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小説
突発中編(番外3)
何故だ、どうしてだ。何だろう、この、展開は。


「蓮華、食べない、の?」


目の前の弁当は、俺が朝も早く起きてから拵えたもので冷めてもおいしい、をモットーに頑張った。中々の自信作さ、ふはははははは。


「ほら、何ぼさっとしてるのさ。早く食べなよ。ついでにお茶を淹れてあげたからね」


あ、ありがとうございますー。って違う!


「なんかもう、色々すみません!」


俺は素早く、地べたに座り込んで土下座した。
学園のなかでも、最も奥に位置するこの全面硝子張り、かつドーム型の巨大な温室は極限られた人間しか出入りを許されていないという学園のサンクチュアリだ。生徒会メンバーが非常によく利用するこの温室に平凡童貞眼鏡が存在するのは、そりゃもう有り得ない事態、由々しき事態、確実に親衛隊に粛清を受けてしまうであろう緊急事態のはずだ。
だというのに、何故、平凡童貞眼鏡たるこの俺が偉大なる守護者、マイエンジェル菫不在という俺単体の、なんかもう色んな意味でかつて無い状況であるというのにこの場所にいる理由は、その天使がなんと風邪を召されたのだ。
中々の高熱で、菫は現在学園に隣接されている救護棟で治療を受けているが、大事をとっての加療することになり、入院している。とはいえ電話越しに聞いた菫の声は擦れてはいたものの、元気そうで俺は大層安堵した。
が、忘れていたのだ。偉大なる守護天使が不在では俺は学園内の散り芥、塵や雑巾程度の存在で、菫不在のおりに俺の存在を抹殺してしまおうと生徒会、はたまた菫の親衛隊やら信望者やらが大胆な手に出てきたのだ。
死を覚悟したのは一度や二度や三度ではない。筋骨隆々の体育会系やら鬼気迫る形相のチワワ集団の殺気に身をさらされながら頑張った。かつてないほど頑張った。
まさに孤軍奮闘の働きをしたにも関わらず、階段で転けた俺はあわや、の目にあいかけた。


「蓮華、蓮華。こ、れ食べたい。こ、れ頂戴」


「だめだよ伶ちゃん、それは僕が食べるんだから」


「ど、どうぞお召し上がりくださいませー」


そう、いくらさっきからこれやあれやと俺が丹精こめて拵えた弁当の中身が消えていこうと、空腹ぐらいは我慢せねばなるまい。
この二人がナイスタイミング、で通りかかってくれなかったら俺の魂は中有を彷徨っていたからな。確実に。ふはははははは。
疾風のごとく俺に害をあたえんとする生徒を蹴散らし、狂犬の肩に担がれたときには、生徒会メンバーのミナサマが直々に俺を私刑するためだと思い、キリストやら仏陀やらアッラーやらに全身全霊をかけて祈ったが、連れてこられたのは体育倉庫でも裏庭でもなく何故かここ。そしてこれまた何故だか書記と会計に弁当の中身を奪われる始末だ。ど、どういうこと。すわ、いつ私刑を与えられるのかと正座して待っているが、な、何も起きない。ほんとに何も起きない。な、なんだ。なんなんだ、これ。


「あ、あのー」


口のなかに俺の作ったおかずをこれでもかと詰め込み、頬をハムスターのように膨れさせている神埼先輩と、それをたしなめながらもちゃっかりめぼしいものを摘んでいる藤堂先輩がくるりと振り替える。
し、しまったあああああ。俺の作った弁当に二人が気をとられている間にすたこらさっさとこの場から逃走しちまえば済む話だったのに。
ひぃぃぃぃ。二対の瞳が獲物をロックオンしちまったよおおおお。恐怖のあまり完全に動きを止めた俺にさらなる災厄が降り掛かったのはその直後だ。


「伶、桔梗。少しは残せ」


「冬星。君はどこまでも俺様だね。伶、桔梗。蓮華を見つけられたんだね、よかったよ」


出たああああ。というか来たああああああ。
麗しの美声、バリトンのテノールの違いこそあれ聞き惚れちまいますよ、このー。
俺の魂の雄叫びも当然のことながら聞こえるはずもなく、近衛会長と鷲宮副会長は俺に接近する。


「冬星と、朱鷺は、何もしなかっ、たでしょ」


「蓮華を迎えに行ったのは、僕と伶ちゃんだよ。冬星も朱鷺は食べる権利はないじゃない」


俺の拵えた弁当を、ひしと胸のなかに抱き寄せた神埼先輩を守るように立ちふさがったのは毒舌クイーンの異名をとる藤堂先輩だ。
あ、あれなんかおかしくない?状況おかしくない?


「菫からの連絡を受けたのは俺だ」


「情報操作して生徒を散らしたのは僕と冬星だよ。伶と桔梗が動きやすいように色々手を回したじゃない」


な、なんだこの光景は。あの、遡ること初等部からの幼なじみであり、長年の友人同士であるもういやに団結力の強い生徒会メンバーが、あの、俺を攻撃する時分、見事な連携プレイを見せてくれた生徒会のミナサマが、たかが平凡童貞眼鏡が作った弁当のために、お、えらい空気が険悪に。というか一触即発だ。
その弁当はあなた方愛しの菫が作ったものじゃないぞ、平凡童貞眼鏡が作ったもんですよー!


「伶、桔梗、いい加減にしろ」


近衛会長の、深い響きのバリトンが、冷えた口調で先輩方に命じる。
・・・・もうだめだ、この空気にたえきれん!


「あ、あの。私、不肖ながら申し上げます。先輩方。私なんぞが拵えた素人弁当ではありますが、そんなものでよろしければいつ何時でも拵えて、先輩方のもとに全速力でお届けいたします。で、ですからたかが弁当のためなんぞに険悪になるのは勘弁してくださいー」


無理無理無理無理。色んな意味でもう無理です。
スライディング土下座した俺は、顔面に蹴りが入るのを覚悟して顔を上げる。


「冬、星。朱鷺、ごめんね」


「ごめん、二人とも。言い過ぎた」


「いや、確かに実働したのはお前たちだ。短慮だったな」


「偉そうなこと言ってごめんね。でももう大丈夫。いつでも蓮華のお弁当が食べられるからね」


今までの局地的ブリザード吹き荒れる場の空気は如何した。


「蓮華、たの、しみにしてるよ」

「は、はあ・・・・」


やけに機嫌のよさそうな生徒会メンバーのミナサマのために、俺が弁当を持って校内を走り回るのはそう遠くない話だった。あ、新手の嫌がらせか、こんちきしょう。

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あきゅろす。
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