[通常モード] [URL送信]

小説
いまも
この離れで、日々を過ごすようになってからというもの、着物が私服になった。雅は一人でも着付けられるようだが、俺は未だに女中の手をかりなければ着ることが出来ない。


「柊、今日はこれね」


朝食の膳を食べ終えた俺に、何時ものように隣の衣装部屋から雅が引っ張り出してきたのは、相変わらず女もののそれだ。
雅はどうやら、自分の容姿には興味浅いようだった。今着ている単や角帯も女中が選んだものであるし、一通りの見苦しくない程度の身繕いはするが潰れた左側の異貌さえ色薄い前髪で隠せば、麗姿を讃えられる現当主に勝るとも劣らぬ美貌であるのに。


朝食の膳が下げられ、女中が二人がかりで着物を着付けてくれる。
俺はこの、和服や和装についてなんら教養のない人間だが、今着付けてもらっているこれは大層高価なものであることぐらいは分かる。帯一つとっても、俺が近所の婦人方が着ていたそれとは明らかにものが違った。
雅の気分で、日に幾度も着替えさせられ、俺の記憶違いかもしれないが4年前にこの離れに形無しとして封じられて以来、同じものを着たことがないのだ。
春なら春の、夏なら夏の、秋なら秋の、冬なら冬の。

きゅう、と帯がきつく締まる。
そもそも帯しめは、男の力で締めたほうが形はくずれないしきくずれることもない。
ここに来たばかりの頃、帯を締めるそのときだけ、他に男手のない雅が締めてくれた。


「まだ出来ないの、」


俺の着替えを眺めていた雅が、声を低くして喉を鳴らす。あまりに着替えに手間取ると雅は途端不機嫌になる。


「申し訳ございません、帯が」


何時も着付けをしてくれる、女中頭は母屋に呼ばれているらしい。年若の、俺より幾つか年上の女中はソプラノの声を震わせた。


「いいよ。俺がやるから」

帯を簡単に結んで女中たちを部屋から出すと、機嫌を損ねた雅が振袖の長い袖を乱暴に引いた。
そのまま床に引きずり倒された俺は、結んだばかりの帯が雅の手で解かれていくのが分かった。


・・・・いつの頃だったか。帯を締めてくれていた雅が女中に、女の力で俺の帯を締めさせるようになったのは。
ふと沸いた疑問に、雅は何気なく答えてくれた。


だって、俺の力で結ぶと解くときに時間がかかるから。日に何度も締めるのは億劫だもの。

だから、帯は緩めでもいい。
どうせ、解かれてしまうそれだ。

[次へ#]

1/100ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!