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学園パラレル(いつのひか)
「柊、柊!」


ばたばたと、忙しない足音をたてながら、疾走する人物の俺を呼ぶその声に我知らず溜め息をついた。
新しくクラスメートになった彼らの視線が痛い。
そこかしこで、俺に対する中傷や揶揄が聞こえていたが、それも足音が目的地、つまり俺の在籍する二年A組の教室の前で止まるなり一斉に止まる。
授業の合間の中休みであるというのに、ぴん、と空気が張り詰め、沈黙する。


「ひいらぎ!」


乱暴に扉を開いた人物は、困ったように苦笑する俺の姿を目にすると、長い前髪に隠された左半分ではなく、白皙の端整なつくりをした右半分の顔を幼子のようにほころばせた。


「ひいらぎ」


称賛と怯えの入り交じったクラスメートの視線に目もくれず、一学年上級であり、生徒会副会長を務める藤代先輩は教室に何躊躇うこともなく入り込むと椅子に座った俺の手をひき、立ち上がらせた。


「迎えにきたよ。俺と一緒に、いこ?」


「・・・・はい」


従順に頷く俺の頬に擦り寄った藤代先輩は、俺の手をひいたまま人の気配すら無音とした教室をあとにした。
休み時間のうちで良かった。以前、授業中にも関わらずいつものように俺を「迎え」に来た先輩は、授業担当の教務の存在を完全に無視して俺を連れ出した。
その後、俺個人に対する、その教務の態度は悪化し、いまなお禍根を残す結果となってしまった。


「柊、どうしたの?眠いの?」


「いいえ。あの、少し考えごとをしてしまって。藤代先輩、今日は」


「それはいや。だめだよ。雅、雅だよ、柊」


むう、と白い頬を膨らませむくれる先輩に、俺は小さく笑った。


「うん。わかってるよ、雅」


常日頃から禁止していた敬語遣いを改めると、藤代先輩、雅は破顔して俺をきつく抱き寄せた。


・・・・事の起こりは、父の海外転勤だ。在宅時には想像もつかないが、企業人として随分とやり手、であるらしい父は、海外支社の支社長に任命され日本を離れることになった。
年若い父には、未だ就学中の息子たちがおり、息子たちの希望もあって日本に残すことにした。だが、成人に満たない息子たちを案じた父が、日本に残る条件として出したのが、日本でも一、二を争う著名な全寮制の男子校への転校、だった。


異邦の地に赴き生活するよりは、とその条件をのんだ俺がこの学園に転校してきたのは一月ほど前のことだ。
そのときまで、男子校、それも全寮制のそれに縁遠かった俺は、外界から隔離され世間一般の常識から外れた学園の生活にただただ戸惑い、精神的に疲労した。自分たちの常識を正論だと疑わないクラスメートと馴染めず、ひとり孤立した俺と彼らとの亀裂を決定的にしたのが、学園の中心である生徒会のメンバーである、藤代先輩と関わりあいを持ってしまったこと、だ。・・・・この学園は、一流大学への進学率が非常に高いことも有名であるが、上流階級、富裕層の子息たちが集うことでも有名だ。
学園内にはたとえ立場は同じ生徒といえど、家柄には厳然たる格差が存在し、殊に生徒会役員を拝命する生徒は国内でもトップクラスの特権階級の子息たちだ。

雅はなかでも随一に位置付けられるであろう家柄の御曹司であり、家柄に重点をおき俗にいう名家の子息に権力を握らせ、それを当然とする学園の特色は、雅にも例外なくいかされていた。
事実、理事長の任命で生徒会長をとの話があったが、面倒、の一言で副会長を拝命したことからも、学園内での権威がうかがえた。


・・・・けれども、ただ関わりあいになってしまった、というだけで俺はああも、クラスメートから敵意を剥き出しにされているわけではない。
雅は、美貌や権威につられ、自ら身体を差し出す生徒をただの性欲の捌け口として利用する他の生徒会役員と違い、必要以上に寄せ付けずまた、相手が一線を越えようとすれば権力を私的に行使し情け容赦なく、完膚なくたたきつぶした。
その手腕は、生徒に恐怖を与え、植え付けるには充分すぎるものだった。
その雅が、容姿にしても家柄にしても極めて並み、の俺に興味と執着をしめし今となっては立ち入ることを許されない、雅の私室に引きれる。
極めつけは、俺に嫌がらせをしたクラスメートを一存で退学させたこと、だろう。そう、まさに完膚なくたたきつぶした。彼の家族、人生までをも。


休み時間のせいか、雅に手をひかれながら歩く俺を擦れ違う生徒らが、不躾に視線を送ってくる。
副会長の、お気に入りである目立たぬ容姿の転入生、の存在は学園にそうと知れ渡り俺の行く先々で、陰口は絶えない。


・・・・いや、そのぐらいは胸を痛め締め付け、血を吐くような辛苦ではない。何より、辛いのは。


「柊?」


急に足を止めた俺を、雅が怪訝そうに覗き込んだ。
低い艶のある声が耳に届かなかったわけではない。
あるものに、目をとられたからだ。


廊下の向こうから、歩いてくる少年。遠目でこれほど多くの同じ年頃の生徒たちがいるというのに、どうしてだろう。一目でわかった。


「柏木・・・・」


血のつながった、実の弟。凡庸な容姿をしていたという母ではなく、三十代も半ばをすぎても尚、その美貌を讃えられる父によく似た、俺とは何もかも真逆である弟の柏木、だった。


俺の声は、囁きとして認識されるだろう小さなものだったのに、柏木はふと、何かにつられたように顔をあげた。
切れ長の、深い瞳が上級生に手をひかれ立ち尽くす、凡庸とした兄、を映すとその秀麗な面にはっきりと嫌悪の色が、色鮮やかにいっそ残酷なほど浮かび上がった。
視線を反らし、忌々しいとまでに顔をも背け、柏木は俺の視界から早々に姿を消した。
・・・・元から、仲のよい兄弟ではなかった。柏木はどこまでも凡庸で、身体の丈夫でない俺を揶揄し、血のつながった兄であるということに苛立ちさえ覚えていたようだ。父が、共に海外へ行けないのなら全寮制の高校へ進学するのを条件にしたのも、俺と柏木の不仲をよく知っていたからだ。


それでも、俺は。たったひとりの弟である柏木を、大事に思っていた。幼いころからずっと。
けれども柏木は、この学園に転入後正確にいえば、俺が雅と言葉を交わすようになり、特殊な立場におかれるようになってから、更に関係は悪化した。
もしや、副会長を卑怯な手をつかいろうらくした平凡な転入生の弟である、という理由で何かしらの咎が柏木に降り掛かったのだろうかときをもんだが、生来聡明な柏木は兄を蛇蝎のごとく忌み嫌っていること、をそれとなく周囲にもらしていたことと、彼がもつ生徒会役員の美貌とはまた種類のことなる秀麗さで、かえって生徒らの大半から同情されていた。
柏木に、類が及ばないのなら、俺はそれでもかまわない。それで、柏木の学生生活が充実するのならば。


「柊?どうしたの。眠いの?疲れたの?抱っこしてあげよいか?」


思案げ、というより心細げに右半分の美貌を曇らせる。


「・・・・ううん。行こう、雅」


・・・・初めて、言葉を交わしたのは偶然だった。長身の、年上で目を見張るほどの麗姿の彼が声をかけてきた。それが、奇跡としかいいようのない出来事だとしらず、当然のように受け入れた。
初対面の人間には例外なく人見知りをし、言葉を交わすことなど皆無であったのに、二人並んでベンチに腰掛け、辺りが薄暗くなるまで、それでも他愛ないことばかりを話した。
あがらうことの出来ない、絶対的で容赦のないなにか、に導かれるままに。


「柊、大好きだよ。ずっと一緒だよ」


「・・・・うん」


・・・・たとえ何があろうと、何が起ころうとも。この手を振り払うことなんて、出来ない。
それは耐え難い苦痛となって、俺を徹底的な痛めつけるだろう。弟のときよりもずっと強く、激しく。
それは、確かな事実だった。

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