・ 王国パラレル ・・・・初めて、あのお方と対面したときの驚愕と感嘆は今もこの胸に鮮やかに焼き付いている。 小鳥の囀る声が、僕の意識を覚醒させた。 箱型らしい馬車の、座席を倒しまるで寝台のように平らにされ、毛並みの良い敷物の上で横たわっていた僕の裸体の肩を滑り落ちていった極上の絹で織られた、金糸銀糸が惜しみなく使用された礼装はあの方が纏われていたもの。 朔夜にはこの色がよく似合うから、と異母兄が僕のために拵えて下さった着物は、愚かな僕の身代わりに無惨に裂かれてしまった。 足元に無造作に投げ捨てられたそれを、引き寄せると顔を埋める。焚き染めた香に、胸が締め付けられた。 この首に回された腕が与えた行為に、崩れるように意識を失った僕が目を覚ましたのは、この大きな箱型の馬車のなかだった。 僕の身体を腕に抱えていたあの方が、その後僕に強いたのは暴力による嵐のような凌辱で僕の懇願も抵抗も、何もかもあの力強い腕にねじ伏せられてしまった。 僕のような、何一つ取り柄のない人間の、国から肉親から王から、王族と認められぬ人間になぜこのような仕打ちをなされるのか。懇願も謝罪も何一つ受け入れたれなかった。 固く封せられていた、馬車の扉の開閉の音に僕は顔を上げた。 薄暗い、車内を清々しい朝の光が射し込む。 どのような土地であろうと、平等に降り注ぐ陽光を影に、氷雪と讃えられる美貌が僕をいすくめていた。 「陛下」 氷雪の美貌の王がおさめるに相応しい、雪の名を冠する北の国より訪れた雪花国王はふと、闇色の瞳を眇めた。 「あ、あの。私は、私はいつ国へ帰れましょう。来月には、婚儀がございまして、あの。私一人でも、徒歩で国元に戻れます。ですから」 手のなかの着物を、胸に抱え直しながら僕は震える声で、沸き起こる恐怖を抑え尋ねた。 完全無欠の美貌に、嘲るような表情が浮かんだのは直ぐ後のことだ。 「婚儀?他の男に凌辱されたそなたを我が妻にと迎え入れる男がいるとでも」 「いいえ、せ、静光様には私のようなものが、妻などになれるはずがありません。私を哀れんで下さって、つ、妻にしてくださるだけなのです。ですから、あの私、一生懸命お仕えしようと思っておりまして。こんな私に、と、とても美しい花嫁衣装を下さって、本当に綺麗で、私、静光様にそれを纏った私を、見ていただきたくて」 異母兄や父王に、どうしても僕を妻に迎えたいのだとおっしゃって下さり、あんなに綺麗な花嫁衣装を拵えて下さった静光様に、僕は生涯かけてもお役にたち、仕えようと固く決心していた。 僕を拉致したのも年若い王の、一時の戯れでしかない。もしかしたら僕のような二つの性をもつ人間を珍しく思われだだけなのだろうから、きっと直ぐに帰れる。 もし、このような身体になってしまった僕のことを静光様が疎んでも、せめて、侍女なり下女なりになろうとお側に仕えさせていただこう、そう願い出てみるつもりだった。 嘲笑めいた表情で、僕を見つめていた雪花国王陛下は、僕の吃りの混じった言葉を耳にすると表情がその美貌から消えた。 「へ、陛下の御名を汚すようなことを、私決して申しません。このことは私の胸にしまい込み、口外いたしません。す、直ぐに忘れます。何があろうとも、私何一つ申しません。で、ですからあの、馬車から下ろしていただけませんでしょうか」 恐る恐る国王陛下に奏上申し上げると、僕は肩にかけられていた礼装をきちんと折りたたみ、深々と頭を下げてから慌てて、着物を着付けた。 裂けてしまった着物も、帯を締めれば何とでもなる。どれ程距離があろうと、まだ一昼夜しかたっていないのだから、僕の足でもたどり着けるはずだ。 「し、失礼いたします」 もう一度深く頭を下げ、僕は馬車からおりようと地面に足をつける。裸足であろうとも、僕の気持ちは国元へ、異母兄のもとへ、そして僕を欲しいと、嘘でもおっしゃってくださった静光様のもとへと、飛んでいた。 一生懸命歩いて急いで戻って、沢山お詫びを申し上げよう。沢山、沢山頭を下げてお詫びすれば、あのあたたかな笑顔を僕に見せてくれる。 もう一度、陛下に頭を下げかけた僕の身体が強い力で馬車の内部に突き飛ばされた。 馬車の対面の側面に背中を強打し、痛みに背を丸めた僕は馬車の扉が閉まる音を聞いた。 「あ、う」 「・・・・さからしい口を叩く。出来損ないの王女が。余計な懸念をもたずとも、飽いたら帰してやる」 雪花国王の言質を賜り、僕は安堵する。それならば、そう遠くない。 美貌の王の、先頃迎えた王妃は国随一の美女だという。未だに世継ぎには恵まれてはいないものの、早晩雪花国は王子誕生の慶事にみまわれるだろうとも。 物珍しさに、惹かれたならば直ぐに飽いてしまわれよう。 唇を塞がれ、着物を脱がせられながら僕は、国で待っていてくれるであろう、大切な人々の顔を思い浮べていた。そして、純白に輝く花嫁衣装を。 僕には勿体ないほど美しい衣装を、けれども着てみたい。一度も袖を通したことがないから、分からないけれども似合うだろうか。 破瓜の痛みにも、四肢の痛みにも耐えられる。 もうすぐ、優しいひとたちのもとへ帰れるのだから。 [次へ#] [戻る] |