華京院様が姿を表した。
「・・・・お前のせいで、御方様にいらぬご心労を与えた。陛下の許可もなく何故ここにいる」
華京院様とともに、旅装の青年が森の奥から出てくる。
陽に透ける銀の髪、上品でありながら艶麗な美貌に僕は思わず声をあげていた。
「玖珂殿!」
僕の周囲を己の身体で固めていた侍女らの間をすり抜けマリアの制止を背後に、僕は青年のもと駆け寄っていた。
「朔夜様、やはりこちらにおいででしたか・・・・」
華京院様の背後、一年前に異母兄の館で対面したあのときの、変わることのない美貌を曇らせた玖珂殿は僕の腹部に視線を向け大きく蒼穹の瞳を見張った。
「玖珂殿・・・・」
絶句し、驚愕をあらわにした玖珂殿は本当にお変わりない。
一年前のあの日、異母兄上と静光様とともにお会いしたあのときのままだった。
・・・・静光様との、婚儀が父王に認められたのもその頃だった。王の貴い御子をこの身に宿したときに、王のためにも御子のためにも彩栄での日々は胸に秘め王の御心に添えるよう、身に余る、頂いた恩も大切な方々の面影も強いて、考えることのないよう締め付けられる胸の痛みも悲しみも深く深く心の内に沈めてきた。
どうして忘れることなど出来よう。
こんな僕を、愛しみ厭うことなく手元に置いてくださった異母兄上と僕を妻にと望んでくださった、あの優しい方のことを。
「御方様!」
足に力が入らず、倒れこむように座り込んだ僕の背にマリアの悲鳴のような声が突き刺さる。
顔をあげなくては、立ち上がらなくては、ぎこちないみっともないそれでも良い笑顔を見せなくては。
唇を噛み、必死に耐えようとしたのだけれども涙が止まらない。
感情の制御が出来ない。
「静光様」
あのあたたかで、優しい笑顔が頭から離れない。
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