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小説
王国パラレル拍手SS(2.5)
主不在の、寝台の隅に腰掛けた僕は部屋の外に控えているであろう侍女らの懇願に申し訳なく思うと同時に、深く溜め息をついた。
王付きの侍女頭殿の言葉通り、王妃の身の回りの品を各々抱えて王の私室に駆け付けてくれたマリアをはじめとする侍女らは、侍女頭の用意してくれた茶を恐縮していただく僕の姿に皆一様に安堵を見せながらも、不敬を承知で不甲斐ない主たる王妃に苦言を呈した。殊、王妃の看病疲れのため、一時勤めからひいていたはずの侍女頭であるマリアは病み上がりにもかかわらず侍女をひきいて駆けつけてくれた。
滅多に無いことながら、マリアが些かきつい口調で僕を嗜め侍女らに至っては涙ながらにこのようなことは二度とお控えくださいませ、と懇願され僕は今更ながらに、己の軽薄さを深く恥じた。
王子殿下を出産してからというもの、僕の体調は芳しくはない。
脆弱な己の身体に、苛立ちを覚えはしてもあの方を産み奉った、僕のような人間が貴いお方の生母になれたことを王に感謝するばかりで、後悔をしたことなど一度たりともなかった。
陛下が授けて下さったお方のためなら、とるにたりぬこの命をすべて引き換えにしても構わなかった。
病の身をおして、控えてくれているマリアに何度下がるようお願いしても、白い頬を強ばらせたマリアはその命ばかりは承知出来ませぬ、と首を横に振るばかりだった。
もう一度、マリアに頼んでみようと寝台からそっと立ち上がった僕の、手足と結あげられた髪の玉と鈴が涼やか音を奏でる。僅かに身動きをしただけでも、玉と鈴が触れ合い音が出てしまう。なるたけ音を立てぬよう、気を付けながらするすると毛並みの良い敷物の上を歩いて寝室の扉に手をかけた。軽い音を立てて、扉が開く。足元にまとわりつく長めの夜着に注意を払いながら、僕は続きの間になっている王の私室に足を進めた。

「まあ、王妃様!」


室に入った途端、僕は己の愚かさに気が付いた。
ここは、王妃の私室ではなく王の私室だということを。
侍女頭の介添えに私室で衣装を改めていた王は、扉の前に立ちすくむ僕に不快も露に眉をひそめた。夜着の帯を締め、解いた髪を結わずに垂らした王は足早に近付くと僕を横抱きにし、私室と寝室とをつなぐ扉を閉めた。


僕を抱えたまま、王は寝室を横切り寝台に僕を下ろした。
涼やかな音を奏でる鈴が、動きに合わせて触れ合う。


「あ、あの。申し訳ございません、陛下。陛下の寝室に、私のようなものが出入りをしていては、お気が休みませんでしょうに。お許しさえいただければ、直ぐに退室させていただきますので」


足にまとわりつく夜着の裾を払いながら、僕は王の寝台の中で居住まいを正す。
極上の絹で織られたらしい夜着は、するりと肌の上を滑り、足元のみならず膝や太股までを露にしてしまう。
羞恥に頬を染めながらも、膝を折り込もうとする僕の手を、王の指が制した。


「へ、いか?」


王は僕の、骨ばかりが目立つ肉付きの薄い、銀の鈴の輪が嵌められた足首を掴むと、無造作に手を引き上げる。


「あっ、」


咄嗟のことに対処出来ず、無様に寝台に倒れた僕は灯りをおさえた室内でも、王が何をしようとしているかに目をとめる。


「お、お止めくださいませ、陛下。そのようなことを、なさっては」


「五月蝿い」


感情の色彩の伴わぬ、常の声とは違い明瞭に負の感情を示す王の低音に僕はびくり、と肩を震わせた。
同時に、書庫にて叱責を賜り、多忙を極める王の時間を、僕ごときもののために割いてしまったことも思い出す。


「あ、あの。申し訳」


「五月蝿い、と申したのが聞こえぬのか、そなた」


なんとか謝罪すべく開いた唇は、王の怒気を更にあおる。
ただひたすら、身体を小さくする僕にかまうことなく王は肉の薄い唇を開き、小刻みに震える僕の指先に白い歯をたてた。


「あ、あぁぁ」


痛みに身体を捩らせると、手足の鈴が涼やかな音をたてる。
指のみならず、足の甲、踵、ふくらはぎにまで歯をたてられ、くっきりと滲む歯形に、羞恥と痛みで溢れる涙が邪魔をしながらも、視界に写る。


「お止め、くださいませ。陛下、いけません。このような、こと」

一際強く、膝の皿に歯形をつけた王は冷ややかな眼差しで僕を見下ろした。


「私に、よくもそのような口が叩ける。私の命に従えぬそなたに」

「いいえ、いいえ。陛下の命に従えぬものなど、どの地においてもおりますまい。恐れ多くも、お側にお仕えする私が、従わぬことなど決してございません」


「減らず口を。私は私室からの外出を一切禁じた。だというのに書庫にいたこと、どう説明する。私の命に背いたのだろうが」


「そ、あ、あぁぁぁぁ」


柔らかな内股にたてられたそこから、温い血が流れる。
王命に背き、王の不興をかってしまった。今更ながらに、犯した罪の大きさにおののき、胸が潰れるようだった。


「お許しを、お許しください、陛下。もう二度と、二度と致しません。陛下の命に背くことなど、もう、二度と」


泣きじゃくりながら、僕は王に幾度も幾度も謝罪した。
涙で声が枯れ、唇が渇こうとも幾度も。
暫くして幼子のように、しゃっくりをあげながら謝罪する僕を、王は抱き上げ深々と胸のなかに導いて下さった。


「へいか?」


涙としゃっくりのせいで、薄い胸は酸欠による悲鳴をあげていたけれども、僕は王に呼び掛けた。
謝罪が聞き入れられたのか、それとも王命に従わぬ王妃を、牢に閉じ込めさらなる罰が下されるのだろうか。
王の指が、僕の声に呼応するかのように、長く伸びた髪をすきおろす。
その指先の優しさに、僕は謝罪が受け入れられたのだと理解した。

「その言葉に偽りはないか」


耳朶に薄い唇が押し付けられ、囁く。
僕が首を縦に振ると、王は泣きじゃくる僕の頬を指先で拭ってくださる。
短く唇を啄まれ、僕は安堵のあまり全身から力を抜けていくようだった。


「王妃、私がよいと申すまで、この寝室からの外出を禁ずる。誰が訪ねてこようとも、会うこともだ。よいな」


「はい、はい。陛下」


ぐったりと力の抜けた僕は、王の膝の上に乗せられ、恐れ多いことであるけれども王の胸に身体を預けた。

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あきゅろす。
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